ミュウを巡る騒動が収束して、それから。
 ボクは聞き込みもそこそこに、荷物をまとめると急いでタマムシシティを出立した。情報は惜しいが、もしもの場合を考えるとそう何日もタマムシに滞在しているわけにはいかない。
 そもそも、ブルーの口ぶりからして誘拐された彼女たちがカントーで生活していた可能性は低い。しかも、何者かに誘拐されてそこから逃げてきたとなれば、人の目の多い場所に姿を現す可能性も同様に低いだろう。これからは聞き込みの仕方を変える必要がある。そんなことを考えながら、ボクは皆と一緒に次の街への道を歩く。
 途中数人のトレーナーとバトルをしたり、見かけたかわいい子の名前を図鑑で調べたりなど久しぶりに大きな問題もなく和やかに旅路を楽しんでいると、不意に金色に輝く毛並みを持つポケモンが視界に入っていた。

「……え?うわ、綺麗……」

 時刻は午後。空に高く昇った太陽の日差しを受けて、そのポケモンは立っていた。横の草陰から飛び出してきたのか、所々に葉がついていたり、足元の毛こそ泥がついているが、しかし、その圧倒的な美しさの前にはそれらすべては関係なかった。
 暫し呆然とそのポケモンを見つめた後、慌ててバッグの中から図鑑を取り出して向けると、眼前のポケモンの名はキュウコンというらしい。触りたいなあ、でもいきなり手を出したら吃驚されちゃうかなあなどと考えてもじもじしていると、人の近づいてくる気配がした。

「……何だ?」
「あ!」

 ツンツンとした茶色の髪。今まで何度も見かけている紫色の服。そして何より、その涼し気で端正な顔立ち。同い年の男の子とは思えないほどの、大人びた雰囲気を持つこの少年の名前は、レッドから教えてもらった。グリーン、だ。

「ねえ、キミ、グリーン……だよね?」
「……?」

 思わず話しかけてしまったが、グリーンは首を傾げるだけだ。釣り上がった瞳が胡散臭げにこっちを見ていて、それもそのはずだ、と慌てて自分の名前を名乗るが、ますます彼は首を傾げるだけだった。

「えっと……ニビシティで会ったことあるんだけど……覚えてるかな?」
「……ああ。あのときぶつかった鈍臭い奴か」
「……まあ、ぶつかったのは事実だけどさ……キミって嫌な奴だね……」

 やっとレッドの、グリーンのことを語るときの何とも言えない横顔の意味を理解した。嫌な奴というか、何と言うか。ボクに面と向かって嫌な奴、と言われたグリーン本人はというと、何でもないような顔でその言葉を流している。言われなれているのだろうか。ボクの中で疑惑が膨らむ。

「……ってあ!」
「今度は何だ……」
「ご、ごめん。……あのね、そこにいるキュウコン、もしかして……」
「オレのポケモンだ」
「やっぱり!」

 まだあまり懐いていないのか、ややグリーンからは距離をとっているキュウコン。ツンとした横顔が美しくて、やっぱり撫でてみたいとウズウズしてしまう。

「ねえ、撫でてもいいかな……?」
「……それくらいなら別に」
「本当!?キュウコン、キミもいいかな……?」

 キュウコンがボクを見る。どきどきしながらその瞳を見つめ返していると、キュウコンが頭を下げる。その頭におずおずと右手を近づければ、ふわ、とした柔らかな感触が手のひらから伝わってきた。それに感動して手を撫でるように動かせば、キュウコンが嬉しそうに目を細める。

「はあ……かわいい……」
「……」
「おとなしいし、いい子だねえ……」
「オイ」
「え!」
「……満足したか?」

 グリーンが呆れたような顔でボクを見ている。そんな酷い顔しなくても。可愛いポケモンを触りたいと思うのはトレーナーの性じゃないか。

「……うん、ありがとう。この子はゲットしたばかりなの?」
「ああ、ついこの間な。今はそいつとの呼吸を合わせていたところだ」
「ふぅん……もしかして、途中で逃げ出されたの?」
「……」

 グリーンが口を閉ざし、そっぽを向く。けれど、その動作はボクの言葉を肯定しているも同然だ。こんなにもいい子なのに、どうして途中で逃げ出したりなんてしたのだろう。そう思ってキュウコン自身に尋ねてみると、キュウコンが視線をグリーンへと向ける。そして、グリーンへと近づくと、彼の腰についているモンスターボールの一つを鼻先でつついた。

「……その子がどうしたの?」
「……苦手なのか?」

 キュウコンの一連の動作を見ていたグリーンが、キュウコンへと尋ねる。キュウコンはグリーンの言葉に頷き、再び彼から距離を取った。

「そのボールに入ってるのはどんな子?」
「カイリキーだ」
「キュウコンとは何か関係があるの?」
「……捕まえるとき、少し、な」

 捕まえるとき、そのカイリキーとバトルをしたのだろうか。けれど、同じトレーナーの元で暮らす仲間なのだから、仲良くしてもらえないとトレーナーとしては困る。……でも、もしかしたらそれはボク達トレーナー側の押し付けかもしれない。

「キミはグリーンが好き?」

 しゃがみこみ、キュウコンに尋ねる。少しの間の後、キュウコンはゆっくりと頷いた。続けてグリーンと一緒にいたいか、と質問を重ねると、キュウコンは再び頷く。グリーンはそのキュウコンの様子に驚いたようで、目を見張っている。けれど、ボールに入ったのだから、この子がグリーンに少なからず好意を持っているのは当然のことのはずだ。

「力になるよ」
「は?」
「キミと、この子と、カイリキー。やっぱり、仲良しが一番じゃないか」



 グリーンがボールを宙に放り、カイリキーを外に出す。ボールの中からボク達の会話を聞いていたらしいカイリキーは、グリーンに申し訳なさそうな顔をしていた。グリーンはそんなカイリキーを優しく撫でていて、そしてその横顔がはっとするほど穏やかなもので、やっぱり彼も同い年のトレーナーなんだなとしみじみと感じる。

「それで?」
「うん?」
「……どうするつもりなんだ?」
「ああ、うん。そうだね、カイリキーがキュウコンの頼りになる仲間なんだって知ってもらうのが一番じゃないかなって思うんだ」
「……つまり?」
「ボクのポケモンと、カイリキーとでバトルしようよ。……勿論、わざと負けるつもりなんてないからね」

 自分のボールを宙に放り投げる。中から出てきたディディはやる気十分なようで、地面に足をつけると低く呻り声を上げた。グリーンが「へえ」と笑う。カイリキーが彼の前に立ち、姿勢を低くした。キュウコンの視線が此方に向く。「それじゃあ」ボクのその言葉が合図だった。

「カイリキー、からてチョップ!!」
「ディディ、かけぶんしん!」

 カイリキーが四つの腕をディディへと振り下ろす寸前、その攻撃を躱すために後ろへ飛んだディディの姿が複数に分かれた。増えたディディはカイリキーを取り囲み、口の端からちらちらと炎を漏らす。

「かえんほうしゃ!」

 最初に言った通り、負ける気なんてない。だからこそ、ひのこではなくかえんほうしゃを選んだ。
ディディの口から吐き出された業火がカイリキーへと迫る。けれど、グリーンは狼狽えることなく此方をじっと見ていた。同じくカイリキーも、自身へと襲い掛かろうとする炎を前に、平静を保っている。そして。

「カイリキー、あなをほる!」
「!」

 全身が焼き尽くされる、その寸でのところだった。カイリキーの四本の腕が土を掘り返し、そしてその中へと飛び込む。ディディの放った炎は互いにぶつかり合い、そして消滅した。ぐ、と唇を噛みしめる。かげぶんしんで姿が増えているものの、あなをほるは地面タイプの技だ。もしもかげぶんしんではないディディに当たったら、大ダメージは免れないだろう。

「……出てこい、カイリキー!」
「!?」
「じしん!!」

 地中からカイリキーが姿を現す。けれどそれは、ディディへの攻撃ではなかった。ボクが状況を理解するよりも先に、畳みかけるようなグリーンの指示がカイリキーに飛び、そして地面が大きく揺れる。「ディディ!」叫ぶのと同時に、一体、二体とディディの姿が消えていった。唯一消えることのなく残ったディディは──。

「……お疲れ様、ディディ」

 目を回し、地面に倒れ伏していた。倒れたディディに近寄り、その身体をそっと抱き起す。よく頑張ってくれたね、とボールに戻そうとすると、それよりも先にグリーンが懐から取り出した何かをディディへと向けた。淡い光がディディを包みこみ、少しの間の後、ディディがゆっくりと瞼を開く。

「え、こ、これって……」
「げんきのかけらだ。……あとはきずぐすりを吹きかけてやれ」
「あ……ありがとう!」
「……礼を言うのはオレの方だ」
「え?」

 つい、とグリーンが視線を動かす。その先を追えば、恐る恐るではあるが、カイリキーへと近寄るキュウコンの姿があった。「わあ、」というボクの感嘆の声と、「ふう、」というグリーンの呆れたような、けれどどこか嬉しそうなため息が重なる。

「へへ、良かったね」
「……ああ」

 これにて一件落着。キュウコンはこれからもずっと、グリーンと一緒にいられるだろう。

20180821
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