グリーンと別れて数日。ボクは無事知り合いに見つかることも無くタマムシシティ近郊を通り過ぎ、情報収集の旅を続けていた。目的地は大都会、ヤマブキシティだ。ヤマブキは人の出入りが激しい街だから、なにか情報があれば、そう考えながらヤマブキシティへと歩みを進める。けれど不思議なことに、道中あれだけいたはずのトレーナーの姿がヤマブキシティへと近づくにつれて明らかに少なくなっていることに気がついたのは、ヤマブキシティへと続くゲートが視界に入るほど近くになってからのことだった。体がぶるりと震え、頭が警鐘を鳴らす。この先に、何か危ないことが待ち受けていると、ボクの勘がそう言っていた。
 ここまで来てしまったけれど、引き返すべきだろう。今タマムシシティで何が起きているのか、近場のポケモンセンターで調べてから来ても遅くないはずだ。第一、危険なことには首を突っ込まないことが賢明に決まっている。脳内で自導き出した結論に従って踵を返そうとする。そんなボクを止めたのは、もう耳に馴染んだ女の子の声だった。

「パープルじゃない!」
「え?……ブルー!」
「こんなところで奇遇ね!アンタもヤマブキシティに行くの?」
「うん。貴方も……ってことはやっぱりブルーも?」
「そうよ」

 毎度のように突然姿を現したブルーは流れるような動きで、ボクの右腕に自身の両腕を絡ませる。どうせ何を言っても離れないであろうことは今までの経験上理解しているので、好きなようにさせていると、ブルーは青色の瞳を細めて、「でも……」と呟いた。ボクが「でも?」と続きを促すと、彼女は舌の上で何度か言葉を転がし、やがて「妙なのよね……」とぼやく。

「パープルも感じてるんでしょう?」
「……まあね」

 ブルーも、人が一人も見当たらないこの景色を不気味に感じている。やはり引き返すべきだろうと思うも、「でも!」とブルーが声を張り上げ、そして両腕を絡ませているボクの右腕を強く引っ張った。ぐん、と突然強い力で引っ張られたおかげで身体が前のめりになり、倒れるのを防ぐために咄嗟に右足が前に出る。何するの、口から文句の言葉が飛び出しかけたが、それよりも先に視界に入ったブルーがにこりと笑った。

「進まなきゃなにがあるかなんてわからないわよね!」



「それでこれかあ……」

 本当になにがあるかなんてわからなかったな、と思わずぼやくと、ブルーもお手上げと言わんばかりに両手を腰に当ててため息をついた。ボク達の行く手を阻むのはバリアだ。エスパータイプのポケモンが作ったことは間違いないであろうそれは、ボクとブルー、どちらのポケモンのわざでも破ることは叶わなかった。バリアの先にヤマブキシティは見えているのに、これ以上進むことが出来ないのは歯痒い。勿論強硬手段をとる前にゲートで管理人に中に入れてくれ、と交渉したが、すべてのゲートでここは通り抜け禁止だと突っぱねられたのだ。

「……中でなにかあったのかな?」

 バリアの向こう側にも人は見当たらない。いよいよきな臭くなってきたところだ。間違いなく、ヤマブキの中では何かの騒ぎが静かに起こっている。これまでの経験からして、関わったらボクの身が危険に晒される騒ぎの類だろうし、人がいないならボクの用事はないな、と言いたいところだが、ここで引き返すなどという薄情な真似をブルーが許してくれそうにないし、何より明らかに危険なにおいのする場所に女の子一人を置いて帰るなんて、余りにも酷すぎるだろう。
 とりあえず空から様子を窺ってみることにしようということに話が纏り、ボクはブルーからプリンにへんしんしたメタちゃんを借り、ブルーは本当のプリンをボールから呼び出す。

「ボクも飛べる子仲間にしたほうが良いかなあ」
「その方が色々便利よ」
「だよねえ……」

 今までこれと言った希望もなく、仲間になってもいいよ、とか連れて行ってほしい、とか言ってくれる子ばかり捕まえてきたけれど、やっぱり今後の旅路を考えるとひこうタイプは必要だろう。あまりそういった捕まえ方は好きではないのだけれど、それはそれ、これはこれだ。まあでも、いい出会いがあればいいのになあ。家族を引き剥がすようなまねをするのは御免だし。
 ぼやいている内に強い風が吹く。その風に煽られ、へんしんしたメタモンとプリンが地面から浮き上がった。

「……うーん」

 空から確認してみて改めてその異常さに息を呑む。ヤマブキシティは完全にバリアに覆われていた。町からは一般人が消え失せ、代わりに見覚えのある黒い服──ロケット団の団服を着た人達が我が物顔で闊歩している。隣でいつの間にか前にも見たゴーグルのような不思議な機械を身に着けていたブルーも、同じようにヤマブキシティの異常さを目の当たりにして何かを思案しているようだった。

「……どうする?」
「……どうしましょうか」

 正直に言って、打つ手なしだ。何かが起こっていることには気がついているのに、ボクらの手持ちではこのバリアを破ることが出来ない。

「……あら!」
「うん?」

 突然ブルーが声を上げる。その視線の先を追えば、オレンジ色が目に眩しい、凛々しい表情のポケモンに跨って空を飛ぶ紫色の服を着た少年──グリーンがそこにいた。グリーンも空に浮かぶ二体の桃色のポケモンと、その足を掴んでいるボクとブルーの存在に気が付いたのか、顔をこちらに向ける。

「いい男発見!こんにちはーっ、デートしない!?」
「な、なんだあの女!?……無視だ、無視!」
「行かないでよーーーっ!グリーンーーー!」

 謎のゴーグルのような機械をつけた少女──どう見ても不審な格好をしたブルーに声をかけられたグリーンは、ぎょっと目を見開き、針路を変更した。確かにどう考えても不審者でしかないし。関わらないほうが吉だと判断したのだろう。でも、ボクはヤマブキに入る為にグリーンの力を借りたいわけで。
 大声でグリーンを呼び、戻ってきてと言外に訴えるが、グリーンはそのまま上からヤマブキに入ろうと降下していく。慌てて「バリアがあるんだ!危ないよ!」と忠告するも、それよりも先にグリーンのポケモンが強力なバリアに弾き飛ばされた。

「おい、パープル!それならそうとはやく……!」
「そ、そんなに怒らないでよ……そもそも早とちりしたそっちも悪いと思うんだけど!?」
「アラ、パープルとあなた、知り合いなのね」
「ああうん、まあね」
「……それにしても、このバリア。町全体をおおっているなんて、ただごとじゃないわね」

 漸くブルーはゴーグルを外し、真剣な面持ちでそう言った。彼女もボクと同じ結論に達したらしい。横で静かにブルーの言葉を聞いていたグリーンも、その端正な顔立ちに真剣な色を滲ませて、じっとヤマブキシティを見下ろしている。
そんな彼の跨っているポケモン。オレンジ色と大きな翼が雄雄しいポケモンの口の端から、チラチラと見え隠れする炎に、もしかしてと一縷の望みをかけて口を開く。

「ねえ、グリーン」
「……何だ」
「キミのポケモン……えっと、その子のわざでこのバリア、破れないかな?」
「そうね。ちょっとやってみてくれないかしら?」
「……」

 そういえばまだポケモン図鑑を翳していなかった。そのせいで名前が分からず、曖昧な言い方になってしまったが、ブルーの後押しもあり彼は「リザードンだ」と、一言告げて、その場で旋回してみせると、リザードンに”かえんほうしゃ”を命じた。その声に応え、リザードンが大きく口を開け、勢い良く炎を吐き出す。
しかし、それでもヤマブキを覆うバリアは破れなかった。バリアはリザードンの業火を受けて尚、ボク達の行く手を阻んでいる。

「……」
「ねぇ、あなた!どうしてヤマブキに入りたいか知らないけど、ここはアタシ達と手を組まない?」

 破られることのないバリアをじっと見つめていたグリーンはやがてぷいと顔を背けると、ブルーの言葉を無視して何処かへ飛び去って行った。ちらりと見えた不機嫌そうな横顔に、グリーンと初めて会った日のことを思い出す。不愉快そうに歪められた端正な造りの顔。相変わらず嫌な奴だな、と思った。彼の方は、他人にどう思われてようがお構いなしなようだけど。

「ブルー、どうする?」
「……あの人……グリーンが戻ってくるの、待ってみましょう」
「戻ってくるかな?」
「来るわよ」

 きっぱりと断言したブルーに首を傾げるが、まあ、確かにボクとブルー二人ではもうどうしようもないわけで。ボク達二人は一度地面に降り立ち、グリーンが飛び去った空の向こうをじっと見つめることになった。
 グリーン、なんとかバリアを破る方法を見つけて帰ってきてくれないかな、と思う。何をしているか分からないけれど、カスミのギャラドスにしたこと、ミュウを利用しようとしていたこと。その二つを思い出せば、ロケット団を放っておくことも、そんな危ない場所にブルーを置き去りにすることもできる筈がない。
 祈るような気持ちで、鮮やかなオレンジ色を空に探した。

20190523
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