何もせずにじっとしているのは、落ち着かない。
 待っている間にも出来ることはないだろうか、と思案した結果、地下の守りは薄いのではないだろうかとボールからサンサンを出して、”あなをほる”をお願いしてみた。どうだろうか、と黙って様子を窺うも、サンサンは自身で掘った穴に潜ってすぐ、額を押さえて穴から飛び出してきた。

「サンサン!?」

 サンサンの大きくて黒い瞳は涙で潤んでいて、駆け寄ればボクの足にしがみついてくる。相当痛かったのだろう、小さな手を優しく掴んで額を見てみれば、赤く腫れていた。どうやらボクの期待とは裏腹に、地下からも侵入することは不可能だったらしい。
 勢いよくバリアにぶつかって怪我をしてしまったサンサンに「ごめんね」と謝り、バッグからきずぐすりを取り出すとその額に吹き掛ける。

「……ね、何処にも行かないの?」
「……どういうこと?」
「パープルはもう、ヤマブキには用はないでしょう?」

 ボクとサンサンの後ろ、ずっと無言で空を見上げていたブルーが不意にそう口にした。まあそうだね、とサンサンの額を確認しながらボクは彼女の問いに答える。その問いに対する答えならば、ヤマブキを我が物顔で闊歩するロケット団を見たとき、すでに出ていた。このまま、ロケット団を放置することをボク自身が許せないから。そして、そんなロケット団がいる危険な場所に、彼女一人残して自分だけ逃げるなんてことも、できないから。

「ま、乗り掛かった舟だからね」
「……ウフフ、泥船かもしれないわよ?」



 不意に、風が吹いた。「メタちゃんに掴まって!」と突然の声が聞こえて、その声に押され、ほぼ無意識に未だプリンにへんしんしたままのメタちゃんの足を握った。すると、当然の如く風によってメタちゃんの体が持ち上がる。ボクの足も地面を離れ、ふわふわと宙に浮いた。ブルーも同じように、本物のプリンの足に掴まっているのが見える。

「な、なになに?」
「グリーン、戻ってきたみたい」
「……レッドもいる!」

 二人は空を飛びながら言い争い、バリアを破ろうと四苦八苦している。グリーンの方は再びリザードンのかえんほうしゃをバリア──一番薄いと思われる中央部にである──にぶつけている。しかし、バリアが破れる様子はない。ボクも手助けしようと腰のモンスターボールに手をかけるも、それより先にグリーンは中央部から破ることを諦め、地面に降りた。追いかけるようにしてレッドもポケモンをボールに戻し、地面に足を付ける。

「……なにしてるんだろう?」

 地面に降り立った二人の動きが止まる。グリーンはボールから別のポケモンを出し、レッドはピカチュウに何かのわざを命じたみたいだけれど。隣で体勢を変え、プリンの上に覆いかぶさるようにして宙に浮いていたブルーは、大仰なため息をついた。それから、段々と二人のもとへ落ちていく。

「バッカみたい!!」

 突如背後に降り立ったブルーを振り返る二人。驚愕の表情を浮かべる二人を気にせず、ブルーは続けた。二人の力を合わせたらバリアを破れるかもしれないのだから、今はつまらない意地をはっていてもしょうがない、と。二人が顔を見合わせる。どちらも眉を寄せて険しい表情をしていたが、ブルーの後押しもあり、意地の張り合いはやめるらしい。
 ボクも二人のもとへ降りていき、レッドに手を振る。レッドはどうしてここに、と驚いていたが、直ぐに今はそんなことを気にしている場合ではないと思い直したように表情を引き締めた。

「頑張れ、レッド、ピカチュウ!」
「おう、任せとけ!……頼んだぜ、ピカ!」

 レッドが腕の中に抱えたピカチュウ──ピカにそう声をかける。そしてすぐにグリーンのポケモンであるゴルダックからピカに波長が送られる。中の様子、このバリアをはっているポケモン。それらを知ったバリアの中にいるピカは、一目散に駆け出した。
 それから間もなく、レッドの指示に従ったピカの強力な10まんボルトが中にいるポケモンを襲った。みるみるうちにバリアが解けていく。

「さすがぁ!」
「……やった!バリアがなくなった!」

 レッドと二人、飛び上って喜び合う。しかし、グリーンはそんなことに興味はないのか喜びを分かち合うボクとレッドを無視して走り出した。「ちょっと!」「オーイ!まてよ!!」と呼び止めるボクとレッドの声を背中に受けるも、グリーンは一切反応することなく走り続ける。
 知ってはいたけれど、薄情なやつだ。「ブルーもそう思うよね?」と彼女に話題を振ったところで、はた、と気づく。

「……ブルーいなくない!?」

 バリアを破る二人に気を取られていたからだろうか。黒いワンピース姿はどこにも見当たらない。急いでディディのボールを宙に放って「ブルーを追える?」と聞くと、ディディは頼もしい表情で力強く頷いた。そうと分かれば役割分担だ。レッドの方を振り返る。

「よし、レッド。ボクはブルーを追うよ。キミは今すぐグリーンを追って」
「あ、ああ……そうだ!」
「なに?」
「コレ、タマムシのジムリーダーのエリカから、パープルに渡してくれって預かってたんだ!」
「!?」

 ぐい、と手のひらにモンスターボールが押し付けられる。慌てて落とさないように包み込めば、レッドはひらりと身を翻した。

「じゃあな!」
「あ……」

 そうして手を振りながら、レッドは走り去っていた。
 呼び止めることも出来ず、レッドに渡された手の中のモンスタボールを眺める。そっと覗いてみると、中に入っているのはクサイハナだった。目が合った瞬間、中のクサイハナが笑う。その笑顔を、ボクは知っていた。いや、違う。ボクはこの子のことを、良く知っている。サンサンも、ディディも。この子がナゾノクサの頃から、ボク達は友達だった。
 綺麗に切り揃えられた黒い髪が、彼女によく似合っていた上品な長いスカートが、ボクの頭を揺さぶる。この子は、エリカちゃんのポケモンだった。そんなこの子が、レッドのもとにいた理由。ボクのもとへきた理由。それは、きっと。

「……宜しくね、ハナナ」

 何も言わないで出て行った。それは、エリカちゃんにも、ハナナにも。でもきっと、たくさん迷惑をかけた。忙しい彼女にとって、ボクと母さんの存在はどれほどの重荷だったか、なんて。ボクには分からない。計り知れない。
 それでも、エリカちゃんはボクにハナナを託してくれた。彼女の大切なポケモン。これから危険な戦いに飛び込むボクに、彼女は力を貸してくれる。

「ブルーを追おう!」



 ブルーのにおいを追ったディディに案内で辿り着いたのは、ヤマブキで一番大きなビルの裏口だった。どうやら彼女はここから中に忍び込んだらしい。レッドとグリーンを自分の思い通りに利用して、自分はいち早く中に侵入。流石ブルーだというかなんというか。ここまでくると呆れを通り過ぎて脱力してしまう。
 周囲にロケット団がいないことを確認して、ボクも素早く裏口から中に忍び込む。眼前に広がるのは大階段。ディディは強く吠えて、階段を上り始めた。ボクもその後に続く。

「それにしても、静かだな……」

 あまりにも不気味過ぎる。背中はぞわぞわと寒いし、何よりピリピリと肌を刺す凍てついた雰囲気が痛い。しかし、そうもいっていられないのが現実なわけで。ディディは三階まで上ると、階段を外れて一つの部屋の前で止まった。重厚な扉。「この中にいるんだね?」ディディに尋ねると、ディディはボクの瞳をしっかりと見つめ返し、頷いた。

「よし」

 自分を鼓舞するように呟いて、重たい扉を開ける。開いた扉の先、広がっていたのは暗闇。しかし、やがて目が慣れてきたのか、部屋の全貌が明らかになる。

「……家……?」

 そこに広がっていたのは、忌々しい記憶しかない、飛び出したはずの家だった。

20190524
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