合体したポケモンが室内を暴れ回る。
火、氷、雷。三つのタイプのわざが出鱈目に繰り出されて、ボクとレッド、ピカは逃げ回るので精一杯だった。
「これは!?」
「そうだ!伝説の鳥ポケモン。機械から発生したエネルギーを集めこの3匹は……」
ナツメがそう言いかけたところで、外に逃げたはずのブルーが部屋に飛び込んでくる。しかし、暴れ回る鳥ポケモンを目撃した瞬間彼女の顔からは血の気が消え失せ、「ぎゃあああああ!」と悲鳴をあげて気を失ってしまった。崩れ落ちる彼女の体を支えようと駆け寄ろうとするも、炎が上から降ってきて近寄ることすらできない。代わりにレッドが、ブルーを守るように彼女の前に立ちはだかった。
「クッ……」
「炎!氷!電気!!」
「うわあっ!」
「レッド、ピカ!」
三つのタイプを含んだわざに襲われるレッドとピカ。直撃こそしなかったものの、その力はビルの壁を容易く打ち砕いた。ぽっかりと開いた穴に、背筋が冷たくなる。あんなもの、当たったらどうなるかなんて考えるまでもない。
ナツメは壁を壊すほどの破壊力を持つわざを何度も繰り出すポケモンを見て、満足そうに笑う。そして、一体のポケモンを床に投げ捨てた。
「イーブイ!」レッドが駆け寄る。ナツメは、イーブイがこの三体の合体実現のための実験体として使われていたことを、冷酷に語ってみせた。ナツメにとって、はポケモンもマサラタウンの住民も道具以外の何物でもないと言葉の端々に悪意が滲んでいた。
「この……っ!出てきて、ハナナ!”はなびらのまい”!」
「ふん、ムダだ!”ふぶき”!」
ボールから飛び出すのと同時に、舞い散る花弁。しかし、その全てはナツメに届くことはなく凍り付き、床に落ちた。唇を噛みしめ、ナツメを睨みつけながらも次の手を必死に考える。ファイヤーたちの解放と、マサラタウンの人々の救出。どちらも諦めるわけにはいかない。
ボクはもうマサラタウンの住民ではないけれど、ボクの中の温かい思い出はすべてマサラタウンに眠っている。きっとマサラタウンはボクの心の故郷だった。そしてそこを私欲を満たすために土足で踏み荒らされて許せるほど、ボクは甘い人間ではない。
頭をひたすらに回転させる。不意打ちは無理だ。かと言って、正面切って戦えるほどの強さがボクにはない。しかしこの女は、この組織だけは、絶対に許せない。ハナナにもボクの怒りが伝わっているのか、わざを無効化された後だというのにハナナは威嚇するようにナツメを睨みつけている。
「ハナナ、”ようかいえき”!」
「フッシー!お前もだ!”つるのムチ”!」
「ムダだと言ったハズだ!」
ハナナとフッシー、二匹の猛攻が迫る。しかし、それすらも容易く振り払われ、ハナナとフッシーが吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされた先、そこにあるのはついさっき鳥ポケモンが開けた穴。ハナナ達が危ない。そう思ったら、ボクの体は自然と動き出していた。レッドの叫び声が聞こえる。それでも足は止まらない。
「パープル!」
「ハナナ!フッシー!」
穴から外へ弾き飛ばされた二体を追って、ボクも飛び出す。もはや一か八かの賭けだった。鳥ポケモンの攻撃を受けて落下するフッシーに、大声で叫ぶ。
「お願いだ、フッシー!”つるのムチ”で足場を作って!」
これで駄目だったらもうどうしようもない。最悪の事態を想定して、来たる衝撃に備え目を瞑り身を固める。しかし、痛みはいつまでたっても来ず、代わりに跳ねるような不思議な感覚がした。恐る恐る瞼を開ける。そこには、ボクの指示通りつるのムチでネットを張り、ハナナとボクを助けてくれたフッシーの笑顔があった。
「あは……フッシー、ありがとう!ハナナも、よかった」
嬉しそうに笑うフッシーとハナナを抱き締め、落ちてきた穴を見上げる。あんな高いところから降りてきたのか。人間の無意識の行動とは恐ろしい。
しかし、咄嗟のことだったとは言え、レッドと気絶したブルーを置いてきてしまった。ここから戻ろうにも、手をかけられそうな場所は他に見当たらない。
「そうだ!リュリュなら……」
咄嗟に思い付き、ハナナと交代でリュリュに出てきてもらう。そしてなんとか上までいけないか交渉しようとしたところで、ふっと大きな影がボクを覆った。「パープル!」とボクを呼ぶ声。上を仰ぎ見れば、そこにはリザードンに跨ったグリーンがボクを見下ろしていた。
「グリーン!」
「こんなところで何を……」
「いい所にきた!」
「ハ?」
「ボクもリザードンに乗せて!上に戻りたいんだ!」
グリーンが怪訝そうに眉を顰める。すぐに上から聞こえてくる轟音に気が付き、力強く頷いた。ボクはフッシーに万が一に備えて足場で待機しているように伝えるとリュリュとハナナをボールに戻し、伸ばされたグリーンの手に掴まってリザードンの背に跨る。
「行くぞ!」
「オッケー!」
リザードンが羽ばたき、一瞬で穴の前に戻った。ブルーは依然として気絶したままだが、ナツメと対峙するレッドの背には未だ闘志が燃えていた。ピカが果敢にナツメに迫る。
「くそーっ!オレたちの町を汚されてたまるかー!」
「そのとおりだ、レッド!……あきらめるのは、まだ早いぜ!」
「ボクも加勢するよ!」
グリーンのリザードンが口を開け、ピカの背を押すように炎を吐き出す。ボクは今度はカメカメをボールから出すと、カメカメも同じように口から勢いよく水を吐いた。
「こしゃくな!ムダだと言っているのが……わからないのかぁーっ!」
しかし、それすらもナツメの指示を受けた鳥ポケモンには届かなかった。逆にピカ、リザードン、カメカメの技を掻き消した鳥ポケモンのわざがリザードンに直撃し、ボクとグリーンは縺れ合いながら床へと落下する。
「レッド、グリーン、パープル!あなたたちなかなかチャーミングだったわよ。何年か後が楽しみだったかも。でもサカキ様の魅力には遠く及ばないわ、ウフフ」
ナツメは再び口の端を吊り上げて、たった一人楽しそうに笑う。そして、ボク達をじわじわと嬲り殺すかのように、かぜおこしの指示を出した。
ボク達を暴風が追い詰める。瓦礫を薙ぎ払いながら身動きを封じる荒々しい風に、成す術がない。ただ体を守りながら、なにか突破口はないかと視線を彷徨わせる。
「ピクシー!」
そんなとき、レッドが動いた。床に倒れ込んだままのブルーの手からこぼれたボールと月の石を拾いあげると空に翳し、それを受けてブルーのポケモンが姿を変える。
ボールの中からはじけるようにして出てきたピンク色のポケモン、ピクシーは柔らかな表情のまま指先を軽やかに振ると、その体が目にも止まらぬ速さでナツメの懐に飛び込む。
「こ……これは!”でんこうせっか”!」
「よし!」
それからピクシーが指先を振るたび、その体から飛び出すわざは変化していった。れんぞくパンチ、はかいこうせん、みだれひっかき。可愛らしい姿かたちからは想像できないような激しい攻撃が鳥ポケモンを襲い、ボクたちを追い詰める暴風がぴたりと止まる。
「”ゆびをふる”はランダムにいろいろな攻撃が出る特殊技!しかも、ピクシーに進化した今、個々の攻撃力も急激に上がっている!」
「突破口は開けた。次の手は……」
「させるか!」
更に追撃をしかけようとしたレッドをナツメの怒声が掻き消す。そしてその声に呼応するかのように鳥ポケモンはピクシーを振り払い、強烈なわざでボク達が立つ床を打ち砕いた。
「うわあーっ!う……ああ!」
「うああ!!」
足場を失った体が下へと落ちていく。慌てて意識のないブルーを抱き締めて、ボクは下を見た。
「レッド、グリーン!」
内臓がひっくり返るような気持ち悪さを感じながらも、ボク達を見上げるフッシーの作り上げた足場の上に落ちるように体を捻りながら、二人の名を呼ぶ。
二人もすぐにフッシーに気が付き、上から降り注ぐ瓦礫から身を守りながらも、なんとか足場の上に着地した。そして、ブルーが長い睫毛を震わせて、瞳を開ける。
「全員無事だね?」
「ああ!」
「勿論だ」
大きな怪我がないことを喜び合いながらナツメの残る上へと視線を向けると、確実にボク達を殺したと思っていたのか、怒りから顔を赤くしたナツメがこちらを見下ろしていた。
「ええーいっ!もう一度”ゴッドバード”だ!いけええい!」
ナツメの指示を受け、再び鳥ポケモンがボク達を殺すために猛然と迫る。しかし、目覚めたブルー、グリーン、レッド、そして、ボク。四人の力が合わされば、負ける気なしなかった。
「サ・ファイ・ザー、”ゴッドバード”!」
フッシーが、リザードンが、カメカメが、カメックスが。目前に迫る鳥ポケモンに向けて、それぞれのわざを放つ。わざとわざは激しくぶつかり合い、自然と拳に力が入ったその時だった。
フッシーとカメカメの体がぶるりと震え、闇を打ち砕かんばかりの輝きを放つ。
「進化だ!」
背中の蕾が花開くフッシー。みるみるうちに体が大きくなり、隣に並び立つブルーのカメックスと同じ姿に変わるカメカメ。二体の進化により、リザードン、フッシー、カメカメ、カメックスのわざが、鳥ポケモンのゴッドバードを押し返す。
「ビルが崩れる……その前に!」
大きな光が辺りを照らした瞬間、カメカメたちが放ったわざが鳥ポケモンを貫いた。轟音が響き渡り、三体の体がそれぞれに分かれる。
「やった……」
それぞれの体と正気を取り戻し、それぞれの居場所へと戻っていく三体の後姿を見送っていると、再び足元が揺れた。ビルの崩壊が始まったのだ。
「ビルが崩れるわ!」
「早く逃げよう!」
「急げ、レッド!」
土煙を上げながらビルが崩れ落ちる。ボクはその様子を見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。ロケット団の悪事は為されなかった。ファイヤー、サンダー、フリーザーは巻き込まれてしまったものの、ちゃんと解放された。マサラタウンの住民も既にグリーンが地下から救出しており、怪我人はいたものの犠牲となった人は一人もいなかった。長い夜が、漸く明けたのだ。
「パープル!」
「……エリカちゃん?」
ピンと張りつめていた緊張の糸がついに解け、足から力抜けた。そのまま地面に頽れて放心してると、不意にボクを呼ぶ声がした。
振り向くと、そこには泣きそうな顔をしたエリカちゃんがボクを見つめている。
「パープル、本当に、本当に……無事でよかった……」
ボロボロになったボクを見つめていたエリカちゃんは、やがて両手で顔を覆うと、肩を震わせた。その様を呆然と見上げていたボクは、力の抜けた足を叱責して立ち上がり、彼女に近寄る。
「ごめん、エリカちゃん、」
何から言うべきか迷うよりも先に、謝罪が口からこぼれ出た。たくさん心配をかけたこと。たくさん迷惑をかけたこと。それらを鑑みれば、当然の言葉ではあるのだけれど。
しかし、エリカちゃんは両手で顔を覆い隠したまま、首を横に振る。「そんなことは、どうだって」涙交じりに、そう呟いた。
「ただ、あなたが……パープルが、無事ならそれで……」
「エリカちゃん……うん、ボク、無事だよ」
「よかった、本当に、パープル……」
「ハナナを、ありがとう」
「大切に……大事に、なさってくださいね」
「勿論だよ」
だから、もう泣き止んで。そう囁けば、エリカは漸く顔を上げた。未だ眦から流れる涙を指先で拭うと、不器用に、けれどやはり美しく口元を綻ばせる。
その笑顔は、幼い頃からずっとボクを守ってくれていた笑顔だった。
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