激闘の末レッド、グリーン、ブルーと共にロケット団の悪事を挫き、レッドがポケモンリーグの頂点に輝いてから、気づけば二年の歳月が経っていた。
ボクは今も行方の分からないスピネルのことを探す傍ら、母さんに植え付けられた恐怖を乗り越えるべく肩まで伸ばした髪を切ったりスカートではなくズボンを履いたりと、男としてのボクを取り戻すことへの奮闘を続けている。
母さんのことは、ポケモンリーグが終わってから遠い病院に入院したとオーキド博士に教えてもらった。スピネルと似ているボクが母さんの前に姿を現せば、母さんの不安定な精神が刺激されて母さんの体に良くないからと、どこの病院にいるのかはボクは知らされていない。いつか治療の成果が出て、ボクをボクと認識してくれるようになったら、会いに行けるはずだ。オーキド博士のその言葉が、恐怖と戦うボクの背を押してくれている。
そんな日々を過ごしていたボクのもとに、ブルーは突然やって来た。
巨大な鳥ポケモン──かつてブルーとスピネルを攫ったのと同じポケモンかは定かではないが──を四天王のワタルという人物が操ろうとしている、という情報を手に入れたブルーは、ある日突然目の前に現れた。暫く彼女に会っていなかったため急な登場に一瞬驚いたけれどブルーはこういう人だった、とペースを乱されないように彼女に話の続きを促すと、ワタルは相当の実力を持つポケモントレーナーらしく、おまけに不思議な能力を持っているとブルーは続けた。ポケモンを操ろうとしているというどうにも穏やかではない情報から、巨大な鳥ポケモンの正体を突き止めるにはワタルとの衝突が免れないのではないか、とも。
しかし、話はそれだけでは終わらなかった。ブルーが持ってきた情報はワタルと巨大な鳥ポケモンだけではなかったのだ。
ブルーはボクの元に来る前日、トキワの森の近くでサワムラーに追われる傷だらけのピカチュウを見かけたのだと言った。トキワの森はピカチュウの生息地だから、そこにピカチュウがいるのは何も不思議なことではない。しかし、追いかけていたサワムラーが野生ではまず見ないポケモンであることとわざわざ傷だらけの”ピカチュウ”を見かけたと強調したことから、思考が嫌な方向に傾く。ボクとブルーの共通の知り合いでピカチュウを手持ちに入れているトレーナーは一人しかいない。
「追いかけられていたのはレッドのピカで間違いないわ」
「……やっぱり」
レッドに何かあったのだ。今ピカはどうしてるのと聞くと、ブルーはトキワの森で出会ったトレーナー──コラッタとドードーを連れたイエローという名前の、ポケモンの気持ちを読み取ることのできる不思議な力を持つトレーナーに託したのだと言った。いったいどうしてと尋ねれば、そのイエローというトレーナーはかつてレッドに助けられたことがあるらしい。
そしてどうやらブルーは、イエローが見せたポケモンの気持ちを読み取る力こそがワタルの持つ不思議な能力であると睨んでいるようだった。
「その子……イエローは今どうしてるの?」
「ピカと一緒にレッドの手がかりを聞いて回っているわ」
「……ねえ、レッドが行方不明になる前に戦った相手は分かる?」
レッドはポケモンリーグで優勝したことにより来る日も来る日も様々な様式の果たし状が届き、ここ最近はずっとポケモンバトルに明け暮れていたはずだ。そしてそのおかげで、レッドの手持ちポケモンたちは二年前よりももっとずっと強くなっていた。けれど、そんなレッドのピカが酷く傷つけられた。野生のポケモンにそんなことができるとは思えない。
それならば、どうしてピカがボロボロの状態で追われていたのか。考えられる答えは一つしかない。レッドが行方をくらます直前にポケモンバトルを挑んだ挑戦者が、ピカを傷つけ追いかけていたポケモンのトレーナーなのだろう。そしてきっと、レッドも──レッドのことだから最悪の事態に陥っているということはないと信じたいけれど──無事でいるとは考え難い。
「レッドが行方不明になる前に戦った相手の名前は志覇シバ。四天王のシバよ」
「──四天王」
「ええ。……ワタルと同じ、四天王の一人よ」
四天王。ついさっきブルーから聞いた巨大な鳥ポケモンを操ろうと暗躍しているらしいワタルも、四天王の一人。
ブルーに四天王のメンバーについて尋ねてみると、霊ゴースト使いのキクコ、氷使いのカンナ、格闘使いのシバ、そしてドラゴン使いのワタルの四人が四天王と呼ばれる凄腕のポケモントレーナーらしい。しかも、四天王は高い実力を持ちながらも各地にジムを構えて挑戦者を待ちながら町を守護するジムリーダーとは違い、何かを守護しているわけではないとのことだ。そのため動向が掴みにくく、ブルーの情報網をもってしても今までどういった活動をしていたのかは不明であるが、ワタルを頭に据えて四人揃って動いていることは確からしい。
レッドが行方不明になる直前に戦った相手である格闘使いのシバと、唯一シバに指示を出すことのできる立場にいるワタル。何故そんなことを、という部分が抜けているが、導きだせる答えは一つしかない。だからこそ、ブルーもピカを不思議な力を持つトレーナーであるイエローに任せたのだろう。
「……これからボクもレッドを探すよ」
「それなら、パープルにはイエローに力を貸してあげて欲しいの」
「イエローに?」
「アタシやグリーンは二年前のポケモンリーグで顔や名前が知られちゃっているでしょう?四天王もアタシのことは警戒しているはずだわ」
「成程。ま、ボクはバトル自体そんなにしてなかったし……どこまで力になれるかは分からないけれど。ブルー達ほど警戒されていないだろうね」
「そういうこと!イエローは今タマムシに向かっているはずよ。すぐ向かえば合流できるはずだわ」
「アタシのぷりりをかしてあげるから!」とブルーはボクの背をぐいぐい押しながら笑う。飛べるポケモンが手持ちにいないボクにとってはありがたい申し出だ、と頷きかけたところで、何かが可笑しいな?と思った。いや何かと言うか、何でブルーは今イエローがどこにいるか知っているんだろう、という疑問が浮かんだ。ポケモンセンターで連絡をもらったとか?いやでも、どこで四天王に会話を聞かれているか分からない現状、そういったものでの連絡は控えた方がいいはずだ。じゃあ手紙をもらったとか?しかしブルーは、イエローの手持ちはラッちゃんという名前のコラッタとドドすけという名前のドードーに、レッドのピカを加えた三体だけだと言った。
飛んでブルーのもとまで手紙を届けられるポケモンがいない。ブルーのぷりりをかりているという線も考えられなくはないけれど、だったらブルーが今みたいに気軽にボクにぷりりをかすだろうか、という新たな疑問が生まれる。
「……あのさあ、ブルー……」
「……」
「キミ、もしかしなくてもイエローに盗聴器とかそういう後ろ暗い何かの類をさ……」
「……さ、急いで急いで!」
「…………」
ブルーが腰から一つのボールを宙に放る。中から出てきたぷりりはみるみるうちに体を膨らませていき、ボクは呆れた気持ちのすべてをため息にのせて吐き出してから、その足を掴んだ。
間違いなくつけてるんだろうな、盗聴器。この様子ではイエロー自身はそのことを知らないのだろう。まあ知りたくもないだろうけど。二年前、ポケモンリーグで柔らかな微笑みとともにオーキド博士がブルーに告げた「どんな理由があっても、人をだましたり物を盗んだりしちゃだめだ」という言葉を思い出したが、まあ悪用しているわけじゃないし。一日中ずっと聞いている訳でもないみたいだし。イエローのプライバシーは守られているみたいだし。頭の中でブルーを擁護する言い訳をつらつら考えながら、博士が今後絶対このことを知らないように強く強く祈る。
「じゃあね、ブルー」
「しっかりね、パープル!イエローは麦わら帽子を被った金髪の可愛い子よー!」
ゆっくりと足が地面から離れていく。ブルーに手を振り、ボクは風に乗るぷりりに身を任せてタマムシへと向かった。
20200429