修行場所に向かっている間、イエローはこれまで何があったのかを教えてくれた。
 ボクの聞いた通り、ブルーに言われてレッド救出の旅に出たこと。ポケモンバトルは本当にしたことがなくて、一日だけブルーに手解きを受けたこと。タマムシに来る前に四天王のカンナに襲われたこと。
 ブルーの情報通り、四天王が総出で何かを成そうとしていることは明らかだった。ただ、どうしてそこまで執拗にピカを狙っているのかはいつまで経っても見えてこなくて、この疑問が晴れるときはレッドと再会したときかもしれない、と思った。



 ボクとイエロー、グリーンを乗せたリザードンが辿り着いたのは、野生のポケモンも何も見当たらない荒れた土地だった。イエローは体力が尽きたのか、到着して早々眠りについた。女の子をごつごつした地面で寝かせるのは気が引けて気休め程度にしかならないだろうけれどバッグの中から取り出した布を敷いたけれど、見たところイエローはどこでも寝れるタイプの人間らしい。寝苦しさなど少しも感じていないのであろう安らかな寝顔で夢の世界に深く沈んでいる。

「……パープル」
「ん?」
「お前は今からオレとバトルだ」
「うん、よろしく!」

 グリーンとポケモンバトルをするのは彼のキュウコンとカイリキーの仲を取り持ったあの時以来だ。しかも元々強かったグリーンのポケモン達はこの2年の間に更に強くなっている。その上スピネルの情報を求めてあちこちを飛び回っていたとはいっても、必要最低限のバトルしかしてこなかったボクのポケモン達はレベルも経験もグリーンのポケモン達と比べると遥かに劣る。
 ボクのポケモン達を信じていないわけではない。それでもグリーンのポケモントレーナーとしての実力は本物だ。彼が手塩に掛けて育てた高い力量レベルのポケモン達とグリーンの冷静な判断力が組み合わされば、そこらのトレーナーでは話にもならない。そして今のボクは多分、話にならないタイプのトレーナーだ。例えグリーンが、ボクのことを評価してくれているとしても。ボクは冷静に自分のことを見つめることができる。

「胸を借りるね、グリーン!」
「どこからでもかかってこい!」

 だからこのバトルは、勝つことが目的ではない。グリーンのポケモンと戦うことでどこまで自分の弱さに気付けるか、どこまでグリーンの強さを盗めるか。それが目的のバトルだ。
 グリーンのボールからはゴルダックが、ボクのボールからはリュリュが飛び出す。「”ハイドロポンプ”!」、「”でんじは”!」ポケモンへの指示の声が重なり、ほとんど同時に技が放たれた。二つの技がぶつかり合う。みずとでんき、タイプ相性の面から言えばリュリュが有利なはずだった。しかし、圧倒的な力量レベルの差は、相性の不利を簡単にひっくり返してしまった。
 でんじはは容易くハイドロポンプに打ち破られ、ハイドロポンプが直撃したリュリュの体が地面に叩きつけられる。

「リュリュ、倒れちゃだめだ!”こうそくいどう”で逃げて!」
「ゴルダック、”ねんりき”で振り回せ!」

 ゴルダックの額の赤い部分が怪しく光ると、リュリュの周りの空間が歪む。完全に体の自由を奪われたリュリュは、成すすべもなく宙に浮きあがった。そのまま容赦なく振り回される。

「地面に叩き落とせ!」
「リュリュ!」

 リュリュの体が勢いよく地面に叩きつけられた。何度か起き上がろうと藻掻いたリュリュだったが、やがて力尽きたように瞳を閉じてぱたりと倒れ込んでしまった。対するグリーンのゴルダックは傷一つなく倒れ込んだリュリュを見下ろしている。力の差は明らかだった。何もできずに、ただ一方的に叩きのめされただけだった。
 一瞬で決着がついたバトルを脳内で振り返ると、見るからに力量レベルの高いグリーンのゴルダックと真正面から技の打ち合いを選んだのは失敗だったな、と思う。最初からこうそくいどうで素早さをあげて逃げ回りながら攻撃を当てるべきだった。覚えている技で少しだけ優位に立てるといっても、グリーンの強さは多少の相性の不利で揺らぐことはないのだ。元々優れたものではなかったけれど、更に勝負勘が鈍ってしまったのかもしれない。

「ごめんね、リュリュ……」
「……」
「あのさ……まだまだ付き合ってもらってもいい?」
「もとよりそのつもりだ」

 グリーンが頷く。ボクはディディのボールを掴む。朝はまだまだ遠く、イエローが起きる気配もしない。グリーンはとことんまでボクに付き合ってくれるつもりらしく、ボクを見据える鋭い瞳には自分から申し出たのだから逃げることは許さないとでもいうような、凄まじい圧が込められているような気がする。勿論逃げ出すつもりなどない。グリーンの瞳をしっかり見つめ返して、ボール投げた。

「お願い!ディディ、"こうそくいどう"!」
「逃がすなストライク、"でんこうせっか"!」



 ボクにもポケモン達にも苦しい時間はそれから何時間も続いた。グリーンのポケモンはボクの想像以上に強く、補助わざを駆使して有利に立ち回ろうとしても先制技を巧みに使いこなしてボク達に流れが向くのを許さなかった。一度でも判断を誤れば戦闘不能まで持っていかれる。かといって、ベストな選択肢を取ったとしてもグリーンは圧倒的な力の差で強引に場を支配する。強者とはこういう存在なのだと見せつけられているような気さえしてきて、二年前とはいえこんなにも強いグリーンを降したレッド──そしてレッドを失踪に追いやった四天王のトレーナーとしての力量はどれほどのものなのかと、対峙する前から恐ろしくなってしまう。
 それでもボクとポケモン達は必死にグリーンとグリーンのポケモン達に食らいついた。ポケモン達はボクの指示を聞いてグリーンのポケモンに立ち向かってくれたし、ボクは動き回るポケモン達へ的確な指示が出せるようにかつてないほど集中してポケモンの行方を追いながら、次の指示のために頭を回転させ続けた。しかし、どちらかに偏り過ぎるとボクとポケモンとの連携が乱れてグリーンのポケモンに強烈なわざをたたき込まれるものだから、咄嗟の決断力も求められてボク達はもういっぱいいっぱいだった。
 やがて太陽が昇り始めると夜闇に慣れきっていた視界がちかちかと点滅し始めて、集中力がぶつりと音がしたかのように綺麗に断ち切られたのが分かった。一瞬でそれを察したグリーンが指示を止めてポケモン達に歩み寄る。そしてボクのポケモン達も含めた全員をきずぐすりで治療してから、ボールの中に戻した。

「眠るなら安全なところにしろよ」
「……うん……ありがとう、グリーン……」

 ボクと同じように一睡もしていないはずなのに、グリーンの様子は普段とちっとも変わらない。それどころか今度は自分のポケモン達を更に鍛え上げるつもりのようで、ボクから離れるとすぐさま落石を利用してトレーニングを始めてしまった。

「と、とんでもないな……」

 グリーンは勿論、彼のポケモン達も。疲れた様子も嫌な顔も何も見せずに、グリーンについていっている。ボクとボクのポケモン達はもう限界だ。ずっと指示を飛ばし続けていたおかげで喉はガラガラだし、みんなもボールの中でぐったりしている。これほど激しいバトルは二年前にロケット団のナツメと戦った時以来だったためポケモン達の疲労は激しく、ぴくりとも動く様子はない。

「……あまりの眠気で頭が痛い……」
「ふああ……ああ」
「あ……おはよう、イエロー、ピカ」

 地面に横たわって夢の世界に飛び立とうとしていたボクと入れ替わるように、イエローとピカが目を覚ました。揃って大きな欠伸をする二人に声をかければ「おはようございます!」「チャア!」と元気のよい挨拶が返ってきた。

「わあ、パープルさんクマができてますよ!」
「クマ……ああ……情けないな……」
「寝てないんですか?」
「うん……ちょっとね。グリーンならあっちで特訓してるからさ、声かけてくるといいよ。ボクは寝るね……おやすみ〜」
「お疲れ様ですパープルさん、おやすみさない」

 立ち上がってグリーンを探しに行ったイエローの背中が見えなくなってから、目を閉じる。ただそれだけでボクの意識は夢の中に溶けた。



「パープルさん……あの、パープルさん……!」
「ん……?んんぅ……?うるさい……」
「ご、ごめんなさい……でも、起きてほしくて……!」
「だれ……?ああ……イエローかあ……」

 ぐらぐらと体を揺すられて意識が浮上する。まだ夢に浸っていたくて瞼を押し上げることを拒んだけれどあまりに必死に揺するものだから、諦めて目を開けるとそこにいたのはどこか焦った様子のイエローだった。
 上半身を起こして周囲を伺えば再び日が沈んでおり、空は特訓のときの暗さを取り戻している。少し寝すぎてしまった。目覚まし時計がなくては起きられないタイプの人間ではなかったのだけれど、それだけ深夜の特訓が堪えたということなのだろうか。もう少し早くに起きて特訓に戻れればよかったのだけれど、とそこまで考えたところで、ボクを起こした張本人であるイエローの存在を思い出す。

「どうしたの、イエロー。グリーンに起こすように言われた?」
「いえ、あの……少しだけアドバイスをしてほしくて……」
「アドバイス?」
「はい。グリーンさんにキャタピーを捕まえて強くしておくように、って言われたんです」
「キャタピー……こんなところに?」
「タマムシシティからついてきたみたいなんです」
「ああ、あの……」

 虫ポケモンは成長が早い。ポケモンは進化するとそれまでの姿よりもぐっと強くなるから、イエローの手持ちを強化するなら虫ポケモンは最適だろう。

力量レベル上げのアドバイスかな?」

 キャタピーがタマムシからここまでついてきた理由は、イエローに助けてもらったから以外の何物でもないだろう。それならば、直ぐにボールの中に入ってくれたはず。ただ、イエローはポケモンバトルの経験がボクよりも更に少ないからどうやってポケモンを強くすればいいか分からない、といったところだろうか。

「いえ、そうではなく……ポケモンを捕まえる方のアドバイスをお願いしたいんです」
「えっ!?」
「え?」
「あ、いや……ええっと……や、さっきキャタピーの存在に気付いたの?」
「朝起きてすぐです。でも、ポケモンを傷つけることが苦手で……」
「そうなんだ……」

 傷つけるのが苦手と語るイエローは、元来争いを好まない人間なんだろう。目と目が合えばポケモン勝負、という言葉が有名なポケモントレーナーには向いていないのかもしれない。それでもグリーンの指示通りキャタピーを捕まえようという気持ちはしっかりあるようで、今までずっとどうにか捕獲できないかと試行錯誤していたらしい。その証拠に体中泥だらけだった。

「ふんふん、事情は理解したよ。でもやっぱり戦わないとボールの中に入ってくれないと思うんだよね……。だから、キャタピーがなるべく痛い思いをしないように、キミのポケモン達がどんなわざを使えるのか確認してみよっか」
「は、はい!わかりました!」

 イエローが懐から図鑑を取り出してコラッタのラッちゃんへと向ける。レッドが消息を絶つ前に博士の元へ置いて行った図鑑は、イエローの役に立って本来の持ち主のところへ帰ろうとしているように見えた。

「ラッちゃんはたいあたりやでんこうせっかが使えるみたいです!」
「うんうん。あとは、特徴的な前歯を活かしたひっさつまえばとかだね。頑張って指示してみて」
「はい!」

 イエローがラッちゃんの元へ駆けていく。代わりにグリーンが背後から近寄ってきて、大きなため息をついた。

「これだけ時間をかけてもキャタピー一匹捕獲できないのか」
「まあボクも驚いたけどさ……グリーンの物差しでイエローを測るのは良くないと思うな」
「それは……そうだが……」
「今頑張ってるから、見守っててあげようよ」

 ラッちゃんがイエローの期待に応えようと必死でキャタピーにわざを繰り出す。キャタピーの方はわざを避けるつもりなどないようで、ただじっとイエローを見つめている。

「実はボクの手持ちも戦って捕獲した子は一体もいないんだよね」
「……一体も?」
「そう。もらったり、色々あって仲良くなったりって子しかいないんだ」

 サンサンは母さんから。カメカメはオーキド博士から。ハナナはエリカちゃんから。ディディとリュリュは色々あって仲良くなって、自分からボールの中に入ることを望んでくれた。

「……この辺りは、以前はもう少し草木があった」
「……うん?」
「恐らく工業地跡からくる地質汚染のせいで草木は枯れ、住んでいたポケモン達は移住したんだと思われる」
「へえ、そうなんだ……」

 突然修行場所について話し始めたグリーン。何事かと思っていると、グリーンは「ただ、僅かだが残って暮らしているポケモン達もいる」と続けた。そう続くとグリーンが次に何を言うか薄々感づいてしまって、余計なことを言ったかもしれないと心の中で独り言ちる。

「お前もポケモンを捕まえてこい」
「……」
「確か手持ちはサンドパン、ガーディ、カメックス、ミニリュウ、クサイハナの五匹だったな?」
「そうだけど……」
「もう一匹仲間にして手持ちの強化を図るべきだ」
「……そうですね……」

 そういうのあんまり好きじゃないんだけど。大体、親と離れ離れにするのは可哀想じゃない?と反論すると、野生で暮らしてるポケモンの殆んどが既に子離れ親離れを済ませているが?と一蹴されてしまった。確かにそうなんだけど。群れで暮らしているとはいっても天敵のポケモンと出会って子供が死んでしまったり、親がトレーナーに捕獲されたり、と野生の世界は厳しい。

「……頑張ってきます」
「行ってこい」

 イエローにアドバイスを求められたけれど、ボクに捕獲のスキルなんてない。どこかに穏やかな性格で、人間の話をそれとなく理解してくれて、ボクと一緒に行ってもいいよと意思表示してくれる優しい野生のポケモンはいないだろうか、と考えながら重たい足を引き摺るようにしてグリーンとイエローから離れ、ポケモン探しを始めた。

20201123