研究所から飛び出したポケモンを追って、ボクたちはトキワシティまでやってきていた。やっぱり研究所にいた男性はオーキド博士らしく、彼はボクとレッドよりさらにたくさんの汗を額に浮かべながらも必死にポケモンたちを捜索していた。
 やがて、時間はかかったが、見つかっていないポケモンは残り後一体というところまできて、その最後の一体を探すために辺りを見回すと、研究所に入って直ぐにレッドと見たフシギダネが古ぼけた建物の中へと逃げ込んでいくのが見えた。
 三人で後を追って中に入れば、フシギダネは奥で警戒しているようで、此方をきつく睨みつけている。敵意と警戒心が剥き出しで、大人しくボールに戻ってくれないどころか、お世話してくれていた博士にも気がついていない様子のフシギダネに、オーキド博士は一歩足を踏み出し、優しい声でフシギダネに戻ってくるように話しかけ始めた。

「さ、大人しくこっちへ来……」

 しかし、ボクの見立て通り目の前の人物がオーキド博士であることに気が付いていない様子のフシギダネは、身を守るために博士に体当たりを繰り出した。呻き声を上げて博士が後退すると、フシギダネもすぐに奥へと戻り、暗がりからこちらをにらみ続ける。
 恐らくだけれど、フシギダネは突然外に放り出されたせいで興奮しているんだろう。それは間違いなくボクとレッドの責任で、少しでもサンサンに宥めてもらえないだろうかと腰のボールに手をかけようとしたところで、それよりも先にレッドがオーキド博士の前に出た。
 そして、優しい声で、穏やかな表情で、レッドはフシギダネに語りかける。

「怖がらなくていいぜ、フシギダネ。……怖いんだよな……そうだよな……。外に出るの、始めてだもんな」

 フシギダネが驚いたような顔でレッドを見上げる。レッドはそんなフシギダネを安心させるために微笑み返すと、話を続けた。

「研究所で見たとき、ほかのポケモンとは別にしてあったよな……。自分以外の生き物を見るの、はじめてだったんだろう?」

 レッドの優しい言葉と穏やかな表情。そして、無理に距離を詰めようとしない態度に、フシギダネの表情から警戒の色が抜けていく。やがて、レッドは敵ではないと気が付いたらしいフシギダネは愛らしい表情で彼の足元にすり寄って見せた。
 これにて一件落着かとほっと胸を撫で下ろしかけるも、突然メリ、という重い音が鼓膜を震わせ、ボクの全身に嫌な予感が走った。レッド、博士、何か来る。しかし、二人に忠告するよりも先に、その”なにか”の方が姿を現した。

「野生の……格闘ポケモン、ゴーリキー!!」
「あ、危ない!」

 建物の壁を力のみで破壊し、中に侵入してきたのはゴーリキーだった。研究所のポケモンではない。ましてや、ボクやレッドの手持ちでもない。そして、近くで指示をするトレーナーの声も聞こえないとなれば、このゴーリキーは野生のポケモンで間違いないだろう。目を血走らせてボクたちを見下ろすゴーリキーからは明らかな敵意を感じる。
 そして、驚き慄くボクたちを見下ろしながら、ゴーリキーはボクたち目掛けて腕を振りかぶった。応戦しなくては、と慌てて腰のボールに手をかけるも、オーキド博士の体が大きく揺れて、ボールから手が離れてしまう。

「え?!ち、ちょっと博士!?」
「わあ!!」
「っ、レッド!」

 ゴーリキーの拳がレッドへと当たる。その寸前だった。背中のタネからむちを出したフシギダネがゴーリキーの腕をむちで縛り、レッドを守ったのだ。そのことにボクとレッドが驚いていると、口から泡を吹いたオーキド博士が頽れる。慌ててその身体を支えるが、ゴーリキーがフシギダネのムチを力任せに千切ろうとする気配がして、ボクは咄嗟にレッドに向かって叫んだ。

「レッド、ボクは博士を外に逃がす!悪いけど……」
「……あ、ああ!ゴーリキーはオレに任せろ!」

 レッド一人に任せるのは忍びなかったけれど、気絶した博士をゴーリキーが暴れる室内に残すのは危ないに決まっている。役割分担だ。レッドは中でゴーリキーの相手、ボクは博士の安全を確保。そして、博士の安全が確保出来次第、ボクもレッドと一緒にゴーリキーに応戦。そうと決まったら、急いで博士を建物から連れ出さなくてはいけない。
 流石に成人男性を一人で運ぶ力はないので、サンサンとディディに博士を運ぶのを手伝ってもらう。そして数分かけてやっとの思いで外に運び出したが、未だ中からはゴーリキーの暴れまわる音が聞えている。

「う、うう……」
「博士、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……ゴーリキーは……?」
「レッドが今……」

 引き摺るように外に連れ出したからだろうか。建物の壁に背中を預けるように座らせてすぐ、博士は意識を取り戻した。気絶する前後のことは覚えているのか、レッドの存在を探すように視線を動かす。しかし、ボクが現状を説明しきるよりも先に、突然窓が開いた。それと同時に、視界が眩い光に包まれる。

「ウッ!!」

 視界全てを焼き尽くさんばかりの光に、目を開けてはいられなかった。それどころか、目を開けられるようになってからも、直ぐには視界が元には戻らなかった。何度もまばたきを繰り返して、頭を振って、ようやく視界が鮮明になってから中を覗き込めば、そこには全身丸焦げで床に倒れ伏すゴーリキーの姿があった。

「な、なに……?何が起こったの……?」
「……ソーラービーム……。知っとったのか?」

 ふらつきながらも立ち上がったオーキド博士がレッドに問う。しかし、レッドは技を知っていたのではなく、フシギダネの姿を見て思いついたのだと答えた。その答えに、オーキド博士は口を開けて大きく笑い始める。

「ウハハハハハ!!」
「?」
「キミ、こっちへ来なさい!」
「は、はい……?」

 博士に呼ばれ、レッドも建物から出てくる。フシギダネはすでにボールの中に戻ったようで、穏やかな様子だ。博士はレッドからボールを受け取りその表情を確認すると、ボールを再びレッドの手のひらへと戻した。不思議そうな表情で、レッドが博士を見上げる。

「フシギダネはキミにやろう。もう、すっかりキミに懐いてしまったようじゃしな」
「ほ、本当に!?や、やった!」
「それから、ワシを必死に助けてくれたキミにも、このポケモンをやろう」
「……へ?ボクにも?」
「勿論だとも。その子はゼニガメという、みずタイプのポケモンじゃ」

 ボクに向き直った博士が白衣のポケットからモンスターボールを取り出す。そして、レッドと同じようにそのボールをボクの手のひらに乗せた。中を覗き込めば、水色の可愛らしいポケモンがこちらを覗き込んでいる。

「あは……ありがとうございます!」
「うむ」
「あ!それから、博士!オレ、ドロボウしようと思って研究所に行ったんじゃないです。強いポケモントレーナーになる方法が知りたくて……」

 譲り受けたフシギダネのボールを強く握り、レッドは研究所に訪れた自身の事情を語り始めた。どうやらレッドは、昨晩とある野生のポケモンに勝負を仕掛け、返り討ちにあったらしい。そしてそれが理由で、今よりも強くなりたいと思うようになったと言う。
 博士はレッドの詳しい事情を聞き終えると、難しい表情をして考え込み始めた。

「なら、キミは強いとはどういうことだと思うかね?」
「……え?」

 突然の質問に、レッドがぽかんと口を開く。

「技がたくさんあることじゃろうか?力量が高いことじゃろうか?それが強いポケモントレーナーかね?」
「……」
「そうではない。大切なのは心なのじゃ!キミが先ほどポケモンと通わせた心……。その心こそが、誰にも負けないポケモントレーナーとなるための道になるのじゃ」
「博士……」
「キミたち、名はなんと言ったかの?」
「レッドです」
「ボクはパープルです」

 ボクたちの名前を聞くと、博士は懐から二つの赤い箱を取り出してそれをボクたちに向けて差し出した。

「これは……?」
「これは”ポケモン図鑑”。キミがポケモンと出会うごとに、そのデータを記録していける」

 ポケモン図鑑。見たことも聞いたこともない機械に、とてつもなく貴重なものを貰ってしまったのでは、と思ったけれど、こちらを見つめる博士の表情にはボクとレッドへの信頼が滲んでいて、博士はボクたちがどういう人間であるかを今回の騒動で把握し、その上で信頼に足る人物だと思ってくれたからこそ、ポケモン図鑑をこの手に預けてくれたのだと理解した。
 そう考えると、例えとてつもなく貴重なものであっても、恐縮するほうが却って失礼なことなのだと気づき、ボクは博士の目を真っ直ぐに見つめ返す。

「その図鑑にすべてのデータを記録するころにはレッド、おまえは……究極のポケモントレーナーになっとることじゃろう」



 博士の言葉にしっかりと頷き返すと、レッドはポケモン図鑑を携えてフシギダネとニョロゾと共に旅立った。
 一方で、ボクはレッドの背を見送った後、博士に向き合う。

「パープル?どうしたんじゃ」
「ボクも、博士に聞きたいことがあってマサラまできたんです。勿論、ポケモンバトルのことではありません」
「聞きたいこと?」

 博士が不思議そうに首を傾げる。ボクは服の裾を握りしめて、祈るような気持ちで博士に尋ねた。

「はい。……六年前、マサラで起きた行方不明事件について」
「!……パープル、もしかしてキミは……」
「はい。六年前、マサラで起きた行方不明事件──その被害者の一人が、ボクの妹なんです」

20171001
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