「よし、行こうか」

 博士からスピネル捜索の話を聞き、それから数時間後。ボクたちは博士と研究所のポケモンたちに挨拶をしてから、トキワシティを旅立った。タマムシシティまでの道のりは、此処に来るまでに通った道だから、迷うなんてことはないはず。唯一トキワの森が不安要素だが、まあなんとかなるだろうと思う。悩みすぎるのも良くないと思うし。

「そうだ。出ておいで、ゼニガメ」

 トキワシティから少し離れたところでボクはふと立ち止まり、ボールからゼニガメを出す。新入りくんとのちゃんとした挨拶はまだだった。出てきたゼニガメは不思議そうに首を傾げていて、ボクは彼と視線を合わせるためにしゃがみ込み、声をかけた。

「これから一緒に旅をするパープルだよ。この子はサンサン。そしてこの子はディディ」

 ボールからサンサンとディディを出せば、二体はすぐにゼニガメへと駆け寄っていった。嬉しそうにじゃれつかれることに少し戸惑い気味だったゼニガメは次第に表情を変え、笑顔で二体と戯れ始める。

「ボクのポケモンたちにはね、みんな名前をつけてるんだ。だからゼニガメ、キミにも名前をつけていいかな?」

 ゼニガメの緊張がほぐれてきた頃、ボクは再びゼニガメに声をかけた。ゼニガメは此方を見上げ、それからぶんぶんと体全体を使って肯定の返事をしてくれる。その愛らしい姿に、思わず笑みを零しながらもボクは此処に来るまでに考えていた名前を紡ぐ。

「キミの名前はカメカメ。どうかな?」

 一瞬きょとんとした表情を浮かべて、それから”カメカメ”が自分の名前であることを理解したのか、カメカメが嬉しそうに破顔した。ああもう、可愛いなあと癒されながらも改めて今日からよろしくね、と挨拶を告げてから再び三体をボールに戻す。

「よーし!それじゃあ、今度こそ行こうか!」



「うわ〜やっぱり草木ばっかりだな……」

 天高く伸びる木が空を覆い隠すトキワの森は涼しいが、同時にどこか不気味な雰囲気を醸し出している。一応タウンマップは所持しているが、悲しいことにタウンマップにはトキワの森についての詳しい地図は載っていない。来たときも散々迷ったし、さっきは深く考えないことにしたが、こうしてどこまでも続くかのように思える一面の緑を目にすると進む前から不安が募る。迷子になっても一日くらいなら野宿できないこともないが、野生のポケモンと戦うことも考えないといけない。バッグの中にあとどれくらいのきずぐすりが入っているか記憶を掘り起こそうとして、迷子前提の弱腰ではいけない、と頭を振る。
 兎にも角にも先に進まないとどうにもならない、と自身を奮い立たせてボクは歩き始めた。

「やっぱりむしタイプも可愛いな〜」

 不安を頭の隅に追いやってトキワの森を進み始めれば、こちらを襲ってくる気配のない、まったりとした様子のむしポケモンたちがあちらこちらで思い思いに過ごしている。可愛いと素直な感想を思わず口にすると、抗議するように三つのボールが揺れたが、勿論キミたちも可愛いよと宥めれば、やや不満げに一度揺れてから再び静かになった。

「……?」

 鞄から博士から戴いた図鑑を取り出してポケモンたちにかざしていれば、遠くから不思議な音が聞えた。足を止めて耳を澄ます。近くにも何人かトレーナーが森の中を徘徊しているが、音に気付いているような素振りはない。ボクの聞き間違いだろうか。……いいや。そんなはずない、と全身が訴えかける。何故か強烈に嫌な予感がして、気がつけばボクは駆け出していた。
 必死に足を動かしながら、どっちだろう、どこだろう。何の音だったんだろう、とぐるぐる思考を巡らせる。

「!!」

 そうして森の中を走り回っていると、今度は近くからバシ、と一際大きな音が聞こえた。ボクじゃない人でも聞こえるであろうほどの大きな、重みをもった音。
間違いなくこっちから聞こえた、と確信をもって草をかき分け、音の正体の目の前に飛び出せば、そこには倒れ伏したポケモンを更に痛めつける二体のポケモンたち姿があった。
 トレーナーがいて、指示に手間取っているのかと思って辺りを見回したが、人の姿は何処にも見当たらない。それならば、きっとあの倒れている子も、痛めつけている子も、野生のポケモンだ。本来野生同士の争いを人間が止めるのはよくない行為だ。しかし、あのポケモンたちの様子は明らかに可笑しい。このまま放っておくほうがよくないに決まっている。

「力を貸してくれ、ディディ!」

 ボールから勢いよく飛び出してきたディディが口から炎をちらつかせた。それに野生のポケモン──ポッポとキャタピーは一瞬怯むような様子を見せたが、それでも果敢に挑むような目線をこちらに寄こしてくる。

「ディディ、ひのこ!」

 それならばと指示をすれば、ディディが口から勢いよく炎を吐き出す。炎は近くの草木に燃え移り、たちまち野生のポケモンたちを囲い込んだ。 

「……出てきて、カメカメ」

 ボクは炎に追い詰められて、しかし逃げ場もなく慌てふためくポッポとキャタピーをじっと見つめた。

「お願いだ。……カメカメが炎を消したら、今すぐこの場から立ち去って」

 ポッポとキャタピーが怯えた様子でボクを見つめ返す。少しの間の後、小さく頷いたのが見えた。
 ボクが手で合図をする。カメカメが水を吐き出し、炎が消えた瞬間、ポッポとキャタピーは草むらの中へと飛び込んだ。

「キミ、大丈夫!?」

 倒れたままピクリとも動かないポケモンに近寄る。アーボみたいな体つきと、しかしアーボと違い青いその全身。見たことのないポケモンだった。先程の二体に大分痛めつけられたらしく、体の至る所が黒く変色している。バッグからきずぐすりを取り出して吹きかけるが、目を覚ます気配はない。

「どうしよう……」

 この子は野生のポケモンだ。けれど、この子の意思も聞かずにゲットするわけにはいかない。しかし、迷わずトキワの森を抜けられるだろうか。迷ってしまったら、その間に倒れて──死んでしまいそうで、恐怖で足が竦む。でも。それでも。今この場でこの子を救えるのはボクしかいない。

「行こう。ディディ、カメカメ、戻って」

 二体をボールに戻して、倒れたままのポケモンを両腕で抱え上げる。よし、と気合を入れ直して再び駆け出した。草をかき分け、もつれそうになる足を必死で動かして、出口を目指して急ぐ。途中バトルを仕掛けてこようとするトレーナーたちを一言で断って、多少のけがは見ないことにして、ただただ走った。



「っ、出口……!」

 どれくらいの時間を走っていたのだろうか。気がつけば空は黒く染まっていて、ボクはふらつきながらも赤い屋根を目印にポケモンセンターへと向かった。

「ジョーイさん、お願いします……」
「まあ……!」

 腕の感覚はもうなかったが、それでもしっかりと抱きしめていたポケモンをジョーイさんに手渡す。ジョーイさんはその子を受け取り、ラッキーに預けるとボクに近寄ってきた。

「……?」
「あの子のために頑張ってくれたのね。……ありがとう」

 温かな手のひらで優しく頭を撫でられたのと同時に、かさりと音を立てて葉が落ちてきた。ぎょっとして自分の姿を見れば、腕や足にたくさんの傷が出来ている。自覚してしまったからかじわじわと襲ってくる痛みに顔を顰めれば、優しく笑ったジョーイさんが救急箱を取り出した。

「手当してあげるわ。こっちに来てもらえる?」
「は、はい」

 結局今日はそれ以上動くことはできなかった。ジョーイさんに手当をしてもらった後、預けた子に明日また会いにくると伝えると、ボクは泊まる場所を探す為にポケモンセンターを後にしたのだった。

20171004
20190930//修正