眠りから覚めると、朝はすでに訪れていた。
ボクはベッドから起き上がり、髪を整え、パジャマのボタンに手をかける。この時間がボクは嫌いだった。
家から持ち出した着替えは、いつものように”女の子らしい”スカート。
ボクは、いつまで。
「……なんか、騒がしい?」
宿泊施設を出てポケモンセンターに向かう道すがら、何だかニビシティの住人たちが騒いでいるのが目に留まった。どうしたんだろうと気になり、騒ぎの中心に視線を向けると、どうやら町の人々たちが捕獲用の網を持ち、なにかを追いかけまわしている様子が見える。
「あの、すみません」
「ん?なんだい?」
「何を追いかけているんですか?」
「ああ、こいつさ」
近くにいたおじさんに声をかけると、おじさんは壁に貼ってある一枚の紙を指さした。見れば、イタズラ電気ねずみのピカチュウというポケモンを追いかけているらしい。
描かれていたピカチュウは、黄色くてまるまるとした体の可愛らしいポケモンだった。しかし、町の人々は林檎など店先に並べてある商品を食べられたりと、ピカチュウに手を焼いているらしい。
「お手伝いしましょうか?」
「いいのかい?」
「はい、任せてください!出てきて、サンサン」
ボールからとサンサンが出てくる。すかさずすなかけを指示すると、サンサンは頷いてちょこまか動き回るピカチュウに向けて少量の砂をかけた。突然目前に迫ってきた砂にピカチュウは上手く対応することができず、目に入ってしまった砂をとるためにその場に立ち止まり手で顔を擦る。
さて、これからどうするべきだろうか。捕獲するのが一番なのかもしれないけれど、ボクはポケモンの意思を無視しての捕獲はあまり気が進まない。だとしたら、取れる選択肢はピカチュウの無力化だろうか。そう決めあぐねていると、不意にボクの隣に誰かが並んだ。
「レッド!」
「#name#、あとはオレに任せとけ。行けっ、フシギダネ!」
振り向けば、そこに立っていたのは先日トキワシティで別れたばかりのレッドだった。驚くボクにレッドはそう軽く言って見せると、ボールからフシギダネを出した。ピカチュウはサンサンのすなかけで大分苛ついている様子だが、レッドのフシギダネはピカチュウの電撃を真っ向から受け止めると、ねむりごなでピカチュウを眠らせた。そこにすかさずレッドがボールを投げる。
ささやかな抵抗として何度かボールは震えたが、やがてその震えは治まった。固唾を飲んでその様子を見守っていた住人たちからわっと歓声があがり、レッドはピカチュウの入ったボールを拾うと得意げに笑う。
「レッド、お手柄だね」
「まーな!」
「ふふ、ピカチュウ捕獲おめでとう。可愛いポケモンだね」
鼻高々と言わんばかりの様子のレッドに、ボールの中で眠そうな表情を見せるピカチュウ。
これから仲良くなっていってね、などと会話を楽しんでいると、町の住民たちがお礼をしたいと申し出てきた。折角の機会だが、ボクはポケモンセンターに預けた子が心配だったので断り、レッドとはそこで別れることとなった。
「おはようございます」
ポケモンセンターの中に足を踏み入れる。もう朝だというのにポケモンセンターにはトレーナーたちがちらほらいて、ジョーイさんは受付で対応に追われていた。邪魔になってしまいそうだから、と隅で小さくなって待っていると、不意にくい、と洋服を引っ張られた。
「ラッキー?」
引っ張られた先を見れば、そこにはラッキーの姿があった。ラッキーはボクに一度笑って見せると、背を向けて歩き出す。ついてこい、ということなのだろうか。恐る恐る後を追えば、奥の病室へと繋がる通路へと通される。ラッキーに案内された一室を促されるまま覗き込めば、昨日助けたポケモンが全身に包帯を巻かれた痛々しい姿で眠っていた。
「……ごめんね」
ボクがもっと早くに気がついていたら、キミはそんなにボロボロにならなかっただろうに。室内に入り、辛うじて包帯が巻かれていない部分を優しく撫でれば、ポケモンがその大きな瞳を開ける。
「!ごめんね、起こしちゃったかな……」
ポケモンが弱弱しく鳴く。そういえば昨日は必死だったから忘れていたな、とポケモン図鑑を取り出して名前を確認すれば、この子はミニリュウというらしい。
図鑑の説明と実際に目の前にいるミニリュウを見比べていると、図鑑に載っている平均的な体長よりもどうも小さいことに気がついた。生息地も本当はトキワの森ではないらしく、どうしてあんなところにいたのだろうと首を傾げていると、ミニリュウがゆっくりと頭を上げた。そのまま全身を這わせてボクの元へと近寄ろうとしてくる。
「だ、だめだよ!まだ安静にしていて!」
ラッキーと二人がかりで止めようと手を伸ばせば、ボクの手の平にミニリュウの頬が触れた。そのまま甘えるようにミニリュウは頬をすりつけてくる。
「……ボクのこと、好きになってくれたの?」
大きな瞳を細めて、どこか嬉しそうな顔でミニリュウが鳴く。嬉しいなあと思いながら優しく頬を撫で続けていれば、ジョーイさんがやってくる気配がして、静かに扉が開けられた。
「あら、もう仲良くなったの?」
「はい、そうみたいです」
嬉しそうに鳴いているミニリュウを見て、ジョーイさんも嬉しそうに笑う。
「貴方が必死に助けてくれたこと、ちゃんと覚えているのね」
「……そう、でしょうか?」
「ええ。そうじゃなきゃ、きっとこんなに貴方のことを好きになったりしないわ」
「……ふふ、嬉しいなあ」
未だボクの手の平に頬を擦り付けるミニリュウ。けれど、これからこの子をどうしよう。まだゲットしていないからボクの手持ちではないし、もしも元々住んでいた場所に大切な家族がいるのならば、ちゃんとそこに帰してあげたい。ボクはミニリュウからそっと手を離すと、不思議そうな顔をしたままのミニリュウに話しかけた。
「キミはこれからどうしたい?帰りたいなら、ボクがそこまで連れて行ってあげるよ。……ちょっと時間はかかるけど」
きっと家族は、この子の帰りを待っているだろう。それに、この子も親に会いたいに違いない。だから、この子が望むなら、住んでいたところに帰してあげたいなと思った。だから、そう提案したのだが、ミニリュウはすぐに返事をしなかった。代わりに俯き黙ったかと思うと、暫しの間の後、なにかを決意したような表情でボクの腕に巻き付いてきた。
「わわっ、どうしたの?」
ミニリュウの意図が分からず近づいてきた顔に思わず問いかけると、隣で様子を窺っていたジョーイさんがボクとミニリュウを見比べて、優しく笑いながら言った。
「貴方と一緒に行きたいんじゃないかしら」
「……そうなの?」
尋ねれば、ミニリュウは頷き、優しく鳴いた。何と言うか、上手く言葉に出来なくて、でもきちんと聞かなきゃいけないと思って、ボクはミニリュウの瞳をしっかりと見てもう一度問いかけた。
「ボクの手持ちになれば、きっともう二度とキミの家族には会えないよ。……それでもいいの?」
ミニリュウももう一度、ボクの瞳をじっと見つめ返してしっかりと鳴いた。
「……そっか。じゃあ、一緒に行こう」
バッグからボールを取り出して、ミニリュウの額に当てる。ミニリュウは特に抵抗することなく収まり、静かになったボールを拾い上げてもう一度ボールから出す。
「それはそれとして、明日朝一で迎えに来るから今日もちゃんとポケモンセンターで休むんだよ、リュリュ」
リュリュ、と呼ばれ不思議そうな表情をするミニリュウ。「キミの名前だよ」と伝えると再び嬉しそうに表情を輝かせた。
本当にかわいいと思う。だからこそ、この子を家族のもとへ帰さないという、家族と引き離すという、リュリュの帰りを待っているであろう家族からしたら残酷すぎる選択を許していいものかと悩んでしまうが、力強く頷いたリュリュの意思を尊重したいと思うのも事実だ。
「それじゃあジョーイさん、明日までよろしくお願いします」
「ええ、任せて。リュリュくんはしっかりと責任もってお預かりします」
ジョーイさんに頭を下げて、リュリュに手を振って、病室を出ると昨日と同じようにボクはポケモンセンターを後にした。
悩んでいたリュリュのことはいつかちゃんと生まれ故郷に連れていこうと思う。そこでリュリュの親に会って、ちゃんと説明して一緒にいる許可を貰おう。
突然家族と引き離されることは、辛くて苦しくて、何より悲しいことなのだから。
20171007
20191001//修正