レッドに連れられてやってきたニビジムはたくさんの挑戦者たちでごった返していた。右を向いても左を向いても強そうなポケモンを持っている人たちばかりで、場にはピリピリした雰囲気が漂っている。二人で人の波をかき分けていると、わっとひときわ大きな声が上がった。
吃驚して一つのリングに目を向ければ、そこには朝ぶつかった男の子がポケモンに指示をしているのが見えた。真っ赤な炎を吐き出す、オレンジ色のポケモン。慌てて図鑑を取り出せば、どうやらあの子はリザードというらしい。
「Bブロックの予選を始めます」
「おっといけね」
「レッドはBブロック?」
「ああ、そうだぜ」
「じゃあボク、先に行ってるね」
「おう!」
受付前でレッドと別れ、ボクはBブロックの予選が行われるリングの前まで歩く。たくさんの人の熱気でなんだか頭がクラクラしてきたが、少しもしないうちにレッドがリングに上がってきたので頭痛を吹き飛ばすように頭を振った。そして再びリングに目を向ければ、ごつごつした岩のような印象を受けるポケモンを引き連れたお兄さんが、レッドと対峙している。
図鑑を取り出して向ければ、連れているポケモンはゴローンというらしいことが分かった。見た目通りいわタイプのその子は、トレーナーのお兄さんと一緒にとてつもない威圧感でレッドを見下ろしている。レッドはやや迷うような仕草をしたあと、ボールからニョロゾを出した。出てきたニョロゾはきずぐすりで回復したものの疲労が蓄積しているのか、なんだか元気がない様子だ。しかし無情にもゴングは鳴り響き、試合が始まった。レッドはニョロゾがあまり動けないことを察してかみずでっぽう、そしてれいとうビームの二つの技で勝負を決した。
そうしてレッドの一回戦目は終わったのだが、トーナメント戦なため、戦いはまだまだ続いていく。疲れた様子のニョロゾとフシギダネはなんとか体力を削られないように大体の試合を一撃で決してはいるが、それでも傷は負っていくものだ。最後の挑戦者同士の試合が終わり、レッドがジムリーダーへの挑戦権を得るころには、二体は瀕死寸前、そして蓄積した疲労で動けそうにはなかった。
「レッド……」
心配ではあるが、このあとも続けてタケシさんとの試合だ。レッドと話す時間などなく、タケシさんがリングへとあがる。その後ろに引き連れているのは、これまでの挑戦者たちのどもポケモンよりも遥かに強そうなイワークだった。続いて反対側からリングにあがるレッドがぐいぐいと背を押す黄色いポケモンに、ボクは驚いて目を剥いた。
「ピカチュウ!?」
レッドに背を押される形でリングにあがった黄色いポケモンは、間違いなく昨日レッドが捕まえたばかりのピカチュウだった。町でのあの様子から、すぐ人に懐くとは思えないが、ここまで戦い抜いた二体は予選で残っていた力を使い果たしてしまって、もう戦えないのだろう。だから、懐いていなくとも戦えるピカチュウに頼るしかなかった。そういうことなのかも。
ピカチュウがレッドの言うことをちゃんと聞けばいいのだけれど、と不安に思いながらも始まった試合。思ったとおりピカチュウはいわおとしを喰らうと癇癪を起したようで、レッドに電撃を浴びせた。そんな挑戦者たちの態度にタケシさんは怒り、一撃で勝負を決めようとロケットずつきをイワークに指示した。あわや敗北か、と思われたそのとき。
「あっぶな……」
咄嗟にレッドがピカチュウを抱き締めて横に飛んだために、ピカチュウが戦闘不能になることはなかった。ここから見える限り、レッドに大きな怪我はなさそうだ。そのことに胸を撫で下ろしていると、レッドはピカチュウになにやら話しかけているようだった。しかし、タケシさんは追撃の手を休めない。
再びピカチュウにロケットずつきをしようとイワークが迫る。そのとき、今までめんどくさそうな顔をしていたピカチュウが表情を引き締めてイワークに向き直ったかと思うと、そのまま鋭い電撃を浴びせた。至近距離からの、しかも強烈な一撃には流石のイワークでも耐えきれなかったのか、その巨体が崩れる。そうして、レッドもボクも良く分からないままレッドはジムバッジを手にしたのだった。
「すごいね、レッドのピカチュウ」
「ん?ああ、まあな」
「本当にピカチュウかわいいなあ。なんだか羨ましいよ」
全ての試合が終わり、何時の間にか復旧したポケモンセンターで回復したレッドのポケモンたちとともに草原に座り込んで話をする。ツンとすました顔のピカチュウに手を伸ばせば、多少胡散臭いものを見る目をされたもののその黄色い体を撫でさせてくれた。
黄色の柔らかい毛並みが気持ちよくて、やっぱり可愛いと思う。
「おまえ、なんだかパープルには素直じゃないか?」
「そんなことないよ。この子のトレーナーはレッドだもの。ね?」
首を傾げて尋ねれば、レッドに視線を移すピカチュウ。
「……よし。ピカチュウ、こいつらはニョロゾとフシギダネ。オレの大切な仲間たちだ。おまえも今日からオレたちの仲間だぜ。ほら、友情の握手だ」
そう言ってレッドはピカチュウに右手を差し出す。ピカチュウはまんまるな目でそれを見上げ、同じように左手を伸ばした──かと思うと、強烈な電撃の音があたり一面に広がり、いつかのときと同じように視界が白に染まる。
「!?」
「うわあああ!?」
数分の後、白から戻った視界でレッドたちを見れば、お尻をおさえてピカチュウから逃げ惑うレッドの姿がそこにはあった。
「こんのヤロー!ちょっと懐いたかと思えば……クソ!!」
「……まあ、あれはあれで、仲が良い……んだよね?」
彼方此方を走り回る二人の姿を見て、ボクはそう結論づける。……ボクは、出来れば遠慮したいと思うけれど。
「そういえば、レッド」
「ん?」
「レッドともう一人、ジムバッジを手にしてた人いたよね」
「あ、……あ〜、グリーンか……」
「グリーン?」
「そう。いけ好かないやつだよ。……なんだパープル、グリーンが気になるのか?」
「は?いやいや、そんなんじゃないよ」
ふと思い出した彼のことを聞いてみると、レッドは彼のことを教えてくれた。でもそうか、グリーンか。なんだか引っ掛かる名前だし、今度もし会えたら、きちんと話をしてみるのもいいかもしれない。第一印象はたぶん、最悪だろうけど。舌打ちまでされちゃったし、果たして仲良くなれるだろうか。
まあ、考えても仕方のないことか。とにかく、次に会ったら話しかけてみる。当たって砕けろというやつだ。
「これからレッドはどうするの?」
「オツキミ山を抜けてハナダシティに向かうつもりさ。パープルは?」
「ボクは……どうしようかな」
「その……探している人、見つかりそうか?」
覚えていてくれたのか、ややこちらの表情を窺うような態度でレッドが尋ねてくる。ボクは少し考えるような仕草を見せた後、あっけらかんと笑って見せた。
「どうだろう。まだ全然、なんの情報も掴めてないんだよね」
「そっか……」
「でもさ、もしかしたら、ボクは忘れられているかもしれないんだよね」
「え……?」
困惑した様子のレッドには悪いが、行方不明になったとき、スピネルはまだ2歳だった。本当に幼くて、6年も経った今となってはその頃のことを覚えているかも危ういことだろう。
それに、自分では判断がつかないけれど、そんなことはないと信じているけれど、もしかしたら泣き虫なスピネルを迎えに行かなくちゃいけないと思っていることは、ボクの言い訳なのかもしれない。ボクはあの家から逃げ出すために、ただスピネルを言い訳に使っているだけなのかもしれない。
「そ、そんなわけないだろ!誰を探しているのかオレにはわかんないけど、でも!こうして危険な旅までして、探してくれてるパープルのことをもし忘れてたとしても、でも、嬉しいって思う……ってオレは、思う……」
段々勢いを失い、小さくなっていくレッドの声。ボクは数回まばたきしてからレッドの顔を見つめると、ふっと口元を緩める。
「うん、そうだと……嬉しいな。ありがとう、レッド。暗い気持ちにさせちゃってごめんね」
タマムシを飛び出して数週間。あの家から逃げ出したかったのは、本当だ。それでも、スピネルはボクの妹だから。助けに行かなくちゃ。迎えに行かなくちゃ。例えボクのことを忘れていたとしても。この旅は意味のあるもので、あの子を迎えにいくということは、ボクの旅の理由なのだ。
「いいよ、別に。それで、どうするんだ?」
「うーん、オツキミ山でウロウロするのもいいけど、たぶんオツキミ山って人ほとんどいないよね」
「まあ、そうだろうな」
「ボクはなるべくいろんな人に話を聞きたいから、あんまり人のいないところにいるわけにもいかないんだよねえ……」
「じゃあ、一緒にハナダシティに行かないか?」
「いいの?」
「勿論!」
「へへ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうこなくちゃな!」
レッドは三体をボールの中に戻すと、ボクと顔を見合わせてにっと笑い、大きく頷く。そして立ち上がったボク達は、歩き出したのだった。
20171027
20191001//修正