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「ナマエ、最近よく来てるじゃねぇか」
「えっ、?」

お盆を持った私を見るなりダイフクさんが言う。彼は自ら手を伸ばして早く紅茶をよこせと促してくる。

今日開かれたお茶会が終わったいま、幹部室に戻って室内にはペロスペローさんとダイフクさん、それに私。カタクリさんは別室に行ってしまったのか、姿が無かった。

(なんだ……。)

露骨にがっかりしたのが顔に出ないよう唇を引き結ぶと幹部室の来客用に備え付けられているソファーに腰を掛けていたダイフクさんのじろじろと舐めるような視線を感じた。

「……なんですか?」
「ここでアルバイトでも雇い始めたのかァ? ペロ兄」
「いやぁ?ナマエちゃんが好きで来ているだけだペロリン♪」
「そーですよ! た、ただ……立ち寄っただけです」

ダイフクさんは「ほーん」と、その豪華なソファの背もたれにうな垂れるように背を預けた。
そんなダイフクさんの目の前のテーブルに紅茶の入ったティーカップを置いたときペロスペローさんに「こっちにもお願いするよ♪」と声を掛けられのでダイフクさんの疑わしい視線は完全にスルーしてもう一杯、熱い紅茶を準備し始めた。

午後の心地よい陽気がレースカーテンを透けてまろやかな白で室内を包んでいる。重厚かつ贅沢なしつらえの部屋ではあるが絨毯や壁紙に華やかな模様があるわけでない。幹部席の近くには硝子の置き物があって、気品高いシャーロット家を象徴するような部屋だ。

この静けさにも気持ちのいい陽光にも、ただ自然にあるがままなのではなく人の手が介入した一種独特の緊張感が感じ取れる。そんな独特のこの部屋が、私は好きだった。カタクリさんの気配がするから。

もしかしたら間もなく彼も戻ってくるかも知れないと淡い期待を抱きながらペロスペローさんのカップともう一つのカップに熱い紅茶を注いだ。チラチラと入り口を見やる私の姿を、相変わらず疑わしい目つきで見るダイフクさんに、私は再度「なんですか?」と尋ねた。

「ナマエ、イイヒトでも出来たのか?」

ダイフクさん、今日は何時にも増してしつこい。完全に暇つぶしのターゲットにされてしまった。その証拠にダイフクさんはずっと私から視線を外してくれないのだ。

「い、いませんけど……!」
「隠さなくてもいいじゃねーか、カタクリと付き合ってるんだろォ?」
「なっ……! ん、んなわけないでしょ!」
「そーかァ?照れなくてもいいのにな」

アハハハと高らかに笑うダイフクさんの声が室内にこだまする。溜まらずペロスペローさんに助けを求めようと幹部席を見れば、何やらブツブツと山積みの書類を眺めながら険しい顔をしていて、私の事なんて気にもしていないようだった。

「惚れてんだろォ?ナマエ」
「!!?」
「バレバレだ、」
「ダ、ダイフクさんには関係ないでしょ!」
「まあー、カタクリは何とも思ってないだろうけどな」
「うっ……」

なんなんだ、このひとは……。気にしている事をズケズケと!しかし事実だ。反論の余地も無い。カタクリさんは私のことなんて本当に何とも思っていないのだと思う。

仮にも私から『好きです』と言おうものなら『なにをだ』と冷静に訊ねるのだろう。そんな光景が目に浮かぶようだ。

そんな事を頭の中で巡らせて居たらペロスペローさんが顔を上げて、チラっと私を一瞥いちべつする。だが静かにまた紙面に目線を戻した。とても私を助けてくれそうにない。

「まあ、これから頑張ったらいーじゃねーか、俺なんでも協力しちゃうぜェ?」
「うう……結構ですっ」
「おもしれェな、おまえのそーいうとこ素直でいいぜ」
「ど、どこがですか!!」

ダイフクさんなんかに協力されたら一日で私の秘めたるハートも木端微塵にされてしまうに決まっている。想い続けるにせよ、失恋するにせよ、勇気を出してアタックするにせよ……全て自分の価値観に従って行動しない限りは後悔するに違いない。

「うるさいぞ〜ダイフク、ナマエちゃんも……幹部室で騒ぐんじゃないよ」

突然ペロスペローさんの柔和で乾いた声にたしなめられた。私は押し黙ったけれど、ダイフクさんはまだヒヒヒッと笑っている。

「ダイフク、それよりいいのかい?こんなとこでゆっくりしていて」
「あぁ?」
「クッキータウンの事だペロリン♪」
「ああ……その件か」
「あまり目立たないようにとちゃんと教育しておけよ〜ペロリン♪」
「言ってる……が、アイツはどうも……」

先程までダイフクさんの私に向けられていた視線がペロスペローさんに向いた。安心したのも束の間「まァ、いいじゃねーか」と、またダイフクさんがクックックと肩を震わせる。

「ナマエが次男のコッチ≠ノなったらペロ兄のお荷物も減るかも知れないしなァ」

ダイフクさんがコッチ≠ニ小指を立てて私を凝視して来たので私はあからさまに目線を逸らした。

「荷物が増えるだけじゃないのかペロリン…」
(えっ、ガーン……!)
「カタクリにも、ちーっとは息抜きが必要だと思うけどなァ」
「あいつはもっと勉強することがある、息抜きなら俺の知らんところでやってもらいたいぜぇペロリン♪」
「……だってよナマエ、残念だったなァ〜」
「……」

散々いたぶられた挙句カタクリさんとは希望がまた薄れて心が疲弊しているけれど仕方ない。うん、仕方ないんだ。

カタクリさんは最近も相変わらず忙しいし、疲れているし。でも、休んでなんていられない身なんだから。だから私はせめて彼の邪魔にならないようにしなければならない。決して妨げになってはならない。

そもそもこの世界に転生して、今ではプリンとちょこっとばかし仲がいいというだけでこうしてのこのこと顔を見に来ること自体許されないのかもしれないけれど。下心を抱いてちょくちょくと遊びに来る私なんてお荷物でしかない。ペロスペローさんの言う通りなのだと思う。

しゅん。とした私にペロスペローさんが紅茶を静かに飲んで机にカップを置く動作が横目に見えた。なんとなくその仕草に、カタクリさんを彷彿してしまう。カタクリさんとの付き合いの長さが伺える。

暫く呆然としているとペロスペローさんが、「ナマエちゃん」と、長い背筋を伸ばした。

「今日は暇なのかい、ペロリン」
「え? あ……はい」
「ならまあ……メシでもどうだい?カタクリと行く予定なんだがァ……」
「え……!!(うそ、いいんですか!!)」
「嫌なら……「いっ、行きます!予定あっても行きますっ!」

やったーーーーー!!!!ペロスペローさんはやっぱり優しい!神!仏!カタクリさんと晩ご飯!!

思いがけないお誘いに飛びつくとペロスペローさんは眉をひそめて微かに笑った。それはすぐ厳しい顔に掻き消されたけれど。

「……チッ、結局一番息抜きさせてるじゃねーかよ」

わざと大仰に抑揚をつけてダイフクさんが言う。まるでおもしろくなさそうに悪態をつくけれど、たぶんそれは演技だろう。ダイフクさんがあんな話題を振ってくれたからこそ、こんな展開を向かえることができたのだ。

ペロスペローさんとカタクリさんはきっと大事な仕事の話で持ちきりだろう。じゃあ私は、ひたすらに二人の分までたくさん食べよーっと!

「まあ…成就したあかつきにゃァ、俺もなんかご馳走してやるよ」
「……それ、叶う日が来るんですかね、」
「惚れてるなら命懸けでタマ取って見ろ!それでダメだったとき初めて弱音を吐けよ、おまえまだ何もしてねーだろう?」
「そうですけど……でも……、」
「……いいねェ、」
「な、なにがですか?」
恋煩こいわずらいでそんな顔すんのか。人生でいっちばん楽しいときじゃねーか」

応援してくれてるのか茶々入れたいだけなのかダイフクさんってよくわからない。
そんな事をぼんやりと考えているとカチャ…と入り口の扉が開いた。