「カタクリは貰ってくれねーぞ」
「お返しする余裕がないとかなんとか言い訳を並べていたな、そう言えば」
「そうだ、さっきも見たぞ。兄貴が町の女共からのチョコを断っているところを」

スイートシティに集まる俺たち、幹部の連中と談笑することが、いつの間にか彼女の日課になっていた。その城の幹部室に向かう途中、無遠慮な言葉を撒き散らす、ダイフクたちに囲まれたナマエの姿を見つける。

「えー、なんでですか」

顔を顰めて非難を示すナマエの手には、ダイフクたちが持ったものと同じくらいの箱が握られている。

先程の会話を考えれば、ナマエが用意したチョコさえも、俺が断るのだとアイツらに諭されているようにしか見えない。
色々な誘いを断ってきた結果がコレか……。

やっと振り切ってここまで来たというのに、と安息の地が無いことに思わず溜め息を零してしまう。

「お前ら、そんなことを言って俺の分もナマエから巻き上げようとしてんじゃねぇのか」

やいのやいのと、ナマエを取り囲んで騒ぐ三人の背中に向けて声を投げ掛けると、目を丸くして、それぞれが振り返った。

「げ、兄貴」
「いつから聞いてたんだよ」
「冗談だ、兄さん」

俺の言葉を受けて、クラッカーとスムージーもそれぞれ慌てた様子で弁明してくるが、ナマエだけは、目を輝かせて俺を見上げてくるだけだった。

「冗談…」

冗談めかしているのは充分わかっていたが、ナマエに余計なことを吹き込まれていることに、小さく溜め息を吐いた。

どうせ、口さがない万国の女たちにかかれば、明日の昼過ぎには俺が誰々からチョコを受け取らなかったなどと、噂されるのは解っていたが、まさか身内に裏切られるのを目の当たりにするとは思ってもみなかった。

「あ、オレら先にペロス兄のとこ行っとくわ」

俺の様子を怒ったのだと決めつけたのか、顎を触りながら視線を逸らしたクラッカーは「兄貴、またあとでな」という言葉を残して、ダイフクとスムージーを連れて、この場から離れていった。

そそくさと逃れた三人を見送り、改めてナマエに視線を落とす。

彼女のお腹の辺りで抱えられた、薄紫色の包み紙に、赤いリボンがあしらわれたそれは、見当違いでなければ、俺に用意されたものなのだろう。

2月14日、このバレンタインと言う日に相応しいのであれば、中身はきっとチョコレート。

アイツらも、包み紙の色は違えど、同じ形のものを持っていたのだから、ナマエから既に貰ったということなのだろう。

だったら、もう態々俺の悪評なんざ流さなくていいはずなのに。

大方、ナマエを揶揄いたいだけというのもあるのだろうけれど、俺にとっては、一番手を出されたくなかった場所なだけに、溜息を零さずにはいられなかった。

「カタクリさん、チョコ嫌いなんでしたっけ?」

不思議そうに首を捻ったナマエは、先ほどの彼らの言葉を拾い上げ、俺に投げかけてくる。
納得がいかないように、手の中にある包みを転がしながら尋ねられた質問に、俺は彼女同様に首を傾げる。

そりゃそうだろう、出会ってから何度目だって、彼女からのバレンタインにチョコを渡されれば、全て喜んで受け取ってきた。そういう姿しか、彼女には見せていない。

「いや、別にそういうわけじゃあ、ねぇんだけどな」
「それじゃあ、みんなからも貰っておきゃいいのにぃ」
「返せもしねぇのに受け取るのも悪いだろう」
「そういうもん?」

胸の前で腕を組んで、目を瞑る。
返せない、というのは、別にホワイトデーのお返しのことを言っているわけではない。
ただ一人にしか向かわない気持ちを、誰か他のやつに返せるはずがなかった。

「まぁ、いいや」

あっさりと言ってのけたナマエは、小箱を持ったまま腰の後ろで両手を組む体勢を取る。
この話はもう打ちきりだと言わんばかりの仕草が、妙な正義感でモノを言わない彼女らしかった。

「で」
「ん?」
「これは、俺のか」

彼女の目線に合うよう屈んで、彼女の後ろに手を伸ばし、小箱に触れると、自然とナマエとの距離が詰まる。

真下から見上げる彼女の上目遣いのその表情は、結構胸に鈍い痛みを走らせるだけのものがあった。

「え!?あ、うん」
「じゃあ……貰っておく」

言って、ナマエの手に掴まれていたチョコと思しき包みを摘み上げると、丸い目を瞬かせたナマエは、ぽかんと口を開いたまま、俺を見上げた。

「貰わないんじゃなかったんですか?」
「それは、アイツらが勝手に言っているだけだ」
「でも、町の娘たちがぼやいてるの聞いたけど」
「耳聡いな……」

彼女の発言に思わず苦笑する。
結局アイツらが言わなくとも、既にナマエは知っていたということか。

確かに朝から先程まで何人かから、いろんな場所で告白めいた言葉とともにチョコレートを差し出されはしたが、彼女の言うとおりに、その全てを断った。

食い下がられた相手に対して、気が無いだとか、惚れている女がいるだとか、直接的な言葉は言わないまでも、理由はいくらでも並べ立てることが出来る。それは事実だから仕方がない。

けれど、その断ったという経過はともかく、そこに至る理由はひとえに、ナマエがいるからだ。

操を立てるというと仰々しいが、要は俺がナマエ以外の人間に愛想をふりまくつもりがないというだけのことだった。

「ナマエが誰の言葉を気にしているのか知らねぇが、お前のためにお返しを考えるのは苦じゃない」
「別にお返しのこと言ってるんじゃないんだけどなぁ」

俺がはぐらかしたのに気付いたらしいナマエは、納得がいかないというのを示すように、唇を尖らせる。その子供のような仕草に笑い、左手で彼女の後頭部を撫でる。

距離の近さも相まって、少し力を込めれば抱き締めることも出来そうだ、と良からぬ考えが頭を過ぎる。

「いいんだ、お前だけは」

触れられても意識されないというのは、少し寂しいけれど、こうして踏み込んだ距離に置きたい相手は、どう考えてもナマエだけだった。

「ありがとうな、ナマエ」
「おっすっ!」

俺の言葉に、色気のない返事を返したナマエは、誇らしげに白い歯を見せて笑う。

その笑顔に愛しさが込み上げて、誤魔化すように彼女の頭を撫でる手を振るい、彼女の髪の毛を掻き乱してやった。





君の愛しているはわかりづらい

君が幸福を教えてくれたから