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………やばい、寝過ぎた。
まどろむ私の視界は真っ暗になっていた。
クリスマスの予定。
起きる→朝食を食べる→散歩→幹部室の掃除→
昼寝→夕食を食べる→寝る。
うっわー、うっわー………
もうなんだか、鼻が、つんとしてきた。
泣きそう。
「………」
「………へぁ?」
なぜか、ベッドが大きく揺れた。
……待てよ?
いま、この部屋には私しかいないはず。
ペロスペローさん→キャンディ島
オーブンさん→ヤキガシ島
ダイフクさん→ポリポリ島
の、はずだよね?
え、じゃあ……、クラッカー……さん?
え!?よ、夜這い!!?
「え、ちょ………」
え?
え!?
「シぃー………」
目を凝らすと、厚いほうのカーテンを閉めていないせいで、月明りが暗闇をぼかす。私はその中に見慣れた顔を見付けた。
人差し指を口に当て、静かに、と制する、
わたしの恋人。
「カタクリ、さん………?!」
暗闇でも映える胸の鮮やかな刺青と、黒い革のパンツを穿いたシャーロットカタクリ様が、私の寝ていたベッドにいた。私に馬乗りになって、目を細めている。
「メリークリスマス。」
そのままちゅ、と額にキスを食らう。
「ちょ……ちょっと待ってください、カタクリさん……!?私とうとう頭がおかしく……」
「相変わらずナマエはおもしれェ」
呑気に鼻で笑う、将星シャーロットカタクリ様。私は、がばっと起き上がる。
「てか!なんでいるんですか!?……不法侵入!!」
「一応サンタを意識して来たつもりなんだがな」
「聞いてませんよ、そんなことは!」
思わず枕でカタクリさんを殴ってしまった。
ごめんなさい、我が国の最高傑作……。
「帰ってくるならひと言くらい連絡………」
電伝虫とかさ……まあ、遠征に出てから、一回も鳴ったことはなかったけれども。
「お手紙とかさ………」
「届く前に万国に着いちまうだろう」
カタクリさんは苦笑した。
なるほどその通り。その通りかもだけども…!
「………」
「俺が幹部ということを忘れたのか」
「え」
「ここは好きに出入りできる」
カタクリさんはじゃら、と私の前に、ほかにもたくさん鍵のついたシルバーとかゴールドのちゃらついた塊を見せる。
「……カタクリさん、髪伸びましたね」
手を伸ばして、ちょっと伸びた感じの彼の髪に触れる。
「同じだろう、変わっちゃいねェ」
そのまま頭を撫でると、カタクリさんは抵抗もせずに少し、くすぐったそうに目を潜めた。
「………」
「……反応が薄いな」
………だって。
カタクリさんが帰ってきたらきたで、私はまた悲しくなるんだ。自分が後ろめたすぎる。
私は心が狭いんだろう。素直に喜べない。
「聖夜のサプライズだぞ、これ一応は」
「うん……」
「カタクリさん私のために戻ってきてくれたのねー…と、泣き付かれると予想していたんだが」
「なんか、キャラ崩壊してません?」
「………」
「あ、いや…。うん……ごめんなさい」
最悪。
私どこまで最悪なんだ。空気すら読めない。
カタクリさんは、私のために、わざわざ遠征中の魚人島から来てくれたっていうのに。たかが、クリスマスごときに。
「カタクリさん、ごめんなさい……」
「ん……、………どうした」
私がだんだんカタクリさんにもたれかかって、耐えきれなかった涙を落とすから。カタクリさんは少し、慌てている。
「どうしたんだ、おまえ今日は変じゃねェか」
『今日』。
いま久しぶりに会ったくせに。4ヶ月ぶりに会ったくせに。
「今日、ってなんですか……わたしはいつもこうですよ」
嘘つき。わたしは嘘つき。
全然会ってないのに、全部知り尽くしてるような顔しないでよ。
カタクリさんだって、変わったんでしょ?
他の幹部も一緒に行くって言ったのを阻止して、一人で魚人島に行って、綺麗な女の人いっぱいで。わたしだけなにも変わらないで。
「なんなんですか、なんにも連絡よこさないで、勝手に来ないでください……」
「悪かった。もうしねェ。」
ぽんぽん、と私の頭を小さくはたきながら愉快そうにカタクリさんは言う。
「なんで笑ってんですか!?」
「…あ?そうだな……ナマエが可愛くてだ」
……、はい?
カタクリさんの言葉が理解できなくてつい、身体を彼から離す。
「要するに、寂しかったんだろう」
暗がりの中、月の光に照らされて、カタクリさんは目を細めて笑う。
そうだよ。なんだよ、
お見通しだよ、畜生。
「寂しいのなら、」
「………っ」
「素直にそう言わねェとな。」
「……う、うぇ……」
知っている。わかってる。
カタクリさんだけ凄いんだもん。私はただの一般人。住んでいるところが万国というだけであって、平凡ないち庶民。
それなのに、カタクリさんは、まだまだまだまだ凄くなっていく。
情けない声を出して、私は泣いてすがりつく。
「び、美人いっぱいいるんですよね」
「……」
「ぼんきゅぼん!なんですよね」
「……どうだかな」
うわーん!否定してー!
わたし全然慰められてねぇー!
「カタクリさんだけずるい、どんどん凄くなってさ、わたしなんかプリン離れもしてないですし、まだ間借りしてるし、仕事もできなくて今日も最終日にミスしましたし!」
「まぁ落ち着け、すまないな完璧で。」
「なぐさめてー!」
思わず枕をまたカタクリさんの胸に叩き付ける。
枕をそのままに、私はそこに自分の頭を埋める。枕は私の涙を吸っていく。鼻水の啜る音が籠る。
「カタクリさんがこれ以上遠くなるの、やです……」
やっと出た本音は、ほんとうに難産で。
自分で聞き取るのがやっとなくらいにしか声を出す事ができなくて。
「あまり、俺を過大評価するな」
枕の先、頭上でカタクリさんは、ぽつりと呟いた。
「悪いが俺は、ビッグマム海賊団の体面を保つのに精一杯なだけだ」
枕を挟んでいるからか、声が聞き取り辛い。
「正直、それこそ成功できるのかわからん、どんなに遠征に行ったからって……元を正せば俺は、海賊以外なににもなれやしねェんだ」
カタクリさんの手が、わたしの背中に伸びた。
抱きしめられる。
「けれどおまえは違うだろう」
「…カタクリさん?」
「……ここにはみんながいて、仕事をもらって。趣味や、好きなこと、これから何でもできるだろう、俺みたいに海賊しかないわけじゃねェ」
それは、
完璧で、超人で、最高傑作と称されるがゆえの不安なのかもしれない。
「………」
「俺にだって、ナマエが羨ましいと思うことくらいある」
枕を退かすと、カタクリさんの瞳と出会う。
「ほら、なんだか少し見ないうちにすごく可愛くなってやがる」
「嘘つき。カタクリさんだって、さらにかっこよくなってますよ」
ふたりで照れたように笑い合って、月明りの中、どちらからともなくキスをする。
「やばい、……」
「ん?」
「かなりロマンチックじゃないですか?わたしたち」
「いちいち言うんじゃねェ、馬鹿やろう」
カタクリさんがそうやって照れて言うから、わたしはつい笑ってしまった。
「てか、帰ってくるの知らなかったからプレゼントとか何もないですよ?」
「そんなものはいらねェ。俺もない」
「え!!ないんですか!お土産とか!」
「俺がここにいること自体奇跡だろうが。今年はこれで我慢しろ」
するとカタクリさんは、私をベッドに倒して、口付ける。
「へ!?あの、誰か入ってくるかもしれませんので……!」
「内鍵を掛けておいたから平気だ」
「なんでそこは念入りなんですかっ!」
「このまま子作りしてもいい」
「ちょ、待って………きゃー!」
そりゃ確かに、
4ヶ月も肌を合わせてなかったけどもさ……。
でもね。
鼻水を啜りながら、カタクリさんの体温を感じながら私は、これはこれで、最高のクリスマスプレゼントかもしれない、なんて思った。
床に散らばったカタクリさんの黒いコートと、黒い革靴と、黒いベルト。わたしはそれを横目で見やり、なんだかくすぐったい気持ちになった。
「カタクリさん?」
「?」
「大好きです。」
「………俺は、愛してる。」
何が正しいのか
何が本当なのか、
考え続けるのは疲れるよね。
だけど、もう逃げないって決めたんだ。
胸の中にひとつ、誰にも負けない
強い思いを見つけたから。
わたしも、愛してます。
ありがとう、
わたしを見つけ出してくれて。