「よしっ、あとは焼き上がるのを待つだけかな。」
(明日、喜んでもらえるかな。)
ゾンビ襲来につき、住居にしていたショコラタウンが復旧作業のため一時的に私はスイートシティの屋敷内で寝泊まりをしていた。一先ず、ゆっくりと湯船に浸かることにした。
きっと驚くだろうな、そんなあの人の反応を見るのが楽しみでたまらない。
早く明日にならないかな、そう思っていたときだった。
「えっ?!なになに?えっ……!?」
急に目の前が暗闇になったのだ。
―
「……?」
ゾンビ襲来につき、コムギ島もゾンビの餌食になってしまい、今日は山積みになっていた仕事を片付けるべくスイートシティの屋敷の自室にいた。
そろそろ同じ城内にいるであろうナマエの様子でも見に行ってやるかと思っていたときだった。
突然部屋の明かりが消えたのだ。
けれど多少驚いたのは一瞬で、俺は小さくため息を吐いた。
「またか。」
ゾンビ騒ぎのおかげで万国のありとあらゆる設備が異常をきたしていたため、こうして電気が止まるのは初めてのことではなかった。
使用人のいる部屋へと向かうべく、自室を出た。実はつい先日もこの行為を行ったばかりだった。今日もまた調子が悪いのだろう。
が、廊下に出てすぐに、いつもと様子が違うことに気が付く。
「……ここだけじゃねえのか。」
立ち止まり窓の外に目を向ける。ここは最上階であるからスイートシティを一望できる。見渡せば街灯も消えているようで、島全域が真っ暗だった。そう、城の電気が落ちたのではなかったのだ。ということは
「……停電、か。」
そうぽつりと呟いたちょうどそのとき。
「ギャあああああああああーーー!!!」
一番奥の部屋から大きな悲鳴が聞こえた。
自分のいる位置から奥の部屋までの距離はかなりあるのだが、この声は確実にナマエだ。
ペロス兄にスイートシティに泊まると告げたときナマエのことを頼まれた。
『ナマエちゃんはしっかりしてるから大丈夫だと思うが、ペロリン』
と、ペロス兄は言っていたがとんでもない。
あいつは今でこそしっかりしてるように見えるが、出会った頃から泣き虫で、怖がりでいつも俺やその他兄弟にくっついていた。
この暗闇の中、あいつはひとりきりで泣いているかもしれない。そう思うと、自然と踏み出す足が速くなる。彼女の部屋に向かう最中も窓の外一面暗闇で、やけに静かで光がないとはこんなに異様な光景なのかと思った。
辿り着いた瞬間にバンッ!と扉を開けると、もちろん彼女のいた部屋も真っ暗で、あの悲鳴以外声が聞こえないため本当にこの中にナマエがいるのだろうかと疑いたくなるほどだった。
「ナマエ」
月明りの部屋に彼女の姿がなかったため、とりあえず名前を呼んでみると、「きゃっ」という声が奥の浴室に続く脱衣所から聞こえた。
「俺だ、大丈夫か。」
「…カタクリさん……?」
扉の向こうから聞こえてきたナマエの声から、やはり泣いていることがわかる。来てよかった。
中に入ろうとドアノブに手をかけるが、鍵がかかっているため開かない。
「……カっ…カタ……クリさん…早く……来てくださいぃ……」
気が動転しているのか鍵を開けようとしない彼女。それどころか俺の声を聞いて安心したのか、ナマエはさらに泣き出す始末。ここはとりあえず落ち着かせるのが先決だ。自分で出来る限りの精一杯の優しい声でゆっくりと話しかける。
「わかった。ひとりで怖かったな、もう大丈夫だ」
「……ふぇぇ、……」
「……とりあえず開けろ。」
「…は、はい」
なんとか彼女を慰めて、厳重にかけられた脱衣所の鍵を開けさせる。
ガチャリと鍵が開いた音と同時に勢いよく扉が開いてナマエが飛びついてくる。
「カタクリさぁん!!!」
抱きつかれて戸惑い半分嬉しさ半分、よほど怖かったのだろう。彼女に届くようしゃがみ込むと、そっとナマエの頭に手を置くが、すぐに違和感を覚えた。
いつもの柔らかくてサラサラの髪の感触ではなく、湿っているどころではない水分を含んだ髪。そう、濡れている。
その度合いは乾かしている途中とは言いにくく、むしろ風呂上がりとでも言うべき濡れ方で───
疑問を抱いていると、だんだんと暗闇に慣れてきた視界に飛び込んできたもの、それは。
「……っ、お前っ?!」
バスタオル一枚巻いただけのナマエの姿だった。
「怖かったですぅ〜〜…!!」
ナマエは戸惑う俺に構わず泣き続ける。
暗闇の中、ほぼ全裸に近い格好をした女に抱きつかれて密着状態。しかも相手はナマエだ。
明らかに自分の鼓動が速くなるのがわかる。
この状況をチャンスととるかピンチととるか。
後から考えればチャンスとしか言いようがないが、この時の俺はそんなこと考えられる余裕もなく、ひたすらナマエの身体が視界に入らないように顔を背けながら、彼女をなだめることしか出来なかった。
「だ、大丈夫だ。落ち着け」
俺も落ち着こう。
声をかけると彼女は顔をあげて、うるんだ瞳で言った。
「来てくれて、ありがとうございます」
「ナマエ……」
その表情に、言葉に、どうしようもなく抱きしめてやりたくなったのだけど。
「早く!!!こっちですっ!」
「?!!」
そんな暇もなく強引に脱衣所を通り抜けて、浴室の中へと引っ張られた。
「どうしたんだ」
「お願いします、早くやっつけてください!」
「は?」
俺はわけがわからないまま暗闇の風呂場へと押し込まれ、ナマエから渡された懐中電灯を片手に閉じ込められる。
よく懐中電灯の在処がわかったな、こいつ。
「い、いますよねっ!?」
「なにがだ。」
「……ク、クモがッ!!!」
……クモ??
懐中電灯の光を照らしながら辺りを見回すと確かに天井から一匹のクモがぶら下がっていた。
蜘蛛か。くだらねぇ。
「こんな奴……息の根止めてやる」
「早く!!!!止めて下さい!息!!」
停電でひとりで怖くて泣いていたのだと勘違いしていた自分が情けない。
「いました……?」
「……ああ。」
「早くやっつけてください!!」
ため息をつきながら垂れ下がっている蜘蛛の糸を掴んで窓から外に放ってやった。なんだか蜘蛛が不憫で仕方がなかったので殺さずに逃がした。
「やっつけました!?」
「ああ、もういねぇ。」
答えるとすっかり泣きやんだナマエが風呂場の扉を開けた。俺を閉じ込めるなんざ、この世界中どこを探してもこいつぐらいにしか出来ないだろう。
「よかったぁーー!!ありがとうございますカタクリさん!」
また抱きつこうとするナマエに、とにかく服を着ろと言った。すると正気に戻ったのか慌ててバスタオルを押さえながら風呂場を出ていった。と思ったが、ナマエはひょこっと顔を出して
「……帰らないでくださいね」
と、付け足してからその場を後にした。
やはり蜘蛛のせいだけじゃなかったらしい。
改めて来てよかったと安心したが、それよりも今の俺にはナマエのあの姿が目に焼き付いていて、あの状況で手出しできなかった後悔の方が大きかった。ナマエが着替えに行っている間に大部屋へと移動した。
懐中電灯では何かと不便なので代わりになるものは無いかと辺りを見回すと、ソファテーブルの上にたくさんの蝋燭が転がっているのに気づく。
「無いよりはましか。」
それにしても何故こんなに蝋燭が。
疑問に思いながらも、ちょうどよく傍に置いてあったダイフクのと思われる灰皿に蝋燭を立てて火をつけ、そのままソファに腰を下ろした。
「あぁーー!!!!」
突然の大声に俺の身体はビクンと跳ねる。
声の主はもちろんすっかり服を着てしまったナマエ。
「なっ、なんだ。」
「それ使っちゃったんですかぁーー?!」
駆け寄って来たナマエが指さすのは、今まさに火をつけたばかりの蝋燭。
「せっかく集めたのにーー!!」
「いいだろう、こんなにあるんだ」
ナマエの言い様に焦りを感じつつ、テーブルを一瞥する。
「そういう問題じゃないのに……まぁ、カタクリさんがいいならいいんですけどね。」
「?」
なぜ俺が関係あるんだ。
だがその疑問よりも気掛かりなことが目につく。
ナマエは服こそ着ているけれど、髪はまだ濡れていて滴が垂れるほどだ。
「おいナマエ、髪を拭け。まだ濡れてるじゃねえか」
指摘すると彼女は「だってドライヤー使えないんですもん」と、小さい子供のように口を尖らせる。全くこいつは……と、ひとつため息を吐く。
「風邪ひくだろう、こっちにこい。」
彼女を引きよせて、首に掛けられていたタオルを頭に被せてガシガシと拭いてやる。
「あーそんな乱暴にしないでくださいよー!髪傷んじゃうー!!」
「静かにしろ、この俺が拭いてやっているんだからありがたく思え。」
「だーーー!!もうーー!!」
「動くな」
彼女の前だといつも保護者のようになってしまう。こんな関係になることを望んでいたわけではないのにそうなってしまったのはきっとナマエのせいだ。
いくら出会った時から一緒だったとはいえ、俺は健全な男で、そんな俺の前でタオル一枚になったり、泣いて抱きついてきたり、暗闇の中で二人きりだったり……
あまりにも無防備すぎるから
出会った頃からずっと変わらない、いつも「カタクリさん、カタクリさん」と笑いかけてくる。
ナマエが何も知らねえから
知らなさすぎるから俺は何もできないのだ。
今までどれだけ我慢してきたのか知らねえだろ、お前は。
すっかり大人しくなったナマエの髪を拭きながら心の中でそう呟いた。
「もういい。だいぶ乾いただろう」
「ふふ、ありがとうございました」
顔を上げたナマエは何故かとても嬉しそうに笑っていた。
「なんだか懐かしいです。出会った頃もありましたよね?」
「?」
「雨の中、わたしずぶ濡れになって」
「あぁ、そうだったな。」
「今度は一緒に入りましょっか!」
「……は。」
「お風呂♪」
「…なっ、!!?」
上目遣いで振り返り、明らかにからかっている表情のナマエ。
内心ドキリとさせられたことを隠すように、俺はまたタオルをかけてぐしゃぐしゃと髪をかき乱してやった。ナマエはまた「やめてくださいよぉ」と言いながら笑う。
彼女にとって俺は、そんな冗談が言えてしまうような存在なのだろう。
ただの“家族”。“お兄ちゃん”のような存在。
悔しいけれどでも、今はまだそれでいい。
ナマエの近くにいられたら、それだけで───。
「あっ!!カタクリさん、今何時ですか?」
何かに気付いたようにナマエが慌てて顔を上げた。
「時間?」
月明りと蝋燭の光を頼りに、掛け時計を見やる。
針が示した時間は0時4分。
「もうこんな時間か。」
明日も早朝にコムギ島に向かわなければならない、そろそろ自室へ戻るかと思ったとき
「カタクリさん!!」
「…!?……なんだ。」
いきなりの大きな声にまた身体はビクンと跳ねる。だが、ナマエは何も言わずに至って真面目な顔でじりじりと近づいてくる。
「お、おいナマエ……」
顔が近づいてくることに戸惑いを覚えて、思わず身を引いてしまう。
ついさっきこのままの関係でいることを決めたのに、この急展開にその決意は揺らぐ。
これはもしかしたら再び廻って来たチャンスなのではないか、彼女も同じ気持ちでいてくれたのかもしれない。
なんて淡い期待を抱いたのも束の間、
彼女の口から発せられたのは思いもよらない言葉だった。
「お誕生日、おめでとうございます。」
「……は?」
「12時過ぎたから、今日はもう25日ですよ。」
「……」
「カタクリさんのお誕生日ですよね?」
ああ、そうか。
言われるまで全く気がつかなかった。
そういえば今日は11月25日。
確かに自分の誕生日だ。
昔はケーキだプレゼントだ、と何かと楽しみがあり密かに心待ちにしていた誕生日も、さすがに最近は特にこの数年はそれどころではなく、自覚することすらなく過ぎていた気がする。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「…ああ。」
すっかり拍子抜けしたけれど、その言葉は何かくすぐったいような気持ちにさせた。
嬉しそうに笑っていたナマエは、急に少し落ち着いた口調で話しだす。
こういうとき、彼女が急に大人っぽく見えてしまうのだから参ってしまう。
「こうやってカタクリさんの誕生日をお祝いできてよかったです」
「私が言うのも変だけど、でも言いたくて」と続けるナマエ。
「カタクリさん。」
「……」
「生きててくれて、ありがとう。」
暗くて鮮明には見えないけれど、きっとナマエは精一杯の笑顔をつくっているのだと思う。
この笑顔が何より大切だったのに、守らなくてはならなかったのに、俺はどれだけ心配をかけて泣かせたのだろう。
けれどナマエはいつも待っていてくれた。
こんな俺を、どんなことがあっても笑顔で迎えてくれた。
何もわかっていなかったのは彼女じゃない。
本当は俺のほうだったのかも知れない。
堪らなくなって彼女を抱き寄せる。
「ナマエ」
「…カタクリさん」
華奢な身体をぎゅっと抱きしめて、今の精一杯の気持ちを伝える。
「もう心配はかけねェ。いつでも待っていてくれるか?」
戸惑っていたナマエだったが、俺の背中にそっと腕を回した。
「…やっと言ってくれましたね。」
「ん?」
「待ってたんですよ?カタクリさんがそう言ってくれるの」
どんなときもいつもビッグマム海賊団の帰りを待っていてくれるナマエ。
麦わらとの抗争後、回復した俺を見て自分のことのように喜んで泣いて、笑っていた。その笑顔が見たくてもっと強くなりたい、そう思った。
今もそれは同じ。
ナマエに想ってもらえるのなら、強くなれる気がする。
けれど麦わらに敗北してみて、まだ見ぬ世界の強者たちの力がどれだけ大きいのか自覚した。
自信を取り戻すまでは見舞いに来いとは言えなかった。でも今なら、きっとナマエに弱みもちゃんと見せれる気がする。
「嬉しいです。私、強くても弱くてもカタクリさんが大好きですよ」
そう言って、さらにぎゅっと腕に力をいれる。
彼女の言う『大好き』は俺の望んでいる意味ではないのかもしれないけれど、この関係を終わらせる、いいきっかけになるだろう。
そっと身体を離し、ナマエと向かい合う。
「ナマエ、俺はお前が───」
「あーっ!!!!忘れてた!」
気持ちを伝えようとしたまさにそのとき、ナマエは急に立ち上がり奥のキッチンの方へ急ぐ。
人がせっかく覚悟を決めて告白しようってときに何なんだと、苛立ちが募る。
だが、オーブンを開けて中を確認しているナマエと同時に甘い匂いが漂ってきた。
「あー!やっぱり…生焼けだぁ…」
「生焼け?」
明らかに落ち込んだ様子で戻ってきたナマエ。
ストン、と俺の座るソファの横に腰を下ろす。
「カタクリさんのケーキ、電気途中で止まっちゃったから焼けてなかったみたいで……ごめんなさい。」
蝋燭の揺れる火に照らされ、潤んだ目で見上げながら言うナマエ。
あぁ、なるほど。テーブルの上にたくさんあった蝋燭はこれのためだったのか。
きっと、ありとあらゆるところからかき集めてくれたのだろう。
彼女は落ち込んでいるけれど、俺にとっては失敗したことなんて何でもない。誕生日を祝うために用意してくれた彼女のその気持ちだけで十分嬉しかった。
美味しく出来ると思ってたのになぁ、と呟く彼女を慰めようとそっと手を伸ばしたとき、パッと急に周りが明るくなった。どうも電気が復旧したらしい。
明るく照らされ、なんだか途端に恥ずかしくなって伸ばした手をそっと引っ込める。
けれどそんなこと全く気付いていない彼女は電気と一緒に表情も一気に明るくなる。
「あ!カタクリさん!電気つきましたよ、これでちゃんと焼けます!」
無邪気に喜び、すぐにまたオーブンへと急ぐナマエ。タイマーをセットし、オーブンの前から離れない。
こうなると俺の告白なんて届かないに決まっている。今はケーキのことで頭がいっぱいだろうからな。
せっかく“家族”という関係から踏み出せそうだったのに、どうやらまた持ち越しらしい。
まったく、いつになったらこの関係に終止符を打てるのだろうか。思わず大きなため息を吐いた。
けれど俺の気持ちなど知るはずのない彼女は、オーブンを覗き込み「楽しみにしててくださいね」とニコニコと笑う。その表情を見ていると、さっきまでの苛立ちや落胆は消え、いつの間にか自分もストールの下で微笑んでいるのに気付く。
仕方がない。
ナマエがこんなに嬉しそうにしているから
大切なことに気付くことができただけでよかったと思うことにしよう。
もう二度と彼女を悲しませることはしないと改めて誓うことができたから、来年こそは違う立場になっていられたらいいなと思うけれど……
とりあえず今年はまだ“お兄ちゃん”として、
今日という日を祝ってもらうとするか。
大停電の夜に。
一人の夜の過ごし方を忘れてしまった