アンナが久しぶりに自宅に帰ってきたというのに宮城家の食卓は火が消えたように静かだった。
「状況が、ぜんぜん読めないんだけど……」
困惑しきった顔で目の前にいる兄、宮城と隣のソファーに座っていた彼女の顔を見比べながら、アンナが言った。
「っていうか……名前さんとリョーちゃん、知り合いだったんだ」
「……結婚したんだ。……名前ちゃんと。」
「ハ?なに?意味わかんない……。えっ、だって彩子さんとは? どういうこと?」
半分、パニックになりかけているアンナの手を握って、カオルがさとすように言った。
「大丈夫だから……よく、聞いてね」
「お母さん……大丈夫って、なに?」
そんな様子の二人を一瞥した宮城が大きく息を吸い込み、ゆっくりと言った。
「——名前ちゃんが、ドナーになってくれる」
「……え?」
「実はアンナの病気はもう……移植しないといけない段階まで進んでんの」
宮城はそう言うと自分も母もドナーは不適合で親戚中当たったがドナーになってくれる人がいなかったことや、これまでのいきさつを説明した。
「……待って、ちょっと待ってよ」
「あとはアンナが同意さえしてくれれば、それで手術が出来る。助かるんだ。」
「なに。どういう、こと……?」
部屋の中に、長い長い沈黙が訪れた。聞こえてくるのはカチカチ……という時計の機械音だけ。
「なんか……わかんない」
そう放心したような口調でつぶやくとアンナはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ちょっと、時間ちょうだい」
そう言い残して、二階にある自室へと上がっていったきり閉じこもったまま結局アンナは朝まで下りてくることはなかった。
*
翌朝、宮城は車でアンナを病院まで送っていった。駐車場から病院の入口に向かって歩いていると、それまでほとんど口を聞かなかったアンナが「リョーちゃん」と言って宮城のほうを見た。
「うん?」
「昨日のこと……」
「うん」
「私、手術する」
「そっか……。」
笑顔を見せた宮城に、アンナが機械的に微笑み返して言う。
「ここまででいいよ、仕事でしょ?」
「——え? いや、病室まで行くよ」
アンナが宮城の手からバッグを無理やり取って「ほらぁー」と言い両手で宮城の背中を駐車場のほうへと押しやった。
「遅刻すると、三井さんに怒られるよ!」
「あー、……それもそうだな。」
宮城はそう言うと、その場に立ち止まったまま病院の入り口をくぐっていくアンナのうしろ姿をじっと見送ったのだった。
第四章 完