喫茶店を出てしばらく外を歩いていると、目の前に、背丈の高い見慣れた人物がいた。だれかと電話をしながら歩いている三井だった。
『アンナちゃんのお見舞い、みんなで行くか』
「ああ。それはそうとして、ほかになんか俺たちで出来ることねーのかな」
『できること、か……』
「宮城の奴……もっと、俺たちに頼ってくれればいいんだけどよ」
『三井、一緒に働いてて一番そばにいるくせに、お前が頼りないからじゃないのか?』
「はっ? 俺かよ!」
そう言って声を荒げて立ち止まった三井を彼女が風を切るように追い越す。
「あ……。わりぃ木暮、かけ直すわ!」
三井はそう言い置くと、木暮との電話を切って「おいっ!」と彼女を呼び止めた。その声に足を止めて振り返った彼女の元へ、三井が駆け寄って行く。
「おまえ、こんなとこでなにしてんだ?」
「……そっちは?」
「あ、俺か?俺ァ……。きょう母校の試合でよ、
休みもらってて、ちょうど向かうとこなんだよ」
「……バスケ?」
「え?あ、ああ……宮城も誘ったけど行かねーって言うし。って!ンなことどーでもいいんだよ!」
「……あいかわらず、やかましい人だね。」
「っせえ!つか、そんなに荷物持って、どこ行くんだよ」
「……」
「もしかして金だけもらってどっか逃げるつもりなのか?」
「もう、あの家族とは関係ないから」
そう言って、眉間に皺を寄せた彼女が三井から視線を逸らして斜め下を向く。三井は「あ?」と彼女にやや顔を近づけた。それを、鬱陶しそうにしてさらに顔を背ける彼女。
「関係ねーって、結婚したんだろ?」
「……」
「は? どーいうことだよ」
「もう、家族じゃないんだってば」
彼女はそう吐き捨てるとまた三井に背を向けて歩き出した。三井はその場に立ち尽くしたまま、去って行く彼女の姿を見つめていた。
*
仕事中、不在着信があった。見れば相手は三井からだった。宮城は今日って湘北の試合なんじゃねーの?と不思議に思いながらも、人目を盗んで館内を出て電話を掛け直してみた。相手は一回の呼び出しで電話に出た。
『——もしもしっ? 宮城か?』
「うん、なンすか?湘北勝ったの?」
『いや、まだ始まってねーよ』
「あ、そ?」
『つか……クリオネと、なんかあったのか?』
「へ? なんで。」
『いや——家、出てったんだろ?』
「……は?」
宮城は言葉の通り唖然とする。目をぱちくりとさせている宮城をよそに、三井は先を続けた。
『さっき、道端で大きな荷物担いで歩いてたから、声かけたんだよ』
「……」
『え?もしかして、知らなかったのか?おまえ』
「……なんか、言ってました?」
『ああー、もう家族じゃねーって。でもなんかよ、強がってるよーに聞こえたけどな』
「……」
そのとき「宮城さーん!」と宮城を呼びに来たスタッフの声で宮城が我に返る。
「……三井サン、すんません。電話切るよ」
宮城はそう言って三井との電話を切った。頭の中がうまくまとまらないまま、とりあえずいまはどうする事もできないので宮城はそのまま仕事に戻ったのだった。
一方、彼女はその足で、もう二度と戻るまいと決めていた兄の住むアパートに向かった。ドアを開けた竜の顔にパッと笑みが広がる。しかし彼女は憎しみに燃える目で竜を睨みつけたまま言葉をぶつけるように言った。
「あんたが送ったんでしょ」
「あ?」
「ファックス、病院に送ったでしょ?」
「あー、あれか。ああ送ったぜ」
「ふざけんなっ!あの家には関わるなって言ったじゃん!」
「心配なんだよ、お前のことが兄貴なりにな」
「……」
「それともお前まさか、本気でアイツに惚れてんのかよ」
「……関係ないでしょ」
そう言って、肩にかけようとした竜の手を払い退けて、彼女は矢継ぎ早に言った。
「どこで調べたのか知らないけど私はもうドナーじゃないから」
「は?」
きょとんとしている竜にもう一度強く言った。
「私はもう、ドナーじゃないんだってば!あの人とも……離婚する。」
「……」
「残念だったね、金ゆする相手がいなくなって」
嫌味を含んだそれにも竜は不気味に顔を歪めて言った。
「——なら、俺に感謝しろよ?」
「は?」
「あいつの母親に、手術やめろって言いに行ってやったんだからなぁ」
「え……」
声を震わせて聞き返す妹に竜が不気味な笑顔のままうなずいた。
「そーか。よかったな、手術なくなってよ」
「……お金、取ったりしてないよね?」
「あ? 俺が頼んだわけじゃねーぞ?」
「いくら……」
「は?なにが」
「いくら取ったのっ、ぜんぶ返してよ!」
「あー。残念だ、もう使っちまったなー」
とぼける竜を無視して彼女は部屋の中に土足で入り、徹底的に部屋の中を探し回った。
「おい、やめろって!」
制する兄を無視して彼女はスーツの内ポケットから、銀行の封筒に入った札束を見つけ出す。厚みからして百万は入っている。
「あーあ、見つかっちまった。」
「……どこまで腐ってんだよっ」
頭を掻く兄を一瞥して、その封筒を持ったまま部屋を出ようとした妹の腕を兄、竜がつかんだ。
「おいおい、利子だけでも今日返せって言われてんだよ、あんな奴らに返す必要ねーだろ」
「ふざけんなっ!」
そんな彼女の剣幕に、竜が目を見開かせた。
「ウチとは違うんだよ……」
「あん……?」
「私たちなんかが、関わっていい家族じゃないんだってば……」
「……」
「だからもう、迷惑かけないで——」
哀願するように「お願いだから」と言い残して彼女は足早に玄関に向かって部屋を出て行った。