自宅に着くとカオルから「いま横になって休んでるから」と言われたので宮城は、彼女の部屋の襖を静かに開けてみた。

「……大丈夫?」
「あ、……うん」

 宮城の声に布団に寝ていた彼女が上半身を起こそうとしたので、慌てて宮城が背中に手を添えて起き上がる補助をする。

「なんで言わなかったの?体調悪いって……」
「……」
「君が責任を感じることじゃねーんだよ?」
「そっちだって、そうじゃん……」
「え?」
「いつも一人でなんとかしようとする」
「……」
「責任感じたっていいじゃん、勝手に一人で決めないでよ」
「……わかった。とりあえず、すこし、寝な?」
「……うん。」

 翌日、アンナの病室に行くと、アンナはまるで宮城がやってくることを予期していたかのようにベッドの上で背筋を真っ直ぐにして座っていた。
 すでに事件のことはわかっているようだったが思っていたほど落ち込んでいる様子もなく、その目にはまだ生の光が宿っていたことが宮城を安心させた。

「リョーちゃん、神先生がね……」
「……ん?」
「他の病院に、行っちゃうって……」

 自分の顔を見るなりそう言ったアンナに宮城はうなずいた。

「うん、さっき聞いた」
「私の、せいなのかな……」
「……アンナ、よく聞いて欲しいんだけど」

 宮城はそう言うとベッドの隅に軽く腰を掛けてアンナの目を真っ直ぐに見た。

「アンナには辛い思いをさせるかも知んねーけどさ……」
「うん、覚悟してるよ」

 アンナは真っ直ぐ偽りなく宮城にそう答えた。宮城はいつの間にか立派に成長した妹の姿を目の当たりにして、感動して言葉に詰まる。

「私、名前さんになにもできてない……」
「……彼女は、名前ちゃんは……アンナの気持ち、ちゃんとわかってくれてるよ」

 宮城の言葉にアンナは悲しそうにすこし曇った表情を見せた。

「……今回のことは絶対にアンナのせいじゃないから。そもそも、誰のせいでもねーんだ」
「……」
「たしかに法律を犯したかもしんない。けど俺、人として間違ったことをしたとは思ってない」
「……うん」
「アンナだってどんなことをしてでも家族を守りたいって思うだろ?」

 宮城の問いかけにアンナは宮城を見つめたままこくりとうなずいた。

「だけど、病院や名前ちゃんに迷惑かけたことは事実だからさ」
「……」
「その責任は、きちんと取ろうと思ってる」
「わかってるよ、リョーちゃん」

 アンナはまるで自分が宮城の兄貴——いや、姉であるかのような落ち着いた口調で言った。

「心配しなくて大丈夫だよ。あと一ヶ月もすれば退院だし、それまではどんなことがあっても私、頑張るから」
「……そっか。その言葉聞いて、安心した」

 宮城はそう言うとアンナを抱き寄せて名残惜しそうに子供をあやすような要領でアンナの背中を手のひらで撫でたり叩いたりした。しばらくして身体を離すと、アンナがぽつりとつぶやくように言った。

「——名前さんの、ためなんだよね?」

 宮城は少し躊躇ったあと「うん……」と小さくうなずいた。

「わかった。それでいい」
「……」
「カッコいいぞ、リョーちゃん!」

 アンナは宮城に白い歯を見せながら満面の笑みを向けてそう言った。
 宮城はその足で市役所に向かい離婚届を提出した。そのころ、宮城家で眠っていた彼女のもとへ一本の電話が入る。相手はアンナだった。

「……もしもし?」
『名前さん?ごめん、寝てた?』
「ううん、大丈夫。どしたの?」
『あのね……』
「……? アンナ?」
『あの、その……リョーちゃんには黙ってろって言われたんだけど——』

 一方そのころ宮城は、神の携帯に電話を掛けてこれからしばらくアンナと彼女の側にいられなくなると思うということと二人の今後のことを頼んだ。今回のことでは本当に迷惑をかけてしまったことをもう一度詫びて宮城は電話を切った。
 宮城は最後に彼女に電話を掛けようとしたが、彼女の声を聞くと決心が揺らいでしまいそうだったので、一通メッセージだけ打つことにした。


 ——名前ちゃんへ。
 体の具合はどう?
 さっき神先生に名前ちゃんのこと
 頼んでおいたよ。
 今週から大学の先輩がやってる千葉の
 病院で働くことが決まったらしいから
 しばらくはそこで診てもらいながら
 静養してね。

 俺は、きちんと罪を償ってくる。


 文章の最後に『宮城リョータ 7』と自分の名前のあとに大切にしている番号を添えて送信ボタンを押すと宮城は携帯を閉じて、そのまま、警察署に向かった。

 アンナからの電話を切った彼女は急いで宮城の家を飛び出した。駅に向かう途中、メッセージが届いたと知らせる通知音が鳴り足を止めて携帯を見る。内容を見た彼女がすぐに宮城に電話を入れると、数秒してから相手が電話に出た。

『……もしもし?』
「ねえ、いまどこにいんの!?勝手に決めないでって、言ったじゃん……」
『これ以上、体調が悪くなるまえに……ちゃんと身体、休めねーと』

 宮城はいつもと変わらぬ落ち着いた声でそんなことを言う。

「……帰って、くるんだよね?」
『……』
「答えてよ……。私、どこに帰ればいいの?」
『……』

 電話の向こうで宮城はなにも答えない。それに対して彼女が涙を堪えながら宮城を責めたてた。

「来年、展望台……連れてってくれるって、約束したじゃん」
『……』
「また……一人にするの……?」
『……名前ちゃん?』
「……ん?」
『……ごめんね。』

 そのまま電話は切られてしまい、彼女はそこでようやく抑え込んでいた涙腺を一気に解放した。
 止めようとすればするほど涙が溢れ出て来て、彼女は地面にしゃがみ込み、声を上げて泣いた。


 第九章 完


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