目的地まで続く長い階段を急いで駆け下りる。あたりは真っ暗になっている。時刻は既に七時をまわろうとしていた。
外の階段を駆け下りた先、彼女は館内の入り口に辿り着くと、入り口横に立て掛けてある神からもらったパンフレットとおなじ内容の看板を目にして中に入ろうとするが、自動ドアには『本日は閉館しました』という貼り紙が貼られていた。
仕方ないと諦めて先ほど駆け下りて来た階段に戻り、今度はゆっくりとその階段を登りながら、館内にある作品をガラス越しに凝視した。
�� 題名:『 つながる命 』
氏名: 宮城 アンナ ��
彼女はその作品を見つけて立ち止まると不意に心が温かくなった。次いで自然と笑みがこぼれて「よかった……」と、言葉をもらす。
アンナが、元気になってよかった。生きていてくれて本当によかったと彼女は心から安堵した。そのとき階段の下、会場の脇から走って来る人影に気付いた。とたんに心臓が、バクバクと高鳴りはじめる。
(——もしかして……)
そう思ったとき——姿を現した相手を見て彼女は眉間に皺を寄せると「ハア…」と思わず溜め息を吐いた。
「やっぱり、遅かったかな……」
相手は神だった。彼女はその声にはもうひとつ溜め息を吐くと、ぼそりと言った。
「遅いよ……」
そのまま二人は近くのベンチに向かった。コンビニに飲み物を買いに行った神が戻って来ると、温かい飲み物と一緒に中華まんの包み紙を彼女に差し出して神も隣に腰を下ろす。
「ええ〜、イタリアン奢ってって言ったじゃーん」
「だから、ピザまん」
神の言葉に彼女は一本取られたと言う代わりにふはっと笑った。そんな彼女を見て神が言う。
「やっぱり、来てくれたんだね」
「べつに……あんたに言われたから来たわけじゃないけどねー」
そう吐き捨てて彼女がピザまんを頬張る横顔を見た神も、ふっと笑みを零してから、思い出したように言った。
「あ、僕……北海道に行くことになりました」
「え……?」
「向こうの大学病院に来ないかって誘われて」
「へえ、やっぱ凄い医者だったんだあ」
「いや……」と、謙遜しながらも神は続けた。
「やっぱり、移植に関わりたくて」
「……そっか」
「僕も新しい土地で頑張ってみようかなって」
「僕も?」
「名前さんを見て勇気をもらったって言うか」
「え?」
彼女が思わず神を見やると神は真っ直ぐに前を見たまま意志の強い眼差しで言った。
「環境をガラッと変えて、やり直すのも悪くないよな、ってね」
「……そ。」
短く言い置いた彼女は綺麗に笑った。しばらくしてから神と別れた彼女は、歩道を歩いていた。そのときふと聞き覚えのある声が聞こえた気がして、ぴたりと歩みを止めて声のするほうを見る。
「三井サン、結婚しねーのかなあ〜」
「別れたらしいよー、あれたぶんフラれたんだよ」
「ええ?そーなの? あの、長く付き合ってた子?やっぱ別れたんだ」
歩道橋の上を、宮城とアンナ、それにカオルが、三人並んで歩いていた。どうやら三井たちと食事を終えて帰る途中だったようだ。
「えー?リョーちゃんってば、いつの時代の彼女の話してるの?」
「へ?」
「リョーちゃん知ってる人も含めて三人目だよ?今回の別れた三井さんのカノジョー」
「うっわ、マジ?時代の流れを感じんだけど……」
彼女は楽し気に笑う宮城を、アンナとカオルの優しい笑顔を今この場所から、ずっと見ていた。三人の変わらぬ姿に自然と笑みがこぼれ、思わず駆け寄って行きそうになったが、寸でのところで思いとどまる。そうして、ぐっと奥歯を噛みしめ勢いよく踵を返すと余勢で、背後から歩いてきた通行人とぶつかってしまった。
「あっ、すみません……」
咄嗟に出た言葉。そのまま彼女が、スタスタと宮城たちとは反対方向に歩いて行く。
歩道橋の上——遠くから風に乗って、聞き慣れた声が耳に届いた気がした宮城が思わず立ち止まって歩道を見やる。見慣れた後ろ姿が去って行く。
「リョーちゃ〜ん!」
アンナとカオルがすこし先で立ち止まって振り返り自分を呼んでいる声で我に返り歯切れ悪くも「あ……ウン」と返して、それでも何度も後ろを振り返りながら、アンナとカオルのもとに宮城は歩いて行った。
それから、数日が経った日の夜。彼女が自宅のベッドの中で身を硬くしているとコンコンというノック音がした。
「名前ー、いるんだろ」
竜だった。一瞬、身を起こして玄関に行こうと試みたが、すぐに足を止めた。
結局、数分経ったころ、玄関先での人の気配が無くなり竜が諦めて帰って行ったのだと悟した。まさかここまで嗅ぎつけてくるとは思ってもみなかった彼女は過去と同様に、兄である竜に恐怖と嫌悪感を感じるのであった。
*
十一月でも沖縄は、天気がよければ海水パンツひとつで泳げるほど暖かい。宮城が到着した日も石垣島は真夏を思わせるような日光が降り注いでいて、数十年前に宮城が住んでいたときのことを思い出させた。
この日宮城は、職探しのためでも家探しのためでもなく、ある人物を探しにこの島に来たのだ。その手には、一枚のコピー用紙が握られている。沖縄に経つ二日前、突然三井から着信があった。電話に出ると興奮気味に「今から会えないか」と言われ、宮城はまたなにかめんどくさいことでも起こったのかとひやひやしながら待ち合わせ場所に向かった。三井との待ち合わせた場所に着くと先に到着していた三井から「これ。」と渡された一枚の紙。それには熱帯魚店の内容と共に彼女の姿があったのだ。三井は職場でネットを見ていたときに偶然見つけたのだと言う。
「——宮城、もう逃げんな。」
そう真っ直ぐに言い放った高校時代の先輩は、あの日、宮城のバスケットシューズを地面に投げつけたときと同じような強く、悲しげな目をしていた。
頭をさげて「バスケットがしたいです」と懇願した先輩の姿がふと脳裏を過ぎり、ついに宮城は白旗を上げたのだった。
第十章 完