最終章 ふたりの決断
ある日の晩——��AQUA STAR PET SHOP�≠ノやってきた彼女は、店の中に入るや否や、店内に置いてある一番大きな水槽を優雅に泳ぐクマノミをじっと眺めていた。
「あらー、先日もう辞めたって言っちゃった〜」
そう言って店の奥から店主である中年くらいのおばさんが出て来る。その店主の女性は雰囲気がカオルに似ていて、彼女のことも働き当初から、とても可愛がってくれていた。
「え?」
「名前さんいますか?って、男の人が来たよ?」
その言葉に思わず入り口を見やり、店を急いで出ようとした彼女の足が入り口の手前でピタリと止まる。
「あら? いいの?」
「……はい。アホな、兄貴なんで」
そうつぶやいてゆっくりと振り返り彼女はまた先と同じように水槽を眺めた。
「そう? あっ、次の仕事見つかった?」
「……」
「掛け持ちしてたのよね?けっこうな大金、稼ぎたいんだったっけ?」
「……はい」
「ごめんねー、私もこの店ずっとやってたかったんだけどねぇ。急に閉めることになっちゃって」
ずっと水槽の中を眺めていた彼女をふと見やり手に持っていた小さな段ボールをレジ横に置いた店主が彼女の隣へ来て、問いかけるように優しく声を掛ける。
「どうしたー?魚、見たくなった?」
「……」
「落ち着くもんねー、この子たち見てると」
「ほんとはクラゲがいいんですけどね……」
「フフフ、兄妹そろってクラゲ好き」
「……え。」
「お兄さんも言ってた。クラゲ置いてないんですかねぇー、って。」
彼女はハッとして、眺めていた水槽から視線を店主に向け背筋を伸ばした。そうして、少し言いよどんだあとに「あの……」とそっと切り出す。
「んー?」
「カリメロみたいな頭でした?サラサラの。」
「ううん、全然」
「じゃ、じゃあ……背が、こんくらいで……」
「うん」
「こっちに、こっちの耳に緑色のピアスつけてて無駄に——イケメンでした?」
「はははっ! たしかに。無駄にイケメン、わかるわかる!」
最後まで聞き終わる前に彼女は、勢いよく店を飛び出した。
———どんなに季節が巡っても、伝えたい思いがあった。ずっとずっと心の中に秘めたあの人への思い。その、たった一言が言えたらのなら、何かが変わるのか。いやもしかしたらそのたった一言でいまの全てを失うかも知れない。それでも早く、はやく。一秒でも早くあなたのもとへたどり着きたい——。
彼女は行き交う衆人にぶつかりながら、必死に無我夢中で走った。
*
『——多くの流星が見られる、年間最大の流星群
ふたござ流星群が今夜から明日の早朝にかけて、ピークを迎えます。観測のポイントは……』
沖縄の街中にはお世辞にも馴染んでいるとは言い難い最近設置されたであろう近未来的な大型モニターからそんな内容のニュースが流れていた。宮城は歩きながらそれをぼんやりと聞き捨てるとふと夜空を見上げた。歩道橋の上、宮城は携帯をポケットから取り出してアドレス帳を開く。
�� 名字名前 ��
その電話番号を押しかけて思い止まった宮城はまたポケットに携帯をしまった。ポケットからは車のキーにつけていた兄のソータを想い今日までずっと一緒に背負って来た、背番号『7』の数字のストラップが申しわけ程度にぶら下がっていた。
宮城は「うん」と、思いを断ち切るようにしてひとつ頷いたあとまた歩き出した。宮城の歩みを進める反対方向からは歩道橋の階段を駆け上ってくる彼女の姿がある。
彼女は歩道橋の上で立ち止まり携帯電話を取り出した。アドレス帳を開くと『宮城リョータ』の画面で発信を押しかけて、こちらもまた思いとどまる。同じくその携帯電話のカバーケースからは『7』の数字と共に——小さなバスケットボールの付いたストラップがぶら下がっていた。
結局その日、彼女は必死に探し回ったが宮城を見つけることはできなかったのであった。