病院に着いた宮城はすぐにアンナの病室に向かったが、そこにアンナの姿はなかった。アンナがいそうな場所を思い浮かべた宮城は荷物を置いて屋上へと向かった。屋上の扉を押しやるとやはりアンナがベンチに座って空を見上げていた。
「星見てんのー?」
「……なんだ、リョーちゃんかあ。」
一度宮城を見やったアンナだったがまたすぐに夜空を見上げて言った。
「うん、探してるの……流れ星。」
「……願いごと?」
宮城が言いながら隣りに座ったとき、アンナが、そっと正面に向き直ってぽつりぽつりとつぶやくように言った。
「もし、私に移植が必要になっても……」
「……」
「大丈夫。」
「……大丈夫って?」
「ううん、……なんでもない!」
高校生の女の子に「このままでは余命が……」などと話すことは避けたかった。それが、家族であるならばなおさらだ。しかし目の前にいる高校生の女の子はもう��十七歳�≠ネのだ。自分の病状しかり、入院期間しかり、周りの情報しかり……勘づいてもおかしくない年齢なのだ。だがしかし宮城はアンナになにも言い返せずただその横顔をじっと見つめているしかなかった。
———数時間後。水族館の外を歩いていた彼女がコンクリートのうえに座って、海を見つめている見慣れた背中を見つけてゆっくりとした足取りでその人物のほうへ向かった。
「はい。」
海を眺めていた宮城の視界に、缶ビールが差し出されたのが見えた。振り向くとそこには彼女が立っていた。宮城はその缶ビールを受け取る。
「やっぱりここか……」
そう言った彼女は宮城の隣に腰をおろす。彼女が自分の分の缶ビールに口をつけるのを見た宮城が「あっ!」と声をあげる。びくっと彼女が動きを止めて宮城を見やった。
「な、なに……びっくりした」
「アルコール禁止って言ったじゃん」
「え?あーこれ?違うよ、私のはノンアルコール。おばさんがくれたんだよ」
「あ、そか……」
彼女がそんな宮城を見て呆れたように、フッと小さく鼻で笑った。しばらく沈黙がつづいたが、ややあって宮城が問う。
「……歩いて来たの?ここまで」
「うん、なんか眠れなくてさぁ」
「そっか」
「なに? 願いごとでもしてたの?」
「……」
今度は彼女のほうが「あっ」と空を見上げて、無邪気に指をさしながら「見た?」と言った。
「ん?……なに?」
「流れ星……いま」
「あー、見えなかった……」
「あーあ、残念でしたぁー」
「なんか、お願いごとしたの?」
「ううん、」
「間に合わなかった、急だったから」と彼女が応えたあと、ひとり言のようにつぶやく。
「流れ星ってさあ、最後はどうなるんだろう」
「うーん、どーだろうね。燃え尽きて———消えてなくなっちゃうんじゃん?」
「……」
「クラゲみたいに……」
そう宮城が言って夜空を見上げる。宮城を見ていた彼女もつられるようにして、真っ黒な夜空をまた見上げた。
*
宮城が勤めている水族館には、スタッフの紹介コーナーがありアクリル板に顔写真や名前、それと簡単なプロフィールが書かれたものが飾られている。そのスタッフの写真を、先ほどから熱心に眺めている一人の男性がいた。竜だった。自分が寝ている隙にとつぜん、身の回りの荷物と一緒に姿をくらました妹を探す手掛かりを求めてここにやって来たのだった。
この水族館に辿り着くヒントになったのは入場チケットの半券だった。一枚だけならまだしも、日付の近い半券が、三枚もゴミ箱から出て来た。
特別、海や海の生き物に興味のなかった妹が、それだけの頻度で水族館に通うからには、なにか理由があるはずだと考えたのだ。普通だったら、ここまでしなかっただろう。だが、たまたま店の外で会った、自分をぼこぼこに痛めつけてくれた例の風俗店の店長がポロッと漏らしたひと言が、竜の執着心に火をつけたのだ。
『———楓なら、三百万の借金をキャッシュでポンと返して辞めて行ったぜ。』
『残念だったなぁ〜、金ヅルに逃げられて。』
いったい妹はその三百万をどうやって手に入れたのか。あの付き合っていた男より、もっといい金ヅルを捕まえたに違いない。性悪な竜は、そう睨んだのだ。
スタッフひとりの顔をじっくりと見ていた竜の目が、あるひとりの男の写真の上でとまった。
宮城リョータ——……。
玄関のドア先で聞いた名前も顔も、このあいだアパートに押しかけて来たのもこの男だ。間違いない。竜はすかさず側を通りがかったスタッフを呼び止める。
「あのー、宮城さん……今日います?」
呼び止められたスタッフ、それは三井だった。
竜の声に立ち止まって振り返った三井は、思わず目を見開く。
「——竜、……!?」
「あん?……ああ、おまえ三井か?」
そう言うと竜は再度アクリル板を見やり写真の中から今度は三井を見つけ出すと嘲笑の色を浮べながら「ああ。おまえ、なんにも変わらねーな」と、つぶやいた。
「竜……久しぶりだな。」
「ああ、そーだな。三井、元気そうじゃねーか」
三井は小さくうなずき「てめーもな」とボソリとつぶやく。
しばらく沈黙が続いたが竜が思い出したように「あー、そうか」と言った。
「宮城って、あの湘北の生意気な一個下か。」
「思い出した思い出した」と、ニヤリと口角をあげて言う竜を三井は怪訝な表情で眺めていた。
「つか、あいつ今日は確か非番だったと思うぜ」
「なんだ、いねーのか」
「……おまえ、宮城になんの用だよ?」
「いや、いいんだ。また来るよ」
竜はそう言うと、三井に背を向けて右手を軽く翳してから水族館をあとにした。