第四章 衝撃の告白
アンナの病室を訪れた翌日、宮城は三井と共に毎週恒例の行事でもある漁港に向かった。
「おはよーございまーす!」
助手席から下りた三井が漁港の人たちに、元気よく挨拶をする。
「おお〜、三井さんに宮城さん!いつものとこに置いてあるからー!」
そう言い残して去って行った漁港のおじさんに「ありがとーございます!」とふたりは軽く頭をさげる。
船に乗り込む三井のあとを追って宮城も船へとあがった。すぐに、用意されていたバケツの中を見た三井が声をあげる。
「おお! オスザメじゃねーか」
「ハハ。この子、元気っスねー」
言いながらしゃがみ込んだ宮城がバケツの中のオスザメを慣れた手つきで触っていると、三井が隣の船を見やって言った。
「宮城! イカあがってんぞー。アンナにもらってけよ、肝臓にいいだろ?」
「あ……。実はアンナ、いまちょっと入院してんだよね」
「あ、そーだったのか……」
「……あ、でも。すぐに元気になると思うんで」
「そうか。退院したらまた家連れてこいよ、桜木とかにも声かけるぜ!」
「うん……ありあと。」
そう返して、またバケツの中を覗き込む宮城を三井はうなずきながら見据えていた。
*
「名前さん、起きて!」
カオルが彼女の和室の部屋に入ってきて、勢いよく、カーテンを開け放つ。目をこすりながら布団から身体を起こす彼女を横目に、カオルが言う。
「今日、病院でしょー?」
「うーん……そうだったぁ……。」
部屋を出て行こうとしたカオルが、ふいに振り返って彼女に訊ねた。
「でも、どうしてまた病院に呼ばれたの?検査は終わってるのにね」
「さあねー。」
「……よろしくお願いします。」
カオルが頭をさげて言うと、彼女は「うん」と小さくうなずいた。
宮城が三井と水族館に戻ると車を下りるや否やスタッフが宮城の元に駆け寄ってきた。
「宮城さん!」
「ん? どしたの」
そのやり取りを見て三井が「俺戻ってるぞー」と言い、先に館内に入っていった。
「宮城さんに、お客さんなんですけど……」
そう言ったスタッフが目線を向けた先に、神が立っていた。宮城は神に軽くぺこっと頭をさげてスタッフに戻っていいと促すと、スタッフもそそくさと従業員入り口から館内へと戻って行った。
「突然、悪いな……。」
神のところへ向かうとそう言って気まずそうにしている神を不思議に見やる宮城に続けざま神が言う。
「……写真を、見たんだ。」
「写真?」
「べつの人と、婚約してたんだな」
「……ああ、それね。」
「驚いたよ。アンナちゃん、名前さんとの結婚のこと、知らなかったから」
「うん……アンナ、前の婚約者と仲がよかったからなかなか言い出せなくて」
「そうか……」
そうつぶやいてうつむいてしまった神を宮城はずっと見つめていた。そうして単刀直入に問う。
「おまえは、どうしてここに来たの」
「正直に言うと……不安なんだ。」
「……」
「婚約していた人と別れてすぐに別の女性と結婚して……」
「……」
「その人がドナーになるなんて……まるで——」
言ってしまったあとにハッとした神を宮城は、ずっと正面から見据えていた。宮城が一度瞬きをした。そして、やや低い声で神に聞き返す。
「……まるで、なんだよ。」
「……。」
しばらく沈黙が続いた。ふたりの間を、潮風と波の音が無情にも通り抜けていく。
「……悪い。でもこのまま、手術をしていいとは思えないんだ」
「……あの子は。アンナの病気のことも……俺が婚約していたことも全部受け入れてくれたんだ」
「……」
「だから……心配しなくてもいーよ。」
「……。」
宮城は「じゃあ俺、仕事戻っから」と言うと、神を横切って館内へと入って行った。神は宮城のその後ろ姿をずっと見つめていた。
*
病院からの呼び出しを受け彼女が病院に着くと神は診察中であった。彼女は時間を潰すため屋上へと向かった。ベンチに腰をかけて缶コーヒーの蓋を開けていると、ひとり分のスペースを空けて隣りに座っていた女の子が突然「わあー」と声をあげた。
「え。」
「可愛い〜」
「……ん?」
「ネイル!」
その相手はアンナであった。アンナはぐいっと距離を詰めてきて、彼女の爪を指差した。
「……ああ。」
「それ、自分でやったんですか?」
「うん……まあね。」
「すごーい!私、生まれつき身体が弱くて、こうして入退院を繰り返してるから爪に何か塗ったりしちゃダメって、先生に言われてるんですよー」
「……そうなんだ。」
アンナは「いいなあ〜、私もやりたいなー」と言って自分の指先を眺めていた。それを見ていた彼女がふいに声を漏らす。
「きれいな爪……」
「え?」
「あ、いや……爪の形きれいだなーと思ってさ」
そう小声で言った彼女がくいっと缶コーヒーを飲んだ。
「ほんとですかー?嬉しいな」
ニコニコしながら両手を空に翳して喜んでいるアンナを横目に見て彼女が言う。
「今度、塗ってあげようか?」
「えっ! いいんですか!?」
「うん、いーよ」
「えっ、次いつ来ます?」
「えー、それはまだわかんないよ」
彼女がそう言い返したとき突如、彼女の携帯の着信が鳴った。彼女はその着信を取る。
「……はい、わかりました。いま行きます」
それだけ言って電話を切った彼女に、アンナが驚いたように「あっ!」と言った。
「それ!私も持ってる!」
彼女の携帯からぶらさがるストラップを指差して言ったアンナが自分の携帯を取り出して彼女の目の前に翳す。それは、彼女がつけていた物と同じ『7』の数字が付いたストラップだった。アンナはストラップをプラプラと自慢げに振って見せる。
「わたし、7って数字が昔から好きなんです。」
「……」
「7は、特別だから——。」
「ああ……そっか。……じゃあ、またね」
「はいっ!」
アンナが去って行く彼女に「あ、お姉さん!」と声を張り彼女がその声に立ち止まって振り返る。
「私、707号室なので遊びに来てくださいねっ!」
「……」
「へっへっへ〜、まさかのここでも7!ってね!」
「……うん、わかった」
そう言い置いて彼女はまたアンナに背を向けて歩き出す。アンナはそんな彼女に笑顔で手を振ってその後ろ姿を見送った。
面談室を開けると、すでに神が座っていた。
彼女が目の前の椅子に腰をおろすのを確認すると神が口を開いた。
「——今朝、ご主人に会って来たんです」
「……え。」
「アンナさんが……あなたのことを知らなかったみたいなので、ちょっと心配になって……」
「……そう、ですか。」
「アンナさんとは、お会いになったこともないんですか?」
「はい……ありません。」
「なにか、特別なご事情でもあるんですか?」
「いえ、結婚は最近になって決めたことなので。まだ、お会いしてないだけです……」
「えっと……。ずいぶんと、急なご結婚だったんですね」
「男と女なんて、そんなもんじゃないですか?」
「あ、いえ……」
神が気まずそうに押し黙る。彼女はとくに動揺する素振りも見せずに淡々と言う。
「それとも……電撃婚だと、ドナーになれないんですか?」
「いえ——そんなことは」
「だったら……」
「——でも、ドナーになることを、そんなに簡単に決めていいんですかね……」
神の不安そうな視線に、彼女は真っ直ぐに神を見据えたままで訊ねる。
「先生は——助けたいと思わないんですか?」
「え……」
「助けたいでしょ? 私もおなじです。」
「……」
「大切な人が困ってるから助けたい、そう思ってるんです。」
神は、そうはっきりと意思の強い口調で言った彼女に、返す言葉が見つからなかった。