その日、三井は残業を終え、その足でアンナの入院している病院へと向かった。病室に入ると、アンナの姿は無く一緒の部屋に入院していた患者から「アンナちゃんなら、たぶん屋上ですよ」と告げられて、屋上へと行った。
 屋上に入ると、ベンチに座って陽が沈み掛けていく空を仰いでいたアンナがいた。三井は、その横に座ると自販機で買って来たポカリスエットをアンナに指し出す。

「えー、ポカリ?」
「病人だろーが。一番いいだろ」

 「ココアがよかったなあ」と文句を垂れながら缶の蓋を開けるアンナを横目に三井が問う。

「どーすんだ?」
「え?」
「手術。……するかしないか、決めたのかよ」

 三井からのその言葉にアンナは、すべて知っているのだろうとさとした。

「うん、やめたよ」
「あ!? なんで?」
「脳死のドナーを待つことにしたの」
「はぁ?……なんで断ったんだ?」

 当たりまえかのように問う三井を驚いた表情でアンナが見た。

「生きられるチャンスもらったのによ……なんで断ったんだよ」
「三井さんなら分かってくれると思ってたのに。私の気持ち」
「は? ぜんぜんわかんねーし、ドナー見つけてくれたんだろ?どんな形でもよ」
「あんな人……ドナーだなんて認めてないし」
「あんな人だろーがどんな奴だろうが、ドナーはドナーだろ」
「……」
「脳死のドナーがどんな奴だったかなんて、いちいち気にすんのか?命は一緒じゃねえか」

 珍しく、怒りをあらわにして言う三井の言葉にアンナは、湖で彼女に怒鳴られたときに言われたあの言葉がふいに重なった。

「おまえはな……みんなに甘えてるだけだ」
「……べつにいいよ」

 アンナは頬を膨らませて、三井を睨んだ。

「三井さんにわかってもらおうだなんて、思ってないから」

 そう言い残して屋上を出て行こうとするアンナを思わず三井が「オイ」と呼び止めたがその声はアンナの耳には届かなかった。


 *


 海からの帰り道、肩を並べて歩いていた宮城と彼女の足が同時に止まった。自宅のまえで彩子が二人の帰りを待っていたのだ。

「彩ちゃん……どしたの?」

 そう声をかけた宮城に思いつめた表情で彩子が言った。

「私が、ドナーになるわ——」
「……え?」
「そうすればアンナちゃん助かるんでしょう?」
「ど、どしたの、急に……」

 いぶかしむ宮城の横で、じっと彩子を見ていた彼女に向かって彩子が言った。

「ありがとう」
「……」
「あなたのおかげで、決心できたのよ」
「えっ」

 そう言って彼女を見た宮城に向かって彼女は、精一杯の笑みを浮かべた。

「……よかったじゃん。」

 彼女はそれだけ言うと、宮城と彩子をその場に残して家の中へと入って行った。


 第六章 完


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