インターハイ予選。陵南戦直後。

予選が終わったからと言っても、湘北高校バスケ部の練習は安定してハードで。毎日練習が終わる度、部員たちの疲労は激しさを増していた。

それでも練習終了後のいま、だいたいのメンバーが個々に自主練に励んでいる。

そんな部のマネージャーとしての彩子の仕事もまた激務で、疲労も日々蓄積されているのは言うまでもなく。

なので私は彩子のお手伝いも兼ねて、みんなが使った部のタオルやらナンバーシャツやら、その大量にある洗濯物を抱えて洗い場に来ていた。

ザァーッと回り始めた洗濯機に表示された数字を確認して、はふぅっと一息つく。

「洗濯が終わるまであと三十分かあ。後片付けは晴子ちゃんに任せてきたし……」

晴子ちゃん、そのうち本当にマネージャーになりそうだなあ。むしろいますぐにでもなってくれれば、彩子も、もちろん部員のみんなだって助かるだろうに。

そんなことをぼんやりと考えながら、その場に座り込んで私もしばしの休憩を試みる。

小さな部屋に設置された洗濯機と乾燥機。
その他には特に何もないこのこじんまりとした部屋で、急激に押し寄せてくる睡魔に逆らうことなく、私は目を閉じた。

ちょうど、そのとき……。

——ガチャ……


「おい。」
「……」
「これも洗濯……って、おまっ…こんなとこにいたのかよ?」

せっかくの至福の時間を邪魔されてゆっくりと目を開けると、そこにはタオルを持って怪訝そうな顔をしている寿が居た。

「どうしてこうもタイミングよく現れるかなぁ」
「は?」
「ちょっと仮眠しようと思ってたのに」

私はそう言って不満そうに口を尖らせつつも、寿の手からタオルを奪って動いている洗濯機の中に放り込んだ。

そんな様子を後ろからじっと眺めているであろう視線を感じていたが、寿は何も言わずにその場に座り込む。

「ちょっと……」
「あ?」
「自主練サボるつもりですか、先輩?」
「先輩だあ?! いいから名前も座れ。洗濯終わるまで俺も休憩だ休憩。」

言って寿は、「くぁーっ、疲れたァ!」と思いきり伸びをする。

そんな寿を、目をぱちぱちさせて見下ろしていたが、特に何も言わずに彼の隣りに私も腰掛けることにした。

背が高くて体のゴツい寿の横にこうして並ぶと、余計に自分の小ささが目立つ。

「……お前、ほんと小せぇよな」
「なっ、……悪かったねぇ。これでもまだちょっとずつ背は伸びてるんですけどっ」
「あ? 何センチ?」
「こないだの身体検査で2センチ伸びました〜」
「え、おまえ身長2センチしかねえの?……やっぱ小せぇな」
「む……っ、んなわけあるか!」

寿にチョップを食らわせれば、自然とすこしだけ私が叩きやすいように、頭をこちらによこした寿に思わず鼻で笑ってしまう。

笑った私に「あん?」と不機嫌そうにこっちを向いた寿から顔を背けると、私の頬を横からツンと寿に突付かれた。

「……なんかさあ?」
「ん?」
「最近の寿って調子に乗ってるよね」
「あぁ? ンなの当たり前だろ。俺はいつでも絶好調な男だ」

ふふんと鼻で笑って自信あり気な顔をする寿に私は、はぁぁと溜め息を吐く。

「バスケの話しじゃなくてっ!」
「あ?」
「中学のときはさ、どっちかっていうと私の方が寿をからかって楽しんでたのに」

残念そうな顔をする私の横で寿は「やっぱ楽しんでやがったのか…」とジロリとこちらを睨む。

それでも不満そうな私を見て、寿はふぅっと一息つくと、今度は私の鼻をちょんっと突付く。

「可愛すぎるお前が悪ィ」
「……へ?」

びっくりして目が点になってしまう。そんな私を目の当たりにしてか、今更ながら自分で言った台詞に照れはじめる寿。

私の鼻を突付いていた指をゆっくりと下ろすと、寿は照れ隠しだと言わんばかりに頭をガシガシと乱暴に掻く。

その隣りで恥ずかしくて赤くなった顔を誤魔化すように、私は立てた両膝の間に顔を隠すように俯いた。

「……中学のときはそんなこと、言ってもくれなかったくせに」
「……。」
「……」
「あん頃は色々と意地張ってたからな。言いたくても言えなかったんだよ」
「え、言いたかったんだ?」
「ぐ……っ!」

ガバッと顔を上げた私が見たのは照れてうろたえる寿の姿。私は思わず、あははっと笑った。


「ん……」
「へっ?」

頬をほんのり赤く染めてこっちに向かって両手を広げている寿に、私は素っ頓狂な声を発する。

寿は目を逸らしてポリポリと頬を掻いてから照れながら私の体を優しくぎゅっと抱き締めた。

「うおっ!」
「……ったく。もっと可愛い声出せねえのか」

ふわっと香る名前のシャンプーか何かの匂いが俺の脳内を埋め尽くす。

ぎこちなく背中に回された腕にぎゅっと力が込められたのが分かると、俺の胸は急速に高鳴った。

バスケを投げ捨て非行に走ったどうしようもない自分のことなんか知らずに、この小さな彼女は側でずっと笑っていてくれる。

非行に走った柄の悪い自分を見て、周りの連中は手の平を返したように態度を変えてきたけれど。

名前なら、あのときの俺を見ても笑顔で接してくれたに違いないという、謎の自信が湧いてくる。

こいつだけは……。

俺が誰よりも大切に想う、名前だけは
変わらずに接してくれるのだろうという願望。

それでも、確信めいている彼女への信頼が、
いまの自分を唯一支えてくれているんだろう。

だったら、ちゃんとすべてを包み隠さず、名前には言うべきなんだろうな……。

「……」
「ん……?」

俺の胸に顔を埋めていた名前が、そっと俺を見上げる。

いつになく真剣な顔で彼女を見下ろしている俺を不思議に思った名前が、そう声を発した。


「好きだ。」
「………。」

真剣な俺の眼差しが名前の揺れる大きな瞳を捕えて離さない。

ドクンッドクンッと激しく打ち付けてくる鼓動が早すぎて、心臓がどうにかなってしまいそうだ。

だ、けど……

名前の触れている体からもドクドクと、いつもよりも早い心臓の鼓動を感じ取ることが出来た。

俺の真剣な顔になのか、さっき発した言葉にか、それとも俺がずっと見つめるからなのか、名前の瞼からはどんどんと涙が溢れて来る。

「げ……、なんで泣くんだよっ?!」
「……ッ」

彼女の目からぽろぽろ零れる涙に俺が少し慌てた様子を見せると、名前が顔を真っ赤にして弁解する。

「これは……違っ、くて……」
「……」
「寿が……いきなり直球で言うから、ドキドキして……心臓、潰れそ……っ」

真っ赤になりながら涙を流して言う名前の姿に、俺の方がまたドクンッと心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。

急激に熱くなってくる顔を見られたくなくて、俺は強引に名前の肩を抱き寄せた。

しばらくのあいだ、ぎゅうっと抱き締め合って、どちらからともなく体を離すと、ゆっくりと互いの顔を近付ける。

静かに触れた相手の唇が想像以上に温かくて、少し触れただけでお互いすっと離れた。

けれど、すぐにまたその温もりが恋しくなって、引き寄せられるかのように唇を寄せ合う。

そして再び触れ合った唇は、もう歯止めが利かないと言わんばかりに相手のそれを求め合った。

何度も何度も、角度を変えて触れ合うキスは、今までの想いをぶつけ合うかのように激しくて。

「息が苦しい」と、名前が降参するまでその行為はしばらく続けられた。


——バタン!!

「!!?」
「!!?」
「アンタたち!!どこ行ったかと思えば……校内でイチャついてんじゃないわよっ!」

勢いよく開け放たれたドア。見れば彩子が腰に手を当てて激昂している。

私と寿は勢いよく体を離して、ふたりして赤面しながら数分にわたる彩子の説教を食らうはめになった。


洗濯を終えて(彩子からの説教を終えて)体育館に戻ると部の後片付けが終わっていて、寿と私も仕方なく帰ることにした。

「オーライ!オーライッ!!」

グラウンドで大声を張る野球部を流し見しながら、寿と肩を並べて校外を歩く。

チラと寿を見上げてみれば、彼がなんだかそわそわしているので私は気になって声を掛ける。

「なに、どうかしたの?寿。」
「え、いや……別に」

そんなことを言いながらもやっぱりどこか変だ。不思議に思って歩いていると、不意に寿がぼそっと話し出した。

「あの、よ……?」
「うん?」
「お前ン家、今日は親父さん家に居る、よな?」
「……? 居るよ?もちろん」

私がそう応えると「……やっぱそうだよなぁ」と、ぶつぶつひとり言を言っている。そんな寿を私は怪訝そうな顔をして見上げた。

「なに? 居たら何かマズいの?」
「そっ、そりゃ……俺は別にいんだけどよ」

「俺んちも今日は早く帰って来るっつってたし」なんて、口ごもる寿には益々意味が分からない。

「親の居ない家で何かするつもりだったの?」

私がストレートに問うと、寿は少し頬を染めてむっとするように応えた。

「……そりゃあお前、恋人同士が家ですることっつったら、ひとつしかねーじゃねぇか」
「………?」

当たり前だろと言わんばかりの口調でそう言われ、私は何のことかしばらく考えてみる。

すると、次第になんとなく寿の言っていることが分かってきて、そう思ったら段々と頬の熱が上昇してきた。

「もっ……もしかして、ちょっと…あんた何考えてんの!?」
「あ? なにって……名前、お前こそ何考えてんだよ?」
「——っ!!」

してやったり、というような表情を浮かべてニヤリとほくそ笑む寿に、私はこれ以上ないくらいに真っ赤になって抗議する。

「ばっ!バカ寿!このエロガッパ!さっきカッコよく好きだとか言ってくれたくせに台無し!」
「だーかーらぁー。恋人同士なんだからよ、そろそろ次のステップに進まねぇとな?」

勝ち誇ったように満足気な笑みを浮かべる寿の隣りで私は、真っ赤になったまま口をパクパクとさせて何も言い返せない。

そんな私の姿を見下ろした寿は「バーカ、嫌がる奴は襲わねえよ」なんて飄々と言ってのける。

押し黙っていた私だったが、そんな寿の顔を見上げて俯いたあと、ぽつりと零した。

「いくじなし……」
「へっ?」

寿が素っ頓狂な声をあげて、私を見下ろしたとき……

「三塁まわれまわれ〜!!」

ワッと歓声のような野球部の声に、思わずふたりでグラウンドのほうを見やる。

「そう言えばさ、バスケ部インターハイのとき」
「あ?……ああ、うん。」
「ちょうど甲子園の時期だねえ」
「ああ、だな。なんだよ、好きなのか?甲子園」
「うん。熱闘甲子園は毎年観るね、お父さんと」
「へえ……、初耳だ。」
「あれ、言ったことなかったっけ?」
「ねえな。この浮気者。」
「なんでよっ」

くわっと突っ込みを入れる私を見下ろした寿は、くしゃっと顔を歪めて私の手を取った。

その眩しいくらいの笑顔と、握った手、自然とされる恋人繋ぎに……

彼となら、もうそろそろ次のステップに進みたいな、と改めて思わせてくれた。


……ぜったいに、言ってやんないけどね。










 絡めた指がになる。



(最近バット振ってねえなあ……)
(……、)
(……。お前いま、やらしいこと考えたろ?)
(はああああ?! 考えてないっつの!)
(ははーん、バット使って欲しいのか?んー?)
(バカッ!!セクハラシューティングガード!)
(なっ!!? 侵害だ!謝れっ!)
(すけこましシューティングガード)
(こ、こンの野郎っ!!むっつりスケベ!)
(ンなっ……?!)

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