おもいでケータイ再起動(1/2)

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     遥か昔に使っていたケータイは、世界にひとつだけの、タイムカプセルだ。
     ——初めて会った日のこと、覚えていますか?私のうれしそうな顔は、あなたにどう映っていましたか?私はあなたを手に取ったとき、とってもうれしかった。

     思い出はいつの日も忘れたころにやってくる。勇気を出して「ケータイの番号おしえてよ!」と言えた日。思いきってデートに誘った日。喧嘩をして、仲直りをした日。いっしょに何度も、問い合わせをしたよね。��バリ3�≠カゃないからってちょっと、振りすぎちゃってごめんね。
     朝までメールや電話、楽しかったね。着メロや着うたを設定したり、緊迫したムードで突然鳴り出したときは、本当にびっくりしたよ。
     たくさんパカパカしたこと、いっしょに、ドキドキしたこと、いっしょに笑って、泣いたこと。あのたくさんの思い出たちはぜんぶ、大切な私の宝物。鮮明に覚えているよ。あなたも覚えていてくれるといいな……。
     大変なときもうれしいときもそばにいてくれてありがとう。想いを伝えてくれて、ありがとう。

     いまでは電源が入らなくなってしまった自分の人生と共に歩んできた、たくさんの記録が眠る、あの相棒(ケータイ)たち。
     長いあいだ使っていないケータイは起動はもちろん、充電すらできなくなることも、多々ある。大切な思い出をとり出してプリントしたくても、もう二度と、巡りあうことはできないのだ。
     大切な思い出を、いつでも振り返ることができればいいのになぁ、と思うときがある。もしも、古いケータイに残っていた写真を、プリントすることができたとしても、その写真はいまはもう、色褪せてしまっているのかもしれない。

     けれども、そこに映っている風景や思い出は、決して、色褪せたりはしない。
     ずっと、自分の心の中の専用フォトフレームに大切にそっと、入れてあるから——。





     *


    「ひさしぃ〜、これ捨てていいのぉ〜?」
    「……あン?」

     土曜日の昼下がり。久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていた。
     俺の勤める湘北高校がテスト期間中のいま——この日は、顧問をしているバスケ部も休みだったため遅めの起床に遅めの昼飯。幼馴染との結婚を間近に控えて断捨離もそこそこに、彼女は部屋の片づけをしているようだった。

    「ねえ〜! コレ、いつ使ってた携帯電話ー?」
    「あ?……けーたいでんわぁ?」

     ソファでゴロゴロしていた俺は彼女が片づけをしている部屋へと気怠げに移動する。ふぁ〜、と大きなあくびをしながら、下はスウェット、上はだいぶ着古した部屋着のTシャツ。こんなだらしない格好が出来るのもコイツのまえだけだなぁ、と。あらためて、彼女との付き合いの長さを身に染みて感じる、今日この頃。
     そんな和やかな気持ちが一変、婚約者がいるであろう物置状態と化していた部屋に辿り着くと、俺はその場で、フリーズした。彼女のその小さな手に持たれていたモノはまさかの……大昔に使用していたであろう、俺の携帯電話の残骸だった。

    「——おまっ! なァに勝手に触ってんだよ!」

     状況を瞬時に把握したとたんに一気に眠気など吹っ飛んでしまった俺は急いで彼女の手の中からその携帯電話を取り上げる。「あ〜」とか言っている相手を無視して小さく舌を打ち鳴らしてから溜め息まじりに吐き捨てた。

    「これは……いーんだよ、自分で捨てっから。」

     とかなんとか誤魔化して、とりあえずその負の遺産を、自分のスウェットのポケットへとしまい込んだ俺はそのまま部屋を出て行こうとしたが、さきほどまで「あー」だの「うー」だのと文句を垂れていたはずの彼女からの返答がなかったのでちょっと冷たく言いすぎてしまったかと、彼女を振り返って見ると予想外にもニタニタと俺の顔を見上げてなんとも気味の悪いツラを晒して笑っていた。

    「な、……なンだよ」
    「なぁ〜に、焦ってんのぉ〜?」

     座った体勢のままで、自身の肘でツンツンと、俺の膝を突いて来た彼女の腕を「やめろッ!」と大袈裟に振り払えば、勝ち誇ったような表情で、俺の顔を、また覗き込んでくる悪魔——。そしてその悪魔がニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

    「まぁだ、こーんなにありますけどぉ〜?」

     言って、床からスーパーの袋を持ち上げたので流れるように視線を送れば、その袋のなかには、二代目、三代目と過去に俺が使用していたらしい携帯電話が入っていた。ぎょっとした俺を嘲笑う彼女を尻目にこの負の遺産を実家に持ち帰らずにいた自分を、俺は死ぬほど悔やんだのだった。


     *


    「……ンなぁ? 機嫌なおせよー。」

     いま俺は、台所でまな板の上に乗ったネギを、淡々と切り刻んでいる婚約者に向かって、必死をこいて、機嫌取りをしている真っ最中である。
     そう……あれから「見せてよ」「嫌だ」の押し問答で、ついに、彼女を怒らせてしまったのだ。どうやら俺がやましい過去でも隠しているのだと勝手に勘違いをしてしまったようで見てのとおり機嫌を損ねた模様。

    「……なぁ、名前。悪かったってぇ〜」
    「……」
    「おーい、聞いてんのかぁー?」
    「……」
    「はァ、無視すんなよなぁ……」
    「——ねえ、」

     ようやく手を止めてくれた婚約者が、くるりと振り返る。ああ、よかった、と安堵する俺。ようやく機嫌を直したか……と呑気に思っているのも束の間——。

    「邪魔っ!!」
    「なっ……!」

     言ったまま、そう大声を浴びせてきた彼女は、再度体勢を、まな板へと勢いよく戻した。そして「あっちにいけ」と言葉にはせず、肘でぐいっと俺を押しのける始末。
     へえ……。ああ、そう。はいはい、そうかよ、わーったよ。俺だってなぁ?そんなにいつまでも寛大で優しい男じゃねーんだ。勝手にひとりで、そうやって、ずーっと怒ってろっ。こンの……、強情っぱり女——っ!

     ……と。強く意気込んだはいいが、気まずい。激しく気まずいこの状況。簡潔に説明させてもらえばあれから数時間後の夕食どき。いつもどおり向かい合って食事はしていたものの会話は無し。
     喧嘩をするといつもこうだった。そして最後は俺から謝るんだよなぁ……なんて。あーあ、威厳とは。大黒柱とは、なんぞや?と。思わず辞書を引いて、熟読したくなる。ったく、俺ときたら。ちゃーんと尻に敷かれちまってんじゃねーかよ。ほんと情けねえなぁ。まあ、べつにいいけどよ。

    「——名前、」

     観念したように俺が溜め息混じりに名を呼ぶと返事はしなかったものの、不安げな顔で彼女は、自分の目の前に座っている俺をそっと見上げた。

    「飯(メシ)、うまいぜ。いつもありがとな。」
    「……、ううん。」

     結局のところ毎度こうしてこちらから折れては食事どきに感謝を述べる。そうして、うまいこと仲直りの流れに持っていくという作戦。同棲してから、きょうまでの、喧嘩のあとのルーティンである。それでも自分を称賛したいのは、高校時代よりもだいぶ丸くなったという部分であろうか。

    「……あのな?」

     努めて優しい声を意識しつつ、ゆっくりと箸を置いて言い、彼女を見やる。すると相手もそっと箸を置き、気まずそうにも、俺と目を合わせた。

    「べつに隠しごとしてんじゃねーし、てか名前に隠しごとなんてねーし。」
    「うん……わかってる、」
    「ただな?アレは、なんつーか……あまりに昔のもん過ぎてよぉ」
    「うん」
    「その……」
    「……ん?」
    「……はっ、はずかしいだろっ!?」

     箸と茶碗を持ち直して一気に白飯をかき込んだ俺の赤面しているであろうその顔面を、じいっと見ていた彼女が、ぷっ、くくく、と、含み笑いをしだした気がしたが完全スルーだ、この野郎が。

    「ねぇねぇ……寿?」
    「……あ?」
    「あした、デートしない?仲直りのシルシに。」
    「デート?……まぁ、べつにいーけど?」
    「よしっ、決まりっ!」

     俺の返事に満足したのか、ご機嫌そうな彼女を見て俺が「つか、どこ行くんだよ?」と聞いたら彼女が「内緒」って可愛く笑うから、もうこの際場所なんてどこでもいいや、と早々に諦める俺。そんな自分をあらためて、ほんと単純王だなぁと思ったりした、そんな土曜日の夜の話。


     *


     翌日——。彼女に言われるがまま、近くにある大型ショッピングモールに、車を走らせた。
     子供ができたら便利だろうと、最近買い替えたワンボックスカーのカラーは結局俺の意向が通り黒になった。このときも色の意見違いで少々言い合ったりしたけれども。彼女は白がいいと言い、俺はぜったいに、黒だと譲らなくて。

    「やっぱり、黒にしてよかったね〜!」
    「あ?おまえ、白がいいってきかなかっただろ」
    「うーん、でもさ?寿にはやっぱ黒が似合うよ」
    「はぁ〜?なンだそれ。」
    「ウフフ♡」
    「ウフフ、じゃねーよ。」

     喧嘩の最中はまったくもって可愛げのカケラもない彼女だが仲直りのあとはいつもこうだ。コロコロと意見は変わるし自分で言ったことを忘れている始末だし……。だから俺は毎回あたりまえに激しく困惑&動揺をしてしまう。それもこれも、遥か昔からのことなので、今となればもう慣れたようなもんだけれども。ああ、慣れってこえー。

     モールに到着し、互いに車を降りる。そうして自然と肩を並べて手を繋ぎながら駐車場を歩いていると「寿はさぁ〜」と彼女が出し抜けに言う。俺は横目だけで彼女を見下ろした。

    「昔の思い出は恥ずかしいって、言ってたけど」
    「あ?……あー、言ったな、たしか。きのう?」
    「うん……。でも私は、寿と出会ってからの思い出に無駄なものなんて、ないって思ってるよ?」
    「……。」
    「愛しいなぁ〜って思うよ?寿と出会ってからのぜーんぶの思い出がねっ!」

     それは、俺だって思っていることだけれども。あえて口に出さない男の性(サガ)。しかし彼女は平気でこういうことを恥ずかしげもなく言ってのける。そんな真っ直ぐな性格も、昔からまったく変わらなくて——。

    「……? 寿、聞いてる?」
    「ああ」
    「え、なにぃ?物思いに耽る顔しちゃってぇ〜」
    「あ……?いや——感心してたんだっつの。いとしいなァ〜なんて、よく言えんなーと思ってよ」
    「えっ?」
    「普通の会話で出てこねーだろ、一般人はよ。」
    「えー? そーかなぁ〜?」
    「えー、そーだろ。バーカ」

     やっぱり……好きだなって、あらためて思う。肝心なときにはいつでも言葉は不意に心に隠れて黙っていた。本当は伝えたい、誓いたい。愛するおまえに俺だって、たくさんの愛の言葉を——。

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