おもいでケータイ再起動(2/2)

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     ——特段、いつもと変わらない買い物だろうと思っていた。ベッドのシーツを買い替えたいな、なんて以前から言っていたし、大型ショッピングモールを目的地に選択するあたり、そりゃあだれだって普通、買い物だろうなって、思うだろう。けれどもそれは早々に俺の勘違いに終わったのであった。

    「——オイ、どーいうこった……これは。」

     ショッピングモールの出入り口を潜ってすぐのエントランスでは、なにやらイベントが催されていた。そして、これ見よがしにそびえ立っていたその、看板には——

    ��おもいでケータイ再起動してみませんか?��

     という……なんとも、ド直球ストレートすぎる文字が、風船やら造花の花なんかを添えられて、でかでかと掲げられていた。


    「——なぁ? 名前ちゃんよぉ……」

     その場に立ち尽くしたまま俺がメンチを切って相手を見おろせば「え?言ってなかったっけ?」なんて、とぼけたツラを晒して、俺の手を引き、ずんずんとまえに歩き出す婚約者もとい小悪魔。

    「いらっしゃいませぇ〜!」

     困惑する俺を置き去りに、派手なオレンジ色の制服を着た姉ちゃんやら、兄ちゃんたちからは、笑顔で出迎えられる始末。しかしそのイベントは結構と賑わっているようで「懐かし〜!」だの、「恥ずかし〜」だのと九割近く女性たちの黄色い声が飛び交っていた。どうやら看板で見た文字のごとく、古い携帯電話を復活させることが出来るらしい。
     そういえば『ママが昔のケータイ復活させたいらしーんだよね!』とかなんとか、すこしまえに湘北の生徒たちも話題に出していたことを、ふと思い出した。昔の携帯のなかの写真なんかを印刷してくれるとかなんとかで、年に一度開催されるそのイベントは開催場所もランダムで決まるとか生徒たちが言っていたような気もする。そんな、いまの俺には地獄でしかないであろうイベントが近くのモールで開催されると知ったのは、先週、たまたま目にした、CMでのことだった。

    「………。」

     完全に忘れていた……これだから自分を好きになれない。こんなネタを安易に教えると、すぐに興味津々に乗っかってきそうな俺の婚約者には、あえて言わなかったのだ。
     それなのに昨日、グッドタイミング?いや——バッドタイミングと言ってもいい場面・展開で、彼女と昔の携帯電話のことで口論をした。
     なるほど……コイツ、知ってたんだな?この、イベントのこと。きっと今日の俺の運気は大凶に違いない。

    「——これ、復活できますかぁ?」
    「……!? て、てめェっ、勝手に持ってきてんじゃねーよ!」

     そんな俺の言葉なんか完全無視でさっさと用意されていた椅子に腰をおろし目の前に立つ店員に満面の笑みを貼り付け、俺の古いケータイを差し出す婚約者。こンの野郎が……。白紙にすんぞ、結婚の話からなにから、ぜんぶ——っ!

    「あ〜結構古い機種ですね〜やってみますね!」
    「はぁーい! おねがいしま〜す♪」
    「ちょ……、」

     待て待て……お願いをするな、お願いを……。
     勝手にどんどん話を進めていく彼女と店員に、慌てふためいて吃りながらもとりあえず、彼女の隣の椅子を乱暴に引き腰を落ちつけ語気を強めにしかし、やや小声で「タンマ、ストップ!」と、あたりまえに止めにかかったが、彼女からは逆にメンチを切られる始末。それに気後れして「な、なんだよ……」と若干、身を引いた俺に彼女が、まるで演技派女優のごとく声を張る。

    「私たち、夫婦になるんだよ!?隠しごとはないって昨日言ってたじゃん!あれ、嘘だったの?」
    「ね、ねーよ……かくし、ごとなんか……」
    「じゃあ、問題ナシでしょー」
    「い、いや、だからって……それとこれとは、」
    「ご結婚されるんですねぇ〜!おめでとうございますぅ〜!」
    「あ、あぁ……どうも」

     反射的にそう言ってぺこりと軽く頭を下げたりする俺。しかし、そんな俺には見向きもしないで隣に座る彼女はご機嫌な様子で声のトーンをややあげ、店員の女性に問いかけるように言った。

    「店員さんも思いますよねぇ?結婚するのに隠しごとなんか、しちゃダメだーって!」

     そうやって、まるで被害者かのように、店員に白々しくそんな馬鹿げたことを言い、しれっと、店員までもを味方に引き込もうとする、小悪魔。

    「——てっ、てめぇ!そもそもよ、俺の携帯しか持ってきてねーじゃねェかよっ!?」
    「……」
    「自分のはどーした自分のは!こーいうのをな?ズルっつーんだぜ!? あぁ?」

     知らぬまに大声になってしまっていた俺に向かって「シー!恥ずかしいから止めてくれない?」なんて自身のくちびるに人差し指をあてた彼女に注意を促される不覚。

    「お連れ様の携帯電話、電源付きましたよー!」

     こつぜんと姿を消していた店員が、ニコニコと俺の携帯を、手に大事そうに抱えて戻ってきた。それを嬉しそうに受け取る婚約者から俺はすぐにその携帯電話を、がりっ!と乱暴に奪い取る。

    「……! あ〜ん、いじわる〜。」
    「うるっせぇ!いじがわりィのはオメーだっ!」
    「ん……? あれ?」

     と、開いたまま俺の手に握られていたその携帯電話の画面を不意に覗き込んだ彼女がそう言って首を傾げる。「あン?」と、俺もそれにつられて画面を見やれば、液晶にはまさかの——『オートロック』の、文字。………よし、勝ったぁ。と、思わず椅子の下で、小さくガッツポーズをした。

    「オートロックぅ?」

     抑揚をつけておもしろくないと言いたげに隣の彼女が眉を顰めて声をあげる。俺はそれを横目に見て、勝気に鼻で笑いながら言い返した。

    「あーあ、残念だったなぁ?忘れたわ、暗証番号なんかよー」
    「本当に?」
    「あ?」
    「寿いつもおなじじゃん、1234とか0000とか」
    「て……てめっ! 個人情報だ、バカヤロウ!」
    「あー、はいはい。ごめんごめーん。」

     あきらかな棒読みで謝る彼女を、ジト目で流し見て「思ってねーだろ、それ」と吐き捨てると、彼女は、あっけらかんとして俺に問う。

    「——てか、ほんとに覚えてないのぉ?」
    「あ?知らねーよ……だいたい高校ンときのやつだぜ?このケータイ。」
    「……。」

     まるで「ちぇっ」とでも言いたげにくちびるをやや尖らせた彼女に俺は、フッと小さく笑う。
     助かった……当時の俺、オートロックをかけてくれててサンキューな。マジで感謝だぜ。これで一台はまず回避(クリア)だ。のこりは二代目と、あとは、昨日、喧嘩の原因になったあの三代目のケータイかぁ……。

    「では、お連れ様との記念日とかを入れてみたらどうでしょうかねぇ?」
    「……ンなっ!?」
    「結構、多いですよぉー?そういうお客さま。」
    「あー、記念日かぁ。……貸してっ!」
    「——バカっ! 待てっ!!」

     店員のクソすぎる提案——いや、良案すぎる、その提案にすぐさま俺から携帯を奪い取る彼女。言葉の通り俺がそれを制し取り返そうとする前に幼馴染の彼女は慣れた手つきでパパッと、入力をはやばやと済ませてしまった。そこはさすが女子だなと感心してしまうが。てか……、覚えてんのかよ記念日なんか。女子ってほんとすげーよな。

    「……! わ〜、開いたァ〜!ビンゴっ⭐︎」
    「良かったですねぇ〜!」
    「……、」

     良くねーよ。良かったわけがねーだろがバカ。なァ〜にが「ビンゴっ⭐︎」だ。はぁ、終わった。もうこの世に、神も仏もあったもんか。三井寿、終了のお知らせだぜ——。
     しかし、横から聞こえてきた彼女の声は、たとえるならば、一番くじでお目当てのモノが当たらなかったときのような、なんとも落胆したような声色だった。

    「ねーねー、つまんなーい。」
    「……」
    「アルバムの中身さぁ、バスケの写真ば〜っか」
    「あ?仕方ねーだろバスケ部だったんだからよ」
    「ふーん……。あれ?てかコレ、桜木くんっ?」
    「あン?……さぁな。」

     俺はもはや彼女から携帯の画面を見せられてもそれに見向きもしなかった。そうしてうな垂れるように椅子に背を預けポケットに両手を突っ込む姿勢を取る。その姿を見て目の前に立ったままでいた店員は、なぜだか楽しそうに微笑んでいた。

    「——あっ、こちらも電源入りましたよぉー!」
    「わぁ〜、懐かしい!寿もこの携帯の機種使ってたんだねー!」

     「私も昔コレ使ってたよ!」と彼女は、あいも変わらずご機嫌な調子で声をかけてくるけれど、もう怒る、怒鳴る以前の問題で、言葉を返す気力すらもなくなっていた。
     そして「こちらが最後の一台ですね〜」という店員の声と「そうそう、コレが昨日必死で隠した携帯だったよね〜?」とか「大学のときのー?」なんていう声が真横からも聞こえてきた気はしたけれども、俺は、とくにそれには、なんの返答も相づちもせずに、さっと椅子から立ち上がる。

    「……寿? ねえ、一緒に見ようよー?」
    「いい。」
    「……、」
    「終わったら来いよ。俺、車で待ってるわ。」
    「あ……う、うん? わかった。」

     束の間、視界に入ってきた彼女の手に持たれていた俺の三代目の携帯電話。それは、彼女の言う通り大学時代に使用していたものだった。そして液晶には、さきほどと同様に『オートロック』の文字が表示されている。

    「名前」
    「んっ?」
    「あんまり細かくそのケータイのなか見んなよ」
    「えー、なんでぇ?」

     と、椅子に座ったまま、間抜けズラでこちらを見上げて言った彼女を見下ろしたあとその耳元に顔を寄せる。そうして、こそっと小声で囁いた。

    「……エッチな写真ばっかだからだよ。」

     言ったあとニヤッと片方の口の端を吊り上げて笑ってみせると、一気に顔を真っ赤にした彼女が「……バカッ!」と俺を叩く。その婚約者の姿が不覚にも可愛いなぁ、なんて思ったのは、内緒。そのまま俺は店員に、一応「どうも」と言い置き軽く頭を下げてから駐車場へと戻ったのだった。

     べつに、見られてやましい内容のものなんて、一個もないし、とくに見られても、どうってことないのだけれども。ただ、あの最後の一台だけはもっとずっとまえに、ちゃんと処分をしておけば良かったなと後悔はしている。あの時期は言わずもがな、俺たちは別れていたころで、連絡も全く取り合っていなかった、そんな、ほろ苦い記憶。墓場まで持っていきたい記憶だ。あの、三代目のケータイ、そのオートロックの暗証番号は——。
     まあ、とはいえ。アイツには絶対に解けない、パンドラの箱、すなわち、四桁の暗証番号だろうとは思うけど……。


     *


     きっと何度もすれ違った。行き過ぎた我が儘と馴れ合いのなかで。愛し過ぎるほどに、なぜか、不安が付きまとう、そんな日々の繰り返しだったようにも思う。それでも重ねあった日々のなか、一緒にいたいと、それが……俺の答えなのだと。

     だから昨日よりも、今日よりも、明日が大事。おまえが知るなによりも、俺は優しくなりたい。
     これは一瞬の出来事じゃなくて、幸せの幕開けなんだと。おまえが笑うとき、おまえが迷うときそのすべてに、俺が隣にいることを願って——。


    「——あれ? お客さまぁー?」
    「……」
    「最後の携帯の中身は見ていかれませんか?」
    「え……? あ、あぁ……もう、帰ります。」
    「あ〜、もしかして携帯のオートロック開けませんでした?お連れ様、帰っちゃいましたもんね」
    「いえ……開け、ました……。」
    「——えっ! 暗証番号、わかりましたかぁ?」
    「……、はい。」


     たったひとつのこの道を手を離さずに歩こう。これからも、二人でともに、生きていこう——。










     あの日を、思い出す。
          いま が、動きだす。




    (——わたしの、誕生日でした。)


    ※ image song『 The One/EXILE SHOKICHI 』

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