翌日、名前に言われるがまま近くの大型ショッピングモールに車を走らせた。

子供が出来たら便利だろうと最近買い替えたワンボックスカーは俺の意向で黒になった。これも、色の意見違いで喧嘩したけれども。名前は白がいいと言って俺は黒だと譲らなくて。

「やっぱり黒にしてよかったね!」
「は?」
「寿にはやっぱ黒が似合うよ〜」

喧嘩後の仲直りのあとはいつもこうなのだ。コロコロと彼女の意見が変わるもんだから俺は激しく困惑する。……まあ、昔からそうだからもう慣れたけどよ。慣れって怖えー。


「寿はさ……、」

モールに到着して車を降りて、肩を並べながら駐車場を歩いていると名前が出し抜けに言う。

「昔の思い出は恥ずかしいって言ったけど」
「あ?……あぁ、言ったな」
「私は、寿と出会ってからの思い出に無駄なものなんてないって思ってるよ?」
「……」

……。

こういう真っ直ぐな性格も……昔から、まったく変わらなくて。

「愛しいなって思うよ、寿と出会ってから全ての思い出!」


やっぱり好きだなって、改めて思う。








「オイ、名前……」

特段、いつもと変わりのない買い物だろうと思っていた。ベッドのシーツを買い替えたいなんて以前から言っていたし大型ショッピングモールなんてそりゃあ普通、買い物だろうなって思うだろ。

けど、それは俺の勘違いに終わった。ショッピングモールの入り口を入ってすぐのエントランスで何やらイベントが開催されていて。

でかでかと掲げられていた看板には『おもいでケータイ再起動』の文字。


「どういうことだ、名前ちゃんよ……」

俺がメンチを切って名前を見降ろせば「え?言ってなかったっけ?」なんてとぼけたツラして俺の手を引き、ずんずんと歩き出す。

「いらっしゃいませぇ〜」

困惑する俺を置き去りに、派手なオレンジ色の制服を着た姉ちゃんや兄ちゃんに笑顔で出迎えられる。結構賑わっているようで「懐かし〜」だの、「恥ずかし〜」だの黄色い声が飛び交っていた。

どうやら昔の携帯電話を復活させることが出来るらしく、携帯の中の写真なんかを印刷してくれるとか何とかで湘北の生徒たちも話題にしていたのをふと、思い出した。

年に一度開催されるが場所はいつも決まていないらしい。そんないまの俺には地獄のようなイベントが近くのショッピングモールで開催されると知ったのは、先週目にしたCMでの事。——完全に忘れてたぜ!

こんなネタと教えると、すぐに乗っかってきそうな名前にはあえて言わなかったのだ。なのに昨日、グッドタイミングと言ってもいい場面で、名前と昔の携帯電話のことで喧嘩をした。

なるほど……コイツ知ってたんだな、このイベントのこと。きっと、俺の今日の運気は大凶に違いない。


「これ復活できますか?」
「……!?テメっ、勝手に持ってきてんじゃねーよ!!」

俺の言葉なんか無視してさっさと椅子に腰をおろすと、目の前の店員に満面の笑みで質問をする俺の婚約者。

こンの野郎——、白紙にすんぞ!結婚!!

「あ、結構古い機種ですね〜やってみますね!」
「ありがとうございま〜す♪」

勝手にどんどん話を進めていく彼女と店員に慌てふためきながら、取り敢えず乱暴に名前の隣の椅子を引いて腰を下ろし、「待てって!」と止めにかかったが、名前から逆にメンチを切られる始末。

「な、なんだよ……」
「私たち夫婦になるんだよ?!隠し事ないって言ったじゃん!」
「いや、だから……それとこれとは」
「ご結婚されるんですね〜!おめでとうございます!」
「あ、あぁ……どうも」
「店員さんも思いますよね?結婚するのに隠し事なんかしちゃダメだって!」

被害者かのように店員に白々しくそんなことを言って、味方に引き込もうとする名前。

「てっ、てめぇ! そもそも俺の携帯しか持ってきてねーじゃねェかよっ!」

知らぬ間に大声になっていく俺に向かって「シー!恥ずかしいから止めて?」なんて口元に人差し指をあてて名前が注意を促して来た。

「お連れ様の携帯電話、電源付きましたよ!」

忽然と姿を消していた店員がニコニコと俺の携帯電話を持ってきた。それを嬉しそうに受け取る名前から俺は、すぐに携帯を奪い取った。

「……! あ〜ん、意地悪。」
「うるせぇ!」
「……あれ?」

と言って開いたまま俺の手に握られていた携帯電話の画面を覗き込んで来た名前が首を傾げている。俺もそれにつられて画面を見やれば液晶には『オートロック』の文字。よし、……勝った。


「オートロックぅ?」
「あーあ、残念だったな、忘れたわ暗証番号なんかよ」
「本当に?寿いつも同じじゃん、1111とか0000とか」
「……てめっ! 個人情報だバカヤロウ!」
「あーごめんごめん」

棒読みで謝る彼女を横目に見て「思ってねーだろ、どーせ」と吐き捨てると、名前があっけらかんとして問う。

「てか、本当に覚えてないの?」
「あ?……知らねーよ、だいたい高校ンときのだぜ?この携帯」

……助かった。当時の俺、オートロックかけてくれててマジで感謝だぜ。これで一台回避だ。残りは昨日喧嘩の原因になった三代目の携帯か……

「お連れ様との記念日とか入れてみたらどうですか?」
「……なっ!」
「あー、記念日か!!……貸してっ!」
「バカっ!待てっ!!」

店員の提案に呆気に取られていた俺からすぐさま携帯を奪い取る名前。俺がそれを取り返す前に名前はパパッと入力を済ませてしまった。さすが女子……。てか……覚えてんのかよ、記念日……。


「……! あ〜!!開いたァ〜!!」
「良かったですねぇ〜!」

はぁ、終わった……三井寿、終了のお知らせだ。


「ねーねー、アルバムの中身バスケばっか」
「あ?仕方ねーだろバスケ部だったんだからよ」
「ふーん……。あれ? てかコレ、桜木くん?」
「……あン?……、さぁな」

俺は携帯の画面を指し出されても見向きもしなかった。もはや椅子にうな垂れてポケットに手を突っ込む姿勢を取る。その姿を見て目の前に立ったままの店員が何故だか微笑んでいた。

「あっ、こちらも電源入りましたよ!」
「わぁ〜、懐かしい! この携帯の機種使ってたんだねー!」

「私もコレ使ってたよ!」なんて名前は楽しそうに声をかけてくるけど、もう言葉を返す気力も無くなった。

「こっちが最後の一台ですね」という店員の声と「そうそうコレが昨日必死で隠した携帯だったよね〜!」とか、「大学の時の?」なんて声が横からしたけど、俺は特に返答も相づちもせずに椅子から立ち上がる。

「寿?……ねえ、一緒に見ようよ?」
「いい。」
「……」
「終わったら来いよ。俺、車で待ってるわ」
「あ……う、うん?」

立ち去る間際、見下ろした名前の手に持たれた三代目の携帯。それは名前の言う通り大学時代に使用していた携帯電話だった。

そして液晶には、先ほど同様に『オートロック』の文字が表示されている。

「あんまり細かく中身見んなよ」
「えー、なんで?」
「……」

俺は不意に名前の耳元に顔を寄せて、こそっと小声でつぶやく。

「……エッチな写真ばっかだからだよ」

言ったあと、ニヤッと笑ってみせると、顔を真っ赤にして「……バカッ!」と俺を叩く婚約者の姿が不覚にも可愛いなと思った。そのまま俺は店員に一応「どうも」と、軽く頭を下げてから車へと戻った。


別に見られて疚しい内容なんてねーし、名前に見られてもどーってことねぇんだけどな。

ただ……三代目の、最後の一台だけは、もっと前にちゃんと処分しておけば良かったなーなんて、後悔はしている。あの時期は、もちろん名前とは別れていたし、連絡も取り合ってなかったしな。


墓場まで持っていきたい記憶だぜ、あの携帯電話のオートロックの暗証番号はよ。まあ……、名前には絶対解けないパンドラの箱。四桁の暗証番号だろうけどな。


「あれ?最後の携帯の中身は見ないんですか?」
「ええ……、もう帰ります」
「もしかして携帯のオートロック開けませんでした? お連れ様、帰っちゃいましたもんね。」
「いえ、……開けました。」










 おもいでケータイ
    再起動、してみませんか?




(暗証番号わかりましたか?)
(……わたしの、誕生日でした。)

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