たとえばの話をしよう(2/2)
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緩く飲み会がすすむ中、先に帰って行った木暮サンをオレと三井サンが店の外で見送り店の中に戻ってくると、すでに客がオレたちだけとなっていて、水戸も座敷席に座り一杯やっていたところだった。三井サンは「あ、便所」と言いトイレのほうに駆け足で向かう。なのでオレは三井サンを待たずに、先に座敷席に戻ることにした。
オレの姿を確認した水戸から「ありがとねー、お見送り」なんて言われて面食らう。
「なに盛り上がってんのー?」
オレが座敷に座って誰とは言わず問うと大楠が「もしプロポーズすんなら、どう言うか選手権」なんてどう考えても面白そうなお題を言い返してきたので「お!いいね、いいね〜」と乗っかる。
残りがまだ少々あったはずのオレの杯の中身は気付けば新しいものに変えられている。仕事とはいえ、さすがだなーと水戸をチラッと見たオレに気づいたらしい水戸と目があって「あ、ごめん」とグラスを軽く掲げて見せれば「おなじでよかった?」なんてへらりと言われてまた面食らった。
「ちなみに、どんなの?」
なんだか気まずくて素知らぬふりで、また誰に言うでもなく聞けば順に野郎たちが答え出した。そのときちょうど三井サンも便所から戻ってきて「便所まで丸聞こえだ」なんて言って、それでも楽しげにちゃんと話に入ってくる。
「俺はなぁ〜、決めてんだ。やっぱストレートに『結婚しようぜ——』だな、ぜったい。」
「なによ。ありきたりねぇ」
野間の言った言葉に彩ちゃんが溜め息まじりに言った。それに次いで大楠が「ボキャブラリーが乏しいだろ、それじゃあ!」なんてブーイングを出す。野間はすかさず大楠に「あ?」とメンチを切る。
「大楠よ。じゃあおめェは、なんて言うんだ?」
「バカだなぁ〜チュウ、おまえなんかに、教えてやるかってんだ!」
「うわ〜ずっちィ〜。じゃあ洋平、おめーは?」
オレに彩ちゃん、そして三井サンがハッとして息を呑んだ気配を感じ取った。そうだ、オレは、いやオレたちは、それを待っていたんだぜ——!なんちゃって。
水戸は「ええ?俺?」とか困ったように言ってからそばにあった自分の杯を呷る。固唾を飲む中オレたち三人からの視線が痛かったのか、水戸は眉を下げて「うーん。」と、お決まりの半笑いで考えているふうを装う。
「今日は、二人にとって二番目の記念日だね。」
「——とか?」とぽつりと慣れたように言った水戸の言葉にその場がシンとなる。しかしすぐに残りの野郎軍団が、興奮気味に解説をし出した。
「要は、あれかっ!出逢った日が一番目の記念日つーことだろっ!? なぁ!?」
「はいはい、んでぇ〜?結婚することなったから今日が二番目の記念日——てかっ!?かぁ〜!」
「洋平それじゃあもう断れねーじゃねーかよ〜」
大楠、野間、高宮の順に言って水戸がははっと浅く笑ったあと「まあ、そーね」とか、なんともつかみどころのない返答をする。ただ、さすがに水戸との付き合いの長さが伺えると言った解説であったことはたしかだ。彩ちゃんに関しては隣でもはや感心すらしていて、たぶん、いい意味で、「やだ……怖いわ。この子。」なんてつぶやいていた。オレもいろんな意味でヤバくね?コイツ、なんて思っていたなか、不意に三井サンに視線を巡らせてみれば、彼は完全に「負けた」みたいな顔をしていて思わず小さく吹き出してしまった。
そして高宮が先ほど自分で言った台詞を再度、反復して言う。
「なあ〜洋平〜。それ、断れねーじゃ〜んって」
大楠と野間が「洋平に聞いたってなぁ」とか、「コイツのなんか逆に参考になんねー」と文句を垂れているなか水戸が「え?」ときょとんとして聞き返したことで、また自然と水戸の言葉を待つかのようにその場が静まり返った。そんな水戸はテーブルに身を乗り出し空になったコップや皿をそばにあった盆に乗せながら、飄々と言い放つ。
「……まぁ〜。断らせねーんで、俺。」
……だろーね、どこぞの女子が断んの、ソレ。なんて心の中でひとりごちる。するとシンとなる空間に突如ガハハハ!と野郎たちの笑い声が響き渡った。残されたオレたち三人は、わけがわからないという感じで思わず彩ちゃんと目を合わせて「どういうこと?」と言いたげに、テレパシーを送りあいながらやや混乱していた。でもちょっとだけ彩ちゃんの頬が赤くなっていたのだけは許せなかったけど……まぁ、あの水戸洋平だしなぁ。仕方ねーといえば、ねーのかも。ね?三井サン。なんつって。
それでも野郎たちが「はじまった」だの「はいはい、お疲れさん」だのと言って未だ笑い合っているためどうにもこうにもならない。本当にこの��桜木軍団�≠ニやらのツボは、一生理解できないだろうな、とあらためて思った。
「はいはい、もうお開きよー」
水戸が盆を持ったまま立ち上がって言ったその合図で意外と文句も言わずそそくさと帰る支度をしだした軍団に合わせて、オレたちも帰り支度を整えはじめる。今日は三井サンと木暮サンの奢りらしく、先ほど木暮サンを見送ったときにお代を頂戴したオレと三井サンが自然の流れで、一緒に会計をしに、カウンターに向かった。そのとき、ふと思い立って、周りには聞こえないよう小声で三井サンに声をかける。
「三井サン、四回目。」
「あ?」
「パクれば?さっきの。」
「なに」
「——水戸のヤツ、名前ちゃんに。」
「……。」
ニヤニヤとオレが揶揄い口調で腰あたりをほれほれと突きながら言えば三井サンは、あきらかに嫌そうな顔をして「やだ。」と、ややくちびるを尖らせてはっきりと否定した。そしてやれやれと言いたげに溜め息を吐いてから言い放った。
「宮城、テメェぜってー名前に言うなよ。」
「えっ、なにをスか?」
「アイツが言ってたセリフだっつの、バカ野郎」
「言ったらコロス」と、会計をしている水戸のつむじをギロリと見下ろして言った先輩。しかしそのツラのまま、さっき仕舞っておいたらしい、あのキラキラの指輪が入った箱を、ポケットから取り出して水戸に「ん」とぶっきら棒に手渡す。
「——ん?」
「言ったろ」
「へっ? なに」
「だから! あずかっといてくれって、これ。」
「あー、はいはい?」
オレたちがどんなことをコソコソ話していたかなんて知りもしない水戸は、作ったような笑顔を貼り付けて「たしかに。」と、ちゃんとあずかりましたよー的なニュアンスで言って、それを三井サンから受け取っていた。それでも無意識なのか水戸に渡したそれをなんとも名残惜しそうな
面
(
ツラ
)
をして見送っていた高校時代の先輩にオレはまた、クククッと小さくひとり顔を袖で隠して笑った。
そして水戸の放った、世の女子たちがもれなく全員悶絶しそうな、今世紀最大級のプロポーズのあの言葉が、実は有名な曲の一節から取っただけだったということをこのときはまだ、誰ひとりとして、気づいていなかったって話。
やっぱりそーいうやつだよなぁ〜、水戸って、なんて思うのも、もっと先のお話である——。
*
やっぱり俺は予定通りにことが進まない運命にあるのだろうと思い知らされた。
結局、水戸にあずけたままの婚約指輪は未だに婚約者には渡せぬままでいるという現実。と言うことは必然的に��四回目�≠フプロポーズも、まだ出来ていないということである。
指輪はいらないと言った彼女。それでも、あの高校時代の因縁の相手——いや、救世主に預けてあるダイヤモンドがずらっと並んだあの指輪を、いつ渡せばいいものかと隣で楽し気にゼクシィを眺めてる彼女を盗み見ながら思案している次第。
「ねえねえ、寿?」
「……ん、」
「こっちのドレスと、こっちのドレス。どっちが好み?」
開かれたページをちらとのぞいてみれば彼女が細い指で「これと、これ」と、差し示す。女子の趣味なんてまるでわからない俺でも不意に彼女が好きそうなデザインだな、と柄にもなく思ったりして、そんな自分がなんだかやけに滑稽だった。
「……どっちでも、いーんじゃね?」
「ねぇー! これだから男は〜っ!」
「ンなこと言ったってよぉ、わかんねーもんは、わかんねーって。俺は男なんだっつーの。」
「そーいうことじゃないんだよー、もう。」
ふん!とわざとらしく鼻を鳴らして、ソファに深く座り直した彼女がパラパラと雑誌のページを捲る。その横顔を見ながらそっと「なぁ」と声をかけてみた。「ん?」と、いつもの調子で返事をして、こちらを向いた彼女と目が合う。
「——明日、水戸の店行こうぜ。」
「……え? 水戸くんの、お店?」
言いながら、持っていたゼクシィを目のまえのローテーブルに置いた彼女。
「ああ……。どーせなら、全員呼ぶか。」
「飲み会?いいね、久しぶりじゃない?」
「こないだは桜木が来れなかったから、桜木にも声かけて、日程合わせねーとな」
そう言いながら立ち上がった俺が冷蔵庫に何か飲み物を取りに行く。その背後から「えっ?」とやや驚いた声が飛んできた。振り返ることはせず「んー?」と緩く返せばまさかの言葉を投げかけられる。
「——寿。みんなと、飲んだの?」
ぎくっと肩を揺らしてしまったことを誤魔化すべく「あー」とか言いながら、肩を回したりしてみせた。そうして素知らぬふうに「おぅ」と言い返す。
「えー、ずるいっ! いつ〜?」
「あ? お前が、父さんと旅行いってたとき。」
結局いつもと同じミネラルウォーターのペットボトルを冷蔵庫から取り出しシンクに背を預け、ようやく彼女の方に体を向けた。相手はソファに座ったままですでにこちらに体を向けている状態だ。そんな彼女をじいっと凝視すれば「ん?」とでも言いたげに首をかしげる。俺は、飲みかけのミネラルウォータの入ったコップをシンクの上に置き、またソファのほうに戻って彼女の隣に腰を下ろした。
「……名前に、渡したいモンがあんだよ。」
彼女を真っ直ぐに見ながら言えば相手は「わたしたいものぉ?」と、俺の言った言葉をそのままおうむ返ししてくる。
「そ——。もうこうなったら全員に証人になってもらおうと思ってよ。」
両手をソファの背に豪快に伸ばして天井を仰ぎ見ながら言えば彼女はやっぱり不思議そうに首を傾げた。まあ、悟られても困る話なのでいいが。
「よく、わかんないけど……わかった。」
「——お! いま、わかったつったな?」
勢いよく背をしゃんとして彼女を射抜く勢いで見つめれば「え、」とぎょっとして、身を引いた彼女が「う、うん」と、どもりながらもちゃんと肯定してくれた。
「よっしゃ。これで名前はもう、俺から逃げられねーからなっ!」
わはは!と笑って、俺がまたソファに深く腰を落として両手をソファの背に伸ばせば、婚約者の彼女は訝しげに片眉を歪めて「ヘンな寿」と言いソファから立ちあがり飯を作るためかキッチンのほうに向かって行った。
なんだかさっきした彼女の顰めたツラが不意に俺に似てるかも……なんて思って、思わずフッと笑みをこぼしてしまった俺は、彼女と過ごすなんでもないこの日常に幸せを噛みしめたのだった。
そうだ……大切な人たち全員に、証人になってもらおう。名前との未来を誓う、その瞬間を。
——そしてこれは、結局のところみんなの前でプロポーズができなかった元中学MVPのお話。
たくさんの
「
いまさら
」で、出来ている。
(それでは——新郎新婦、ご入場です!)
(……そう言えば洋平、あの指輪どーしたんだ?)
(え? ああ……後日取りに来たよ、みっちーが)
(へえ。じゃあプロポーズは成功したんだなァ〜)
(たぶんなー。)
(洋平おめェ、シチュエーション聞いたか?)
(まさか。どんなだったかは、知らん。俺も)
(じゃあ二次会の席で聞き出してやろうぜ!)
(ははっ、だな。)
※Lyric by『Wherever you are/ONE OK ROCK』
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