寄り添う二人の幸せな笑顔の日

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  • 「 愛は寛容であり、愛は親切です。
      また人をねたみません。
      愛は自慢せず、高慢になりません。」

    「 愛は決して耐えることがありません。」


     聖書——コリント人への第一の手紙≠フ一節だ。でも、そんなあたりまえの聖書の文章なんかじゃなくて、俺なりの彼女へ捧げる誓いの言葉はいつだってあいつ専用の、特別な聖書なんだ。

     雨の日も晴れの日も彼女と二人ならば、どんな苦悩も苦労にも負けずに前向きに生きていける。
     いままで色々とあって、やがてこうして二人で向き合って立っている。楽な道ばかりあるわけではない、けどもう一人にはさせない。二人でいれば、さみしい道のりでもない。辛い思いを分かち合って分かり合い出したあの日以来、喜びはいつだって二倍だ。

     だから、名前と——この先も居たい、共にこの先を見たい。
     寄り添って歩いていく二人の幸せを大切な人達に見守られながら、俺と一緒にバージンロードを歩いてほしい。晴れ舞台に立って交わす、名前との誓いだ——。





     —


    「あぁ〜、なんだか緊張しちゃうわぁ」

     晴子ちゃんが彩ちゃんの隣でソワソワしながらそう小声で呟く声が背後から聞こえた。ちらっと振り返って見れば、その表情はずっと幸せそうに微笑んでいる。

     久しぶりに会った高校時代の仲間達。久しぶりな上に今日は皆が真面目くさった正装姿だった。
     天井まで伸びるパイプオルガンで敷き詰められたチャペルの中、外は秋晴れと言って間違いないくらいの快晴。俺もこの神聖なる空間で木目調の長椅子が並ぶ自席に座ったままその高すぎる天井を何の気なしに見上げてみた。
     結婚式ってこんなに胸アツだったっけ?なんて思っていたら「リョーちんもう泣いてんのか?」と未だに真っ赤な坊主頭がトレードマークの後輩に弄られる始末。「……あいつはちゃんと早起きできたのか」と、ダンナがコホンと一つ咳ばらいをしたあとに彩ちゃんがつぶやく。

    「こーいう日に限って寝坊とかしそーですもんね先輩って」

     きれいなドレスコードを装った彩ちゃんがクスクスと笑っている。マジで死ぬほど可愛いすぎる件に一票。

    「あーダメだ」

     突然、野太い声を上げたのは新郎の高校時代の不良仲間、堀田だ。「三っちゃんの姿見たら号泣する、俺」とすでに鼻を啜っている堀田に対して「もう泣いてるじゃねーかよ」と水戸がすかさず突っ込んで、その元番長の顔を覗き込んで言うとその場にドッと笑い声がこだました。

    「いつプロポーズしたんだろーなあ」

     桜木軍団、こちらもいまでも変わらず徹底的に金髪を貫く大楠がそんなことをぼやく。

    「ミッチーの事だからなぁ。晩飯食ってる時とかじゃねーの」

     野間が意外にも的を得たようなことを言うので「違いねーや」と思わず俺も相づちを打った。

    「みっちー、色気ねーなあ」
    「そう言う洋平くんは、どんな風に言うの?」
    「へ?俺? 俺かあー......」

     水戸がその高すぎる天井を仰ぎ見ながらいかにも考えている風を装う。これ、絶対なにも考えてねーときのツラだなと俺は思った。それでも純粋無垢な晴子ちゃんは水戸の返しに期待をしているようで「ねえ、なんて言うの?」なんて早く早くと言わんばかりに返事の催促をしている。

    「薔薇……100本?」
    「きゃー!素敵ねえ!」

     水戸の(適当な)回答に、目を輝かせて素直に喜ぶ晴子ちゃんを見て花道以外の全員が「へっ」だの「けっ」だのと、抑揚つけて鼻で笑った。

    「リョーちん」
    「ん?どした、花道」
    「これ、歌うのか?」

     隣に座っていた花道が俺に讃美歌の載った二つ折りの白い厚紙を翳して来たので俺は「ん」と、ひとつうなずいてみせる。
     そんな俺達のやり取りを背後から見ていたらしい彩ちゃんがポンポンと花道の肩を叩くと花道が振り返って「何すか、彩子さん」と言う。彩ちゃんは「讃美歌『いつくしみ深き』って言うのよ」と密やかにやや微笑んで言った。

    「ほう……」
    「心が洗われるわよー?しっかり歌いなさい桜木花道!」
    「わかりました!彩子さん!」

     いつくしみ深き、ねえ……。と俺も花道と同様に手に持っていたその讃美歌が載った紙をじっと眺めた。隣では花道が「んー」だの「あー」だのと顎に指を当てて、紙を見ながら唸っていた。

    「いーつくしみふかーきぃ、とーもなるイエスはぁー」

     刹那、きれいな声で晴子ちゃんが目を伏せて、その一節を歌い出す。とたんに騒がしかった俺ら元湘北メンバー一行もしんみりしたみたいにして皆、晴子ちゃんの歌声に耳を傾けていた。

    「つーみとがうれーいを、取ーり去りたもーう」

    「って。桜木くん、歌える?ちゃんと」と、晴子ちゃんが花道に問うと、花道は「まっかせてください晴子さん!このサンビカの鬼と呼ばれた男、桜木花道に!」なんて晴子ちゃんの方を振り返りガッツポーズをしてみせる。それに対して晴子ちゃんの隣にいた彩ちゃんは盛大に溜め息を吐いて「なにソレ……」と昔のような呆れ口調で呟く。合わせてダンナと木暮さんも苦笑いしている。

    「やっぱり、第一号だったな」

     木暮さんが思い耽るみたいにして、情けなくも笑ってそんなことを呟く。「なにがだ?木暮」と腕組みをしたまま、木暮さんに問うダンナに木暮さんは「あ、ああ……」と言い淀んでから言葉を続けた。

    「俺らの仲間の中で誰が一番最初に結婚するのかなー、なんて思ってたから」
    「まさか三井先輩がトップバッターだなんてね」
    「名字は、あんな男で本当によかったのか……」
    「おいおい、赤木。三っちゃんをあんな男なんて言うなよ」
    「……あんなだろうが、どう見ても」

     またその場にドッと笑い声がこだまする。そのとき会場内にいたスタッフが「間もなく新郎新婦様の入場です」とマイクを使って言った。途端に俺達もピンと自然に背筋が伸びて会場内が一気に緊張感に包まれた。
     続けてスタッフが「皆さまご起立ください」と言ったその合図で全員が立ち上がると、チャペル内が一層シン、と静まり返る。
     刹那、前奏が流れだすと共に牧師が脇から入って来た。それに目を奪われていたら後ろの大きな扉がゆっくりと開いたことに気づく。神父に意識を持っていかれていた俺たちも、反射的に姿勢を背後の扉の方に向けた。
     今日の主役の一人、新郎の三井サンの姿が見えたとたん「いよっ!ミッチー!日本一!!!」と花道がバカでか声を上げそこにいたゲスト全員の笑い声が響いたことで辺りは一気に緊張感のない穏やかなムードに包まれる。

    「うるせえ!桜木!!」

     せっかくカッコよくタキシードでビシッとキメてきた三井サンが顔を真っ赤にして花道の煽りを素直に受けている高校時代と変わらぬその姿に、ダンナと木暮さんが、情けなく溜め息を吐いた。それでもちゃんと自ら仕切り直したらしく、凛とした姿で、長く伸びるレッドカーペットを歩いて来る三井サンは冗談抜きに今日だけは本当に男前だった。絶対に本人には言ってやんないけど……
     晴子ちゃんや彩ちゃんは「おめでとうございます」と目をキラキラと輝かせて祝福の言葉を述べているのだが、当の主役はやっぱり緊張しているのか多少ガチガチになって「お、おぅ」と歯切れ悪く返していた。そんな先輩の滑稽な姿に笑いを抑え切れず俺含む、元三年生(堀田たち)以外のヤジが絶え間なくチャペル内に飛び交う。

    「緊張してらあー、三井サン!」
    「ミッチー、キメろよ!」
    「ミッチー!!いよっ!本日の主役!!」
    「ニヤニヤすんなー、みっちー」
    「主役がガッチガチじゃねーかあ!」

     俺や花道、それと軍団に散々ヤジを飛ばされる三井サンがたまらず叫ぶ。「オロすぞ!てめーら!」って。それに俺らもガハハハハと盛大に笑ってお返しする。
     実は挙式の行われるチャペルの中に皆で入ったときスタッフの人に「新郎様のご友人はこちらへ新婦様のご友人は……」と誘導されかけた。
     だがその瞬間、花道が「みんな仲間だからいーじゃねーか!」と、これまた誰も口に出さずしていた本音を当たり前に言ってのけたのだ。それを聞いたスタッフが「わかりました」と笑顔で俺ら全員を同じ席、新婦側の後方のほうへと誘導してくれた。きっと三井サンは、そんなことがあったなんて気付いていないと思うけど。
     バージンロードを挟んだ向こう側には三井サンの家族や職場、湘北高校の関係者や中学・大学の友人らも参列していた。その中——前方のほうに安西先生を見つけて俺は思わず緩んだ口元をぐっと締め直してから、三井サンに向かって叫んだ。

    「おめでとー、三井サン!」
    「おめでとさん、みっちー」

     俺が祝福の言葉を投げ掛けると、次いで水戸もすぐにそう笑顔で三井サンに投げかける。それを合図に他のヤジを飛ばしてた奴らも、もちろん元三年生の面々も、祝福の言葉をつぎつぎに送る。
     それに気をよくしたらしい三井サンは、俺らの横を通り過ぎるとき「サンキュ」と照れながらも幸せそうに微笑み返してくれた。……マジ単純。
     三井サンが俺ら以外の他の人達にも歩きながら軽く挨拶をしている背中を全員で見送っていた時不意に立ち止まった三井サンが安西先生に向かって深々と頭をさげるその仕草に俺ら元湘北バスケ部の面々の目頭が熱くなる。
     正面まで辿り着いた三井サンが一例すると前奏がいったん止み、牧師が開催宣言を行っていた。間もなくして、こちらをくるりと振り返って凛とした姿勢のまま新婦、名前ちゃんが来るのを待つ体勢を取る三井サン。そこでまた花道が「いよ!!」と言いかけたとき、ついにダンナの鉄拳が花道の頭上に落ちた。


    「新婦、入場です」

     変な緊張感が走る静まり返ったチャペル内に、マイクの音が響いた。その合図で俺らもまた入口の扉を見やる。
     三井サンの時とはまた異なる綺麗な前奏と共に大きなその扉が開かれると、純白のドレスに身を包んだ新婦、名前ちゃんと、名前ちゃんのお父さんが一緒に中に入って来た。バージンロードを歩く名前ちゃんは、本当に冗談抜きに天使みたいだった。……なんて事は、たぶん三井サンが一番思っているんだろうなーと思って三井サンをちらっと見てみれば、こともあろうに瞳を潤ませていて少しギョッとした。そのあと、少し照れたように顔を背けたりしてて、何照れてんの目の上のタンコブめ……って思って今度はポカンとしてしまった。
     まったく。ほんとに、名前ちゃんを大好きすぎて、こっちが参っちまうよ、先輩。

     一歩一歩、交互にゆっくりと歩みを進める名前ちゃんが俺らのそばに来たとき打合せもしてねーのに全員が「おめでとう」や「きれいだよ」と口をついて出て来る光景に、やっぱ湘北の生徒たちは息ぴったりだなーって感心した。
     いや——本当に綺麗だもんな、名前ちゃん……。品よく微笑んで皆に「ありがとう」やら「ありがとうございます」と小さく頭をさげている彼女を見ていたら、さきほどのダンナの言葉「あんな男でよかったのか」という台詞が、俺の脳内でリピート再生された。
     名前ちゃんのお父さんから新郎の三井サンへと新婦、名前ちゃんの手が受け渡されたとき思わず小さく拍手していた晴子ちゃん。その姿がやけに印象的で可愛らしかった。

     三井サンの腕に自身の手を絡めた名前ちゃんはいま、どんな気持ちなんだろうか——。
     そんな二人の後ろ姿をパシャパシャと撮影する元湘北メンバーを横目に俺は過去の思い出が走馬灯のようによみがえってきてまた目頭が謎に熱くなる。
     二人が正面にたどり着くと綺麗なパイプオルガンが奏でられ、さきほど晴子ちゃんが歌っていた讃美歌『いつくしみ深き』が流れ始める。


     
    【 讃美歌312番 いつくしみ深き 】

     いつくしみ深き 友なるイエスは
     罪とが憂いを 取り去りたもう

     こころの嘆きを 包まず述べて
     などかは下さぬ、負える重荷を

     いつくしみ深き 友なるイエスは
     われらの弱きを 知りて憐れむ

     悩みかなしみに 沈めるときも
     祈りにこたえて 慰めたまわん

     いつくしみ深き 友なるイエスは
     かわらぬ愛もて 導きたもう

     世の友われらを 棄て去るときも
     祈りにこたえて 労りたまわん



     上段にいる、白と黒の服に身を包んだ人たちが歌い始めるのを合図に俺たちも、しっかりと新郎新婦へのお祝いを込めて歌った。それが歌い終わると牧師が聖書を朗読する。そのあとに『誓約』を交わす三井サンと名前ちゃん。

    「新郎——寿さん。あなたはここにいる名前さんを病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」

    「——はい、誓います。」

    「新婦——名前さん。あなたはここにいる寿さんを病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」

    「……はい、誓います。」


     三井サンの真っ直ぐで、偽りのない誓い。名前ちゃんの涙で声を震わせながらも、今までの長きに渡る想いが込められたような力強い誓い——。
     それを聞いた俺らの席に、すすり泣く声が響き始めて、辺りを見渡せば晴子ちゃんと彩ちゃんはいいとして、こともあろうに堀田がガチで大号泣していた。さきほど自分で宣言した事をしっかりとやってのけた元湘北番長に俺らは思わず苦笑いを浮かべる。
     指輪の交換の時は、やはり緊張していたらしく三井サンが彼女に指輪をはめるのを少々手こずっていた。

    「チッ、……これ、サイズ合ってんのかよ」
    「合ってるって!スーって。ほら、スーって…」

     そんな二人のコソコソ話が静かなチャペル内にダイレクトに響いた事でクスクスとゲストの笑い声が聞こえて来た。そんな俺らをチラ見した三井サンが一度「ふー」っと、大きく深呼吸したかと思えば背筋を伸ばして再度、彼女への指輪装着に意識を集中させていた。まるでスリーポイントを打つときみたいに。

    「ミッチー、ちゃんとやれよ!」
    「おお!頼むぜ、ミッチー!」

     野間と高宮の煽りにも似た声が響き渡り、またチャペルの中が、笑いに包まれる。それで緊張が解けたのか、無事に互いの指輪交換が終わった。
     ベールアップをして誓いのキスをした二人に、全員で大きな拍手と安定で俺ら問題児軍団はヤジやら指笛を盛大に送ってやった。
     挙式終盤に行われていた、結婚誓約書に仲良く二人でサインをする、その姿に俺らも自然と笑みがこぼれる。


    「三井、幸せそうだなあ……」

     感慨深くも小さな声で木暮さんが独り言のように呟くと隣にいたダンナが珍しく素直に「ああ」と、相づちを打っていた。
     新郎新婦が退場する時、バージンロードを腕を組みながら笑顔で歩いてくる二人にあいもかわらず俺らはヤジを投げる。
     ちょうど俺らのところにきた頃、天井から羽根が降ってきてムードもへったくれもない三井サンの「なんだコレ。じゃまくせーなあ」と、空いた手で羽根を払い退けるその仕草に、またダンナと木暮さん、今度は新婦の名前ちゃんまでもが一緒になって呆れかえっていた。

    「フェアリーウィングシャワーね!」

     そんな連中をよそに、晴子ちゃんは降って来るその羽根を、楽しそうに掴んでいた。それを見た花道がこの瞬間だけは顔を真っ赤にして、今日の主役の名前ちゃんではなく、まさかの晴子ちゃんを凝視していたのは笑えた。
     そんなこんなで三井サンと名前ちゃんの幸せいっぱい、笑顔いっぱいの挙式が無事に終わった。


     披露宴まで少し時間があったので、皆で待合室まで向かう。が、その最中も堀田が号泣。お陰でずっと笑いに包まれていた俺らだったけど不意に彩ちゃんが「結婚したくなっちゃったわー」なんて言うから、俺も告白ぶっ飛ばしてプロポーズしちまおっかなーなんて考えてしまうくらいに幸せな挙式だった。

     寄り添う二人の、幸せを願うように。寄り添う二人の、笑顔の日に晴れ舞台に立つ三井サンと、名前ちゃん。
     二人の胸にも、そして俺ら元湘北卒業生一同の胸にも、幸せの鐘が高らかと鳴り響いた——。


     三井サン、名前ちゃん。長い道のりだったかも知れないけど、本当に、おめでとう。
     こんなに幸せな気持ちになれて俺も、ぜったい他のみんなも、感謝してるよ!

     末永く、お幸せにね——。


     ……ってのは、披露宴の友人代表スピーチまで取っておくことにするよ、センパイ!










     幸 せ あ り と う



    (結婚してえぞー!!!)
    (俺もだー!!!)
    (俺もいますぐしてえー!!!)
    (バカばっかりだ、まったく……)

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