どんなときも君が好き
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謹啓
新秋の候、皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます このたび私どもは結婚式を挙げることとなりました つきましては日ごろお世話になっている皆様にお集まりいただきささやかではございますが披露宴を催したく存じます
お忙しいところ誠に恐縮ではございますが皆様に新たな門出を見守っていただきたくご列席のお願いかたがたご案内申し上げます
敬具
記
20◯◯年◯月吉日
三井 寿 ・ 名字 名前
日時 令和◯年◯月◯日(◯曜日)
午後◯時◯分
場所 ◯◯ホテル
なお お手数ではございますがご出席のお返事を◯月◯日までに賜りますようお願い申し上げます
――――――――――
——なんだかんだ言っても、今までの出来事を振り返ってみれば自分の人生は波瀾万丈なりにもそれはそれで、幸せだったんだと思ったりする。だから過去の選択肢を比べてみて、どちらがいいだなんて考え方はしたくはない。
今ならわかる。苦い日々の意味も。一瞬一瞬が積み重なってだんだん私が形作られていく。これまでの人生の上に今の私たちが立っているんだ。ああ、わたしは——なんて、幸せなんだろう。
はじめて出会ってからの今まで、いくつの愛の言葉を交わし合ったのだろうか。決して、最高の男ではないかもしれないけれど、お前を想うこの気持ちは誰にも負けない自信がある。
いつもお前に何をしてあげられるのかと考えるときが、いちばん幸せになれる瞬間なんだ。
『幸せは手を広げて求めるのではなく繋いだ手の中に生まれる』
昔よく聴いた曲の一節だ。けど、お前といると本当にそうなんだろうな、って思うんだよ。ああ俺は——なんて幸せ者なんだろう。
—
秋の時候の挨拶には「秋涼の候」「紅葉の候」「晩秋の候」——なんてもんがあるらしい……が実際のところ、どれがどんな意味を持つのかは、さっぱりわからない。これでも一応……高校教師なんだけどな。
俺はリビングのテーブルに広げられた招待状のサンプルが積み重なっている山を見ては溜め息をつき、それを手に取ってはまた溜め息を吐く……そんなことを、約数時間ばかり繰り返していた。そんな中、ガチャと玄関のドアの開く音がして、ソファーに座ったままで首をグイッと玄関の方に向ければ「ただいまー!」と元気よく帰ってきた未来の花嫁の姿が目に飛び込んできて自然と頬を緩ませた。
「おう、おかえり」
正面に向き直して短く返してからもう一度チラッと視線を向けてみれば、スーパーの買い物袋と何とも彼女の趣味らしいと言える色のエコバックをキッチンテーブルに置いたのが見えた。そして彼女は俺を一瞥して微笑んだあと言った。
「決まったー?デザイン」
言う前から、ニヤニヤと笑っている彼女に俺はもう一つ溜め息をついたあと「決まらねーよ」と吐き捨てた。すぐに俺の隣に腰を下ろそうとする彼女のために俺はもう一人の座るスペースを空けるべく、すこし横へとずれる。当たり前にぴたりと俺の身体と密着させて座った彼女から外出していたからか、なんとなく秋らしい香りがフワッと鼻を掠めた。それでも俺はすぐに「つか、なんかよォー」と息を吐くように零す。
「新秋の候——ってなんだ?なんか変じゃね?」
え——。という顔をしてきょとんと俺を見やる彼女に不服そうに唇を突き出して、舌を打ち鳴らしたが彼女は「待って、」と、ぽつり呟く。もう一度視線を送り「あ?」と俺は聞き返した。
「……そこから?」
そう言ってプッと吹き出したので「なんだよ」と突き出していた唇はそのままにして俺はついで今度は眉も顰めた。それでも、どうやらツボにはまってしまったらしい彼女は隣でアハハ!と腹を抱えて笑っている始末。
「ったく……笑いすぎなんだよ」
「アホ」と、その額を小突くが彼女の笑いが収まることはなかった。そして「ようやくデザインの案までこぎつけたのにー」と言ったのだろう事は察したが笑いながら言うので正直何を言っているのか理解不能だったのには変わりなかったので、思った感想のまま「何言ってっかわかんねーよ」と軽く頭をチョップすると頭を抑えながらごめんごめんとヒーヒー言いながら謝罪を述べている。
「いや、だってよ!なんか絶対変だって……」
「変じゃないって〜普通の丁寧な挨拶だよぅ」
彼女は目の前に広げられた一枚の招待状サンプルを手に取って、唐突に内容を読み上げる。その内容を読み終わるのを待って俺は「なあ?おかしーだろ?」と食い気味に言う。そんな俺をチラと横目で見た彼女が一つ息を吐いて微笑み「あー。アレじゃない?」と呟いた。
「あ?なんだよ?」
「これ、あの人達に送るから何かこっぱずかしいんでしょ?きっと」
「あン……?」
彼女の言う『あの人達』とはもちろん、あの生意気な後輩や同級生、しまいには黒歴史に名を連ねる面々の事を言っているのだろうとすぐに理解した。確かに、と納得した俺は特に反論する事もなく、そのまま返した。
「あー......そうなのかも知れねーなァ」
「堅苦しい文章を送るのが嫌なんじゃない?寿の中で無意識に」
そう言い置いて立ち上がった彼女はキッチンの方に向かって行き台所で手を洗っている。そんな彼女の背中を俺は感慨深く見つめていた。
ややあって、視線を目の前の招待状サンプルに戻したとき「じゃあ——」と彼女の声が追いかけてくる。
「みんなに携帯で送れば?」
「あ?携帯?」
キッチンで二人分のコーヒーを淹れながら、「そう携帯電話ー。スマホ!」と、こちらに背を向けながら少し声を張る彼女。
「結婚するよー。披露宴来てね!……って」
「はっ、却下。ちゃんとしたの送りてーし」
「じゃあ、それでいーじゃん?��新秋の候�=v
思わずぐっ、と言葉に詰まった俺の元に彼女が二人分のマグカップを持って来てまたソファーに腰を下ろす。差し出された色違いのマグカップを受け取って「サンキュ」と言うと「どういたしまして」と丁寧にも返されて、その屈託ない笑顔に何故か面を食らう。
「——そうだ!流川くんも来れるの?」
「え?ああ……連絡したら来れるってよ」
「海外だもんねえ。でも……そっか、よかった」
小さく呟いて微笑んだ彼女がマグカップを両手で持って口をつける。そのきれいな横顔に俺は、思わず見惚れてしまった。
「あっ!水戸くんたちは?」
そう言って勢いよく俺の方を見たので、咄嗟に顔を反けて「ああ、来るらしいぜ」と平然を装ったフリで返した。そんな俺をよそに彼女はまた、招待状サンプルを一部手に取って広げ中の内容やデザインを眺めているようだった。
「デザインは、この水色のやつじゃなくてさ?」
「……ん?」
「こっちの赤と白の紅白カラーのシンプルなのが良くない?」
手に持っていた招待状を俺の方に翳して見せて来たので「あーそれシンプルすぎじゃねーか?」と、思ったままの意見を述べる。
「……って、思ってたけどな」
結婚式は花嫁が主役だ!と散々あの眉毛が歪んでいる生意気な後輩や俺を過去、ボコボコにぶん殴ってくれたあのイケすかない後輩から釘を刺されていたので彼女の希望が第一優先だよなと俺は一応最後にモゴモゴと、そう付け加えた。
「えー、そう?だって……」
と、彼女はその招待状をまた両手で持って中を広げたあと、きれいに微笑んで、ぽつりと呟く。
「湘北の
色
(
カラー
)
じゃん。」
「……」
彼女が手にしていた招待状サンプルとマグカップを目の前のテーブルに置く仕草を横目に見て、俺はすこし身体を彼女のほうに向け「名前……」と名を呼ぶ。「んー?」とこちらを向いた彼女を待って俺もマグカップを静かにテーブルに置くと「ん」と短く言って両手を広げて見せた。
「え?……、なに?」
「……ん。」
もう一度言えば彼女は少しだけ考え込んだあと「……ああ」と言って微笑み、俺の腕の中にゆっくりと身体をあずけてきた。俺はその小さな身体を強く抱きしめる。
「……」
「……」
「——ヤベ、」
「ん……?」
「ヤリたくなってきた……」
「あのねぇ……まだ昼間なんですよ、お兄さん」
呆れたように溜め息まじりに言った彼女がスッと俺から離れていく。名残惜しそうに俺の腕が行き場を無くして思わず「ちぇ」と舌打ちをした。それでも、あきらめの悪い男——で定評のある俺は隣に座っている事で触れ合っている彼女の右腕を、ゆっくりといやらしい手つきで撫でおろす。
「なあ……」
「ダーメ」
俺を慣れたように軽くあしらい、彼女はさっき自分でテーブルに置いた招待状をまた手に取って内容に目を通しながら、今度は軽く鼻歌なんかを奏でていた。
「ソファーの上でもいいからよぉ」
なおも諦めず俺がそう甘えた感じで言った瞬間まさかの額をパシンと平手打ちされた。「——痛……って」と叩かれた額に手を当ててジト目を送ったが彼女はフンっとわざと鼻を鳴らして自分のマグカップを持ち、ソファーから立ち上がるとそのまま、キッチンに向かって行ってしまった。その流れに合わせるように軽くつかんでいた彼女の腕が、俺の手の中から擦り抜けて行く。
「だいたい、ソファーでもいいってなんなの」
背を向けてマグカップや今朝の朝食の食器なんかを洗う水の音と共に、彼女が笑いながら文句を垂れている声がしっかりとここまで届いてくる。
「ええ?いーじゃねーかよ、別に……」
「ケチ」と、まるで子供みたいにボソッと呟いて俺はまたマグカップを持ちそれに口をつけながら招待状サンプルを眺める。
「招待状以外にも決めなきゃいけない事たくさんあるんだよー?」
「ハイハイ、わかってるっつの」
「あ、そうだ!タキシード、黒と白どっちがいいか決めたのー?」
洗い物の音に負けじと声を張る口うるさい未来の花嫁に、俺はまた大袈裟に溜め息を吐いてから胸を張って言い切ってやった。
「決めてねぇ」
「えー?!そっち決めなきゃ私のドレス合わせられないって言っってるじゃん!」
キュッキュッと水道を止めて手をタオルで拭きながら彼女が振り返ってぷりぷりと怒った口調で俺を睨む。口うるさいと思いながらもこんな何でもない日常を幸せだと感じてしまうのだから俺はもう重症なのだろう。
「タキシードより先に、袴の色で迷ってんだよ」
「えっ?ああ……なんだ、そっちか」
「さすがにこんなに悩むモンだとは思ってもみなかったからよぉ」
何の気なしに彼女を見ると、こともあろうに、なぜかニヤニヤしていたので「あン?」と言ったあと、続けざまに「なに俺の袴姿を想像してニヤニヤしてんだよ」と、怪訝な顔を浮かべる。
「え!?し、してませんっ!」
「いーや、してた」
ズカズカとこちらに歩み寄ってきた彼女は顔を真っ赤にしてムキになりながら「し・て・な・い!」と声を張った。そしてフン!とまた、鼻を鳴らしてくるりと背を向けた彼女の腕を俺はグイッと引っ張ってやった。油断していたのか「ふえ!?」と色気のない声を出した彼女が俺の導きによって無理やりソファーに座るかたちになる。
「……なあ?してただろ?」
「……し、してないって、ば」
「ふーん」
「……な、なに」
そのまま両腕を伸ばして、彼女の肩にその腕を乗せ顔を近づけると彼女が反射的に少し身を引いた。それを見て口角を釣り上げた俺が「なあ……名前」と、目を細めて囁くように名を呼ぶ。
「……だ、だから……なに、」
「……シよーぜ?」
ニヤリと笑って言えば、すぐに無表情になった彼女に両肩をドン!と思い切り押されたので俺はわはは!と笑いながら、大袈裟にも後ろに倒れてみせた。
「そんなにシたいなら、ひとりでどーぞ!!!」
やっぱり顔を真っ赤にして、ぷりぷりと怒って立ち上がった未来の花嫁。怒鳴って去って行くのその姿にゲラゲラと俺が笑っているとサイテー!だのスケベ!だのと文句を吐き散らしながら彼女がトイレに消えて行った。トイレのドアが、バンッ!と勢いよく閉まる音に更にツボって俺は腹を抱えて笑った。
「あー、おもしれぇ」
—
——ドアの向こうから聞こえる、愛するひとの楽しそうな笑い声。ふたりで過ごした時間をたくさん思い出して、やっぱり好きだなぁって思ってそうしたら、なぜか涙がでた。理由なんてきっとないんだけどね。
この先なにがあるかわからないけれど、お前を離さない、その笑顔を絶やさない。今までにたくさん涙をさせてしまったことが、俺を大人にしたんだ。お前がくれた幸せを今、ありのままに形にしよう。誓い合っていこう。二人のために、今。ずっと続く幸せを神の前で、約束しような——。
何気ない毎日が
記念日
。
(ねぇ!トイレットペーパー!!!)
(あ?)
(なくなったら補充してってば!)
(ああ、わりーわりー。拭いてやろーか?)
(バカやろうが!!!)
※ 『 ANNIVERSARY/JUJU 』を題材に
※Lyric by『 幸せをありがとう/ケツメイシ 』
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