寿と復縁してから、まだ日も浅かったある日のこと——その日は夜、一緒にご飯を食べに出掛けて、帰りは私の実家まで彼の運転する車で送ってもらった。その帰り際、事件は起こった。
 自宅前に到着し、いつものようにお礼の言葉を添えてから車を下りようとしたとき。「あー」と突然彼が声を上げた。それは私がシートベルトを外して助手席のドアを開けようとしたタイミングと、ほぼ同時だった。

「……ん?どうしたの?」
「あーっと、あの、よ……これ」

 なんとも煮え切らない様子で、顔を反けながら彼から渡された物。それは、どこからどう見ても鍵≠フ形をしていた。

「……なんの鍵?これ」

 どちらかと言えば、無理やり持たされたに近い状態で受け取ったそれを不思議そうに眺めてから率直にそう訊ねると相手はくわっとこちらを見て「どっからどう見たって俺んちの鍵だろうが!」と、まるで大御所のツッコミの如く声を荒げる。

「え」
「それが自転車の鍵にでも見えんのか!?お前の目ん玉には!合鍵だっつの、あ・い・か・ぎ!」

 何故ゆえに私が怒られなければならないのか、と困り果てる。が、彼の顔を見れば暗がりであっても照れていることは明確だったのでなるほど、と自分自身で落としどころをつける。

「怒りながら渡されるものでもないような……」
「うっせーなぁ……いーからもらっとけよ」

 こちらから頭を下げて「合鍵をください!」と懇願したわけでもないのに無理やり、しかも強制的に渡された挙句ウルセェだのいーから貰っとけだのと言われる筋合いはさらさらないが、言った後、大袈裟に溜め息をついてプイとそっぽを向いた彼がなんだか可愛らしかったので、あれこれと文句は言わないでおこうと思った。けど……

「ええー、どうしよう……」
「おい、受け取らねーなんて選択肢はねぇぞ?」

「また強引な……」と呟いてから、もう一度手のひらに乗せられた、その鍵をじっと眺めてみる。そうして、やっぱり何度考えてみても使い道があるのだろうかという疑問が拭えずそのまま「でもさぁ、これ……いつ使うの?」と、問いかけた。

「あ?」
「だって、寿といるときしか行かないじゃない?寿のアパート」

 そんな私の言葉に彼は「はぁぁぁー」とわざとらしくも抑揚つけて溜め息を吐いた。そしてすぐに私の方に身体をぐいっと向けた彼が、やや唇を尖らせ気味にして言った。

「好きなときに、勝手に入っててもいーですよっつー意味だろうが」
「……ああ!なるほどねぇ」
「わかれっつーの、お前何歳なんだよ…ったく」

 そう吐き捨てて呆れている彼を横目に果たして本当にこれを使うタイミングなんて来るのだろうかと考えあぐねる。「私が先に入ってるシチュエーションかぁ。ないと思うけど……」と、なおも納得しないような雰囲気でもらった合鍵とやらを見つめながら呟く私に今度は、ちょっといじけたみたいに寿が、ぼそりと呟いた。

「帰って急に名前がいたら、まあ……嬉しいだろーが」

 かなり可愛らしい発言をしている事に、本人は気づいていないだろうが……しかしそんな言葉に反して、その不機嫌みたいな表情と口の悪さが、可愛らしさを全て打ち消してしまっていて、なんだかもったいないなと思ったけど、素直に言ってしまえばきっと彼はは烈火のごとく怒るだろうから言わないでおこうと、私は口を噤んだ。
 そんなこんなで、とりあえずでその合鍵を受け取ったものの、やはり私の予想通り、それを使う機会もなく、数ヵ月が経ってしまったのだった。


 —


 明日は祝日、という日。寿の職場、湘北高校のバスケ部も珍しく休みということでたまには早い時間から出掛けて、ゆっくりデートでもしようかと約束していた。実は昼間からのデートは本当に久しぶりだったのでデート前日の今日は美容院はもちろんのこと今回は少し奮発してネイルサロンまで予約した。
 ネイルサロンは初めて行ったオープンしたてのサロンだったけれど担当ネイリストさんが気さくな方で話が弾んだ。実家が田舎で酒蔵を持っているとかで、なぜか帰りに、珍しい日本酒を無償で頂けたことに私は浮かれていた。
 しかしネイルサロンからの帰り道、不運な事にお気に入りだった靴のヒールが取れてしまった。代用の靴を近場で買ってしまおうかとも考えたがそのときふと思い出したこと……そう言えば彼氏宅に二足ほど靴を起きっぱなしにしていたはずだって。今日行ったネイルサロンは偶然にも彼氏宅と近かった。腕時計で時間を確認すると夕方の四時過ぎだったのでこのまま向かってしまう事とし財布に入れっぱなしになっていた合鍵の存在を確認して、私はその足を彼のアパートへと向けた。

 到着してアパートの玄関前に立った時このまま帰ろうかと一瞬悩んだ。やはり住人不在時に勝手に入るのに抵抗があったからだ。しかしもうここまで来てしまったしと私は腹を括って鍵穴へ緊張しながらも貰った鍵を差し込んだ。カチャという音が響いて私はゆっくりとドアノブを回す。玄関のドアを開けた途端に、大好きな彼の匂いが鼻を掠めて、私は思わずドキッとする。

「お、おじゃましまーすぅ……」

 誰もいないだろうが、一応そう言ってから中にあがった。カーテンが閉めっぱなしになっていたので、とりあえず開けることはせずにリビングの電気をつけたら意外にもキッチンも綺麗だしベッドメイキングもしっかりしていて驚いた。
 すぐに置き靴に履き替えて帰ろうと思ったのだけれど大好きな彼の匂いに包まれたら途端に睡魔が襲って来た。今日は長い時間、美容院とネイルサロンにいたせいか思ったよりも疲れていたらしく、そのままベッドに背を預け、それをソファー代わりにして少しだけ目を瞑った。
 どれくらい仮眠していたのかは不明だが携帯の鳴り響く音で目が覚めた私は寝ぼけ眼で携帯電話の画面を確認する。相手はこの部屋の主だった。

「……もしもし?」
『もしもし、名前か?いま終わったぜ』
「あ、うん。お疲れ様ぁー」
『おう……つか出るの遅かったな、何かしてたのか?』
「ああー、ん......」

 部屋に勝手にあがったことを伝え忘れていた。なのでそれを説明しようと「あのね」と言いかけたところで私はハッとして咄嗟に「うん、私もいま帰って来たんだぁ」と返した。何となく悪戯心が芽生えて来たからだ。そんな私の心情を知りもしない寿は『へえ、どっか行ってたのか?』と、疑う素振りも見せずに問いかけてくる。

「明日デートでしょ?だから女子力あげてきましたよっ」
『ああ、そういや美容院行くとか言ってたもんな
……え、写真は?送ってくんねーの?』
「ええー?明日会えるじゃん」
『でも、一番に見てーんだよ』

 そんなことを言われて、嬉しくなった私の二ヤニヤしている顔が部屋にある消されたままのテレビ画面に反射していて我に返り思わず苦笑する。そんな中『——あ、そうだ』と何かを思い出したみたいに寿が呟く。

『俺、これから学年主任と飯食ってくるからよ』
「あ……へえ、そーなんだ」
『おぅ、で——帰るときまた電話していいか?』
「うん、いいよ?」
『よっしゃ。じゃあ飯食ってるときはメールとか出来ねーと思うから、帰るときに電話すんな?』

 はーい、と間延びした返事を返して、いったん電話は終話した。
 ……さて、どうしたものか。脅かそうと思っていたのに帰りの時間が分からないのに待っているのもなんだかなぁと考え込む。そのとき目の前のテーブルにあげたままになっていた頂き物の日本酒の瓶に目が行く。

「そんなに遅くならないだろうし……」

 ぽつり、独り言を零して私はキッチンに向かい適当にコップを手に取ってまたテーブルの方へと戻る。せっかくだし少し味見もしてみたかったので、私は晩酌でもしながら寿を待つことにした。だが、これが私の選択ミスだったと気づく頃には時すでに遅し……になるのだけれど。今はそれを知る由もない。

 キッチンから拝借したのは普通の透明なグラスだ。それをお猪口に見立てて一、二杯程度の量を飲むつもりだった。しかし気付けばどんどん酒が進んでしまい、すきっ腹に飲んだせいもあって、自分でもかなり酔っているということは自覚していた。お酒に弱い方ではないけれど、酒豪というわけでもない。まあ人並程度ってところだろう。それでも今の私の体内では、大量のアルコールが駆け巡っている感覚がしっかりとある。ふわふわと浮いた気分に、なんて気持ちのよいこと……。もはやそんな危険信号にも気付けないくらいに、すっかり酔っ払ってしまった私は歯止めがきかず、そのあとも結構の量を飲んでいたと思う。

 そんな中、突如携帯の着信音が鳴り響いてお笑い芸人みたいに「わああああ!」とオーバーリアクションを取ったあと私は意味もなくアハハハと自分の行動にツボっていた。
 そんな事をしている内に着信は切れてしまい、おぼつかない手つきで確認してみれば不在着信欄には「三井寿」と表示されていた。電話を折り返しかけ直そうと思った刹那、ガチャ!!と乱暴に玄関の扉が開く音と同時に「えっ?!」と驚いたような声が、こちらまで聞こえて来た。鍵が開いているのを不審に思ったのだろう。そうしてこの家の住人が玄関に上がったとき、壊れた私の靴と電気の付いたリビングを交互に見ている彼に、「ひーさーしーっ♡」と座ったまま手をブンブンと玄関の方に向けて大きく振ればそれを見た彼が一瞬、その場で固まって、私をじっと見たあと「なんだよ来てたのか」とぽつり呟き玄関に腰を下ろして靴を脱ぎ始めた。すぐに脱ぎ終わって、私のいる部屋に入って来た彼が鼻を抓んで、苦り切った顔で「酒臭っせ!!」と声を上げる。

「ええー?」
「名前、おまえ——飲んでんのかよっ!」

 鼻を抓んだまま大股を広げてごちゃごちゃ言っている彼氏を見た私はフラフラと立ちあがって、その彼の首に自分の両手を回し、「ねえ〜?ブラブラしていい〜?」と聞くが、もはや呂律も怪しかったため寿は案の定、「あっ?」と聞き返す。しかし私は首に手を回したままで、「ほっ!」と両足を浮かせた。突然かかった重圧に彼が「あぶねっ」と言って前のめりしそうになったと同時にその右腕が私の腰に回された事で二人一緒に転ぶことは免れた。
 そのままの体勢でへらへらしたり、あはは、と完全に泥酔状態な私に溜め息を吐きながらも彼はそのまま私を抱きかかえてくれていた。
 ややあって私がジャンプをし、彼の首に回していた手を解き、今度は着ていた上着をバッと脱ぐその行動に「ばっ?!なにしてんだテメエ!!」と彼は怒鳴り、急いで私に背を向けた。

「ええ……暑いんだもん。あ、これ借りるね」

 私は上着を脱ぎ去って床に落とす。そうして、さっさと下も脱いで、ベッドの上に畳んであった彼のスウェットパンツを拝借した。
 上はブラジャーとキャミソール型の黒いインナーを身に付けていた私はお陰様で一気に肌が露出するかたちになった。彼は「着替え終わったのかよ」と溜め息まじりに言いながらも未だ私に背を向けるようにして後頭部を掻いていた。

「終わったよん♪」

 そう返してベッドに背を預け、床にあぐらをかいて座った私に対し、ゆっくり恐る恐るといった感じで振り返った彼は、私の格好を下から上まで流し見てから、プイッとそっぽを向いた。

「勝手に人のヤツ履いてんじゃねーよ……」

 ったく、と吐き捨てた彼は、そのまま脱衣所に着替えに行ったらしかった。間もなくして戻って来た彼に私はにっこにこ顔で「ここ座って、こーこっ!」と隣をバンバン!と叩く。彼は少し困っているのか迷っているのか、そんな戸惑いのような表情を見せた後、仕方なくという感じでどかんと私の隣に腰を下ろし私同様にあぐらをかいた。

「ねえっ!!見て見て!!」

 私はバッと両手を彼の目の前に翳してみせて、フルフルと手を振り今日施してもらったネイルを自慢げに見せた。「あ?」と目を細める彼に「ネ〜イ〜ルっ!」と言えば「ああ、可愛い可愛い」と適当にあしらわれる。ムッとした私はすぐに彼の手を取り自分の手首を無理やり持たせて言う。

「ちゃんと見て!!」
「……わーったって、見た見た」

 そのときふと、私の視線は彼の指先へと向く。そのまま彼の手をそっと持ち上げてその長い指先にチュッチュと、わざと音を立ててキスをした。「ば…っ?!なにしてんだ!!」と彼は当たり前に驚いて手を振り払おうとするが、私はぽつり、「ええ……?綺麗な爪ぇ……」と、呟いた。そのまま指先にキスをしている延長で彼の爪先を口の中に入れてしゃぶり付く私が彼を見上げれば睨むように眉間に皺を寄せ、私を見下ろして言った。

「……名前、勘弁してくれ……」

「えっ!?」と言って私がパッと口から指を抜き彼を見上げれば一つ大きく溜め息をついた彼が、「……どんだけ飲んだんだよ」と、呆れながらもテーブルにあがっていた日本酒の瓶を持ち上げ、残りの量を傾げながら確認しているようだった。

「いーっぱい飲んだの!いーっぱい!」

 そう言いながら、がばっ!と隣に座る彼に抱き着く私に抵抗するのを諦めたのか、そのままされるがままやはり呆れ顔で「だろうな」と呟く寿。

「ひさしぃ〜、元気だったあ?」
「ああ?......一昨日も会ってんだろうが」
「名前、酔ってまあ〜す♡」
「だろうよ、誰がどう見たってな」

 彼女は俺の肩に腕を巻き付けたまま今度は俺の顎を指先で擦っている。もう言葉にするのも面倒だが一応思った感想のまま「おまえムチャクチャ酔ってんじゃねーかよ…」と吐き捨てれば彼女はしゃきっとして「酔ってらいよってないっ!!」と俺の目を見て言った。

「呂律回ってねえだろーが」

「酔っ払いはな、決まってそう言うんだよ!」と溜め息混じりに言ったあと、俺は水を持って来てやろうと立ち上がる体勢を取る。が、彼女に勢いよく、ぐいっと腕を引っ張られその勢いで彼女のほうへと倒れ込む展開になった。

「ばっか!危ねっ?!」

 俺は彼女を跨ぐように挟んで、両腕をベッドの縁につく。突然、至近距離に彼女の顔があって、物欲しそうに俺を見上げるその瞳から逃げるようにして勢いよく俺は距離を取って離れた。

「……水持ってくるだけだっつーの、バカ野郎」
「だっはっはっはっはー!!」
「ああ?」
「水ぅ!!?!?!」
「ダメだこいつ……」

 謎にウケてやがるしな……ああ、終わってる。俺の肩に腕を回して来て未だ「みずぅぅ?」とか言いながらバシバシと加減もしないで叩いてくる彼女を横目に俺は、どうしたもんかと頭を捻る。しかも露出狂なのかと言いたくなるような格好のままベタベタとくっついてくる始末。

「ひーさぁーしぃーーー」
「……ンだよ」
「チューしよ、ねえ。チュー」

 驚愕して勢いよく見やればタコみたいにブチューと唇を尖らせて目をぱちくりとしている幼馴染兼、恋人。次いでブッハハハハ!と、顔面を破顔させて一人でツボって自分の膝を叩きながら笑っているその姿に、マジおっさんみてぇ…と呆れ果ててこれ以上言葉を発するのも嫌になってきた。どんなに惚れている女とは言えここまで酔っ払いと化した人間に欲情するわけもなく、俺は案外、常識人だったんだなと改めて思えば、自分を今は褒め称えてやりたい気分だった。

「……しねえよ、アホ」
「ええ?なんでよー、しよーよ」
「しねーって!そもそもンなに酔っ払ってて明日記憶ねェとか言うんじゃねーぞ?!」

「ホラ送ってくから上着着ろ」と言ってベッドの縁を支えに俺が立ち上がったとき、今度はさっきよりも弱い力でギュッと手首を掴まれた。立ったまま見下ろした先には、酒のせいで目を潤ませている彼女と、その下着の上に着ている薄い一枚のインナーから見える胸の谷間——思わずゴクンと生唾を飲んだ俺はすぐにさっと目を逸らしてまた床に座り直した。そうしてすぐに、ベッドの上にあった俺のスウェットの上着を、ボフっと頭の上からかけてやった。

「なにー!これー?」
「乳見えんぞ、それ着ろよ」

 はぁと心底から溜め息を吐いて俺は立ち上がり今度は彼女の目の前、テーブルを挟んだ床にドカッと座り込む。そのテーブルに肩肘で頬杖をつくと突如アハハ!と甲高い笑い声が耳に届いてきて俺はジト目で彼女を見やる。

「乳〜?乳見えちゃう〜?」
「ああ……早く着ねえと揉むぞ、その乳」
「チッチッチーってね!乳だから♪」

 何がおもしろいのか、また一人でツボっているその姿にげんなりしていたがそんな俺を無視してまた側に寄ってきた彼女がギューと横抱きで抱きついてきた。

「はぁ……今度はなんだよ」
「………。——っていい?」
「あ?」

 聞き取れず彼女の方に顔を向けて聞き返せば、俺を見上げるように抱きついたままでぽつりと、「泊まってっていい……?」なんて言った、その艶のある唇をじっと見つめたまま、俺は固まる。
……いやぁ、泊まるっつってもなぁ……。

「ねえ、寿……ダメぇ?」

 と、考えあぐねている俺の気も知らないでそう問う彼女に、また小さくため息を吐いた。
 いくら酔っ払っているとはいえ、ずっとこんな調子のこいつと一夜を共にするのはさすがに危険だと思ったからだ。俺らは確かに、世間一般的に言えばカップル——そうだ、恋人同士と言う枠にはなるけれど、まだ寄りを戻してから身体の関係を持っていないのも事実だ。
 彼女とは高校時代にそういう事をしただけで、要は何年か振りなわけだし……ただの恋愛ごっこと違ってなんと言うか、久しぶりに触れ合うのに適当な流れで一発ヤッて、はい終わりなんて事にはしたくなかった。
 ……まあ、彼女がそこのところをどう思ってるかは知らないけれどあくまで俺はそんな感じだ。だからこそ、こんな状態のこいつと長い時間いればいただけ多分どっかのタイミングで俺の理性が吹っ飛ぶ瞬間がくることは、容易に想像できる。
 ふぅ、ともう一度息を吐き俺は密やかに「……いや、名前」と、囁くように言う。

「今日は帰ろうぜ?」
「えー」
「明日久しぶりのデートだろ?ゆっくり準備してーんじゃねぇの?女子は特に」

 出来る限りの優しい面持ちで言ったつもりだ。けど彼女は明らかにシュンとした感じで大袈裟に俯いていた。また一つ大きく溜め息をついた後に俺は彼女の頭に手を乗せ「な?」と、諭すように顔を覗き込んだ。瞬間、思い切り顔をあげた彼女が眉間に皺を作って声を張る。

やらヤダ!!」
「イヤじゃねえ……帰るぞ、ホラ」
やらぁヤダぁーーーっ!!」
「お前はトトロに出て来るガキか!!」

 俺がくわっ!っと思わずツッコミを入れたまさにそのとき——俺をバン!と押し倒して俺の上に豪快にも跨ってきた元カノ、もとい現在の恋人。俺は目を細めながら彼女を下から見上げて低い声で「オイ……」と言った。

「んん〜?」
「テメェよ覚悟できてんだろうな、名前……」

「覚悟って〜?」と言ってニコ〜っと笑い、事もあろうに俺の首筋に顔を埋めてきた彼女に「ちょバッ!!バカやろ!やめろっ!」と抵抗する俺を置き去りにチューと、音を立てて首に吸い付いてくるのを、ぐいっと力一杯自身から引き剥がす。

「ええー?」
「えぇ?じゃねえ!まじ焦った、いまキスマーク付けようとしただろーが、テメェは!!」
「んーー、ダメぇ?」

 俺は彼女を押しやりながらガバッと起き上がって「ダメに決まってんだろーがよ!」と当たり前に言い返す。それでも小首を傾げながら「どーしてぇ?」と問う彼女に抑揚つけて言った。

「どーしてぇ?ンなもん考えなくてもわかるだろーが、目立つだろ首なんかに付けたらっ!!俺は教師なんだよバカヤロウ!」
「ほほーん、大人になったのだね寿くんはっ!」
「……はぁ?」
「だってぇー、高校のとき寿に付けられたよー?わたしぃ〜」

 その言葉に俺が顔を顰めて彼女を凝視すれば、へらっと笑って「ここら辺にっ」と言い、自分の首筋を細い指でトントンと叩いた。よくもまぁ、そんなこと覚えてやがるなと感心しつつも溜め息混じりに言った。

「……酔っ払ってても、そーいうのだけは覚えてんのな」
「覚えてるよー、やめてって言ったのに寿が吸い付いてきてさぁー」

「隠すんじゃねーぞ男避けだーとか言ってさー」と付け加えながら体育座りをした彼女は膝を抱えてベッドを背にしてゆらゆらとまるで起き上がり小法師みたいに、上下に身体を揺らしている。

「あれはなんつーか、付けてみたかったってのもある……」

 面食らって俺もベッドを背に、あぐらを掻いたまま正面を向いて素直にそう応える。「だろーね♪多感な時期だったしね!寿っ」と笑顔を向けてくる彼女に「……オメェもな」と言い返したら、フフフ、なんて気持ち悪い笑いを残して彼女は、今度は左右に身体を揺らし始めた。しかし、俺の肩にちょいちょいぶつかってくるのは意識的か、無意識か……次の瞬間すくっと立ち上がったかと思いきやボフン!とベッドに身を投げた彼女。

「ねぇ寿、来て来てっ!」

 見れば横向きに寝たまま俺を手招きしている。俺は戸惑ってそのまま溜め息を吐いたあと、渋々立ち上がり彼女に背を向けるようにしてベッドの縁に腰を掛けた。すると今度は真後ろに移動して来た彼女が俺の首に両腕を回す。そうして、顔を寄せて来ると楽しそうに「でもね」と、言った。

「実はあのとき私が先に仕掛けたんだよーぅ?」
「あん?仕掛けたって?」
「うん。寿の部屋でさあ、チューしたの私から」
「……そうだったか?」
「うん、そしたら私のリップの色が寿の唇にもついちゃってぇ。あーあ、ついちゃったあ〜って、私が言ってさ」
「……」
「女避けだよって、私が先に言ったんだよね?」

 俺の首に腕を回したまま上下にゆらゆらと揺れる彼女に合わせて俺も少し反動で、身体が上下に揺れる。

「そしたら寿がさあ、首に吸い付いてきてぇ〜、あーあ、付いちまったなぁ——痕。って」
「……」
「ちょうどいい、男避けだ、隠すなよって」

 あっはっはー!と、今の会話の中で何がおもしろかったのか彼女はまた一人で笑っていた。それでも「私、一週間ずーっと授業中もマフラー巻いてたんだからねっ!」と、俺の顔をぐっと覗き込む。じーっと彼女を見据える俺にへらりと笑ったあと彼女はまた、後ろのベッドにダイブした。

「寿〜、ひーさーしー、ひさ……」
「っンだよっ!!ったく、うっせーなぁ……」

 俺が言葉を遮ってガバッと勢いよく振り返れば彼女はきょとんと俺を見やってまたニコッと微笑んだ。俺は思わずゴクンと息を呑む。

「ねぇ……腕枕してぇ?」
「……はぁ?……ヤダっつーの」
「ええー、お願いっ」

 俺が正面を向き直ったあとも「お願いお願い、お願いしますっ!」と懇願している彼女に根負けして俺は仕方なくベッドへとあがることにした。すでに横になっている彼女をぐーっと壁の方へと押しやって距離を取り俺はとりあえず背を向けて横になった。今なら絶対に言われると思ったが、案の定「こっち向〜いてっ」と俺の背中を、ツンツンと突いてくるその行動に苛立ちが募る。

「襲うぞ」とか「誘ってんのか?」なんて言葉を投げ掛けたところで、この酔っ払い女はきっと「いいよっ!」と即答しそうだったしいくら酔っ払いとは言え最愛の相手——大切にすると誓ったのにも関わらずこんな簡単な事で流されるわけにはいかないと、だんだん俺の頭の中はパニックでショート寸前になってくる。それでも、俺の心底惚れているこの酔っ払いは「運命の人よ〜」だの「白馬の王子様よ〜♪」なんて歌いながら、俺を煽り倒してくるわけで……。
 俺は一旦、彼女と向き合う体勢を取った。それに気をよくした俺の幼馴染、元サヤに戻った現、恋人はせっかく俺が理性を保つために押しやったその距離を軽々と突破して来て無防備にも身体をぐいっと近づけてくるわけだ。

「腕枕っ!」
「……ああン?」
「してっ♪」

 フフフとまた不気味な笑みを俺に向ける彼女をジト目で見やって俺は心底めんどくさそうに舌を打ち鳴らした。そうして腕を伸ばし、彼女の顔面めがけてボン!と乗せてやった。ぐっふ!と色気のない声を発し自分で頭を移動させ俺の伸ばした腕にその頭を乗せた彼女はそれはそれは満足そうに満面の笑顔を俺に向けて来る。それを見送って目を瞑ったままの俺をじーっと見ているであろう視線が目を閉じていても痛いほど伝わって来た。

「——お前もう」
「ん〜?」
「俺のいねぇとこで酒飲むんじゃねーぞ……」

 目を閉じて眉間に皺を作ってそう言えば、わかってんだかわかってねーんだか「うん!わかったぁ」と明るく秒で即答した彼女に思わず、「全然わかってねーだろうが」と言いいながらも俺は、目を閉じたままで溜め息を吐いた。それから沈黙が続いたのでついにこの酔っ払いが寝てくれたのかと思った刹那——目を瞑っている俺の唇に柔らかい感触が当たった。それは、考えなくても彼女の唇が触れたのだとすぐにわかった。無反応をしていても俺は思わず口元が緩んでしまい、それを見ていたであろう相手がクスクスと笑っている声が耳に響く。
 もう一回しろと言わんばかりに、俺がそのまま黙って待っていると今度はそんなこっちの様子を伺っているのか、息を殺して俺を見ている気配をすぐそばで感じた。

「……、オイ。」
「……?」
「もう、してくれねーのかよ……」

 言って目を開けた俺が彼女に覆いかぶさって、無防備に投げ出されていた小さなその手に自分の手を重ね合わせて握れば見下ろした先に——頬を赤らめて笑った彼女がその手を恋人つなぎに切り替えた。
 俺はそのまま愛しい酔っ払い悪女に触れるだけのキスをたくさんたくさんお見舞いしてやった。

 昔から俺にだけは隙だらけで無防備な幼馴染。手を伸ばせば届くところにいるのに——なぜか、やっぱり俺は、その一歩先に踏み込む事をまだ、躊躇っているのだった。










 ま で あ と 何 秒 ?



(どうしろってんだ、この状況……)


※ おまけ ↓






 まどろむ視界の中——目を覚ました私は見慣れない場所にいることに気が付いた。自分の物とは明らかに異なるシーツの感触と匂い……間もなく夜が明けるのかうっすらと明るくなりかけている暗がりの視界に目が慣れてきてあたりを見渡せばベッドの縁に、背をつけるように床に座っている人影を発見した。ズキズキと痛む頭で少し考えてみようと私は必死に想像を巡らせる。

 ——予想@
 私が知らない人に拉致られて、その人の家に連れ込まれ、上着を脱がされて薬を盛られてヤラれちゃいました。
 ——予想A
 実はここは、お父さんの部屋でした。お風呂に入るため上着を脱いだ私が脱衣所でぶっ倒れて、お父さんが運んでくれた。……なのでそこで寝ているのはお父さん。
 ——予想B
 ここは寿のアパート。美容院とネイルサロンを終えた私が合鍵を使って、部屋の中に侵入。寿の帰りが遅くなったためネイリストの方から頂いた日本酒を開けて、酔っぱらった私を寿が介抱してくれた。

「……予想、三番ですかね?」
「それ以外に、ねぇだろうが」

 ぎょっとして私はガバッと起き上がった。が、ズキン!と痛む頭を抱えながら「痛った……頭、痛いっ!」と疼くまる私のそばから「……チッ」と言う舌打ちが聞こえた。脳が掻き混ぜられた?というレベルの頭痛を振り切って急いでベッドから下りた私は今そばで声を発したであろう相手の方をギギギギと壊れたおもちゃの如く首を巡らせて見やった。その人物は、過去に怪我をした方の膝を立ててそれを抱えるように頭をうな垂れさせていた。ややあって、顔をゆっくりとあげた彼とパチリと目が合う。私は固まっていた身体を勢いよく動かして、彼の真横にぺたりと座り込んだ。

「ごめん!!」

 両手をパンッ!と目の前で合わせて謝罪すれば「どれに謝ってんだ?」と不機嫌そうに言い放つ彼に対し「ええーっと……」と未だズキズキ痛む頭を捻って考えても、日本酒を飲んだ先から全く記憶がないと言う事態。
 私って、こんなにだらしなかったっけ?お酒、こんなに弱かったっけ……?わたくし、何をしでかしてしまったんでしょうか——と困惑している私をチラと流し見た彼が溜め息を吐いたあと仕方なく教えてやるよと言いたげにあからさまに嫌な顔をしながらも、しぶしぶと説明してくれた。


 —


 何度も角度を変えて唇を這わせる中、それでもギリッギリ、ほんとギリギリのとこで理性を保とうと俺は舌は入れずにいた。なのに、コイツ……

「——??!!?!」
「寿……ッ」

 いきなり大胆にも舌を入れてきやがった。それから逃れるように唇を離そうとした俺の首にがっちりと彼女の腕がホールドされていて、身動きが取れない。「やめ……!名前、ゴラぁ!!」と甘い雰囲気なんてどうでもいいみたいに必死に抵抗する俺をフルシカトで「寿……っ」と吐息混じりに囁く彼女の声が耳に掛かって、背筋がゾクっとした。彼女の両足が巻き付いていてそれから逃れようと動き回る俺の下半身。両手をぐっとベッドに付いて、今出せる最大限の力で身体を引きはがそうとしても彼女の足がそれをさせてくれない。しかも首にしっかりと腕が回されているため上に身体を引き上げようとしても真下にいる彼女の方へと重力が傾いてしまうのだ。
 ニヤニヤとしながら、俺からようやく唇をゆっくりと離した彼女が俺に組み敷かれたまま、俺の瞳の奥を覗き込む。無駄な体力を使ってしまったことでハァハァを通り越してゼェゼェと息継ぎをしている俺の荒い息遣いが部屋の中にこだましていた。

「ねえねえ……寿?」
「……ッ、ああ?!」

 首に両腕を回したままで彼女がその瞳を潤ませながら艶っぽく「大っきく——なってるよ?」と囁いた。一瞬固まった俺が「……は?」と腑抜けな声を発せば彼女はにっこりと笑って「寿の」と言いチラっと俺の下半身付近に目配せした。それに俺の顔が、カァァァと一気に熱を帯びる。
 ——おかしい。こんなことを易々と言うタイプじゃなかったはずなのに。俺の知ってる純真無垢だった幼馴染はいったい……どこ行った?いくら酒の力とは言え——いや、待てよ。俺の知ってる幼馴染は高校生≠ワでだ。そりゃ今はもういい大人になってるわけだよな。酒だって今日初めて飲んだわけでもあるまいし。と、なると。大人になったこいつの酒事情——飲んで酔っ払ったスタイルがこれ、なのか?
 ——いや、でも。だからって、ここでこのまま流されて抱くわけにはいかねぇ。絶対に朝起きて記憶がねェとかはじまるんだよコイツの場合は。それくらいは、高校時代までの彼女しか知っていない俺にだって、容易に見当がつく。

「名前……」

 密やかに名を呼べば、なおも「ん?」と潤んだ瞳でこちらを見上げる彼女をじっと見つめながらデートのために綺麗にしてきてくれたであろう、その髪の毛に指を絡めてくるくると弄びながら、至近距離で「高校生から成長したおまえよ……」と呟けば、彼女がゆっくりと瞬きをした。

「エロ過ぎだっつの……」

 ちゅっ、と触れるだけのキスを送れば、途端にニヤリと笑った彼女が「イヤ?」と囁いた。そうして、俺の返事も待たずに「嫌い?こういうの」なんて聞くから——俺は目を細めて彼女を見下ろして髪を弄んでいた手を今度は、彼女の後頭部に乱暴に回し、唇にキスをする距離で言った。

「——大好き。」


 そのまま俺たちは息継ぎも忘れるほどに互いの唇の熱を求め合った。
 酒で酔ってるせいかキスをしているだけなのにいつもよりも甘い声を容赦なく口の端から漏らす彼女にこっちまで酔ってしまいそうだ。
 俺の舌についてこようと必死になればなるほど誘惑しているようなその顔が声が——露出されている事で自然と触れ合ってしまう彼女の肌の熱が俺の理性のパラメータを、一気に振り切らせた。

「んん、……はっ……、ひさ——」
「……チッ。……もう、知らねぇぞ……ッ」

 必死に相手の舌を求めながら、彼女のそのインナーシャツの中、背中に腕を滑らせてブラジャーのホックに手をかけたとき——唇を合わせていた刹那、彼女の動きがピタリと止まった。俺は顔を離して「……、名前?」と、呼びかける。

「……」
「オイ……、名前!?」

 まさかの……爆睡しているという事態。キスをしながら爆睡しやがる奴がどこにいるんだ!?と目の前の酔っ払いに対して思わず「ふざけんじゃねえ!!」と叫んだ俺の声が、虚しく室内に響き渡る。それでも全く起きる気配がなく幸せそうに何語か解読できない寝言を呟きながら、俺に背を向けて寝た彼女に面食らってしまった俺。
 このまま一緒に隣で寝ていても、きっと変な気しか起きてこないだろうと思った俺は、ベッドを降りて、床で寝ることにした。それでもやっぱり寝辛くて一度身体を起こした時モゾモゾと動く気配をベッドの上から感じて思わず舌打ちをした。次いで、きっと自分の頭の中だけで会話をしているつもりだったのだろうが唐突に「予想いち…」と語り始めた酔っ払い淫乱女に俺はもう、溜め息すら出なかった。


 —


「ほんとに……ごめんなさい」
「謝罪してほしいことが山ほどありすぎるぜ」
「ほんっとーに、すみませんでした……」

 もはやこのまま寝下座でもしはじめるんじゃねーか?というほどに床に額をつけて謝るその姿に俺はフッと鼻先で笑って「もういいって」と言いふわぁ〜と欠伸を遠慮なく声に出しながら両腕を天井に高く突き上げて伸びをする。その時ぽつり「寿……」と名前を呼ばれ「あ?」と聞き返せば彼女があからさまに落ち込んだ顔をして言った。

「明日、さ……」
「もう今日だろうけどな」
「あっ、今日……私とデート……してくれる?」

 もう夜が明けたのかはっきりと見えたダメージを喰らっています的なその彼女の表情を見て俺は小さく溜め息を吐き、そのうな垂れるように下げている頭にポンと手を乗せ「いいけどよ?」と、半笑いで言えば彼女は俺をチラ見して「ハイ……な、なんでしょうか……」と問う。

「まず風呂入ってきた方がいいぜ?」

 彼女はギクッ、という分かりやす過ぎるリアクションを取ってから「たしかに」と小さく呟き、ゆっくりと立ちあがると「シャワー……、借りていいかな?」と一応こちらに伺いを立ててきた。

「あ?どーぞ?」

 言いながらコクンと頷いた俺を待って、申し訳なさそうに脱衣所に向かって行った彼女の様子をこの位置から眺めていて脱衣所の電気がパチン!とついたと同時に先走った俺が我慢できずに噴き出してしまう。そんな俺の様子には気付くはずもない酔っ払い淫乱女の「ギャアアアア!!!!」という叫び声が聞こえてきた途端、俺はガハハ!と大声で押さえていた感情を、全面に出しきる。
 しょぼくれて脱衣所に向かったはずの俺の最愛の相手はズカズカと踵を鳴らして俺のいる部屋へ戻ってくると、入口横の部屋の電気のスイッチをパチンと点けて声を荒げた。

「寿っ!!なにこれっ!!?なんでこんなことになってんの!!?」

 顔を真っ赤にして激昂する理由はきっと彼女の首から下、鎖骨付近から胸までかけてびっしりと俺がつけた赤い愛の印——キスマークで埋め尽くされた、それについてなのだろうけれど。

「あのね!今の時代、高校生でもこんなんしないんだからねっ!?」

 矢継ぎ早に「どうすんのコレ」とか「コンシーラーで隠しきれないじゃんっ!」とか言いながら慌ただしくパタパタしている。

「首より下に付けてやったんだから感謝しろよ」
「そーいう問題じゃないでしょーが!」
「豹柄みたいでいいじゃねーか」

「大人になって肉食になったお前にピッタリだ」と付け加えてやって、彼女を座ったまま見上げた俺はフッとひとつ鼻で笑い口の端を吊り上げた。

「男避けに丁度いいだろ」
「——んなっ……?!!」
「酔っ払いの、淫乱彼女にはよ?」

 言い切って勝ち誇ったような顔をする俺に彼女はさらに赤面して、ぐっと言葉につまったあと、フン!!と顔を反けバスルームへと鼻息荒く向かって行った。
 バスルームの方からは延々と俺の悪口がもちゃもちゃフニャフニャと聞こえてきた気がしたが、それをBGMに俺は、自身のベッドに潜り込んで、夢の中へと落ちて行ったのだった。










 甘いだけ残して



(え?!もしかして私達……ヤ、ヤっ……)
(あ?ほら、最後まで言ってみろよ酔っ払い)
(えっと、その、交わったので、しょうか……?)
(交わったって……さあ?どうだかな)
(えぇ!??!!?)
(ふはっ、安心しろ。まだ・・、交わってねーよ)
(あ〜よかったぁ!!安心したぁ〜)
(ったく。覚えとけよ、酔っ払い淫乱女が……)


※ 『黒毛和牛上塩タン焼680円/大塚愛』を題材に

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