月曜日の朝、目が覚めて上半身を起こした俺はベッド横のカーテンをシャッと開け放つ。窓から射しこむ眩しい光に射抜かれて思わず片目を瞑れば条件反射で出てしまう舌打ち。

俺の腕で名前が眠る夢を見た。そう言えば……大学時代や社会人になってからもこんな夢をよく見たなとふと思い出す。

高校を卒業後、新生活に追われながら、もう会えなくなってしまったけれど、名前との思い出をめくって勝手に近くに名前を感じて励まされてた。夢の中だったとしても——名前と過ごせればそれだけでよかった。

そんな夢を見た日は決まって目が覚めても夢が醒めないままで心が名前で満たされていく気がしていた。それでもあの頃は……ああ、目を覚ましてしまったのかと思うたび胸が苦しくなった。けどあの頃と違って今は枕元の携帯を手に取ってアラームのスヌーズ機能を切れば携帯に映る名前からの通知を開く時間に自然と笑顔になれる。

よいしょと心の中で呟いてベッドを降りて顔を洗いに洗面台に向かう。床に置いたままでいた『週刊バスケットボール』に躓いて、またひとつ舌を打ち鳴らした俺はそれをテーブルの上に乱暴に放り投げた。今日からまた一週間が始まんのかと思わせる憂鬱な気持ちも家を出て職場に向かうまで通勤の道で開く名前からのメッセージ。

『じゃあ、土曜日の三時にいつものカフェでね!おやすみ〜』

なんて文章のあとに趣味の悪いスタンプが添えられたメッセージを何度も見返して名前と会う日を思い浮かべれば、いつもの道に優しい風が吹いて心を弾ませながら今日が始まる。


高校三年の冬、別々の人生を選んで別れた、一生一緒にいると誓った幼なじみの最愛の彼女。成人式で一度、久しぶりに会って以来、大学の頃も連絡は取らなかったし会ってもいない。

そして大人になって、また偶然巡り合った初恋の相手。お互い婚約者がいて、なんやかんやでそいつらとも別れて今ではまたその初恋の相手が晴れて彼女≠ノなった、というわけだが……。

そう言えば……お互いに「付き合おう」とかいう言葉もないままで、まあこれって付き合ってるんだよな?って雰囲気でやり過ごしている。

あの日、お互いの気持ちが通い合ったあの思い出の海で、俺は一世一代の告白、というか……むしろプロポーズにも似たような言葉で気持ちを伝えたつもりだったが名前にはちゃんと届いていたのだろうか。言ってしまえば彼女に触れたのだって、あの日……あの海に行って死に物狂いで探し回ったお揃いのストラップをあいつに渡した日以来ないんだよな。キスはもちろんのこと、手だって繋いじゃいねえしよ……だってよ、なんか俺からはいけねえもんな、名前が神々しいんだよ、冗談抜きに。

ずっと想っていたからなのか、もう絶対に一緒の道を歩むことは出来ないのだろうと、諦めていたからなのか……なんか芸能人と付き合ってるみてえだ。いやマジで。しつけえようだがこれ、冗談抜きに。

また彼女の特別な立ち位置になれたことに現実味がねえって言うか、なんか……ずっと夢見てんじゃねえのかなって思っちまうくらいだ……まあ、夢ならどうかこのまま醒めないでくれって感じだけどよ。なんかそう易々と触れたらいけねえよなって心のどっかで予防線張っちまってる自分がいるんだよな……。








「ミッチーおはよう!!」
「オイオイおはようございます≠セろーが」

生徒より早めに学校に着いて校門前で生徒の登校を出迎える。

「ミッチーどうだ?髪染め直してきたぜ♪」

バスケ部の問題児、あの頃と同じ赤髪で坊主頭のパワーフォワードが今世紀最大級に信号機みてえに真っ赤に染め直してきた頭を撫でおろしながらドヤ顔で言い放つ。

「バカ野郎!堂々と校則違反してんじゃねえ!」
「なにィ?かっこいいだろう?」
「…ったく。黒染め貰いに生徒指導室行けよー」
「ちぇッ……わかったよ、バカミッチー」

母校の元不良≠フレッテルななんだったのかと言いたくなるが先月から生徒指導の主任を任されてこうして校則違反の生徒を指導しているわけだ、が……偉そうに指導してるこの俺が実はお前らなんかよりもここ、湘北で悪いことしてました、なんて言えるはずもなく。俺は思わず小さく自嘲した。

「三井先生!」
「……はい!」

 校門前にいた俺の元へ教頭先生がやってくる。

「陵南高校からお電話でしたが折り返しにしましたよ」
「あー、はい。たぶん練習試合の件ですね」
「おっ、そうですかあ。学校新聞にも掲載しないといけませんねぇ」

言って、にこりと微笑みを残して校舎へと戻る教頭先生の後ろ姿を見送りながら「みっちーおはよ〜!」という生徒の声に振り返り「おう、急がないとチャイム鳴んぞー」と促した。俺って改めて思うと幸せ者だよなあ……過去の黒歴史を塗り替えるかのごとく、こうして今ではその問題ばかり起こした母校で教師やってんだもんなあ。自ら志願したとは言え自分が所属していたバスケ部の顧問まで出来るなんて。

そんなことを考えていたらキーンコーンカーンコーンという予鈴の合図と共に三年生の有名カップルが仲睦まじく正門を潜り抜ける。

「おい、イチャイチャゆっくり歩いてねえで急げ。予鈴鳴ったぞ?」
「みっちー、セクハラ〜」
「ああ?」

「イチャイチャだって」と、クスクス笑いながら男子生徒に腕を絡ませて言う女子生徒に思わず過去の自分を重ねて笑みがこぼれてしまう。そんな俺を見て男子生徒が「なにニヤニヤしてんだよ、みっちー」なんて、つっこみを入れて来て口元をぐっと引き締めた。

「してねえ! ホラ。急げよー」

片手をひらひらと翳して見送れば楽し気に未だ笑いながら走ることもせずゆっくり校舎へと向かう二人の姿に溜め息がこぼれた。俺はここにいるだけで、名前のこととかバカやってたくさん喧嘩して笑い合ったアイツらとの思い出をめくって幸せな気分になれる。やっぱり俺は、幸せ者だな。








今では俺が前の婚約者と住んでいた部屋から別のアパートに引っ越して新しい土地で独り暮らをし、名前は実家で父さんと一緒に暮らしている。学生のころとは違って毎日学校で会えるという環境ではない今、会うためには互いの予定を照らし合わせたりなんかして約束を取り交わさなければならない。高校時代、あたりまえに毎日のように会えていた俺たちは大人になってからいざ恋人同士という関係に戻った途端にまずは連絡する頻度やらその内容やら、しまいには出かける場所や時間なんかにまで無駄に神経質になってしまっている。社会人のモラルというか礼儀というのか常識というべきか……。

そんな高校時代の恋愛に比べてみれば壁とも言える気遣い≠一丁前に学んでしまい、お互いに遠慮することも多くなってなんだか童貞と処女みてえな初々しいお付き合い≠している真っ最中だ。こちらから毎度のごとく「次、いつ会える?」、「今日は何してる?」とメッセージを送るのもなんだかこっずかしいし、あまり身勝手に送ってしつこいと思われるのも嫌だしな。

それでも学生時代と比べて大きく変わった変化と言えば俺が職場、湘北からの帰り道に必ず一本、電話を入れるという習慣だ。まあ……つっても「今から帰る」、「お疲れ様」と冒頭に言い合って一、二分話す程度で電話は終話してしまうのだけれど、それでも欠かさずに電話をする理由は単に俺が名前と少しでも繋がっていたいからだ。

大人って……どうやって恋人関係を構築していくのだろうか。会う頻度や連絡の頻度なんかはどのくらいなんだろうな。

俺は中学時代は名前が常にそばにいて高校は(闇の二年間は省いたとしても)名前とずっと一緒にいたから女と付き合ってからの会う頻度とか、どこに遊びに行くとか実際のところよく分かんねえ節がある。本心を言ってしまえば俺は毎日でも会いてえし俺の住んでるアパートからあいつんはそう遠くねえし。

「会いたい」と、ひとこと言ってくれれば俺はいつだって飛んで行くんだけどな。なんてことを悶々と考えてしまうくらいに俺はやっぱり昔からあいも変わらずに名前に惚れてしまっているんだろうなあ……。








「ミッチー、じゃあな!」
「みっちー、お疲れ様でしたー!」
「おぅ、気ィつけて帰れよー」

今日もハードな練習メニューを熟したバスケ部の部員が体育館を出て行く。しばらく職員室の自席で日直が置いていったであろう日誌に目を通している最中、体育館で自主練をしていたであろう富ヶ丘中から推薦で入って来たスーパールーキーが職員室に入ってきて部室の鍵を俺に手渡した。

「おう……。終わったのか?」
「……ウス」

中学最後の試合を観に行って試合後の帰り際に声をかけた彼が推薦の願書を提出してきたと聞かされたときは久しぶりに胸が熱くなった。が、その志望理由が「近かったかららしい」や「入試が面倒くさいかららしい」なんて噂を聞いた瞬間、思わず溜め息をついてしまったのは記憶に新しい。

「……先生、」
「あ?」
「明日、個別で指導して欲しいです。」

口数の少ないスーパールーキー。中性的な今どきの顔で学内ではまあ、モテる。過去の中性的なツラ構えのスーパールーキーを思い出して椅子に座ったまま腕組みをしてその生徒を見上げてみれば不服なのか、もともとそういう顔なのかは定かではないが目つきの悪い瞳がチラッと俺を見下ろす。

「いいけど、手加減しねえぞ?」
「全力で、お願いします。」

言って、くるりと俺に背を向けた彼がすたすたと職員室を出て行ったところで俺の今日の仕事が終わる。今日はスーツを着て来たのだがもう帰るだけだからと思い「めんどくせーからいっか」と、ひとり言をつぶやきながらバスケ部のジャージのまま職員室を出た。

前は湘北までマイカーを使用していたが今は高校時代に使っていた駅のひとつ前の駅で降りた先に俺の住むアパートがある。なので生徒と同様にバスか電車を使っている。

母校である現在の職場、湘北高校の正門を出たところで一応周りを見渡して生徒がいないことを確認すると俺は携帯をポケットから取り出し通話履歴の一番上の相手へと電話をかけた。三回目のコールで出たその聞き慣れた癖のある声に思わず頬が緩む。

「……もしもし?」
「ああ、……名前か?」
「うん。」
「今、帰るとこだ。」

言いながらふと夜空を見上げてみれば今日は天気が良かったからか空には満点の星が散りばめられていた。

「そっか……うん。お疲れさま」
「おう……あー。いま、どこだ?家だろ?」
「え……?」

電話の向こうできょとんとしているであろう彼女の表情が目に浮かび「ふっ」と鼻で笑えば「えーなんで笑ったの?」と楽しげに聞いて来たその柔らかい笑い声に思わず「会いてえ」と口をついて出そうになって、ぐっと抑えた。

「外、」
「……ん? 外?」
「……星すげえから、出てみれば。」

中学生かよ!って自分で自分につっこみたくなる程のその言いぐさに自嘲する。そんな俺の姿が見えるはずもなく、名前は「ああー」と、とりあえず相づちを打っている感じだった。

……まずい、このままでは電話が終了してしまう流れだ。なにかとりあえず、会話を繋げなければと考えていたとき真横を救急車が通り過ぎた。条件反射でちらりとその救急車を目で追ったとき聞こえた、電話の向こうから同じタイミングで鳴り響く、救急車の音——。

「え——、」

と、声を漏らして立ち止まった俺に電話の向こうでくすくすと笑っている初恋の彼女の声と電話を当てていない俺のもう片方の耳に届いた癖のあるその笑い声。

勢い良く振り返った俺の目の前には初恋の……ずっと俺の身体の大半を巣食っている相手、名前が立っていた——。

「………。」
「………ヘヘヘ、」

……いや、へへへって。へへへってよ……、笑ってっけど。え……?幻か——?

「……… 名前?」
「うん、私。」

軽やかに言って自分に指を差す名前の姿が、なんだか滑稽で調子狂って笑っちまった。

「驚いたぜ、…どうした?買い物かなんかか?」
「いや、」

名前はその先を言いよどんで俺を通り越して歩き出す。俺もとりあえず帰り道はそっちの方面だったので彼女の後ろに着いていく。

「……」
「……」

なんだか隣を歩いていいのか迷って少し後ろを歩く俺を特に気にも止めない様子で彼女はずっと夜空を見上げながら歩いている。

「……つか、危ねえだろうが。」
「へっ?」

ようやく俺のほうに視線を向けた彼女から思わず視線を逸らしながら言った。

「……こんな夜遅くに、一人で来やがってよ」

語尾をすぼめて言う俺を彼女はやっぱりクスクスと楽しげに笑っている。「過保護だね〜あいかわらず」なんて言って。そして今度は俺が躊躇って出来なかったのに、俺の隣にすんなり移動して来て並んで歩き始めたりするんだからほんと敵わない。

しばらく無言で歩いていて駅に到着する手前あたりで俺から口火を切った。

「ったく、お前は……」
「……?」

俺を見やる彼女をチラ見して俺は、着ていたSHOHOKU≠ニバックプリントされているジャージを彼女の肩に羽織らせる。

「……風邪ひくぞ?」
「あ……。うん、ありがとう。」

名前は長すぎる袖を着物みたいに広げて見せた。次いで俺の着ていた上下黒のスエットを下から上まで視線を巡らせてから言った。

「昔はあったっけ?バスケ部専用のスエット」

「ん?」と聞き返して俺も自分の着ていたスエットを上から見下ろす。

「すごーい。ちゃんとSHOHOKUってプリントされてるぅー!」
「もう大昔とは違うんだよ、今は専用のタオルだってあるんだぜ」
「へえー、かっこいいじゃん!」

名前がニコニコと楽し気に俺を見やる。

「でも、このジャージは昔のデザインのままなんだね」
「え? ああ、そうそう。これだけは昔のデザイン引き継いでる」

「そーなんだ」と言いながらやっぱり自分には長すぎる袖が気になるのか腕を伸ばしたり上にあげてみたりして遊んでる彼女が「あ」と思い出したように言った。

「ねえねえ、昔もこんなことあったよね?」
「昔?」
「高校のときさ、コレ。今日みたいに寿に着せてもらってさ、家着いたらお父さんと鉢合わせちゃって」
「ああー、あったな、ンなこと」
「懐かしいねえー」

本当に心底昔を懐かしんでいるふうな名前に俺も思わず笑みをこぼす。ややあって今度は俺から「てか」と投げかけた。名前は「んっ?」と俺を見上げる。

「その恰好はなんなんだよ……」

名前は完全に部屋着だと誰が見てもわかるような部屋着にしていたであろう少し大きめのグレーの長袖スエットに下は一応、普通なのにすっか的な感じで穿いて来たっぽいデニムのスキニーパンツにスニーカー。……つか、足、小っさ……。んでもって髪の毛先が少しだけ濡れていてち〇まる子に出て来るたまちゃんみてえな真ん丸とした、でけえメガネ。

「……完全に風呂上りだろうが、テメエは」
「ハハッ、 バレたかー」

へらっと笑う名前に俺は溜め息をつく。

「あのなあ、上京した兄貴との再会じゃねえんだぞ?」
「へっ?」
「彼氏だろうが! 一応、な……。」

言ったあと自分で自分にぎょっとしてその先の言葉に詰まってしまった。名前もきょとんとしている。

「……なんか、こうよ……」
「……?」
「ちっとは、おしゃれして来ようとかねえのかよ……」
「ああー……」

曖昧な返事を残して名前ははまた先を歩き出す。そのまま駅の改札を潜り抜ける彼女を俺は「オイ!」と駆け足で追った。さっきの会話は打ち切られたみたいで一緒に乗り込んで座った電車の中は時間帯的にもがらんと空いていた。

「……寿、どこで降りるの?」
「ああ……、実家の最寄りのいっこ手前だ」
「ふうん……」
「お前は、あのいつもの駅だろ?」
「うん、いつもの駅だよ」

刹那、何故かふたり同時に噴き出したあと名前が「いつもの駅って」と言って隣でからからと笑っている。「いつもの駅だろーが」と俺が付け加えれば名前は「いつもの駅なんだけどさっ」と、優しく微笑み返してくれた。

「……」
「……」
「おしゃれって言うかさ……」

しばらくぼーっと電車に揺られながら沈黙が続いていたあと名前がぽつりとつぶやいた。正面の窓に名前が少しうつむいている姿がはっきりと写っている。

「すっぴんとか、こーいうだらしない格好はさ?」
「……」
「寿にしか、見せたことないんだよね……」
「……」

俺が目をぱちくりとさせている姿が情けなくも正面の窓、名前の隣にしっかりと写し出されていて我ながら間抜けだった。

「お風呂あがってさ、寿のこと考えてたら外出てみたくなってね、」
「……」
「一緒に通った思い出の道を歩きながら空見上げたら……星がすごくてさ」
「……」
「…………、会いたくなっちゃった。」

……。

「……」
「……」

………ああ、どうすんだよ。ハア、どうしてくれんだよ。俺にどうしろっつーんだ、アホ。なんでお前は……名前はいっつもこうして、俺の心を搔き乱すんだよ——。ここまでくりゃあ、もはや確信犯だな……。


「……チッ。」

思わず出た舌打ちにも名前は動じない。さっきまでうつむいて照れてたくせして。あーあ、せっかく予防線——

「……張ってたっつーのによ。」

思わずボソっと心の声が出て両手で顔を覆う俺に名前は「えっ?」と間抜けなツラを晒しながら聞き返してくる。そのとき俺の降りる駅に到着するであろうアナウンスの合図が電車内に流れた。

「ん? 聞こえなかった、なに?寿。」
「あ?……なんでもねえよ。」

ゆっくり進めていこう、もう、道を踏み外したくねえからって……名前も同じ気持ちでいてくれてんのかな、とか思っちまって不安になることもあるけど、これからはたくさん、この溢れ出る#名前への気持ちを伝えよう、名前の目を見て真っ直ぐにって。

——もう、離れないように。もう……離さねえからって。ゆっくり、伝えていくつもりだったのによ……強行突破して、触れたり。キスしたり、抱きしめたり、あと……まあ、いいや。とにかく!いろいろと、したくなっちまうじゃねえか、畜生!ああ、これは俺のせいじゃねえ。俺のせいじゃ、ねえんだからな!!


「……名前、」
「……ん?」

正面の窓、名前が顔を上げたのを確認した俺は窓越しに視線を合わせた。名前がそれに気づいて俺の方に顔を向けた合図で俺も#名前をゆっくりと見やる。

「………ふう、」
「……?」
「——ウチ、」
「……、うち?」

『 〜〜……、お出口は右側です 』

俺は車内アナウンスに掻き消されないように名前を真っ直ぐに見据えて、はっきりとした口調で言った。

「……俺ン、寄ってけよ。」

「え……」と言葉に詰まる名前の瞳が少し潤んで見えたのは風呂上りだからか、はたまた恐怖からなのか、期待によるものなのかは分からない。けど、いまはもうどっちだっていい。

高校三年の夏、陵南戦を終えてから初めて名前に告白した自身の過去のこと。あの日、海で彼女の手を引いたときと同じように俺は、その腕を掴んだ。


「——帰したくねえ。」


俺はそのまま立ちあがって、その細い腕を引き連れながら停車した電車の出口を出た。


……こんなにも。愛とか恋とかの言葉では片付けられないくらいの「愛してる」が溢れ出して、止まらない想い。

名前と一緒にいれる守りたい明日も、この先訪れる未来も全部、俺に預けてほしい。

名前以外はもう、他には何もいらない——。










 れ合える 距離



(あ、あの……寿、)
(ああ? 断りは受け付けねえぞ)
(違う! ……晩ご飯の、デザート)
(……は?)
(食べ忘れてきちゃったんだけど……)
(ったく、色気ねえな!お前はよっ!)


※『 愛とか恋とか/Novelbright 』を題材に。

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