寿と寄りを戻してから迎える、はじめてのクリスマスまであと一週間。クリスマスと言えば思い出されるのは私と寿の関係に終止符を打った今も記憶に残る私が高校二年生だったときのクリスマス・イブだ。
 なので一緒にクリスマスを祝った記憶はない。私が祝う前に、関係を断ち切ってしまったから。だからこそ今年は、ちゃんと堂々と胸を張って、思い切り一緒に楽しめる、彼と過ごせる初めてのクリスマスでもあったのだ。きっと寿も、素敵な一日にしようと考えてくれている!……と思っていたのに。

「ねえ、今年の24日は平日だね。夜に奮発してどこかにご飯でも食べに行く?」

 寿が仕事を終えた日の夜、私は、自分の部屋でファッション雑誌を広げながら、寿と電話をしていた。

『あン?24日?』
「うん、24日っ!」
『なんで……なんか特別なことでもあんのか?』
「え……」

 思わず図太い声を発し、雑誌のページを捲っていた手をピタッと止めてしまった。「え、だってクリスマスイブだよ?」とやや興奮気味に言えば彼は『ああーそう言やそうだな……、もうクリスマスかあ』と、いま思い出しましたみたいに言うその反応に愕然としてしまう。

「あ……そっか。あまりイベントとか気にしないタイプ……だったっけ?寿って」
『いや?別にそういうわけでもねーけど』

 ギシッとベッドがしなるような音が聞こえたので寿がベッドにでも寝転んだのだろうと察する。

「なんか……寿は欲しいものとか、ないの?」
『あー、…………ねえな』

 ガーン。え、即答?いや、買ったのに……言うて私もう、買ってあるのに……。こいつ、マジ?本気?本気と書いてマジのやつ?!と、私が頭の中を真っ白にして呆然としているあいだにも寿は『何だよ?何か特別なことでもしたかったか?』なんて、いつものトーンで返してくる。
 いやいや特別な事とか……そういう話の以前の問題じゃないの?これって。あんな別れ方をしてせっかく、はじめて二人一緒に迎えられるクリスマスなのに……。
 ——あ……でも。寿にとっては、思い出したくない過去の思い出ナンバーワンなのかも知れないよね。もうイベント事から厳選してクリスマスに関しては寿の中で闇に葬ったのかもしれないし。

「いや……別に会えないならそれでもいいよ」
『……』

 そうだとしたって私は一気にテンションダウンしてしまう。そして、またネガティブ思考が先行する。だからこそ無意識にも可愛げのない言葉を返しちゃう。本当にいつまでたってもおこちゃまだ、私は。

『いや、なんでだよ?楽しみだったんだろ?』
「うーん……」
『飯、せっかくだし行こーぜ』

 しょぼん、と萎れた向日葵の如くしょぼくれてしまった今の私は、もうちょっとやそっとのことでは立ち直ることは出来そうにない。

『なあ、聞いてんのかぁー?名前?』
「……いいってば、行かないよ」
『……は?なんで怒ってんだよ』
「怒ってないよ」
『じゃあ何でそんなに声のトーン低ィんだよ』
「………なんでもいいでしょ」

 冷たくそう言い放ったあとしまったと思った。だって電話の向こうでのムスッとした寿の雰囲気を感じ取ったから。でも、もう遅かった。『じゃあいいけど』と、寿もそのテンションのままそう冷たく言い置く。言われて私も思わずムッと唇を突き出した。

「電話……もう切っていい?」
『あ?………、ヤダ』

 寿の言葉に、私はぐっと押し黙ってしまう。
 寿は寄りを戻してからというもの二人の空気が険悪になると昔のように感情的になって投げ出したりはせずに、不機嫌ながらも、ちゃんと解決をしようとしてくれているようだった。それなのにやっぱり私は子供のままだ。素直になることを、こうして躊躇っている。

『——なあ?』
「……」
『おい、名前?』
「……ん?」

 私の小さな返事を聞いて寿が「ハア」と溜め息をついたのが、いつもよりも近く耳元で聞こえたような気がした。電話をしてるんだから、耳元で聞こえて当たり前なんだけど。

『なんつーか……その……、よ?』
「はい」
『敬語……なんで敬語なんだよ』
「じゃあ……、うん。なに?」

 寿が起き上がったのか、またギシッと少しだけベッドがしなった音がした。条件反射か、緊張感からか、私もなぜか正座の姿勢を取る。

『あんまよ、つーか完全に俺にとってのクリスマスは……いい思い出がねえんだよ』
「うん」
『高校ンとき、一年と二年は捨てたとしてだ』
「……、はい」

 なんだか言いたくない事を無理やりに尋問したみたいになってしまって、私は目の前に寿がいるわけでもないのに、思わず俯く。

『三年なってせっかくバスケ部に戻れて、彼女もいたのによ?俺、フラれたんだぜ?』
「………へ、へえ……」
『しかも、クリスマスイブにな?イ・ブ・に!』
「……」
『オイ……振った張本人が黙んじゃねーよ』
「はーい」
『ハイは、短くっ!』
「はいっ」

 私の大きな返事に「よしっ」と、まるで学校の先生みたいに言った寿の声色がまた柔らかいものに変わった気がして私もつい顔が綻ぶ。っていうか、実際に本業は先生だけど。

『正直、その日がなにもなく過ぎてほしいなって気持ちもある』
「……うん」
『下手にカッコなんかつけてよ、また失っちまったらどうしようって』
「うん」
『怖えーっつーか……何か、ちょっとな』

 寿は次いで『きっともうこの先、本気で立ち直れねーぞ?俺』と浅く笑いながら溜め息を吐いてそう付けくわえた。たしかに冗談に聞こえなくて笑えない。

「もう……振らないよ?私からは絶対」
『ハッ、ほんとかよ』
「ほんとだよ」
『ふーん……』

 その先、なんて言ったらいいのか分からなかった。トラウマ≠ノなってしまっているものを、無理に私が、なにか出来るわけもない。私だってたまに寿との別れ際「じゃーな」って言われると今でもたまに、何とも言い難い気持ちになるのは確かだったから。
 けれど寿は、いつもそんな不安そうな私の顔を見ると、じゃーなって言葉に付け加えて「次いつ会う?」とか「寝るまえに電話くれ」とか……。たまに、「好きだ」って言ってくれていたから。私はいま、そんな不安を抱えている寿に対して、なにをしてあげられるのだろうか。


「ねえ、寿?」
『ん』
「どうしたら、その恐怖、消える?」
『……あ?』
「わたし、なにしてあげられる……?」

 だから私もちゃんと言葉にしてみた。昔みたいに意地を張らずにかっこつけずにちゃんと素直に思ったことを、口に出していこうと思った。もう二度と、失いたくはないから。

『なに……かぁー』

 寿は私の問いに本気で悩んでいるようだ。私はそんな寿からの返答を待つ。ややあって寿がぽつりとつぶやく。

『首輪でも、付けっかな……』
「え——。」

 え。いや……え?え、え、え。急に、プレイの話ですか?!え、待って「ど…どんな、性癖?」と思わず口をついて出た私に寿は『バーカ、へきの話じゃねっつーの』と語気を強めに突っ込んでくる。

「え、だっていま……首輪って」
『たとえだよ、た・と・え・ば!』
「あ、ああ……」

 私の声に寿は『引いてんじゃねーよ』と言って大きく溜め息を吐いていた。その後に「つーか」と、観念したように寿が先を続ける。

『ちゃんと分かってたぜ、クリスマスってこと』
「あ、そうなんだぁ……」
『オイ、まださっきの話、引っ張ってんのかよ』
「へ?」
『声聞きゃわかるわ、まだドン引いてんだろーが』

 そう言われて私が噴き出して笑っているあいだも、寿は『笑ってんじゃねえ』とかなんとかブツブツと、電話の向こうで文句を垂れていた。
 結局、イブ当日に会う事にはなったのだけれど私からの思い付きの提案で気持ちを高めるために当日まで会うのはやめようと伝えた。連絡も必要最低限にしようと付け加えたら寿が今週イチの不機嫌を全面に出して「はあ〜?」と声をあげた。それでもそんな私の要求をしぶしぶ呑んでくれた寿に向かって最後に私はまた、ワガママを言う。

「でも……」
『あ?』
「どうしても、寂しくなったときは……」
『うん』
「——電話、してもいい?」

 少しの沈黙を置いて寿が「ああ」とつぶやいてぼそりと低い声で言った。

『そんときは、飛んでってやるよ』

 って。私は胸がいっぱいになって涙が出そうになる。「うん」と返した声が自分の中だけで言ったのか、寿に聞こえていたのかはわからない。
 けれど寿は小さく笑ったあと『会うまで風邪引かねえようにな』と柔らかい口調で言ってくれたから、きっと聞こえていたのかなって思う。

 結局クリスマスイブもクリスマスも当日はどうするのかという予定は話し合わないままで、時間だけが過ぎて行った。
 あれだけアピールした張本人の私は、やっぱり天性のバカ者だったみたいで、クリスマスイブの当日、呑気に東京まで買い物に出掛けていた。

 クリスマスの電飾が施された街並みを歩いていても、今日がそのクリスマスイブ≠ニいうことに気付きもしないで遅めの電車で帰って来たその足で私は、ちょっと飲んで帰ろうかと水戸くんのお店に向かった。ガラガラーと扉を開けた瞬間、私の姿を見て水戸くん含む、宴会真っ最中だった桜木軍団からの視線を総なめにする。

「え」

 私がそれに硬直して声をあげれば、カウンターから出て来た水戸くんが焦ったように矢継ぎ早に言った。

「もしかして、別れちまったのか?また?しかも同じ日に?」
「え、え、……待って、なんの話?」

 入り口で突っ立ったままの私。水戸くんの次に声を投げてくれたのは座敷席の大楠くんだった。

「今日、イブだぜ?ミッチーはどうしたんだ?」

 シーン。え……うっそ……。
 私は急いで携帯を鞄から取り出す。特に不在着信も未読メールの通知もなかったけれど、開いた携帯の画面にはでかでかと『12/24 23:14』という、ポップな数字が表示されている。

「名前さん……顔、真っ青だぜ?」

 恐る恐ると言った感じで、水戸くんがそう言いながら私の目の前に立って私の顔を覗く仕草が、ぼんやりと視界に入る。

「ど、どうしよう……」
「えっ?」

 私がガバッと顔をあげて水戸くんと見ると水戸くんはぎょっとして身を引いた。

「忘れてた!クリスマスイブってこと!」

 桜木くんたちの座る座敷からは「ええー!」とノリ突っ込みのような、揃った声が響き渡る。

「ごめんっ!!帰るっ!!!」

 言って私は、勢いよく水戸くんのお店を出る。そのままとにかく、走る走る走る……!私としたことが、私としたことが!自分であんなにアピールしておいてしかも寿にとっての大トラウマ≠チて日を忘れるなんて!寿と寄りを戻してから、いかに毎日を呆然と過ごしていたかを身に染みて思い知らされる。
 それより、なにより、寿!!一週間前の最後の電話でさんざんアピールしちゃったもん。寿宛のクリスマスプレゼントは私の部屋、テーブルの上に置いてある。それを取りに行っている暇なんか今はない。湘北は……もう完全に部活なんて終わっている時間帯だろう。じゃあ、アパート!寿のアパート行くなら思い切ってここからタクシーでと思ったそのとき、ハッとして私は駅に向かって走っていた足を止めた。

「……海、だ。」

 私は駅に向かっていた足を逆のほうにキュッと向けた。そしてまた走り出す。普段は「イブまで会わない」なんて、そんな突拍子も無い私の提案なんかをちっとも相手にしないで馬鹿にする感じだけど、寿のことだから、ちゃんと私の気持ちをくんでくれてるんだ。
 だから、あれから今日までの一週間、私からのメッセージを送らない日は、向こうからの応答もなかったんだ。寿は昔っからそういう人だもん。普段は素っ気なくても、いつだっていざっていうとき、いや、それ以外でも、いつも私の気持ちを優先してくれたもん。頻繁には言ってくれない「好きだ」って言葉じゃなくても、心で私のこと——。


「やっぱり……、居た」


 ——大切にしてくれた。


「寿………」


 はあはあ、と息継ぐ私の目に入ったのはいつもふたりで腰をかけて、たくさん笑い合って、いろんな話をした、あの海辺のコンクリート。
 海の方に身体を向けていつもの湘北バスケ部のジャージに身を包んで私の身長くらいあるんじゃないかって大きさの、でっかいスポーツバッグを肩から下げて——ガードレールを挟んだ先、コンクリートに座っていた寿が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
 なんの涙かはわからない。けれども、どんどん私の瞼から涙が零れ落ちる。そんな私が見えたのか少し離れた位置からでも寿が「バーカ」と言ってフッと笑った顔が……また、正面を向き直したその仕草が、ここからでもはっきりと見えた。

 あの日≠フ天気とは真逆の、晴れた夜空の下月明かりが、しっかりとその姿を照らしてくれていたから——。
 私は駆け足で寿の元に向かう。寿の背後に立ったとき、私は思いっきり頭を下げて、全身全霊で叫んだ。

「ごめんなさいっ!……いつから、待っててくれたの?」
「……」
「わたし、私ってば……、忘れてて……、今日」
「また、フラれたのかと思ったぜ」

 私の言葉をさえぎって言った寿の低く、それでもすこし、ほんの少しだけ楽し気なその大好きな声が、波の音よりも大きく私の鼓膜に響き渡る。

「ん。」

 ややあって座っていた寿が姿勢はそのままで、その長い腕を私の方へと伸ばした。その手の中には小さな箱が握られている。反射的に私はそれを丁寧に両手で受け取る。

「メリークリスマス、」
「……ッ、」
「——イブ。……名前。」
「寿……ッ」

 私はそのまま地面に膝をついて、背後から寿に抱き着いた。そんな私の回した腕をぎゅっと掴んでくれた寿の手が、そのまま私を宥めるように、私の頭に添えられる。そして、優しくポンポンとしてくれた。
 次いで私の腕を「こっちに来い」と言うように寿に引かれて、ようやく寿にくっつくように私はその隣に座った。

「え……ねえねえ、開けてもいい?」
「……」
「これ、なに?なに選んでくれたの?」

 言いながら可愛らしいラッピングの紐をしゅるしゅると引っ張る。箱と寿を交互に見る私を一瞥した寿は、フッとまたひとつ鼻で笑って海の方に視線を向けると言った。


「——首輪。」


 その寿の言葉と同じタイミングで箱をゆっくりと開けた私の目に飛び込んで来たのは、月の光に照らされてキラキラと光り輝く、小さな石が一つ施された、シルバーのネックレスだった。

「わー!!きれー!!銀のネックレス?!」
「……」
「うれしー!ありがとう!さっそく付けちゃおっと!!」

 言いながら興奮気味に首に手を回して難航している私を見かねた寿が、呆れたように「貸せ」と言って私の前に身体を持ってくると後ろのチェーンを付けてくれた。
 目の前にある寿の広い大きな胸と大好きな寿の匂いに混じって届く、潮の香り。チェーンを持たれたとき触れた指先の感触。全てに胸がドキ、と高鳴った。思わず私はゴクンと生唾を飲み込む。
 さっきまで泣いていたせいか、ズズッと品なく鼻を啜れば、私の頭上から「相変わらず色気ねえなあ」と笑う、大好きな寿の声が聞こえた。
 すんなりと付けてくれた寿の身体が名残惜しくも離れていき、寿がまた隣に座り直したところで私は首に引っかけてもらったネックレスの中心にぶら下がる、小さな石を手に取って見つめる。


「……エメラルド?」
「……」
「なんかキラキラしてる……高かったでしょ?」

 寿をパッと見て言ったら寿は「ハアー」と大袈裟に溜め息を吐いて「すっっっげえ高かった」と念を込め抑揚つけて言った。

「あ、あのねえ……」
「あん?」
「普通は、そんなことないぜ!安モンさベイビー♪とか言うんだよ、イケメンは!」
「冗談じゃねえ!いいか?それは俺の汗と涙の」
「はいはい、わかったわかった」

 私が遮って言えば寿は唇を尖らせて押し黙る。けど……知ってるよ?その顔……。照れてるんだよね。今日は言わないでおいてあげるけどね?
 それにしてもどうして緑≠フ石?寿なら迷うことなく湘北カラーに近いルビーとかの赤≠フ石を選びそうなのに。

「ねえー!」
「……あ?」
「似合う?似合うっ?」

 私がぐいっと身体を寿のほうに向ければ、寿はチラッと私を見て、またすぐに視線を海のほうへと戻してから「それよりお前、妙に浮かれたナリしてんな」と、少し呆れ口調で言った。言われて今日は東京までお買い物に行って百貨店で化粧品を散々試してきたから顔はいつもより派手めだろうし、今日新調した洋服をそのまま着用してきたことを思いだした。確かに言われてみれば、浮かれ散らかしているナリだ。恥ずかしい……。

「あ。」

 寿が腕時計をチラッと見て、声をあげる。私が不思議そうに寿を見た瞬間、ふわっと寿の匂いで目の前がいっぱいになった。気付けば、唇と唇が触れあっている。高校生の頃とは違う、ちょっと大人のキス——。
 私の唇を啄むように何度も角度を変えて、唇を弄ぶように。舌は決していれずに。私の頬や顎を大きな掌で愛でながら、そんな甘いキスに脱力したように身体がこのまま目の前の海に溶けてなくなりそうだ。
 キスをしながら私の頬や顎に触れていたその手で私を抱き寄せた寿のリードで私もそっと大きなその背中に腕を回した。
 唇が離れて鼻頭をくっつけ合ったまま寿がぽつり「メリークリスマス。」と言った。そしてまた私を抱きしめる寿の強く温かい腕に身を預ける。

「うん……メリークリスマス」

 寿の胸の中、私のくぐもった返しにも寿は小さく笑って私を強くぎゅーっと抱きしめてくれた。

「寿……?」
「ん?」
「私を……寿の彼女に、してください……。」
「……」

 もう付き合っているような雰囲気ではあったけれど、寿と一緒にいれる、はじめてのクリスマスイブには私からちゃんと伝えたかった。心底ドジな私はヘマをしてその、イブを越してはしまったけれど……。
 しばらく寿は何も答えずそれでも私を抱きしめる腕に力を込めていた。そして、ゆっくりと私を引き離すと、真っ直ぐに偽りのない瞳が私を捉える。その真っ黒で潤んだような瞳に射抜かれるとなんだか今日は、瞬きするのも惜しかった。

「断る選択肢なんて、あるわけねえだろ」
「……」
「名前……」
「うん?」
「……好きだ。俺と、付き合ってくれ。」
「……、いいよ。」

 微笑んでそう返す私に寿は優し気に視線を落として、またぎゅうっと強く抱きしめてくれた。



 —


「……さてと、」

 しばらくのあいだ抱き締めあっていたけれど、寿がそうつぶやいて立ちあがった。私はきょとんとして寿を見上げる。

「飯、食いにいこーぜ」

「もう腹ペコだ」と言い置いて海を背に先に歩いて行く寿に急いで追いつき、その手に自分の手を絡めてみた。とくに驚きも否定もせずに寿はしっかりとその手を握り返してくれる。

「もうファミレスしかやってねえかもだけどな」
「あっ、水戸くんのとこは?」
「お、それいいな」

 実はさっきフライングで行っちゃったけどね、とは言わないでおこう。きっと、水戸くんたちも私と寿のツーショットを見たらさっきの出来事は闇に葬ってくれるんだろうなと、なぜか、根拠のない確信があった。

「私もちゃんと買ってあるんだからね?」
「あ?なにが?」
「寿へのクリスマスプレゼントぉ〜」
「へえ、別れ話を書いた手紙とかじゃねえなら、もうなんでもいいけどな」
「違うわっ!ちょっとお高めのボールペン!」
「ああ?ペン?」
「そー、使うでしょ?学校で。寿の名前入りなんだからっ!」
「ふーん。そりゃ楽しみだな」


 水戸くんのお店に向かう前に私の家に寄って、プレゼントを持って来て渡そう。そんなふうに、興味のない素振りをしていても受け取ったらきっと寿は満面の笑顔をくれるんだ。眉間に皺を寄せて、ニッて笑ってさ。それも知ってるよ。

 手を繋ぎながら、ちょっといつもよりも、テンションの高い私と、いつもと変わらないローテンションの寿が歩き慣れた道、一緒に生まれ育った風景を眺めながら、肩を並べて歩く。

 しっかりとお互いの手を、握り締めたままで。もう二度と、離さないようにと——。










 その石言葉は、希望 幸福



(しかもね、しかもねっ?)
(あ?)
(さりげなく、寿の誕生石埋め込んでもらったの)
(はっ?俺の誕生石?)
(そう!五月!エメラルドの、………あ。)
(……あーあ、ったく。バレちまった)
(え、ええっ!?!!?)
(だから言ったろ?首輪だって。)


※『恋をしている/Every Little Thing』を題材に

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