空白を埋めるように

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    「今年はプレゼント渡し合うのやめようぜ。」

     まさかの衝撃の一言だった。それはクリスマスが目の前に迫った12月の初旬。寿のアパートでまったりと寛いでいるときの出来事。
     一応で付けていたテレビのCMから毎年恒例の『ク〜リスマスが今年もやってくるっ♪』という安西先生似のおじさんのお店の広告が流れてきたとき、寿が思い出したように言った言葉だった。

     今年は寿と寄りを戻して二度目のクリスマス。無事に初夜(?)を迎えて大きな喧嘩やトラブルも起きずに幸せ絶頂ないま言われてしまったその言葉にさすがに改めて考えてしまう。ちらほらとたまに見え隠れする疑惑。私の幼なじみ兼、現・彼氏の三井寿は釣った魚に餌はやらない説——。


    「え?なんで……?」

     トーンダウンした声で私が聞き返せばベッドの上で横向きに肘をついてテレビを見ていた寿が、当たり前のように言い放つ。

    「だって毎年やってらんねーだろ、イベント事」
    「え、えぇ……」
    「なんか、うまい飯でも食いに行こうぜ」
    「……」
    「あ?ダメか?」

     ん?と言いたげにテレビの前でぼんやりと寿を眺めていた私のほうに向ける、その黒い瞳。私は視線をもう一度テレビに戻して思わず体育座りの体勢を取る。

    「ううん、寿がいいなら……それでもいいよ?」
    「よしっ!じゃあ店決めねーとな」

     寿は満足したのかチラと視線を送ってみれば、お店探しをしているのか口笛を吹きながら仰向けになって、今度は携帯の画面を眺めていた。そのご機嫌な姿に、私は先を言葉を飲み込んだ。





     —


    「——って、ことがあったの!」

     私が早口で言って一気に目の前のグラスの中身を飲み干したあとガーン!とグラスをカウンターのテーブルに置く。すると水戸くんがカウンターを挟んだ向こう側から「みっちーらしいな」と、溜め息まじりに返してきた。

     今日は寿と、水戸くんのお店で待ち合わせだ。もうあの日から腹わたが煮えくり返りそうな私は内緒で一足先に水戸くんのお店に来て一杯ひっかけている真っ最中。隣には珍しく木暮先輩の姿。実家に来たついでに顔を出したとのこと。寿には残念だが寿が到着する前には帰ってしまうと言っていた。ふんっ、ざまーみろ。親友と会えないでやーんの。

    「どー思います?木暮先輩!」
    「んん〜、正確にはわからないけどな、もしかしたら言葉にしていないだけなんじゃないか?」
    「え?言葉?」

     私が首を傾げると木暮先輩は喉に飲み物がつっかえたのか、一度ゴホン!と咳払いして、丁寧に「ごめん」と謝ってから、先の言葉を続けた。
     うっわぁー、紳士。育ちがいい感じ丸わかり。素敵。絶対天と地がひっくり返っても寿には出来ない行動だわ。

    「『よし!』のあとにさ『お金を使わせたくないんだ』とか」
    「ほうほう……」
    「『気を遣わせたくないんだ』とか、あとなんだろうなぁ……」

     しっかりと真面目に悩む木暮先輩の言いたい事はなんとなくわかったので「もういいです理解しました」と言えば「そうか?」と柔らかい笑みを返してくれて、胸ずっきゅーんになる。
     そんな会話の最中、水戸くんが、お新香を私と木暮先輩の目の前に出したとき言った。

    「なんか言葉足らずだもんなー、みっちーって」
    「そうなの!わかるぅ?!なんでアレが高校時代モテたのかねえー」

     ほんと謎だと言い置いて私が出されたお新香を箸の裏で木暮先輩の皿に取り分ける。そんなときですら「ありがとう」と言ってくれる木暮先輩、ほんと胸ずっきゅ——(……以下、省略)

    「でも、そんな三井が好きなんだろ?」
    「え」

     思わず口に運ぶ前のお新香をポロッと漫画みたいに落としそうになった。けれど、ちゃんと口の中に運び終えて噛み噛みしてゴクンと飲み込んでから言葉を返した。

    「好き……ですけどね?」

     それを聞き逃さなかった水戸くんは「もうマゾだな」と楽し気に言う。私はそれに対して、唇をすこし尖らせた。

    「勝手に渡したら怒られちゃいますかね、クリスマスプレゼント」

     自信なさげに言った私の言葉には木暮先輩が、「そんなことないだろ」と即答してくれる。

    「名前ちゃんからの物なら三井きっと何でも喜んでくれるよ」
    「そ、そうですかねぇ……?」

     水戸くんが私のおかわりのグラスを置いたとき「ゴミでも喜びそーだ」とやっぱり揶揄ったように笑う。

    「コラ!水戸くん!」
    「ハハッ、じょーだんじょーだん」

     でもたしかに……一理ある。何かを渡すときのスーパーの袋とか、さもない紙袋とかメモとか、何故かしっかりと寄せてあったしな。深い意味はないのかも知れないけれど水戸くんの勘は、案外当たっているのかも知れない。

    「ねえ、水戸くんさぁ?」
    「んっ?」
    「寿が来たらそれとなく聞き出してくんない?」
    「え、なにを?」
    「だからその……なにが欲しいのか……とか」

     照れたように顔を背けてモゴモゴと言えば水戸くんは「自分で聞きゃいいのに」と呆れた口調で返す。実はプレゼント候補を厳選して結局どれにするのかを考えていなかったわけではない。

    「あのね、実はもう決めてあるの……」

     私が痺れを切らしたようにぽつりと呟けば水戸くんも木暮先輩も、案外興味津々といった感じで私を見る。私は二人からの視線を浴び、少し顔を目を泳がせながら言った。

    「不動産屋さんの、パンフレット……」

     私の発言に二人が「え?」と綺麗にハモった。まぁなんて素敵なハーモニーつって(ふたりとも声がいいから)

    「ふ、不動産屋……?」

     木暮先輩は漫画で表現したら、汗でもたらっと垂らしたそうに聞き返す。そこで水戸くんが閃いたように「わかった!」と言った。

    「『同棲しませんか?』って、意味だ?」
    「そうっ!!さっすが水戸くん!!」

     水戸くんは「褒められても嬉しくねーけどな」と、また呆れたように眉をハの字に下げた。

    「同棲?あ……まだだったのか、ふたりって」
    「そうなんです。寿からお誘いは受けてたんですけど……なかなか踏ん切りがつかなくて……」

     水戸くんがお客さんの会計を終えて、こちらに戻って来た。寿が来てから飲もうと思っているのか、今日はずっとウーロン茶を片手に話を聞いてくれている。

    「みっちー喜びそー......。」
    「えっ?そう思う?」
    「ああ、俺は絶対ムリだけどなっ」

    「ゴミが増えるし」と、意地悪く言う水戸くんに私が「ひどーい」と声を張れば、ハハハッと浅く笑って返される。
     ああ、でも水戸くん嫌いそう、そういうの……なんか最近、昔よりも湘北メンバーの性格がわかって来た気がするもの。大人になってから更に。

     結局、他にいい案が生まれることもなく、木暮先輩がお会計を済ませて、先に帰ってしまった。寿には木暮先輩が帰宅した頃に『先に行ってるね』と、少し遅れてメッセージを送っておいた。
     水戸くんも今日はなんだか忙しそうで途中ちょっと手伝ったりしながら寿が来るのを待っているとガラガラーと、やや乱暴な感じで入り口の扉が開いた。ドアが開く前から、それが寿だと確信があった。だって、ぼやけたガラス扉に映ったシルエットが、寿の何者でもなかったから。
     こういうとき木暮先輩が言ったように『でも、そんな三井が好きなんだろ?』という言葉を身に染みて実感する。寿の姿ならきっとどこにいても必ず見つけられそうな気がするから。

     私がカウンター席からニコッと笑みを投げ掛ければ寿も反射的にニッと機械的に笑ってくれる。その顔が、たまらなく好き。そして迷うことなく私の真隣に座るのも好き。「水戸、ビール!」と昔の後輩を偉そうに呼んでいる姿も、けっこう、大好き。

    「——好き。」
    「あ?」

     ……やばい、思わず声に出してしまった。寿は座ったまま肩に背負っていたバッグを頭から潜らせながら、片目を見開いて怪訝そうに私を見る。

    「——ううん、このお新香、おいしい。好き」
    「え?……ああ」

     寿は私が指差す先、お新香の皿を一瞥してそう相づちを打った。水戸くんが、ビールを寿の目の前に置いたとき「お疲れさん」と言った。それに寿も「お前もな」と慣れた口ぶりで返していて、見ているこっちがほっこりしてしまう。
     寿が「乾杯」と私の置いたままのグラスにジョッキを当てて早速グビグビと中身を飲んでいた。そんな寿を見たあと、目の前の水戸くんに視線を送れば「頑張れよ」と言いたげに片眉をくいっと吊り上げて彼は調理台のほうに向かって行った。
     そう、今日の目的はクリスマスプレゼントを、やっぱり私だけでもあげたいと、寿に言うこと。もしもそれが晴れて叶ったら、なにが欲しいのか調査することだ。

    「あ、木暮先輩来てたよ?」
    「へえ、もう帰ったのか?」
    「うん……ちょっと一緒にお酒飲んだけどね」
    「ふうん、会いたかったな」

     寿はすこし寂しそうに言って、またジョッキに口を付けた。そのまま自分の割り箸は取らずに、私の割り箸でお新香を食べ始める。そのとき私は真横で会計をしていたサラリーマンの手元に目がいく。

    「……ねえねえ、結婚指輪がゴールドってなんかオシャレだよね」
    「あ?」

     寿も私の言葉を聞いて、反射的にそのサラリーマンの手元をチラ見する。

    「たまーに見かけるよね、やっぱり圧倒的にシルバー付けてる人が多いけど」
    「まあ、そうかもな」
    「普通の会社員とかが、さりげなく付けてるゴールドって、なんかいいね」
    「………。名前、金のほうが好みなのか?」
    「え?」
    「いや、なんでもねえけど……」

     寿は視線を自分のジョッキに戻して静かにそれに口をつける。私が「うーん、どうかな……」と考え込めば寿は「ちゃんと聞こえてたんじゃねーかよ」と溜め息をついた。

    「うん。あー、いや?自分がつけるなら、やっぱシルバーがいい!」

    「結婚指輪ならね」と付け加えて、私もグラスを手に取る。「……ふうん」という、寿の相づちのあと「寿もさ」と言って私は持っていたグラスをカウンターテーブルに置くと寿の左手を取った。寿は「ん?」と、不思議そうに私を見やる。

    「寿もきっとシルバーの指輪、似合うよー?」
    「……そうか?指輪が似合うとか似合わねえとかあんのかよ」
    「あるよー!寿は指が長くて綺麗だからねっ」

    「絶対、映えるよ」と、私は持っていた寿の手をそっと寿の膝の上へと戻す。

    「バスケットにも影響あるのかな?ほら、ボール投げるときの軌道なんかに影響が出るとか」
    「あー、そうだろうな」
    「そっか。じゃあ付けたり外したりしてるうちに無くしそう、寿みたいな人はとくに」
    「バーカ。無くさねーよ、ネックレスとかにしときゃいいんだろ?」
    「なるほどねっ!今日、冴えてる〜」
    「いっつも冴えてるわ、お前と違ってな」

     寿は軽口を叩くわりに何だか楽し気な横顔で、ジョッキの中身を飲み干していた。それを見かねて「なんか、作ってもらう?」と問えば「あー、だな。腹減った」と寿は目の前に置かれたメニュー表を広げて、ブツブツとなにやら呟いている。

    「うわっサバ食いてぇー。いやカレーもいいな」
    「……」
    「でもな、時間も時間だし……軽くにすっか」
    「ねえ、寿」
    「……あ?」

     寿がメニュー表から視線を私のほうに向ける。「ん?」と眉を顰める彼をじっと凝視していると「なんだよ」と早く言えと言わんばかりに語気を強めた。

    「好き。」
    「………」

     寿は一瞬だけ固まってポカンとしたあと、またゆっくりと眉間に皺を寄せ始めた。

    「……水戸に、惚れ薬でも飲まされたのかよ?」
    「ううん、違う。寿が好きなの」

     寿は最初「は、はは。おぅ。」とか言って浅く笑っていたけれど私のその言葉が尾を引いたのか途端に挙動不審みたいに目をチラチラと泳がせている。

    「みっちー、」

     お通しと、繕ってくれたつまみを両手に持った水戸くんが、たいそうおかしそうというふうに、クスクスと笑いながらそれを寿の目の前に置く。

    「言ってやれよ、俺も好きだって」
    「なっ!!?」
    「なあ?名前さん」

     水戸くんと私は飄々としているのに寿だけ何杯飲んだんですか?ってばりに顔を真っ赤にした。

    「——もう、いい。」

     私は、じっと寿を見つめていた視線を解いて、そう冷たく言う。そして、プイッと顔を正面に向かせ、そのままグラスを手にして杯を煽る。水戸くんはカウンターの中で私たちにすでに背を向けていたけれど私の不機嫌さを察知したのか「ハッハッハー」と笑っていた。

     なによ、好きって言ってもはぐらかされるし、なんだよとか言われるし。クリスマスプレゼントも交換しないとか、言われるし……。
     しゅんとした感じでチビチビとコップを両手で持って飲んでいた横で小さく、くつくつと笑っている声が聞こえた。寿の笑い声だ。その笑い声、好きだから、わかるもん。何んなの、さっきまで顔真っ赤にしてたくせして。

    「名前」
    「……」
    「名前ちゃーん?」
    「……」
    「俺も。」

     ——ずるい………。またこのパターンだ。

    「俺も、同じだって。むしろ、もっと上だな」
    「……っ、」
    「これで満足か?俺のお姫様はよ」

     はぁ……ずるいなあ。ほんとにもう。
     私はゆっくりコクンとうなずいた。寿はポンッと一回だけ私の頭に手を乗せる。水戸くんがこちらを振り返る手前で、寿はその手をサッと自分のほうへと戻した。
     クリスマスのプレゼントなんか……やっぱり、私たちには必要ないかも知れない。寿とこうして何気ない日々を送っていけるだけで、私は幸せ者だ。欲張ったらいけない。寿がずっと、側にいてくれるなら、もうそれだけでいいや。

     私はそっと去年のイブに寿から貰った、愛する人の誕生石がぶら下がるネックレスをそっと触って小さく微笑んだ。





     —


     クリスマス当日。寿が夜、自宅まで車で迎えに来てくれて一緒にちょっと豪華なディナーをともにした。
     帰り際、お店の近くにあった外の洋風なベンチに隣同士で腰掛けて、少しお話をして、そうしていま、私の自宅に送ってもらっている。
     私は用意して来た包みを鞄から取り出す。これのお陰で本当は小ぶりのバッグにしたかったのに大きな鞄を持ち歩かなければならなくなってちょっと歩いているとき、煩わしかった。

    「寿、これ」

    「はい、」と右手で指し出すと運転中だったからか、チラッと一瞥しただけで寿はまた正面を向き直った。

    「あ?なんだよそれ」
    「見たら分かるでしょー。クリスマスの、」
    「いや、だから」
    「プレゼント!!」

     寿の言葉をさえぎって私は叫んだ。寿は、押し黙ってすこししてから信号で止まったとき「おぅサンキュ」と気まずそうにもようやくそれを受け取ってくれた。
     それでも運転に戻らなければならなかったようで、とりあえず受け取った物はダッシュボードの上に置かれてしまったけれど。

    「で?なんなんだよ、ソレ。中身」

     顎でいま自分で置いた包み紙を「ん」と、差す寿。「さあ?なんでしょー、当ててみて」と言えば「えー」とか言いながらも真剣に考えてくれているふうだった。

    「雑誌?」
    「あー、おしい!」
    「あっ、Tシャツだろ」
    「ブッブー」

     これをいま目の前で開かれるというシチュエーションまで想像していなかった私はこの流れって車を停めたら開けられるヤツ……!?と、一気に緊張感が増してきて、それを誤魔化すように鼻歌なんかを奏でてしまう。
     そのあとも、一生懸命、中身を悩んでいる寿を横目に慣れない口笛を吹いたが、かっすかすの、掠れた音が車内に響くだけだった。

    「バーカ。出来てねーんだよ、口笛」
    「うるさいなー、じゃあやってみせてよ」
    「ええ?〜〜♪ほら。余裕で出来るわ」
    「……やらし〜」
    「はあ?なんでだよ」

    「意味わかんねーし」と寿は言うけれど今の私の心境のほうが意味わかんないし、だった。なぜか手汗をかいてきたし、心臓もまるで、はじめてのデートみたいにバクバクしている。

     ——え、待って。よく考えてみれば気持ち悪くない?不動産屋のパンフって……。えっ!気持ち悪くない?!(大事な事だから二回言う)
     水戸くんじゃなくても、けっこうもれなく世の男性陣は引くんじゃないだろうか。仮にこの流れだと予定通りいけば私の自宅前で「じゃあ開けるとするか」ってなって、寿が開くでしょ?中身。そのあとの寿の顔、想像してみなさい、私。ぎょじゃなくてゾッとされたらどうすんの。顔に出やすい、わかりやすい寿だからこそ、一発目のその表情が本音だろう。
     え……やめよっかな。素直に「この間の返事だけど私も一緒に住みたいわ!」って言ったほうが逆に好感もてない?え……え、ど、どうしよう。


    「——おい、」

     でも、あげたものを返してって言うのもね……

    「名前!」
    「は、はいっ!」

     寿に名前を呼ばれた事に気が付いて私はパッと運転席を見やる。すると「ったく……着いたぞ?家」と溜め息混じりに言われ、えっと思って窓の外を見れば車は路肩に停められていて、ハザードランプが点滅していた。

    「あ、うん……ありがとう」
    「……おまえはシカト常習犯かよ」
    「ご、ごめんって……」

     シートベルトを外したときカチャと言う解除の音とともに私の腕を、寿がそっとつかむ。
    「へ?」と驚いて寿を見やれば、寿は眉間に皺を寄せて心配そうな顔で私の顔を覗き込む。

    「……なんだ?車酔いでもしたか?」
    「え?」
    「顔色、あんまよくねーぞ?」

     面食らって、思わずきょとんとしてしまった。優しいなあ……いつもこうならいいのに。
     私は「ううん。平気だよ」と浅く笑って寿の手をやんわりと避け、シートベルトを外しきった。

    「——なあ、これ……よ。開けていいか?」
    「え」

     今度こそぎょっとして寿を見やった私をよそに彼は、すでにダッシュボードに長い手を伸ばして包み紙をガサガサと開けている始末。しかもとっても乱暴に。

    「……あ?なんだこれ」

     寿は中身を裏表、ひっくり返している。すこし困惑したような横顔にも見えた。たまらず「あ、あの、それ」と口を挟んだが表の表紙をがっつりと凝視している彼が、私の声を無視してそのまま中身を開けて読んでいる。

    「見せかけっていうかね?その中から選ぶんじゃなくてさ、なんていうか、私の気持ちを——っ」

     言っている最中ぐわんと脳が揺れる音がした。抱き締められているのだ、寿に、いま、私は。

    「……、寿?」
    「名前」

     寿が私の肩に顔を埋めているので寿の声は少しくぐもったように聞こえた。「ん?」ともう一度聞き返したら「……名前」と、彼ももう一度今度は囁くように私の名を呼んだ。
     
    「は、はい……」
    「すっげぇ嬉しい——」

     ……ああ、よかった。ほっとしたと、心底から安堵する。あんなに数秒前まで寿命を縮めるだけ心配していたのが嘘のよう。いつもは鈍感で女の子の気持ちなんて全く理解してくれないけれど、私の素直な気持ち、ちゃんと伝わってよかった。
     寿は私から身体を離して、運転席の椅子の背もたれに深く座り直した。正面を向いたままの寿がひとり言のように、けれど優しげな声で言う。

    「近々、見に行ってみっか……部屋」
    「……あ、うん」
    「家具も買い替えよーな、一緒に選ぼうぜ」
    「あー、うん」
    「家の親と、名前の父さんにも挨拶しなきゃなんねーだろうなァ」
    「………そう、かな?」
    「そーだろ、一緒に住むのに何も言わねえわけにいかねーだろうが」
    「うん」

     そして寿はフッと綺麗にひとつ笑みを残して「楽しみだな」と言った。
     部屋探しとか家具の入れ替えとか親への挨拶とか。通常、男性なんかは「めんどくさ…」とでも零しそうなところを、楽しみだななんて第一声に言ってくれたことが、なにより嬉しかった。
     だし、その安心したような表情を見てしまったら本当に私のことを想ってくれているってことも改めて知ることができた。
     やっぱり私は、これから先もプレゼントなんていらないや。その代わりずっと私のそばに居て。それが私にとっては、最高のプレゼントだから。


    「……じゃあ、帰るね」
    「あ、ああ。悪ィな、引き留めちまって」
    「ううん!一緒に……ソレ、開けてよかった」

     私が笑顔を向けて言えば、寿は少し照れたように「おぅ」と短く返して、後頭部に手を当てた。車を降りて助手席のドアを閉めると寿が助手席側の窓を開けてくれる。いつもの流れだ。

    「じゃあ、またね。着いたら安否確認のため連絡してくーださいっ」
    「安否確認って、ずいぶん業務的じゃね?」
    「だって心配じゃーん」
    「寂しいから連絡くれー、とか言わねぇとこが、お前らしいわ」
    「……え、そ……そう?」
    「ああ、素直じゃねえ感じがな」

     寿はおもしろそうに笑っている。私は少しだけムッとしたが、それでも「バイバイ」とちゃんと手は振った。そうして車の後ろに回ると目の前の自宅に向かうため、車が来ない事を一応確認してから道路を渡る。
     この時間帯は車一台だって通りはしない自宅と寿の車を挟むように長く続いている、この道路。


    「名前!」


     その道路を渡っていた真ん中付近で愛おしい人から名前を呼ばれた。ぴたりと立ち止まって振り返ってみれば未だハザードランプがついたままの車の中、寿が運転席の窓を全開にして両腕を運転席の窓からうな垂れるように投げ出し、こちらを見ていた。

    「んっ?」
    「……」
    「なに?寿、」

     私を真っ直ぐに見据える瞳が、街灯の光で一瞬だけわずかに細められたのが見えた。
     その顔、好き——そんな事を思っていた刹那、シュッと寿の右手から何かが放たれた。それは、いつか見たバスケットボールのように綺麗な放物線を描いて、私の頭上に飛んでくる。
     私は思わず「わあ」と素っ頓狂な声を上げながら、それをお手玉みたいにキャッチして、地面に落ちることを阻止するのには成功した。
     手の中に落ちてきた物——ちゃんと、キャッチ出来た四角い箱を見つめていたその視線を、私は寿に移す。


    「安モンだけど!」


     彼はニッと笑うと「じゃあな、家着いたら連絡する」と言い置いて片手を挙げた。そのまま投げ出していた腕を車内に引っ込めたあとは、エンジン音が鳴って寿がチラと横目でこちらを向いた。けれどすぐに視線を正面に戻し、また小さく片手を挙げてくれた。
     その一連の流れを呆然と見ていた私は反射的に片手を挙げて手を振り返す——が、間もなくして寿の車は発車してしまいウインカーのオレンジ色が光って一個目の角を曲がって行った。ブレーキランプ五回点滅�� ア・イ・シ・テ・ル �≠フサイン。……なんつってね。さすがに、しないか。

    「……あっ、」

     そのとき、ふと蘇る、一年前の今日と同じ日の会話を——。


    ��すっげえ高かった��
    ��あのねえ、普通はそんなことないぜ!安モンさベイビー♪とか言うんだよ、イケメンは!��
    ��冗談じゃねえ!いいか?それは俺の汗と涙の��
    ��はいはい、わかったわかった��


     ああ、覚えていてくれたんだなって。��安モンだけど�≠チてさっき言われた言葉が私の頭の中で反芻して思わず顔が綻ぶ。……プレゼントなんてなくてよかったのに。なくていいよ、寿がずっと側にいて笑ってくれているなら。

     私は自宅前の石の階段に座って、一年前と同じように小さな箱についてあるリボンをしゅるっと引っ張る。そうして綺麗に包装紙を剥がして箱の蓋を取った。
     赤いベロア調の小さな箱がマトリョーシカみたいに入っている。それを順に取り出してパコッと開けると中には——キラキラと輝く指輪が入っていた。


    「わぁ……かわいい、」

     キラキラという表現は今までもたくさん使ってきたけれど、その『キラキラ』という言葉はいまこの瞬間のために生まれてきたんじゃなかろうかと思わせるほどの輝きに、私には見えた。
     ピンクゴールドのベースの上にはダイヤが並ぶペアというよりかはファッションリングのそれ。私のためにだけ寿が選んでくれた私好みの可愛らしいリングだ。
     こんな可愛らしい代物を寿が選びにお店に出向いた姿を想像したら、不覚にも笑ってしまった。淡々と説明して来る店員さんに、面食らっている寿の顔とか、もう何がなんだか分からなくて後頭部に手を当て参っている姿を想像したら、さっき別れたばかりなのに、もう会いたくなった。

     でも、これで寿がまた偉そうにする事案が一つ増えてしまったな、なんて思ってしまう。
     次にジュエリー店に指輪を探しに行くときは、きっと寿と結婚するときかな、とか期待しながら想像してみる。「俺、来たことあるからな」とかなんとか言って、知ったふうな顔で偉そうにするんだ。そしてまたいろんな指輪を勧められて頭を抱えるそんな姿、いつ見られるだろうか。ああ、楽しみだなあ。
     私が指輪をそっと手に取って上に翳してみれば内側にきらりと光る、なにかを発見した。


    「………、緑……?」

     指輪の内側にさりげなく、一粒のエメラルドの石が埋め込まれている。

    「ハハ、色見のチョイスがなぁ」

     ピンクゴールドにエメラルド——エメラルドは寿の誕生石だ。内側だから見えないとしてもどうしても��自分�≠�、肌身離さず持っていて欲しいらしい寿の願望か、欲望?に思わず情けない笑みをこぼす。

    「——ありがとう、寿。」

     私は持っていた指輪を傷つけないようにそっと箱に戻して、ようやく腰をあげた。自宅の玄関に入ろうとくるりと振り向いたとき鞄に入れたままの携帯にメッセージが届いたと知らせる着信音が鳴る。
     相手は誰だかわかっている。そう思うだけで、幸せな気持ちになれる、いまのこの瞬間がずっと続いて欲しいと切に願うよ。


    「寿の誕生日には、レモンを山ほど送ろっかな」

     5月22日の誕生花は�� 檸檬 ��
     純粋に、ただ淡い恋心を抱いていた中学生の時に調べた好きな人の誕生花だ。今でも、忘れずにちゃんと記憶している。

     その愛する人も今、この同じ空の下で私を想って、笑ってくれているんだろうなって思ったら、限界なんて飛び越えてどこまでだってがんばれるような気がした。










     檸檬の花言葉は、 誠実な愛。



    (もうひとつは、情熱。)


    ※『UNSPEAKABLE/Every Little Thing』を題材に

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