変態に恋をされた私の末路

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  • 「ちゃんと、私のほう映ってる?」
    「待ってね……、うん、大丈夫!名前ちゃんの顔映ってるよっ!」
    「しっかりとみっちーの実家の居間もな!」
    「名前、アンタへますんじゃないわよ!」
    「もーぅ、わかってるよー」

    いま私は、寿の実家の居間にて、ひとりで留守番をしている最中だ。

    今日は日曜日。寿が顧問のバスケ部の練習が終わったいま、寿の実家に結婚式用の子供の頃の写真なんかを探しにきたのだ。

    これが終わったら、そのまま次は私の実家へ移動し、私の写真を探したあと、夜には両家で食事に行く予定だ。

    私は電話の画面に映るリョータくんらに笑顔を返して、携帯電話が見えないように子細工をする。

    実は今日、もうひとつ重大な任務がある。
    寿に、ドッキリを決行する予定なのだ。

    ことの始まりは一か月前、私と寿の結婚式の友人代表のスピーチをリョータくんにお願いした寿。

    そのとき一緒に、余興もお願いしたのだそう。

    リョータくんは文句を言っていたみたいだけれど
    しっかりとその任務を引き受け、結局、元湘北のメンバーが余興担当になったみたいだった。
    そのことを、寿は知らない。

    突然リョータくんから電話がかかって来て、こう言われた。

    『三井サンにドッキリを仕掛けて、名前ちゃんへの愛の大きさを吐かせたい』

    その映像を私たちを祝福してくれるみんなの前で大々的に見せつけて辱めにあわせて……いや、
    さらにみんなを幸せムードにして、盛り上がってもらおうとの魂胆だそう。

    内容はこうだ。
    早い話が、私は寿に結婚式を延期したいと言う。

    次いで、私の夢を叶えるために、別れはしないが
    距離を置きたいと申し出る。

    先日、寿には内緒で水戸くんのお店に行って、
    みんなと最終打合せをした際、事前に貰った台本を見て、ちょっと無理があるんじゃ……と言った
    私を置き去りに、リョータくんや水戸くんらは、
    「大丈夫、なんとかなる!」と、言い切った。

    ……ので、
    とりあえず、台本のまま話は進めるつもりだ。

    携帯電話でリョータくんとテレビ通話をしながら
    リョータくんや水戸くんらがいる向こう側ではそれを録画している、という流れ。

    携帯電話一個で、便利な時代になったものだ。

    カメラの位置だけ見えるように寿の家のテレビ脇に隠して設置し終えて、向こうの声が万が一聞こえてしまわないように、こちら側の音量をゼロにした。

    よし、準備完了。
    こたつに入り直して、リョータくんたちに見えるように、手なんかを振ってみる。

    今日のこの時間帯、寿のお母さんとお父さんは出掛けていることを知っていた私は、あえて、この日の、この時間帯を選んだのだ。

    携帯を設置すべく、寿には、実家についた途端に「アイスが食べたい」なんて言って、半ば強引にコンビニにひとりで行かせた。

    「この寒い時期にアイス食うのか」とか、「なんで車乗ってるとき寄れって言わなかったんだよ」とかぶつくさ文句を垂らしていたけれど、結局買いに出てくれるあたり、相変わらず優しいなと思っていた矢先、寿が帰宅したようだ。

    よし、名字名前。
    今から、婚約者にドッキリ作戦を決行します!

    「おかえりー」
    「ああ。 ったく、寒すぎだぜ」

    三井サンはコンビニの袋をそのまま台所に持って行ったのか、チラと姿が見えた途端に、また画面からいなくなった。

    俺らは、水戸の開店前の店の中でスタンバイ。
    俺の携帯電話の録画ボタンもバッチリと起動している。

    万が一、電源が切れないようにと充電器も、
    今日は、ずっとぶち差したままだ。

    メッセージの通知もオフにした。
    電話をかけてきそうな奴らには事前に連絡をよこすなと釘を刺しているから、大丈夫だろう。

    俺の隣には水戸含む、桜木軍団。あと、彩ちゃん。花道は練習で集合できなかった。

    残念だよ、こんなおもしろい瞬間をリアルタイムで見れねえなんて。

    三井サン登場に、大楠らが「お!主役のお出ましか!」なんて、すでに盛り上がっている。

    「いま食うのかー?」

    台所からか、名前ちゃんに叫んでいるであろう三井サンに名前ちゃんは「ううん、晩ご飯行ったあと!」なんて返している。

    三井サンが冷凍庫かなんかにアイスクリームを
    入れ終えたのか、居間にようやく姿を現した。

    それでも、名前ちゃんのいるこたつには行かずに、カメラから外れた奥のソファに座ろうとした三井サンに、すかさず名前ちゃんが声を張る。

    「ねえ、寿!」
    「あ?」
    「ちょっと、ここ座って?」

    ちょうど携帯のカメラに三井サンの顔が映る位置
    、彼女の座っている斜め前の席に誘導するべく、
    トントンとこたつのテーブルを叩いている、先輩の婚約者。

    「は?」

    すこし不思議そうに名前ちゃんのほうに歩み寄って来る三井サンが、彼女の誘導もあって、しっかりと彼女の斜め前の位置に座った。

    まず、第一関門は突破だ。

    「え? なんだよ」
    「あ、あのね……、」
    「……なに、早くしろ。」
    「えっとね、真剣な話なんだけど……」

    言って名前ちゃんは、すでに笑いそうになる口元をぎゅっと一度、結んだ。

    「なんだ? なんか……、怖えーんだけど」

    三井サンは、じゃっかんピリついているのか、
    眉間に徐々に皺を寄せていく。

    「あ? なんか嫌なことなのか?それ。」
    「嫌なことかあ……、うーん、嫌なことではないけどぉー」
    「ったく、もったいぶんなァ、早く言えよ!」

    だいぶイライラしはじめた三井サンに、思わずプッと笑ってしまった名前ちゃんは、咳払いで顔を背けてごまかすことに成功。

    「あのね……、か、解散?……したいなあって」
    「はああ!? 解散だあ?!」
    「解散したいの——、寿と。」
    「………。 バカ、無理だろ」

    鈍感な彼でも、すぐに彼女がなにを言っているのか把握したであろう三井サンは、存分にキレ散らかした雰囲気のまま、そう即答する。

    電話の向こう側の俺たちが爆笑しているのと同じく、名前ちゃんも笑いそうになるのを、必死に抑えている姿が、なんだか可愛らしかった。

    「あのー、ちょっとだけね?」
    「………」
    「ソロ、活動したいなーって……」
    「ソロ活動?!……グループのまんまでいいじゃねえかよ」
    「グ、グループって……」

    その三井サンの言葉に、この場にいた全員が
    思わず「グループぅ?!」と声をあげて笑った。

    ああー、ダメだ。この天然記念物。笑っちゃうって、さすがにこれは名前ちゃんも。

    名前ちゃんはもうひとつ咳払いをして、気持ちをしっかりと持ち直していた。頑張れ、名前ちゃん……!

    「いやー、そのね?ちょっとでいいの、ちょっとだけ。」
    「あ? なんだその、さきっぽだけいいかみたいな言い方はよ」
    「あっ!! そういう言葉はダメ!!」

    ぎょっとして思わず正す名前ちゃんの言葉に、三井サンは「ダメな言葉なんかねえだろ」と、逆にぎょっとし返していた。俺らは安定で大爆笑。

    「だから、そのー……、ソロ活動を……ね?」
    「はあ? 俺のことまた・・振ってんのか?ソレ。」
    「またって……ううん、振って! いない。」
    「何でそこ協調すんだよ……、もう、ワケわかんねえこと言ってんじゃねえかよ……」
    「………」
    「なんだよ、誰かに何か言われたのか?」
    「もうそれ、ヤクザの詰め方なんだけど……」
    「うっせ!もうヤクザでもなんでもいいわ!」

    三井サンが、困惑と混乱と動揺を交互に出す。

    情緒が安定しないのか、急に声を荒げたりするので、名前ちゃんは、その度にビクン!と肩を揺らす。

    いつもは可哀想に……と思うそんな仕種さえも、今は作られたコント演技のように携帯電話の画面に映っていて、俺らは失礼ながらにも笑ってしまった。

    「待てよ、待てって。」
    「はい?」
    「一回整理しようぜ? 解散って?なんだ、はっきり言えよ。別れてえってことか?」
    「うーん、ううん。だから、ちょっとニュアンスが違うかなぁ……」

    三井サンはさっきまで、こたつの中で猫背になっていた姿勢を正して、たいそうご立腹と言いたげに、腕組みをしながら名前ちゃんを、片眉を吊り上げて見下ろしている。

    「結婚する前にね? やりたいことがあるの。」
    「やりてえこと?……、で?」
    「うーん……だからね?ちょっとのあいだ、解散したいと言いますか」
    「待て待て、それがよくわからねえ。なんだちょっとのあいだ解散って」
    「距離を……おくと、いいますか……」

    「は?」

    怒っていた三井サンが、今度は愕然とした表情で名前ちゃんを見る。

    別れないと言うことは理解したみたいだったが、距離を置くというワードに反応したらしかった。

    「仮に、距離置くってよ……どんくらいだよ」
    「えーっと……、 一年?くらいかな。」
    「一年?!! オイ、名前、お前。それ本気で言ってんのかぁ?」
    「うん、本気で言ってる」

    名前ちゃんも負けじと真面目な顔つきで三井サンを見やる。

    「家族とかね? 友達にも相談してて」
    「友達って、彩子か?」
    「あー、うん。そうだね、彩子とかリョータくんとか」
    「アホかよアイツら、なに言ってんだクソ。」

    はい、最低ー。
    激しく、最低デス、この先輩は。

    そばに俺らがいねえってことをいい事に……クソ全部会場で流してやろっと。

    「一年距離置くなんていいわけねえーだろうが」
    「え、一年間だけだよ?」
    「あのなあ……、お前。一年って何日かわかって言ってんのか?365日もあんだぞ」
    「まあ、うん。そうだね……」
    「死ぬまで一緒にいるっつたじゃねえか……」

    三井サンのちょっと弱った感じのその声と言葉に
    ここにいる全員が思わず「ヒュ〜!」とハモって野次を飛ばした。

    「死ぬまでなんて言った覚えないんだけどね」
    「それはまずいい。 んでよ、おまえ、足。」
    「足?」
    「何回踏んだら気ィすむんだよ」

    まさかの、こたつあるあるだった。
    どうやら、こたつの中でずっと三井サンの足を
    踏んでいたらしい名前ちゃん。(さすが!)

    「あっはは、ごめん!」
    「さっき二回踏んで来て、もうこれで四回は踏んでんぞ、俺の足」
    「細かっ……ごめんごめん、話に夢中でさ!」

    もう、このコンビは……。
    真剣な話しててもすぐこれだよ。いいけどさ。

    「もうずっと踏まれてんだよなあ、ったく。」
    「へへ、ごめんごめん」
    「べつにもう踏んでていいけどよ、」
    「へっ?」
    「今の話、撤回すんならな……」

    名前ちゃんは、そんな苦し紛れの三井サンの姿を、なんだか微笑ましく見ている気がした。

    だって名前ちゃんの表情が、ほんの少し緩められたから。無意識なんだろうなぁ……。

    「普通にね?一年間、時間がほしいの」
    「まだ続いてたのかよ、その話……」
    「うん。」
    「……別れるとかじゃ、なくてってことだろ?」
    「うん、別れるとか言ったらいき過ぎだと思ってさぁー……」
    「……まあ、んで? その一年のあいだ、なにをしてえんだよ?」

    これから言う俺たちの台本の内容を思い出してか
    笑いそうになるのを、名前ちゃんは必死に抑え込む。

    三井サンはいまから話す名前ちゃんの『将来の夢(嘘)』について、どんな反応をするのか。

    ——要チェックだゼ。


    「私、ボディービルダーになりたいの。」
    「はあ?」

    三井サンは息を吐くように浅く笑いながら、そう聞き返した。

    きっと、名前ちゃんの頭がおかしくなったのだろうと思っていると思う。まさにそんな表情だ。

    「はあ?」

    もう一度、同じ反応を示した三井サンの顔が、
    今度は絶望レベルにドン引きしている。

    「……本気で言ってんのか?名前。」

    もはや、人は窮地を超えると笑えると言うが、
    三井サンも笑いながら名前ちゃんを覗いて聞き返していた。

    そのあと、やっぱり困惑したような顔になって、眉間に皺を刻み始めた。

    「ええ、え? 待て待て、別にいいけ……いや、え? 本気で言ってんのかよ」

    私からの発言が予想外すぎて、寿はずっと半笑いと怒りと困惑を自分の中で処理しようとしているみたいだった。

    電話の向こうで、きっといまごろ爆笑が起こっていると思うと、私は無意識にチラと、カメラに視線を送ってしまった。

    そして、頭を下げて今度は肩でくつくつと笑っている寿に再度、視線を戻した。

    「そうやって、笑われるかなと、思ったから」
    「いや、どういうことだよ……ちょっと、待て
    怖えーって。ボディ……ビルダーって……。」

    しかし、寿もやっぱり、そうそう簡単にはOKが出せないようだ。

    「え、ボディービルダーになりてえのか?」
    「ダメ?」
    「………」
    「………」
    「ダメだろ、普通に考えてよ」

    まさに、検討の余地なしって感じのダメ宣言だった。でしょーねって感じだけど。

    「だってさ?ボディービルダーになるのってさ?食事の制限とか、本気で気合入れてしないといけないじゃん?」
    「………知らねえよ。 まあ、そうかもな。」
    「だからね、それを本気でしたいから、一年間
    みっちり頑張りたいの」
    「や、……こころざしが、高すぎだろーが」
    「メダル取りたいからねっ!」

    真面目腐って言う私に、もう寿は笑いを抑えることが出来ずと言った感じで、ずっと半笑いしながら返答してくる。

    「つか、なんで急にそんなことになった?なんかに影響受けたのかよ」
    「うん、動画とか見てて」
    「動画だあ?ったくよ、バスケなら、わかっけど
    ……、ボディービルダーって……」
    「かっこいいなあって、思って」

    三井サンが一気に押し黙る。
    名前ちゃんが悪びれもせずに、すべて言い切るからでもあるのだろう。

    「寿、幼稚園の頃、なにになりたかった?」
    「は?」
    「将来の夢。」
    「ああ? ガキん頃は……まあ、パイロットとか
    消防士……いや、宇宙飛行士だったか……」
    「あ!私もスチュワーデスになりたかった!」
    「は……?」

    それでも、しっかりと返答する三井サンの姿がおかしくて、桜木軍団は腹を抱えて笑っている。

    「もし、寿がパイロットで私がスチュワーデスだったら、きっとまたどこかで出会ってたね!」
    「ああ、かもな……って!話変わってんだよ!」
    「え。」
    「そもそもスッチーなりたかった野郎が、ボディビルダーだぞ?!掠りもしてねえ、合ってんの
    カタカナっつーとこだけだわ!」
    「確かに!」

    名前ちゃんがカラカラ笑う姿を横目に、三井サンは、盛大に溜め息を漏らす。

    「オイ……、よく考えてみろよ?」
    「はい?」
    「婚約者が結婚間近で、一年間ボディービルダーになるため距離置きてえって」
    「うん」
    「わかった、だったらお前、ボディービルダーの高み目指せ!頑張れよって」
    「はい」
    「言うわけねえだろーが!」

    その通り、誰だってすぐに納得して、言うワケがない話だ。

    「親に……、なんて説明すんだよ、両家の。」
    「お父さんには言ったよ?もう。」
    「あ?! 納得したのか、名前の父さん」
    「うん」
    「はあ?! あのお前と違ってしっかりしてて、
    真面目な父さんが?」
    「私と違ってって……まあ、応援してくれたよ?頑張れって。」

    じと目で名前ちゃんを見やる三井サン。
    お父さんのOKが出ていることにも、納得しないような、そんな顔で口元をもごもごとして何かを言い淀んでいる。

    「意味わかんねんだけど……」
    「ダメ?ボディービルダー、反対?」
    「いや、あの人たちはすげえって思うけどよ…」
    「でしょ?」
    「だからって、なんで俺が婚約者のボディービルダー待ちで、一年距離あけねえといけねんだよ」

    正論すぎて、言い返せないレベルの領域だ。
    三井サンは、もう溜め息が先行していて、ずっと「あー」とか、「はあ」と漏らしている。

    「自分勝手だろうが、それはさすがによ。無責任だと思わねえのか?」
    「………」
    「せっかくこうして結婚しようって、ようやくまた一緒になれて、これから仲良くやってこうってときによ」
    「………」
    「一年間、体作りしたいから距離置きてえって」
    「確かに、それはそうだけどぉ……」
    「一緒にいながら筋トレでもなんでもやったらいいじゃねえかよ」

    さすが高校教師。説教じみてはいるものの、しっかりと会話を繋げるよう、そして、名前ちゃん相手にも諭すように問い掛けている。

    「そんなの出来ないよ!」
    「あ?」
    「やるなら本気でやりたいのっ!!」
    「オイオイ、俺は何でキレられてんだよ……」
    「ごめん……。でも私が本気でやりたいと思ったことをそうやって押し退けるから……嫌。」

    三井サンはついに頭をうな垂れさせて、後頭部をガシガシと掻きむしる。

    「はあー……、なんでボディビルダーなんだよ」
    「やっぱダメなの?」
    「いや俺、それが悪いなんて言ってねえけどよ…
    夢持つことは大事なこった。それは俺も生徒に
    常日頃、言ってっから、わかるぜ?」
    「うん」
    「お前の夢だって、もちろんしっかりバックアップもしてえよ」
    「うん」
    「けどな?なんでボディビルダーなんだよ……」

    夢は大事だとか、バックアップしたいとか言うわりには、まったくもってボディービルダー≠受け入れられていない感満載の三井サン。

    「マジかよ……お前がボディビルダーになんのを一年待つのかよ、俺。」

    言って三井サンは、床にそのまま身体を倒して
    仰向けになる。

    そして、両腕で顔を覆って、あーでもない、
    こーでもないと、ぶつくさ文句を垂れている。

    「もう、嘘つきじゃねえかよ……」
    「え? 嘘つきって?」
    「私からは振らねえとかよー、……もう寿しかいねえとか言ってよ……もう嘘つきなんだよなー、
    名前。」
    「アハハ、ひっど……、すごい言われよう。」

    ふざけているのか、本気なのか「詐欺師」とか「悪魔」とか、そんな三井サンの声が、その後も部屋の中にこだまする。

    「無茶苦茶だろうがよぉー!!」

    もはや投げやりと言った感じで叫ぶと、三井サンはそのまま、ガバッと再度起き上がる。

    「飯とか俺も協力するしよ。だって、一緒に住んでる部屋とかどーすんだよ」
    「無理だよ、だって一年間は葉物と人参しか食べないもん」
    「はあ? 誰の入れ知恵なんだよ、ウサギかお前は! 死ぬぞ?」
    「だって体しぼらなきゃいけないでしょ?食べられないよ、言っても鶏肉とかしか」
    「ストイック過ぎだっつーの……俺でもしねえ」
    「それ以外は絶対に食べません!」
    「葉っぱと?ニンジン、鶏肉?」
    「うん。」
    「マジでウサギだな、ウサギ。もしくは犬。」

    三井サンは、名前ちゃんの夢、ボディービルダー≠ニいうのはさておき、どうしても距離を開けることを納得できないように見えた。

    もう離れるのはこりごりだと、言葉にしなくとも名前ちゃんじゃなくたって、この光景を見ている俺ですら、わかった。

    きっと、この場にいる全員が気付いたことだろうとは思うけどね。

    「なんかあったんだろ? ホラ、言ってみろよ」
    「ううん、本気でやりたいの。私の意志。」
    「はあ? もはや、ドッキリでも笑えねえって」

    正解だ。大成功の予感っス、先輩!
    まさか、バレたか?!と、ひやっともしたが、
    どうやら雰囲気からして、バレてはいないようだった。

    「本気で挑みたいと思ってんの」
    「……本気でっ……、つったってよ……」
    「んでね?」
    「なんだよ……、まだ何かあんのかよ?」
    「トレーニング器具を、全種類、実家に置いてやりたいからぁ」
    「………」
    「300百万くらい、貸してもらえないかな…?」

    当たり前に唖然とする三井サン。
    口をぽかんと開けて、名前ちゃんを見ている。

    「人の金でジムでも作る気かよ、お前は……」

    またそのまま、横になる三井サンが、天井を仰ぎながらなにか考えている。

    「金はまあ、なんとかすっけどよ……」

    そう自分に言い聞かせるみたいに言った三井サンの言葉に、隣で画面を眺めていた水戸が「みっちー、金持ちだな……」なんて呟いていた。

    「お前それよ?」
    「うん?」
    「ボディービルダーになった先、どうすんだ?」
    「まあ、YouTubeでもやろうかな、と……」
    「はあ? チャンネル名は?」
    「………」

    まさか、それは予想外の質問だった。俺たちも思わず、顔を見合わせた。

    ここは、名前ちゃんのアドリブに任せるしかない……!

    「ムキムキ……マッチョ、チャンネル……?」
    「なンだそれ、ダッセ! 方向転換しすぎなんだよボケ。やるなら他にもいっぱいあるだろうが」
    「例えば?」
    「知らねえけど、なんかもっと可愛らしいヤツが!! 他にあンだろーが、色々。」
    「……っ」
    「意味わかんねーよ、もうどこ向かってんだよって話になってくんじゃねーかよ……」

    俺たちも吹き出したけど、言った本人の名前ちゃんがツボっていて、もはや笑ってしまっている。

    「ふたりで一緒にいんのが、一番楽しくて幸せだったじゃねえかよ、昔から。」
    「………」
    「ふたりで一緒にいるから、笑い合えんじゃねえかよ……」

    そうそう、こういうの。
    こういうのが、欲しかったんス!
    あんた、やっぱり最高だよ、三井サン!

    「この世のカップルん中で、一番幸せだぞ俺ら」

    言ってまた体を起こした三井サンは、ついに最終段階か、名前ちゃんの説得にかかる。

    「誰も勝てねえって」
    「………」
    「好きな奴らに、綺麗な晴れ着姿、見せてえんじゃなかったのかよ」
    「………」
    「なんつーか、綺麗事言うわけじゃねえけどよ、ふたりで歩んでいくのが、これからの俺たちには必要だって……」
    「………」
    「俺はずっと、信じてきたけどな。」

    名前ちゃんがまさかの言葉に驚いたのか、鼻を啜る音が微かに聞こえた。それを見た三井サンがぎょっとして声を出す。

    「なンでお前が泣いてんだよ! 薄情者が……」
    「だ、だってぇ……」
    「泣きてえのは、こっちだっつーの……」

    三井サンはまた、「ハアー」とうな垂れる。
    そして、小さく舌を打ち鳴らしてから顔をあげて
    名前ちゃんを見た。

    「人の話聞かねえとことか、どっか抜けてるとことか、ドジだし頭ちょっと弱えーけど。」
    「それ、もう悪口……」
    「違げーって! そういうのもひっくるめて俺と一緒にいるから笑えんだろっつー話だよ!」
    「………」
    「なあ? お前には俺しかいねえし、俺には名前しかいねえんだよ」

    急に見つめ合う三井サンと名前ちゃん。
    三井サンは、真っ直ぐに名前ちゃんを見据えている。

    それでも、また溜め息を吐いたあと、三井サンは小さくつぶやいた。

    「だからな?ボディービルダーなんて……」
    「………」
    「なんなんだよ、ボディービルダーって……」

    また、振出しに戻ってしまった。大爆笑だ。
    改めて腹が立ってきたのか、三井サンがこたつのテーブルに額を付けて、舌打ちをする。

    「——わかったよ。」
    「……え?」
    「最悪、結婚式は延期するとしてだ」
    「はい」
    「距離置くのは、やめようぜ?」
    「………」
    「会う頻度とか、連絡の頻度は考えるし、部屋もまあ……とりあえず俺ひとりで住んだままで」
    「……寿。」
    「いつでも名前が帰ってこれるように、お前の居場所は開けとくからよ」

    名前ちゃんが、ニコッと微笑む。
    それを見て三井サンは、大きく溜め息を吐いた。

    「それでいいよ、ありがとね。」
    「……はあー。」
    「あとね、もう一個お願いしてもいい?」
    「……なんだよ。もう何言われても驚かねえぞ」

    寿はこたつの上に片肘を付いて、頬杖のまま呆れた顔で私を一瞥する。

    絶望真っ只中の婚約者の姿。
    かわいそうなので、この辺で、ネタ明かしをしようと思います。

    「結婚式の余興にね」
    「ああ。なんだ?ボディービルダーの経過でも
    投影すんのか?」
    「うーん。ちょっと違う」
    「じゃあ、あれか。ムキムキマッチョチャンネルの宣伝してえって?」
    「やめて……、違う!」
    「あ?」
    「ドッキリとして、この映像流してもいい?」

    きょとん。
    本当にその言葉の通りの表情で、私を見た寿。

    ややあって、状況をある程度把握したらしい寿は
    脱力したように大きく「はあー」と溜め息をついて、床に身体を投げた。

    胸の上で手を組んで、天井を見つめて放心状態になっている。

    「テッテレー♪ っつってね!」
    「あ゛ァーっっっ!! ったく!!」
    「ハハハ、カメラあそこだよ」

    私が笑いながら指を差した先をチラ見した寿は、声にならないうめき声を口の中で転がしている。

    次の瞬間、勢いよく起きあがり、携帯電話を仕込んでいた付近にズカズカと歩いていく。

    私の携帯電話を手に取り、画面に映って腹を抱えて笑っている電話の向こうのメンバー、リョータくんや水戸くんに、顔を真っ赤にして罵声を浴びせていた。

    「名前もよ! お前これ!」
    「えっ?」
    「ティッシュ箱わざわざ破ってまでやることかよっ!!」
    「あっはは、ごめんね!」
    「どこに携帯入れてんだよ、雑すぎだっつーの」

    この映像が、彼らの手によってどんな形で式場を笑いに包むのか、それを考えると、なぜか私は微笑ましい気持ちになった。

    「三井サン!最高っす!!さっすが〜」
    「みっちー!感動の映像にするよ、俺らも頑張ってなっ!」
    「あのなあ、おめぇらよ……」
    「ご馳走様♡三井先輩っ!」
    「盗撮が犯罪って、テメエら知ってんのか?!」

    いつまでも、こんなふうにみんなと笑い合って
    暮らしていけますように。

    みんなの笑顔の中心に、私と寿がいることを、
    とっても誇りに思えた瞬間だった。

    寿と私の結婚式まで、指折り数えてあと何日かな。わくわくとドキドキが駆け巡る。

    みんなと笑顔で会えること、
    楽しみにしてるからね。

    みんなが幸せになれる
    そんな素敵な結婚式に、なりますように。










    でも 最後 には許されちゃうからね。



    (三井サン、ボディービルダーはOKなんスか?)
    (ああ? まあ……名前の想像したらアリかと)
    (もう、みっちー、それはヘンタイの域だぜ?)
    (名前ちゃんなら何でもいーんでしょ♪)
    (うっせお前ら! 招待状はく奪すんぞ!)
    (アハハハハ!)
    (名前!お前は笑える立場じゃねえ!!)

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