幼馴染の推ししか勝たん。

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  • 「ねえねえ、水戸くん」
    「んー?」

    今日は寿と水戸くんのお店に晩御飯を食べがてら軽く飲みに行こうと話していた。そんな寿はまだ部活の練習中で暇を持て余した私は先に水戸くんのお店で、すでに一杯ひっかけているところだ。

    平日の早い時間ということもあってお店にはまだ私しかいない。水戸くんは、もつ煮込みを仕込みながら私の問い掛けに緩く返事をよこしてくる。

    「ずーっと気になってることあるんだけどさぁ?あの、聞いてもいい?」
    「えー?まぁ、答えれる範囲でなら」

    私はその返事を聞いて手に持ったグラスのハイボールの氷をカランと回しながらぽつりと言った。

    「水戸くんって、彼女いないの?」

    やけにお店の中に私の声が響いた気がした。言ったあと、きょろきょろと何故か挙動不審になってしまう私。これではまるで、私が水戸くんに想いを寄せていて思い切って彼女の有無を問い掛けたみたいだ。

    と、言うのも。彼と出会った高校時代から、そういった類の質問は、水戸くんが「してくるなよ」のオーラ全開だったため、こうして改まって聞くことに緊張してしまうのだ。

    私の質問には特に反応しない水戸くんの背中を、私は不思議そうに眺める。あれ、聞こえなかったのかな?と思った刹那、仕込みが終わったらしい水戸くんがくるりと振り返って、私の座っていたカウンター席の真ん前に立つ。

    今度は棚のグラスを取って手を伸ばした水戸くんの顎あたりを眺めてみた。水戸くんってシャープな輪郭だよね。肌白いし。顔なんてつるんとしていて、吹き出物なんか出ているのを見たことがないかも、昔から。煙草を吸う人って肌が荒れるなんて聞いたことあるけど、そんな感じ微塵もみせないよなぁ、この子。

    そんなことをひとり、ぼんやりと考えていると、自分の分のウーロン茶をグラスに入れた水戸くんが、それをひと口飲んで私を凝視する。

    「へ?」と、思わず間抜けな声を発したわたし。水戸くんは、フッと笑って目を伏せる。

    ガタンと音がしたと思ったら、カウンター内の椅子を持って来てそれに座った水戸くんが頬杖をついて片眉を僅かながら吊り上げる。

    「なんで?」
    「えっ?……な、なにが?」

    私は思わず目をぱちくりとさせて水戸くんからの「なんで?」の意味を考えてみる。ああ、自分で質問したんだった。「彼女、いないの?」って。

    「あっ、いや。なんか聞いたこと……ないなぁーって」
    「……ふうん。」

    水戸くんはいつもの無表情に戻って、自分の手に持っているグラスを見やる。その表情をぼーっと眺めていたとき、ふと高校時代の記憶が蘇り私は「あ」と声を発した。

    「ん?」
    「なんかさ?高校の頃、あったよね?」
    「なに?」
    「え?水戸くんが彼女出来たとか噂が立ってぇ、んで、結局なんにもなかったって、オチ」
    「え? あった?……いつ頃の話?」
    「うーん、確かねえ……バスケ部のインターハイ予選直後?夏休み前に」
    「……あったっけ?」





     16歳 夏
    ― 16歳 夏 ―



    彩子と教室でお昼ご飯を食べているときリョータくんが楽しそうに私たちの席の目の前の席の椅子を引いた。

    「なによ、どうしたの?リョータ」
    「すっげーネタ聞いちゃった」

    私と彩子が顔を見合わせたあと、怪訝な顔つきでリョータくんを見やる。リョータくんはそんな私たちを一瞥したあと少しだけ体を屈めてコソコソ話をする要領で声を小さくする。私たちも反射的にすこしだけ、体を屈める。

    「水戸、彼女できたらしいよ」
    「えっ……」

    その発言に声を発したのは私だった。目を見開いて屈めていた体を起こしてリョータくんと距離を取る。そんな私を上目遣いで見たリョータくんが続けざま言った。

    「やっぱ、気になるんだ?名前ちゃん。」

    ニヤリとほくそ笑むリョータくんから、サッと顔を背けて「全然?別に?」と言った私の声は明らかに上ずっている。

    ……チガウ、これは違うんだ。リョータくんが「気になるんだ?」なんてわけのわからない質問をしてくるから、ちょっと驚いて焦ってしまっただけだ。たぶん……。

    「なに、アンタ。三井先輩はどうしたのよ」

    彩子までリョータくんの悪ノリに乗っかってきて目を細めて私を伺わしい目つきで覗き込む。

    「どうしたって、なに!? べ、べつに、うまくいってるよ。普通。モーマンタイ」

    背中に変な汗がじわりと滲む。えっ、な、なに?これじゃあまるで私が水戸くんを好き≠ンたいじゃん。

    「なーにがモーマンタイよっ。三井先輩に言いつけてやるわよ?」
    「なっ……!」

    私が顔を赤らめてぐっと押し黙るのを置き去りに彩子がリョータくんに問う。

    「でぇ? 誰なの?相手は。」

    「湘北の子?」と聞いたあと、彩子は残りのサンドイッチを頬張りながらリョータくんに視線を向ける。

    「うん。らしーよ?先輩だって聞いたから二年か三年だね」
    「へえ。水戸洋平に彼女ねえ……」

    そんな二人の会話を聞き捨てて、自分の未だ鳴り止まぬ心臓の音の意味を模索する。

    「……」

    水戸くんのことは、たしかに好きだ。でもそれはリョータくんや桜木くんに流川くん、桜木軍団や彩子に晴子ちゃんに想っている感情と同じようなもの……だと思うんだけどなあ。

    あと、まさか彼に、特定の子が出来るとは夢にも思って無かったので、驚いたことでの動揺に近い気もする。けど——、実際にはどうなんだろう。

    確かに私は水戸くんが私と仲良くしているということに、特別視していたような気もする。不良、近寄りがたい謎が多い、女子の隠れファン多し。そんな彼がバスケ部に無関係の私と普通に接してくれる、その事実に僅かながらにも優越感に浸っていたのではないか。

    気付けば私は、机に頬杖を付きながら瞑想していた。そんな私に目の前に座っていたリョータくんが「名前ちゃん?」とコンコンと机を叩いたことで、私は閉じていた目を開ける。

    「ん」と斜め上を指差すリョータくんの指先を見れば不機嫌そうに突っ立っている私の彼氏の姿。頬杖を解いて「なに?」と寿に向かって聞けば、寿は更に不機嫌に顔を歪める。

    「ずっといたわよ?三井先輩」

    寿の背後、私の席の隣に座っていた彩子が呆れたように言い放つ。

    「え、そーなの?」
    「ええ。教室の入り口に立ってて、私が手招きしたのよ。二、三分まえに」
    「あ、そうなんだ。」

    私は視線を机に戻して食べかけのおにぎりを口の中に放り込む。むしゃむしゃ食べながら目の前のリョータくんを見れば、リョータくんは口の端を吊り上げてプッと吹き出す。

    「ん? なに?」

    口の中におにぎりが入っているので、くぐもった声でリョータくんにそう聞けば、突如耳を寿に引っ張られてしまう。

    「い——ッ!!」
    「もっと喜べよ、クソが。」

    状況が把握できず寿を睨むように見上げれば、私の耳を掴んでいた手を離した寿はそっぽを向く。

    「彼氏シカトで飯食うこと優先すんじゃねえ」

    ぼそぼそと言った寿の言葉が彩子とリョータくんにも聞こえたらしく、二人はくつくつと笑っている。そんなふたりをギロリと一瞥した寿の視線がまた、私に降り注がれる。

    「三井サン、なにしに来たんスかー?」

    椅子にうな垂れるように背を預けたリョータくんが聞く。

    「あ? メール返ってこねえから、なんかあったのかと思って」

    やっぱり不機嫌そうにそう言い返す寿に、リョータくんはきょとんとしたあと、「ああ、」と眉毛を吊り上げる。

    「愛されてんね、名前ちゃん♪」

    ヒッヒッヒと笑うリョータくんの頬をぎゅんと掴んでやれば、「イテ」というリョータくんの声と共に、その手がパン!と振り落とされる。

    私の手を振り落としたのは、もちろん寿で、ずっと不機嫌な顔を晒したまま「返事かえせよ、めんどくせーな」と、会話の繋がりが意味不明な言葉を発して、私たちの教室を出て行った。

    それでも開けっ放しになっていた二年一組の教室の扉をバンッ!!と勢いよく閉めた寿が相当、不機嫌なことはここにいる三人、全員が察知した。


    「……なぁーに怒ってんだろ、寿」

    寿の出て行った入り口を見ながら、ぽつりと言った私の言葉に彩子は小さく溜め息を吐く。

    「噂、聞いたんじゃないの?三井先輩も」
    「噂?」
    「ええ、水戸洋平に彼女が出来たって」
    「……」
    「んで、アンタの様子を見に来たとか、それ類でしょ」

    飄々と言ってのける彩子を見つめる私。

    「あ〜、なるほどねっ!それに違いねーや」
    「なんで私の様子を見に来るの?」
    「アンタほんと馬鹿ね。自覚ないわけ?三角関係なこと」

    その彩子の言葉に目を見開いて、ぱちくりと瞬きする私にリョータくんが言った。

    「たしかに。三角関係だよね」
    「ま、待ってよ! なにそれ、なんでそうなったの?いつから?はっ?!」

    私が抗議して、顔を真っ赤に染め上げているとき昼休みを終える予鈴が鳴り響く。


    結局わたしは、二人にいいように揶揄われただけで、水戸くんに彼女が出来た真相をはっきりさせられぬまま、放課後を迎える。

    当たり前に体育館の入り口にバスケ部見学のため向かえば、いつものメンバー、桜木軍団がたむろしていた。

    ちょっとドキドキしながら、素知らぬ顔で「お疲れー」なんて言って体育館に入ったとき、肝心の噂の人物が居ないことに気付く。

    「あれっ? 水戸くんは?」

    咄嗟に出た私の問い掛けに答えてくれたのは野間くんだった。

    「なんか洋平、遅れるんだと」
    「ふうん。」

    ここで「あ、水戸くんに彼女できたって本当?」と聞かなかったのは、真実を知りたくないという私の本能からか——。自分でも分からない。


    バスケ部の練習が間もなくはじまって、私はあぐらを掻いてコート上の桜木くんに声を掛ける三人の後ろ、体育館の入り口付近に立って、外と体育館の中を交互に見ていた。

    体育館に目を向けるたびに、チラチラと寿と目が合う。なに注意散漫してるんだろ、ちゃんと練習に集中しなよね、なんて心の中で呟く。

    不意にまた、体育館の中から視線を外に向けたとき水戸くんがこちらに歩いてくる姿が目に入る。

    「あっ! 水戸くん!」

    思わず手を掲げた私に、一瞬目を見開いた水戸くんはヘラっと笑って手を胸の高さで軽く翳し返してくれた。

    私の隣に立った水戸くんに「おかえり」と言ったら、「なんで、おかえり?」なんて、困ったように眉をさげられた。

    「……」

    ……彼女と、逢引きして来たのかな……。聞いてみようかな。お昼にリョータくんが言ってた噂話の真相。そんなことを一人脳内会議していたときハッと、気付いたことがあった。

    わかった。私、水戸くんのファン≠ネんだな。この好き≠フ感情って、愛とか恋とかそんなんじゃなくてアーティストに向けるやつ。いわゆる推し≠ニかいうやつだ。

    なるほどだから彼女が出来たなんて言われてモヤモヤしたのか。ははーんなんだ。スッキリした。


    「名前さん?」
    「へ?」

    不意に水戸くんに名を呼ばれて、水戸くんのほうを見やれば首を傾げられた。

    「なに?」
    「いや?……俺が、推し≠ネの?」
    「えっ!!!?」

    途端に私は、沸騰したヤカンみたいに頭から湯気が出る勢いで顔を赤面させる。

    「ぜーんぶ、口から洩れてた」

    ハハハと、水戸くんは緩く笑う。私はわたわたと弁解を述べたかったが、口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。

    「ちなみに、彼女なんていません」

    そんな私を置き去りに、水戸くんはコート上の桜木くんを見ながら淡々と言ってのける。

    「えっ? あ、ふうん。そーなんデス、ね」

    あはははーと棒読みで、私もとりあえず笑ってみせる。チラとこちらを見た水戸くんと目が合う。水戸くんはすぐに視線をコートに戻してから言った。

    「名前さんって、可愛いよな」


    ………。

    「……」
    「ナイスー、花道ー!」

    ……うっわー、うっわー!!!やばーい!!やばぁーい!!推し″ナ強——。

    「危ない——!」
    「え、」


    ——パーン!!

    水戸くんの声と同時に、私の目の前に水戸くんの手のひらが見えて思わず目を瞑った。

    バン、バン……とボールの弾む音が真下から聞こえる。目を開けて足元を見れば、バスケットボールが私の足元で弾んでいた。どうやらコートから飛んできたボールが私に当たる前に、水戸くんが止めてくれたらしい。

    「あ……ありがと、水戸くん」

    水戸くんがボールを取り上げて、コートのほうに投げたあと「ううん、当たらなかったか?」と聞かれ、コクンとひとつ頷いた。

    「ミッチー、ちゃんとパスしろよな」
    「うっせーな!あんなボールも取れねえのか!」
    「なぬっ!!」

    そんな騒ぎ声がコートのほうから聞こえてきて、チラと見れば桜木くんと寿がぎゃんぎゃん言い合いをしていた。

    すぐに走り出してボールを追いかける二人を目で追っていたとき、隣から、呆れたように鼻で笑う水戸くんの声が聞こえてきた。

    「俺に、当てたかったワケね」
    「……え?」

    水戸くんを見やれば、ハハハとやっぱり緩く笑うだけの、水戸くんがそこにいた。








    「ねー、寿の周りでも噂になってた?」

    その日の帰り道、やけに口数の少ない寿に私から話題を振ってみた。

    「なんの?」
    「えー?水戸くんに彼女が出来たらしいって噂」
    「……なんで」

    一応で繋がれていた雰囲気の私の手を離した寿がその手を自分のジャージのポケットに仕舞いこんだ。そして眉をひそめて、不機嫌そうな顔をしてこちらを見た寿に、私は首を傾げる。

    寿もすぐにプイッと顔を背けてしまったので私もとりあえず前を向き直ってなんとなく思いついた言葉を発する。

    「水戸くんって、なにが好きなのかなー」
    「喧嘩。」
    「それはそうかもしれないけどさあー?」

    そうじゃなくてさ、と笑いながら返してチラと寿を見上げてみればやっぱりまだムッとしている。

    「……」
    「……」
    「なんで、怒ってるの?」

    私が無言の先にそう聞けば、寿は頭をガシガシと掻いたあと、その長い腕を伸ばしてきて私の肩をつかんだ。そのせいで反射的に立ち止まる体勢になってしまい寿のほうに体を向かせられるオチ。


    「お前の彼氏は誰なんだよ」

    「言ってみろよ」と寿が低い声で言う。私はきょとんとしながらも当たり前みたいに返事を返す。

    「え? 寿だよ?」

    寿は怯んだみたいにゴクンと唾を飲み込む。そして私からすっと手を離してまた先を歩き出した。私はそれにパタパタとついて行く。

    「……」

    あれ?……もしかして。


    「寿、」
    「……あンだよ」
    「すきだよ。」

    歩きながらポケットから出ていた手を握って言えば、いま掴んだ寿の指がぴくりと反応を示した。

    「水戸くん彼女いないって言ってた、」
    「……」
    「私、水戸くんのこと好きじゃないよ」
    「は、」

    足を止めて、ぽかんと口と目を見開いた寿が唖然として私を見る。

    「好きじゃない、大丈夫だよ」

    途端にすぐまた怒りだして「まぎらわしいんだよっ!」とか、わけのわからないことを言っていたけれども、怖くもなんともない。

    フンとまた歩き出した寿の顔を覗き込みながら、私は抑えきれず笑いながら問う。

    「ねぇー、」
    「……あ?」
    「もしかして、ヤキモチ妬いちゃってたのー?」
    「……ッ」
    「寿って、可愛いね」

    高い頭をよしよしと撫でてみたらその手を掴んで立ち止まった寿に噛み付くようなキスをされる。唇を離して、余裕のない顔のまま「悪いかよ」とつぶやいた寿に、ドキッとした。

    ああ、こんな近く……私の目の前に大推し≠ェいたことに、いま気付いたよ。


    「私はずーっと寿推しだけどねっ?」
    「なんだ、推しって。わけわかんねえ」
    「いーの、推しなの。永久推し。」
    「よくわかんねーけど、あっそ。」

    そんな素っ気ない返しの寿が私の手を握り直して恋人繋ぎに変えた。そのあたたかい温もりを逃がさぬように、私もその手を握り返して、心の中で呟いた。

    私はずっと、あなただけの
    推し活≠すると誓います、って——。








    「なんとなく……いま、それ思い出した」
    「ええ……ごめん、覚えてないや」

    水戸くんは申し訳なさそうにも、浅く笑って席を立つ。そのときガラガラーと常連客らしき三人組の女性が入って来た。

    当たり前にカウンター席に座るところを見れば、きっと水戸くん目当てなのかな、なんて瞬時に思ってしまったけれども。


    ——ガラガラー……

    反射的に入り口を見やれば扉を開けたのは寿だった。私を一瞥して私の座るカウンターの席の横の椅子を引いた。

    「まった一人で先に飲んでんのか」

    「この飲ん兵衛」と頭を中指で小突かれる。全然痛くないけどね。

    「一杯だけだよ?」
    「まァた水戸のことたぶらかしてたのかよ」

    言ってケラケラと楽し気に寿は笑いながら、肩に掛けていたバッグを取り去る。

    「水戸、ビールとなんか軽く飯」

    カウンターの中から女性三人と話し込んでいた水戸くんに向かって寿が声をあげる。

    「はいよ」

    水戸くんの返事のあとチラと、その三人組を見て見れば寿を見ながらヒソヒソ話をしているようだった。たぶん、かっこいいとかなんとか、そんな話をしているのだろうと、これまた瞬時に悟す。

    私が少しだけムスッとして正面を向き直し両手でグラスを持って口を付けている横から、寿が私を覗きこむ。

    「なんだあ? 嫉妬してんのかよ」
    「……はあ?」
    「名前はほんと、可愛いな」

    ぐしゃぐしゃと髪を掻き撫でられてその手をやんわりと払う。水戸くんからのグラスを受け取ってひとりで楽しそうに笑いながら寿が、乾杯と言いたげに私のグラスにカチンとジョッキをぶつけてきて、その中身を飲む。


    「悪い?」

    ぼそっと言った私の声が聞こえていたらしく途端に笑うのをやめた寿が私のほうを見る。グラスの持っていないほうの手でカウンターに頬杖をついた寿の姿が目の端に映る。

    「俺の彼女は誰なんだよ」

    偉そうにも、きっと口角を吊り上げて言っているような寿の声が聞こえて来て、チラと寿を見れば案の定、思ったまんまの表情。なぜか勝ち誇ったような顔でこちらに体を向けて私を見ている。

    「……わたし。」
    「ハイ、よくできました。」

    寿は頬杖を解いて、今度は私の頭を優しく撫でてくれた。その手がぐいっと寿のほうに寄せられてチュ、と軽くこめかみあたりにキスをお見舞いされたとき。

    目の前のカウンターの中、水戸くんとチラと目が合ったら何故かウインクをされて私は赤面した。










     わたしの 推し は、今日も尊い。



    (湘北高校ってさ、イケメン多かったよね)
    (お前が他に気ィ散りまくってただけだ)
    (でも本命はあとにも先にも寿だもーん)
    (あーっそ。じゃあ、ずっと俺推しであれよ)
    (お! 推しって言葉学んだんだ?)
    (せ、生徒が言ってて覚えたんだよ)
    (ふーん♪)

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