形のないものなら壊れない

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  • なんやかんやで復縁した彼氏の寿とは気が付けばいつのまにか同棲なんてし出しちゃってたりする今日この頃。なんだか自分でもびっくりだ。

    「なぁ」
    「うーん?」
    「たまには一緒に買い物でも行かね?」

    朝、思わず持ってた歯ブラシを取り落としてしまった。それを、躊躇うことなく拾い上げてくれた寿が私の落とした歯ブラシを濯いで寿の歯ブラシが入ってある歯ブラシ立ての横に私のを立てる。

    「あ?なに見惚れたんだ。さっさと口ゆすげよ」
    「……ん、っ」

    言われるがまま口をゆすいだ。それをずっと見ていたらしい寿がニヤリと口角をあげる。

    「……へっ? なに?どしたの?」
    「いやぁ?どーせ化粧してくんだろ?」
    「あ、うん。急いで準備するから待ってて!」
    「ああ、ついでに……それもちゃんと隠せよ?」

    そう言って寿が自分の鎖骨あたりを長い指でコンコンと叩く。洗面台の鏡越しに目が合う。

    「吸引性皮下出血」
    「なっ……!!キスマークを正式な呼び方しないでよっ!」
    「ふはっ、目立ってるぜ〜、吸引性皮下出血♪」

    ヒラヒラ〜と手を振って洗面所をあとにする寿の背中めがけて「ヘンタイ!セクハラ教師っ!!」と声を張って怒鳴ったけど、リビングからは寿の笑い声しか聞こえなかった。

    寿のそんなひとことがきっかけで同棲生活をしてから初の二人でお買い物!という展開になった。


    というわけで。眠気眼もパッチリ冴え、私たちはいま、大型ショッピングモールへ向かっている。地元に近いところの住み慣れた土地で平和に同棲生活をスタートさせたので、このあたりは景色も低くてかなりのどかだ。寿の愛車、私専用の助手席(とか言ってみたかった)に座り好きな音楽を流しながら寿の運転でモールへ向かう。

    「今日はねー、洗剤とー、洗濯バサミと輪ゴムと日焼け止めと七味とわさびとー」
    「オイオイ、どんだけ買うつもりだよ?」
    「あとクッションと座布団と花瓶と、ピンとシュシュとー」
    「オイこら、それ誰が払うんだっつの」
    「えっ?寿だよ?高校教師のミッチーせんせっ」
    「はぁ?!ふざっけんな!またかよっ!」

    そんな他愛も無い会話をしながらモール内を歩き出す。まずは小物から!と、近くにあった雑貨屋さんへ寿の袖を引っ張りながら入る。

    「うっわ……ピンクぅ……」

    そう寿が眉をしかめて呟くのも、無理はなくて。私が選んだショップは商品ピンクだらけのまさに女の子らしいショップだった。私は一人でもよく入るけど、寿を連れて入ったのは今日が初めて。

    「いや〜、やっぱかわいい、このお店!」
    「なー、名前」
    「んー?」
    「俺、店出てっから一人でゆっくり見てろよ」
    「えー!ダメっ!寿も一緒に見るのっ!」

    ほらこれとかかわいいでしょ?と取って見せたのは苺柄のクッション。寿は大袈裟にも、ますます嫌そうな顔をする。

    「名前には合わなくね?女子っぽすぎだろ」
    「はぁ!?それどーいう意味?」
    「お前じゃなかったらいけるかもだけどよ」
    「うっざ、ほんとうざいわこの男〜」
    「惚れてるくせに相変わらず口だけは達者だな」

    寿はそう言ってニヤッと笑い、スタスタと歩いてショップから出て行く。まぁ、このくらいは高校時代と同じだから慣れっこさん。私はくすっと笑いながら当初の目的のピンとクッションと花瓶、あと、適当に見つけたコースターをお買い上げ。小走りでショップを出ると目の前のベンチに足を組んで座ってる寿。私は駆け寄って声を掛ける。

    「寿っ」
    「……おぅ、目当てのモンあったかよ?」
    「うんっ、可愛いの買ったよー」
    「あ?金は?」
    「払ったよ、たくさん買っちゃった」
    「会計ンとき呼べって。俺が払うつもりだったのによ」
    「大丈夫、ありがと。さっ、次行こっ」

    進行方向を指さして促すと、寿はふぅ、と小さくため息をついて立ち上がる。そして、いそいそと無言で私の手にしていたショップ袋を奪うと空いた手で私の手を取った。

    「……ん?」
    「……」
    「んん?」

    そのままくるっと背を向けて、いつものペースで歩き出す寿。ちょっと、意地悪心が芽生える私。

    「え?なに、寿。」
    「……うるせ。いいだろ、こんくらい」

    あ。寿耳まで赤い。後ろにいる私にははっきり見える、背の高い寿が耳まで真っ赤にしてること。わたしは、笑いを堪えるのに精一杯だ。

    「……」
    「……」

    ほんとかわいいなあ、寿って。そんなことを思えるのは幼少期から寿を知っている、私だけの特権かな、なんて調子に乗ったりする。

    「……、なに笑ってんだ!」
    「いーや、気にせずリードしてくださーいっ」
    「チッ。腹立つぜ……覚えとけよ、ったく。」

    私はぽんぽんっと寿の背中を叩く。頑張れ頑張れミッチー先生!なんちゃって。寿は罰が悪そうにそそくさと歩き出す。その後ろで、ひひひと笑いを堪え切れない私。まぁこれも、いつものこと。


    雑踏の中、長い長い通路を歩き、いろんなお店に寄って、途中お昼を食べて。最後にたどり着いたのは食品売り場だった。

    「結局、スーパーがシメかよ……」
    「仕方ないよ、ナマモノ持ち歩くわけにもいかないし」

    ぶつぶつと呟く寿にそう言って私がカゴとカートを取りに行くその瞬間、私と寿の手は自然に離さざるを得なくなり……。

    「……」
    「……」

    たったそれだけのことなんだけど……なんだか気まずくなってつい苦笑してしまう。それを目敏く見ていた寿がぽつりと言う。

    「……俺がカゴ持つか?」
    「ぷっ、なに寿。そんなに手ぇ、繋ぎたいの?」

    くすくす笑うとぺんっと小さく頭をはたかれた。なぜだ。寿はそのままカゴを取りに行く。今日は甘えたさんなんだなぁ、なんて思って、ちょっとほっこりした。ああ、幸せだなあ。


    結局ここでも手を繋いでお買い物をした。洗剤、輪ゴム、七味、わさび。当初買いたかったものは全部カゴに入った。あとは、適当に安かった野菜だとかお惣菜とかお菓子を選んでカゴに入れる。

    「あ、そうだ!忘れてた!」
    「あ?」

    満杯になってきたカゴを重いなんて愚痴らずに、余裕の表情を見せる寿をさすがだな、と思った。そんな寿の手を引いて私は衛生用品コーナーへ。

    「朝、歯磨き粉なくなりそうだったんだよねぇ」

    私はいつもの歯磨き粉を手に取る。そして、寿の持つカゴに入れてさぁレジだ!と思ったそのとき私はハッとした。朝気づいたことその2。ナプキンがなくなりかけてたってこと。次回、困るだろうなって携帯にメモしたの、すっかり忘れてた。

    「どうした?早くレジ行こうぜ」

    寿は私をレジに促す。でも私は「あ、う、えー」と曖昧な返事しかできない。いや、いいか。明日一人で買いに行こ、いつもみたいに。と思ったんだけど……。

    「……」
    「……な、なんだよ」
    「あー、えー……っと……」

    だんだんと私は恥ずかしくなってきてしまった。絶対顔も赤い。もういっか!同棲してるんだし!

    「あ、あのね、……な、ナプキン……!」

    と、開き直ったものの、私は寿の顔を見れない。

    「……」
    「かかか、買うからっ」
    「……なァに照れてんだよ、中学生かお前は」
    「うっ、うるっさいの!寿うるさい!」

    頑張って言ったのに当の寿はしれっとした顔だった。乙女の恥じらいを返せー!とか顔を真っ赤にしたまま私は生理用品の棚の前まで向かう。

    「で?夜用は? いらねーの?あれ安いぜ」
    「え、あーそうだねー……って!!なに率先して選んでんの?! ドン引きなんだけどっ!」
    「金出すの俺なんだからよ、俺が選ぶ」
    「アホか!このムッツリスケベ!ヘンタイっ!」

    私が寿の頭を叩こうとすると、寿にぐいっと腕を引っ張られた。

    「うおっ!!?」

    品の無い声をあげ何かと思って見ると……その、いわゆるゴム=i避妊具)などが置いてある棚の前に私と寿はいたわけで。

    「——っ、ひさしぃ!」

    私はその場から離れようとするのに寿はぎゅっと手の力を強めて離さない。もげるって!私の手!

    「どれがいいよ?いっつも俺ばっか買ってるし、たまには名前が選べ」

    寿は私の体を引き寄せ、肩に腕を回した。途端に顔が近くなる。やだ、恥ずかしいってば……!

    「し、しらないよっ!好きなの買ったらいいじゃん!女子にそんなの聞かないでよっ!最低か!」
    「だからなに照れてんだよさっきから。煽んな」
    「誰が!」

    ちょうどそのとき後ろで熟年の老夫婦がくすくすと笑いながら通り過ぎた。あー!絶対うちら見て笑った!高校生かって!もう私たち立派な大人!

    「も、いいから離してっ!」
    「ダメだっつの。ホラ、選んだら離してやらあ」
    「なんなの、ムッツリ……!」
    「なぁ、早くしろって」
    「……っ」

    私は自分の体温がバカみたいに熱くなってることを必死に気づかれないようにして——、

    「……」
    「……」
    「……」
    「……〜〜〜ッ」

    恥ずかしさで何故か目頭が熱くなる。仕方ないかと諦めて小さく指を差す。寿が「あ?」とか言いながら私の顔を覗き込んで来たのでそっぽを向き意を決すると、私は口を開いた。


    「……ぅ、……すい、のっ……!」

    蚊の鳴くような声でこのムッツリ差し歯に伝えてやった。絶対、死ぬまでネタにされるだろうな。

    「……エロ、……。」

    寿はそう呟いてくすっと笑うと、私の耳にキスをした。このムッツリ差し歯ーっ!!いつのまにか形勢逆転してしまった。だけど、これもいつもと同じだ。高校生の頃から変わらない事実。

    そして結局手を繋いだままレジへ向かう。順番に商品が会計カゴに移されて行く中、『極うす!』と書かれたコンドームを無表情で打ち込むレジのおばちゃんに感心する。当たり前だけどがさすがだ。接客のプロ。とか思いながらも私は、色濃いため息を吐いたのだった。








    「なんかなぁ……」
    「あン?」

    私はぽつりと切り出す。モールからの帰り道、買った荷物をぶら下げ、寿の愛車に乗り込んで帰路につく。土手を沈む夕日が眩しくて目が痛い。

    「付き合ってたときはアイスとかだったじゃん?賭けとかしてさぁ、負けた方がアイス奢るの」
    「おー、そんなこともあったな」
    「だから、なんかこう、さあ?普段一緒に買ったりしないものを買うの、ちょっと楽しかった」
    「歯磨き粉か?」
    「うん」
    「あー、わさびとか?」
    「うん」
    「ローションな?」
    「買ってませんっ!」

    お互いの笑い声と一緒に車は軽やかに走る。今日はずっと手を繋いでてくれた寿。そんないまも、ハンドルを持たない左手は、しっかりと私の手を握ってくれている。調子に乗るから言いたくないけど、本当はすごくうれしかったんだよ?ずっと手を握っていてくれたことが。


    「寿、」
    「あー?」
    「またさ、手繋いでお買い物、しようね」

    不意に私の見た寿の目がめちゃくちゃ優しかったから、私も素直に微笑み返した。










     きみがいなかった 時間 を埋める。



    (さっそく帰ったら使おうぜ)
    (え?なに?苺柄のクッション?)
    (極うすコンドーム)
    (——!! こンの、ムッツリ!!)
    (超極うす選んどいてよく言うぜ)
    (勝手に超≠チて付けるな!!)
    (あーあー、うるせえなぁ、ムッツリ名前)
    (——ッ!!!)

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