第四次世界大戦の終戦日。

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  • 結局あれから、名前とは連絡を取っていない。というか、いつも圏外だったので電源ごとOFFにしている可能性が高い。水戸の店にも一切寄り付かなくなったらしく、実家にも行ってみようと思ったが周りから今それをやるとストーカーだと通報されかねないからと止められた。水戸の店で最後にあいつと会ってから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。

    そんな中、部活を終えて帰路についていたとき、宮城から着信が入る。期待していた相手ではないことに思わず舌打ちをしてしまうが、とりあえず気だるげに電話に出た。

    「……あ?」
    『あ?ってさ、アンタ……。お疲れっす。』
    「おう」
    『元気ないね相変わらず。あのさ、名前ちゃんと飲み行くけど三井サンも来る?』

    ——ガシャン!!ゴトン、ガチャ。

    思わず携帯をコンクリートに落としてしまった。「だいじょぶ?!」という宮城のクソデカボイスがスピーカーから漏れている。重苦しい溜め息を吐きながら携帯を拾い上げ、また耳に当てる。

    「……わりぃ、落とした」
    『知ってる。壊れてない?すっげー音したけど』
    「知らね、だいじょぶなんじゃね」
    『……擦れてんなー。で?来んの?』
    「はっ、俺が行ったってどーしようもねーだろ」
    『ふーん。呼んでもいーって言ってたけどね』
    「え……」


    と、いうことで、いま俺は、水戸の店の座敷席に座っているというわけだ。目の前にはビールジョッキに枝豆、漬物、肉じゃが、宮城。いつもと変わり映えのない光景を眺めながら俺は酒を呷る。

    暫くすると、名前が入ってきて当たり前に宮城の横に腰を下ろした。どうやら俺の隣に座る気は一切ないらしい。

    「……よぉ、久しぶりだな」
    「うん」

    結局、名前は小一時間ほど店にいたが「そろそろ帰るね」と宮城に言い置き、金を置いて店を出て行った。その間会話したのは始めの「よぉ、久しぶりだな」と「うん」のみ。俺の存在は、ないものとして扱われていた。

    「え、てか三井サンたちマジで別れたの?」
    「さあな……それっぽいよな、この感じ。」
    「まあ、さっきも会話してなかったしねー」
    「会話も何も俺なんていねーみたいな空気だったじゃねえか」
    「たしかに。まあでも今日は名前ちゃんにDVD貸すだけだったし、そもそも飲みに無理やり誘ったの、俺だからねー」
    「だろうな。そんなことだろうと思ってたぜ」

    俺の究極のノリの悪さに、宮城との会話に所々、沈黙が生まれてしまうがもう気にしない。そんなこと気にしてる余裕がない。悪いな、宮城。

    ややあったその沈黙を破るように宮城が「あのさ」と口を開いた。

    「……あ?」
    「行ってみれば、実家」
    「何でだよ。ストーカー呼ばわりされるって注意して来たのおめぇらだろが」
    「だって今日は三井サンいるのに来たわけだしさ?名前ちゃん。」
    「まあ、……たしかにな」

    また生まれた沈黙。よし、と俺は意を決して立ち上がる。宮城がすかさず「今日は俺のおごりね」と手をヒラヒラと振るので「サンキュ」と奴の肩を叩き、俺は店を出て急いで名前の実家へと向かった。

    チャイムを鳴らしたあとはどうしよう、とりあえずいいか、話し合えるなら。などと考えながら名前の自宅方面に歩いていたとき、横に流れる海の方を向いて立っている一人の人影に目がいく。

    立ち止まって目を凝らせば、手すりに手をついてぼーっと海を眺めている名前の姿だった。俺は、フゥと一度息を吐き、ぐっとスニーカーの爪先に力を入れて足を進める。


    「名前。」

    彼女の背後に少し距離を開けて立ち、その名を呼べば、振り向きはしなかったものの、少しだけ顔を上げた仕種が見えたので声が届いたのだと認識する。

    「……横、行ってもいいか?」
    「ん、」
    「さんきゅ」

    俺は名前の横に移動して、手すりに腰を預けると名前の見ている海とは反対側に体を向ける。

    無言のまま時だけが過ぎて行く。俺が両手をポケットに突っ込んで足元の小石を蹴っていると海に視線を向けたままの名前がぽつりと言った。

    「それ、楽しい?」

    その声に反応してチラッと名前を見やる。それでも彼女は一切こちらを見ようとはしない。

    「全然楽しくねえよ」
    「……」
    「絶望って感じだな、そばにいても絶望。」
    「そばって?」

    俺を見ずにそう訊いた名前は、不意に空を見上げる。今日は曇りだったからか星は出ていない。

    「おまえの。」
    「ん?」
    「こんな近くにいても、絶望だって言ってんの」
    「……そう?」

    言ってようやく名前が体を俺と同じように正面に向き直した。腰を手すりに預けて少し俯き加減で自分の足元を見ている。また生まれた気まずい沈黙。それを破ろうと今度は俺から口を開いた。

    「——で、どうする?」
    「……なにを。」
    「別れんのか?」

    ザザ、と波の音が俺の言葉をさらって行く。俺はゆっくりと顔を名前のほうに向けた。それでもやっぱり名前はこっちを見ようとはしないけれど。

    「別れるよ……」
    「はぁ……マジかよ。」
    「マジだよ。」

    温度が無くやけに落ち着いた声。ザザッとまた波の音が一瞬大きく鳴り名前の髪が微かに揺れる。

    「え、つーかこれって、もう別れてんのか?この今の状況」
    「……別れてるよ。」
    「別れてんのか、なんだよ、ギリ付き合ってんのかと思ってたぜ」
    「……ギリ、別れてるよ。」
    「へえ。」

    なんだかこの状況どこかで体験したことがある気がして記憶を巡らせる。ああ、高校ん時。別れたあとに俺の家に荷物を取りに来たときの会話か。

    何年経っても俺たちは同じようなことを繰り返しているんだなと情けなくなって気の利いた言葉も言えずに、ただ苦笑するしかなかった。

    「言ってたじゃん、自分で。このあいだ。」
    「なにが?」
    「喫茶店で、お前を信用できねーしって……」
    「ああ……、そうだ。言ったわ、言った。」
    「……」
    「なあ、ほんとに別れんのか?俺ら……。」
    「……」

    じっと名前を見据えていても一向にこちらを向こうとしない彼女が、降参と言いたげにハァと溜め息を吐いたのを見てちょっと希望を見出したりする。ここで調子に乗ったらダメなのに。こういう自分が好きになれない。

    「一緒にいたいなら、いれば?」
    「……え、」
    「あーでも、寿の番号とか消したから、連絡取る手段ないけど。もう登録する気もないし」
    「……」
    「それでもいーなら……、勝手に側にいれば?」
    「——それでも、いい。」








    「……で、第四次世界大戦はどっちが勝ちそうなんだ?ミッチー」
    「そんなの名前ちゃんの圧勝に決まってんじゃん。てかそれ、わかってて聞いたっしょ?」
    「ちぇっ、バレたか」

    名前と話したあと、毎日仕事が終わってから彼女の実家に足を運んだ。インターホンを鳴らせば出てきてくれるし、外で少し話したり、アパートに来て欲しいと言えば翌日の俺が仕事の終わりそうなタイミングを見計らってか、はたまたそのときの気分でかは知らねえけど、駅で待っていてくれたりもする。

    まあ、会話は弾まねえけど。それでも俺は彼女に対して酷いことをした自覚はあったし、こうして一緒にいてくれるというだけで今は満足だった。

    信頼を取り戻すって言い方もなんだか変だが、少しずつ二人の仲が回復していけばいいなと、今は奮闘中なわけで。

    そんな中、今日は宮城を連れ出して水戸の店で作戦会議。会議って言っても俺がずっと名前とのことを話しているだけだけど。カウンターに座り、目の前には水戸、宮城の横には俺たちが来る前から飲んでいたらしい野郎軍団の野間がいた。

    「何だ、結局それから会ってんのか?姉さんと」
    「まあ、会ってるつか、会いに行ってるつーか」
    「頑張るねー、三井サンも。」
    「けど、元サヤに戻るために名前を口説いてんだけどよ。何も反応がもらえなさすぎて、さすがの俺でも心が折れそうだぜ……」
    「仕方ねえだろーな、とりあえず姉さんの好きなものとか聞いてみたらどーだ?」
    「聞いた!聞いたのっ、でもよ……」

    野間の質問に食い気味に反応する。聞いたんだよ名前の好きな男ってどんな男だ?って。そしたら俺の言葉に被せる勢いで「サイコパス以外」と即答され撃沈。それを伝えると宮城と野間は失笑していた。水戸は揶揄ってんのか笑ってっけど。

    「姉さんってそんな感じなのか。俺らといるときは特に変わんねーけどな」
    「自業自得なんだけどよぉ。ここまで変わっちまったあいつを見て、俺だって動揺してんだよ」
    「まーね、今回ばかりは三井サンやりすぎだったからね。薬盛ったりさっ?」
    「だからっ!ミンティアだって言ってんだろ!」

    前は不安なことがあれば、潤んだ瞳で俺を見て、まるで子犬みたいな表情で縋って来てたのに、今となりゃ「飲み会に行って来ていいか?ちなみに女とかいねえから」と言えば「へー、行って来れば。そもそも今の私たちの関係で女の人がいようがいなかろうが関係ないしね」と返ってくる。

    「しまいにはよ……あー、サザエさんやってる、とか、俺と一切目ェ合わせてくれねんだよ」
    「ミッチーそれ、付き合ってる意味あるのかよ」
    「正直俺も新しい扉が開いちまいそうでよ……」
    「バカバカ、閉じろ閉じろ」

    野間のツッコミに、「冗談だよ」と目の前の杯を手に取り、ぐびっと呷る。

    「んで、こないだよ?珍しく、ニコニコして携帯見てっから、何見てんだ?って聞いたわけ」
    「ほう、で?」
    「見てるのは私を純粋に綺麗な心で思ってくれていた高校の頃の寿で、あんたじゃない。こっち来ないで、って言われた」
    「三井サン、ドMだと思われてんじゃねーの」
    「だから高校時代って言うならと思ってよ、とりあえず実家から学ラン持ってくっかと思ってる」
    「もうミッチー、心底嫌われちまえよ」

    そんな相談なんだかコントなんだかよく分からない飲み会を終え、俺は溜め息をつきながら家路につく。ふと携帯の画面をつけてみても当たり前に名前からの連絡は一本と入っていない。

    そんな俺は俺で、大学のときの友人から飲み会に誘われても女がいない時しか参加しなくなったことで、友人らに「何?彼女厳しいの?」と言われて「いや片思い相手。別に向こうは俺が飲み会行こうが気にしねえけど。何か俺が嫌だから」と、真面目に答えたりする。

    また、それは学校でも同じで、急にご飯も飲み会も女の先生が居ると決まって断りはじめたから、女性教員たちが「え……若いのに意外に硬派なんですね、三井先生」と、好感度上げてしまうので「相手は元恋人ですけど。少し前にフラれたんですよね」と素直に言う。

    ほんと今回ばかりは自業自得つーか……向こうの優しさで、俺が彼女を好きでいることを許可されてるだけのようなものだしな。

    俺のスマホの待ち受けは懲りもせずに名前とのツーショット写真なので、職場や生徒には三井先生(ミッチー)は彼女(元カノ?)大好き≠ニいうイメージが浸透している。仕事で疲れていると待ち受けを見て元気を出したりしてるのを周りに見られているからってのもあると思うが。

    それこそ周りからは「彼女(元カノ?)からの連絡を待ってるのかしら」とか思われてるらしいけど、もう自分には見せてくれないキラキラ笑顔の名前を見て充電しているだけ。あーあ、つら。片思いってこんなに辛いんだな、忘れてたわ。なんか、高校の頃に戻った気分だ。

    あとは、二人でいるのが気まず過ぎて宮城や彩子を誘って、水戸の店で飯を食ったりもする。でも結局、居心地が悪くて開始早々、俺が水戸のいるカウンター席に避難する始末。

    それでも遠くから見る名前のキラキラ笑顔が眩しくて「お゛っ……」と呟いたまま沈む俺を水戸は毎回、ちょっと呆れながら引いて見ている。

    宮城や彩子といるときは、たまに名前とも目が合う。カウンターからじっと俺が見すぎているから疎ましくて視線を寄越しているだけかもしれないが、目が合うと口パクで名前に「ばーか」と言われる。慌てる俺。そんな俺を見て水戸は「ファンサもらったみてーな反応だな」と揶揄う。

    だけどやっぱり、二人きりになった途端に触れることはおろか、絶対に俺とは目を合わせてはくれないのだ。








    いつも俺を楽しませて喜ばせてくれる名前が大好きだった。それは彼女を意識しはじめた幼少期から今でも変わらずに。その最愛の相手が、もう俺には微笑みかけてくれないらしい。

    きっかけは、ほんの些細なこと。元湘北メンバー以外との飲み会に参加すると言われたとき。なにか嫌な予感がして、後日、道端で会った奴との仲を疑っただけの話。あの野郎の名前を見る視線に含みを感じたから。俺は、名前を信用していないとかそんなんじゃなくて、自分が不安で押しつぶされそうで、ただ、未熟なだけなのだ。

    一気に頭に血が上って、どうすることも出来なくてアパートにあった荷物を投げ出し、彼女を閉め出した。

    そのあとすぐに宮城に連絡して相談。安定でお叱りを受けるも俺がだーっと喋り倒して「ぜってー浮気したんだ、あいつ!信じらんね!」と、捲し立てて、宮城がしょーがねーなって感じで折れて無言のまま俺の話を何時間も聞いてくれた。

    水戸から連絡をもらったとき、もうこのまま店に迎えに行ったついでに仲直りしちまおうとも思ったけど、やっぱり不安がぬぐい切れない俺は日を開けて名前を駅前の喫茶店に呼び出した。

    会ったら普通に話すつもりだったのに、そのために日数を開けてじっくり頭を冷やしたはずだったのに……。

    久しぶりに名前の顔を見たら——、本当に裏切られていたらどうしよう、と消し去っていたはずの不安が押し寄せて来て頭がおかしくなった。

    藤真のこと含め俺の中で消化できていない問題がそうさせてしまうのだと思う。でもそれってよ、名前には全く関係のねえ話だよな。俺が勝手に解決できてなくて拗らせてるだけなわけだし。

    あの日、彼女にしてしまった行為すべて俺は行き過ぎだったと自分でも理解している。なんなら、スマホを割ったとき、いやミンティアを取り出したときすでに思っていた。でも、やっちまった。

    甘えてたわけじゃねえ、何でも許されるなんて思ってねえ。俺が、名前に依存してるだけだ——。

    でも俺からは振ることは出来ない。それは責任感とかじゃなくて、ただ純粋に彼女のことを愛していたからだ。せっかくまた一緒にいれるチャンスが巡ってきたのに、それを自ら手放すなんてこと俺には出来そうにない。てか、したくねえ。

    それでも……もう別れたほうがいいんだろうな、なんて考えてしまうのも事実で。近い内、本当にそう俺から言ってしまいそうで、怖かった。

    だからもうこのまま生産性のない付き合いをしていくつもりなら、さっさと名前から俺を捨ててくれりゃあいいのになと、心のどこかで思い始めていたりもする。








    数日後、学校が早く終わったのでその足で名前の実家に行った。時刻は、五時ころだったと思う。そしたら家にいたらしい彼女の父親に水戸の店に行ったと言われ、俺もそのまま向かった。

    ちょうど前回会ったとき車に乗った名前がピアスを車の中に落として行ったので、届けようと思っていたから。


    「こんなこと、俺が言うのもアレだけどさ」

    まだ店が開いていない時間だったようで店の目の前、海を見ながら話し込む二人の影を発見する。こちらには背を向けている状態なので、俺の存在に二人は気付いていないようだ。言わずもがな、その二人とは水戸と名前だった。

    「もっとみっちーに優しくしてやんなって」
    「んー。」
    「最近店くるたびにさ、ひっでー顔してるぜ?」
    「あははっ、ちょっとやりすぎたかな?」
    「あははって……、笑ってる場合かー?」
    「あんなことされて冷たくもしてなきゃ、やってらんないって。こちとら薬盛られてんだよ?」
    「気持ちはわかるけど……でもあれは偽装だったって、わかったんだろ?」
    「まあね」
    「じゃあ、なんできっぱり別れてあげねーの?」


    何かここにいてはダメだと体から警告が出ている気がする。

    人生、なりたいと思えば本当に叶うと何かで見たことがあるけれど、俺は彼女から振られることを望んでいるから、いま、その俺の希望が叶ってしまいそうなこの展開。

    俺とこれからどうやって終わっていくかを今その口から明かされそうな勢い。願っていたくせに、聞きたくないと、本能が後づさりしようとする。本当、自分のこういうところが好きになれない。

    けど名前は、どうしてこうまでして、俺と一緒にいるのだろうか——。

    たとえここにいては危険だと体から警告が出ていたとしても、今日が本当に彼女との最後になったとしても、いまここで聞かなければいけないと、なぜか変な使命感に駆られている。

    「何だかんだクソみたいな扱いされてもみっちー優しくしてくれてるんだろ?」
    「……」
    「今に本気で愛想つかされるぞ。いーのか?」
    「うーん……だから、私がしてあげられることはもう終わりかなあって」
    「え? してあげられることって……」
    「私から突き放したから……だから、水戸くんのお店であの日、寿に背を向けたときに決めたの」
    「……」
    「とことん、嫌なヤツになってやろうって。」


    ——え。


    「寿は絶対に別れる気はないなって。また私から振ったらさ、寿は私の本心はどうだったんだろうとか考えて私たち同じこと繰り返す気がしたの」
    「あー……なるほど」
    「寿には私とこのまま別れたあと「ああ、せーせーした」って思って残りの人生楽しく生きて欲しいんだよね」
    「……何だよそれ、じゃあわざと?バレるに決まってるって、名前さん嘘下手なくせして」
    「……うん。だからずっと……寿の顔は見ないで喋ってた」


    ……風が吹いて、髪を耳にかけた名前の情けなく笑う横顔がここからでも見えた気がした。そうやって遠慮がちに笑うその顔も、ずっと好きだった。それよ、守ってやりたく、なるんだよ——。

    「私、すぐ顔に出ちゃうから……もうわかってるんだよ。寿の気持ちがちゃんと希望通り、私から離れていってるって」
    「名前さん……。」
    「だからこのまま……内緒にしといてね」
    「……あのさ、同じこと繰り返してんのは、名前さんの方なんじゃねーの?」
    「え……?」
    「……また、繰り返すのか?」
    「……」
    「高校のときみたいに——。」


    ——ラインッ♪

    水戸がそう言うのを見計らったかのようなタイミングで、俺のマナーモードにし忘れていた携帯のメッセージの軽快なリズム音が場もわきまえず、その場に鳴り響く。

    慌ててスマホの画面を開けば相手は宮城からで、こんなときに『この動画見て!めっちゃおもろい!』と、合わせて動画のURLが飛んでくる。

    水戸だけがゆっくりと振り返って、固まっている俺と目が合う。どうやら煙草を吸っていたみたいで携帯灰皿に煙草を押し付けた。

    「……さってと、開店準備しねーと」

    「俺戻るよ、じゃあね」と、未だ海の方に体を向けたままの名前に言い置くと、水戸は俺の真横を通り過ぎて行く。

    通り過ぎ際、行け、と言わんばかりにポンと腰を叩かれた。俺はぐっと爪先に力を入れてゆっくりと名前の元まで向かう。彼女の真後ろにたどり着いた頃、背後からガラガラーと水戸が店の扉を開けた音がした。


    「盗み聞ぎなんて、悪趣味だね」
    「……」
    「ほんと……、サイコパス……っ、」
    「……、」

    俺と目を合わせない理由。俺を見もしない行為がその為だとなぜ早く気付かなかったのだろうか。なぜ、気付いてあげられなかったのだろうか。

    「あの、これ、よ……ピアス。」
    「……」
    「車に落っこちてたぜ……」
    「もういらない。早く帰って、ウザいから」
    「……」


    ……わかる。ンなのわかるっつの、何年おまえを見てきたと思ってんだ。なんなんだよ、おまえ何なんだよ。なんで——泣いてんだよ、名前。


    「……お前に、そのやり方を変える気がねえなら俺もお前と同じようにやるからな」
    「……何?用事が済んだなら、さっさと帰……」
    「よく聞けよ。」

    俺が名前の言葉を遮って後ろから力強く抱きしめると名前の肩がびくんと跳ねた。俺は彼女の首筋に顔を埋めて言う。

    「名前のことなんか大っ嫌いなんだよ、一秒でも早く別れてぇよ=v
    「……、ひさ……、」
    「死ぬまでお前のこと、大嫌いだからな=v
    「………っ、」
    「ああ、せーせーした=v
    「——う、うっ、……っ、」

    名前が俺の腕を振りほどき、勢いよく俺に正面から抱き着いてきた。俺はそれをしっかりと受け止める。

    「わたし……っ、早く、別れたい……ッ」
    「……うん」
    「寿なんか、大っ嫌い……っ、」
    「そうか……」
    「……う、うぅ……っ」

    名前がぎゅうぎゅうと俺にしがみついて涙を流す。だから俺も息が止まる程に強く抱きしめ返した。

    「なあ、もういーだろ。もう気は済んだだろ」
    「ヤダっ、は、早く……帰ってよ……っ」
    「ああ。じゃあ——、一緒に帰ろうぜ。」
    「……、う、ん……っ、」


    今までで一番上手だった名前の嘘は、やっと暴かれ、その瞬間、俺たちは以前のような関係に戻ることが出来た。

    喧嘩するほど仲がいいなんてよく言うけど、喧嘩なんて結局はエゴとエゴのぶつけ合いで本音をさらけ出したところで分かり合えるものでもない。

    時の流れは過去を浄化して人の心を癒すもんだ。けど、癒えない傷だってある。

    だから、一緒にいるんだよ。おまえと。

    本音を言い合ったって、言葉で分かり合えないこともあるから、癒えない傷だって山ほどあるからだから、これからもこうしてお前のそばにいさせてくれよ。なあ、名前——。










     だけならいくらでもあげるよ。



    (おーい、いま花道たちも来るってー!)
    (あ、水戸くん……)
    (飲んでけよー、バカップルー!)
    (誰がバカップルだ、水戸!)
    (海沿いで抱き合っといて、どこが違うんだ?)
    (う、うるせえ!)
    (第四次世界大戦は無事、終わったのかー?)
    (……お陰様でな。ついさっき終戦日迎えたよ)

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