恋はナンセンス6選
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※教師になった三井に恋心を抱く生徒の話
湘北高校、卒業式。
式を終えて卒業生が教室に戻り、最後のホームルームが終わるころ、放送部の粋な計らいで卒業ソングが校内に流れ始めた。
右手にはインスタントカメラ、左手には卒業アルバムを持って、友人と写真を撮ったあとに卒アルにメッセージを書いてもらう。書き終えたら次の友達の元まで走る。
三年生の担任を請け負った先生たちも、廊下で卒業生と楽しく談笑しながら写真を撮っている光景が目に映る。
『廊下は静かに歩きなさい』と、三年間色んな先生から耳にしたセリフも今日は聞こえてこない。先生たちも走って友人のクラスに向かう私たちに生徒に「転ぶなよー」なんて笑顔で声をかける程度で、毎日が卒業式だったらよかったのになんて高校生活最後の日にくだらない事を考える自分を嘲笑う。
「ねぇ、次誰のクラス行く?」
「うーん、どうしよっかなー」
高校に入ってから一番仲が良くなった友人とそんな会話をしながら手を繋いで廊下を歩いていると、三年三組の教室内の賑わっている声が聞こえて来た。
「ミッチー相変わらず人気者〜!」
友人が私と繋いでいた手を離して、三組の教室の扉を掴んだままその教室内に響き渡るように声を上げる。
私の隣のクラスの担任、三井寿先生は学年の人気者で、先生を取り囲む生徒たちを見れば、先生とのツーショット写真を撮るのは難しいかもしれないとさとす。
「ミッチーはやめろって言ってんだろ!」
生徒に囲まれたままの三井先生が、いつものように自身の呼び名を私の友人に向かって注意をしながらも、その表情は柔らかく笑っていた。
そんな三井先生が廊下の壁に背を預けて友人と三井先生のやり取りが終わるのを待つ私の姿に気が付いて、先生が気怠く廊下に出て来たのが見えたので、私は静かに顔を上げた。
「名字、卒業できてよかったな」
「おかげさまで」
一緒にいた友人はそのまま三組の教室に入り仲の良かった子たちと写真を撮って騒いでいた。そんな声をBGMに私はそっと壁から体を離す。
「お!インスタントカメラか、懐かしいなあ」
「いま流行ってんだよ、インスタントカメラ」
私の右手に持たれたカメラを奪い取った先生が、楽しそうにレンズを覗いてパシャパシャとシャッターを押す。
「ちょっと!勝手に撮らないでよ!」
三井先生からカメラを奪い返そうとしたら、高々と頭上にあげられて何度もジャンプして取り返そうと試みたが、その大幅な身長差に私は、届くはずも無かった。
「名字、せっかくだし撮ろうぜ」
グイッと肩を寄せられ、先生の長い腕が目の前に伸びて来てカメラのレンズが私と三井先生に向けられる。ギリギリセクハラで捕まりそうなそんな行為も、三井先生だから許されるのだろう。(人気者って怖い)
高校一年生の後期から三年生の初期にかけて学校に来なくなった私に、三井先生は何度も歩み寄ってくれた。
中学からバスケットをしていた私は、湘北でももちろんバスケ部に入部して一年生の頃からレギュラーにも選ばれた。
三井先生が通っていた時代は女バスが無かったらしく、バスケ部顧問の三井先生は男バスも女バスも強くして有名校にしたいと何度も聞かされた事をふと思い出して苦笑いする。
怪我をして挫折して、不良まがいな事までして親にも学校にも迷惑をかけた約一年半の高校生活、三井先生の熱い説得兼、アプローチによりバスケ部に戻ったのは三年生に進学した春の話。
三井先生には多大なる敬意を捧げたい。
「三井センセ」
「あー?」
「これ、書いてよ」
「ん、」と卒アルのメッセージページを開いて油性マジックも添えて渡したら「お前に伝えるメッセージなんてねーよ」なんて悪態をついて笑う。
私が思わず反論しようとした頃には、キュキュキュとペンを走らせる音が耳に届いて来たので言いかけた言葉を飲みこんだ。
「名字よ、」
「はい?」
「大学ではサボんねーでしっかり授業受けるんだぞ」
「分かってるよ」
「単位くれた先生がたに土下座してから校舎出ろよ」
「……うるさいなぁ、感謝してるってば」
ちらりと三井先生を見上げれば、その言葉とは裏腹に優しい表情で私の卒アルにメッセージを書き込んでいる。そんな先生の姿に、胸の辺りがチクりと痛んで独り言のように言葉が口を衝いて出た。
「私さ、……先生のこと好きだったよ」
「あン?……、知ってるよ」
「そーじゃなくてさ、その……本気のやつだよ」
「は?」
ペンを走らせていた音が止まって、三井先生がチラッと私を見たあと「バーカ」と言って、また止まらせていたペンを走らせた。
「でもセンセーにさ、」
「あー?」
「それよりも伝えたかったことあんだよね」
「はい、なんでしょうか?問題児代表 名前ちゃんよ」
「うるさいっ!」
「ハハハ」
「……その……、——ありがとね。」
意地っ張りな私が。
わがままで自己中で負けず嫌いな私の口から放たれた、そんなストレートな言葉に三井先生は、一瞬目を見開いて私を見やると、すぐに「ぷっ」と噴き出して豪快に笑い出した。
「失礼だよ!ちゃんと感謝伝えてんのに!!」
「わりーわりー、だって笑うだろ名字からの感謝の言葉なんて」
そう言って卒アルを開いたまま返して来た三井先生から私は卒アルを受け取って、右の余白のページいっぱいに書かれた三井先生のメッセージにまた胸がチクリと痛んだ。
今ここで書かれた内容を読んでしまうと絶対に泣きそうだったので、内容は確認せずすぐにパタンと卒アルを閉じたとき、不意にポンっと頭に手が乗せられた。
その手の主は、もちろん三井先生で。
「普通の女子高生に戻ってよかったぜ」
「……う、ん。」
「バスケット、楽しかったな。」
「うん……。」
「名字がいてくれてよかった」
「三井センセ……。」
瞼に溜まった涙が零れないように、頑張って顔をあげたら、三井先生が優しく笑っていた。
式の最中も泣かなかったのに、部活の連中に激励されても泣かなかったのに。
今はその雫が、瞼からいっぱいいっぱい溢れて来て頬に落ちる。そんな私を見て「参った」って顔をして、私の額を中指で小突く三井先生。
「ミッチー!こっち来て〜!」
三組の教室の中から先生を呼ぶ声が聞こえてきて、教室のほうを振り返って「待てって!」と返した三井先生の名を、私は最後にもう一度しっかりと呼んだ。
「三井センセイ!!」
私の方を振り向いて「あ?」と呑気に返事をした先生に、涙を腕で乱暴に拭ってから深呼吸をした。
そして、三年間の中で、一番の笑顔を向けて言ってやった。
「結婚おめでとう……!」
感謝の気持ちと共に、
伝えたかった『祝福』の言葉を。
「……、サンキュ。」
一瞬、目を見開いて驚くその顔と、そのあとにニッって笑う、少年みたいな笑顔がずっと大好きでした——。
温
かい さよなら。
(さよなら、私の初恋
ありがとう、私の青春。)
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