神奈川県立湘北高校。わたし、名字名前はその湘北に通う現在高校二年生のぴっちぴち現役JK。

でもJKって実は死語らしい。担任のミッチーこと三井寿がよく使うだけで私たちもそれを真似て使っているだけ。

そう、我がクラスでは昔の言葉、いわゆる死語がミッチーのお陰で密かにブームを起こしている。

その担任、ミッチーの話を少しさせていただくとまあひと昔まえの言葉を借りればイケメン。ほんとうに、とにかく顔がいい。

あと声もいい、身長も高いし、スポーツ万能だし学年問わず湘北高校の看板で人気教師だ。

そんなミッチー、実はこの湘北高校の元卒業生だという。

いまでも一階に設けられているガラスケースの中には当時ミッチーがバスケ部でインターハイ予選を二位に収めたときのトロフィーや、全国に行って秋田県のなんか詳しくは知らんけど、とにかくバスケが強かったらしい高校に勝利した栄光の記録が飾られている。

その影響もあってなのか、自ら志願したのかは定かではないがミッチーはいまや、バスケットボール部の顧問だ。去年と同様、今年もバスケ部はインターハイ出場が決まっている。

相も変わらずミッチーは特に女子たちからは、けっこうガチな(恋愛目線の)人気を持続させ続けているが、実は私も二年生に進級する前までは、ミッチー推しだった。

けれど、あまりのライバル(?)の多さに気持ちがさーっと冷めて今ではただの担任と教え子。

……っていうふうに、見るようにしてる。
(マジで気を抜いたら沼りそうで怖いから)

ミッチーは、まったくプライベートを明かさないことで有名だったが、そのミッチーが結婚するらしいと噂が立った時期があった。

それでもそれは嘘だったとか、破談したとか、なんかそんな話題で一時期、学校内が騒がしくなった。それでも本人が口を閉ざしたままだったこともあって、いまではすっかり結婚疑惑ネタは鎮火し、前と同じような平和な日常に戻っているが。

いま、ミッチー
……彼女とか、いるのかな。


ガラガラー……とホームルーム中であろう教室の後ろのドアをそーっと開けて中に入る。

廊下をかがみ腰で歩いて来たとき既に、二年一組の教室のほうから、ええ声、ミッチーの低音ボイスが響いていたので、ミッチーがいること自体は気付いていたけれど……。

わたしの姿を一瞥するドア付近のクラスメイト。「おはよ」と口パクで言ってくれる友人らに「よっ」と言う代わりに手を顔の前に翳して挨拶を返す。

「——で、きょうは午後に全校集会があるから」

ミッチーとは絶対に目を合わせない、そう意気込んでそそくさと背を低くして窓際、一番後ろの自分の席へと向かう途中……。

「名字。」
「!!」

——ギクッ、

かがみ腰のまま、自分の席が目の前、というところで私は動きをピタッと止めた。

「堂々と遅刻してくるたぁ、いい度胸してんな」

ここでようやくチラッと横目にミッチーを一瞥するわたし。

黒板前の教壇に右肘をついて寄っかかる体勢のミッチーが、楽し気に首をすこしだけ傾げている。

きょうはスーツに……、はいはい、ジャージを羽織ったスタイルね。安定のやつや。

あ……でもそれ、新しいジャージだ。ミッチー、アディダス好きだよね。どこで買ってんだろ? ネット?アウトレット?公式店??

横目でミッチーを見ながら目をせわしなくぱちくりとさせる。そろそろこの体勢も腰が死にそうなので何か回避策を練らなければ。

またいつものミッチーと私の茶番がはじまるぞと言いたげに、クラスのみんなが私を振り返りクスクスと笑っている声が徐々に増えていく。

「どれ? きょうのドレミの歌の言い訳は?」
「……、」
「聞こうじゃねえか、名字よぉ。」

ミッチーの言葉により、その茶番劇の幕が今日も切って落とされる。

「——はい、ド。」
「あーっと……、道路工事してて通れなかったっすね」
「はい、レ。」

続けざまに言うミッチーにドヤ顔を返して腰をすくっと持ち上げ、後ろに並ぶロッカーに偉そうにも寄り掛かるわたし。

「連休明けキツいっすねー、体内時計狂っちゃってるから」
「はい、ミ。」
「——見て、」

スカートのポケットから慣れた手つきで私は小さな紙を取り出して翳してみせる。

「遅延証明。ちゃんとあるしぃー」

電車の遅延証明書をあたりまえに翳している私にミッチーは笑いそうになる口を一度ぐっと噤んだあと、片眉を歪める。

「それ、いつのだ。って何回言わせんだよ、いつもいつも同じ紙晒すんじゃねえよ」

そのミッチーのキレのある突っ込みに、教室内がドッと笑いに包まれる。

「はい、ファ。」

そう言われ、サササ、と自分の席に座って姿勢を正す私が「もう座ってたし」と言ったあと、どや顔を晒して付け加える。

「ファインプレーすぎて困っちゃうってねー。 ずっと前から座ってましたよ?ええ。」
「あ? どこがファインプレーだ。はい、ソ。」
「外見てミッチー。」

言って私が座ったままで親指を突き出し、窓の外を指す。それにつられてクラスメイトらも窓の方を見やる。

「めっっっっちゃ風つよいんだって、」
「……ってめえ。」

ミッチーは舌を打ち鳴らして生徒を容赦なく、てめえ扱いする。これも今ではお決まりだが。

「はい、ラ。」
「来週からがんばりまーす」
「……、はい、シ。」
「信号ぜーんぶ引っかかってさぁ〜、ほんと運悪くて、きょう。」
「……、こンのやろ……」
「さあ、歌いましょ〜♪」
「……。」
「……ってね、ミッチー♡ 怒っちゃイヤン。」

両手で指揮者のそれを真似て体を揺らして見れば安定の流れでクラスメイトたちがドッと笑う。

ミッチーもここではじめて破顔させると、一緒になって笑顔を見せる。

教室内がいまだ笑い声で騒がしい中、ミッチーが声を張る。

「今日もたいしたもんだなー、本当におまえの言い訳には尊敬するよ」

パチパチとわざとらしく拍手して言うミッチーの綺麗な長い指先に見惚れていた私だったが、ハッと我に返りすぐにフンと顔を背けて言い返す。

「まあね、それほどでも」
「褒めてねーよ!……はいっ、静かにしろー」

ミッチーが拍手していた手で今度はパンパンッと叩いてそう言えば、きちんと静まり返る二年一組の生徒たち。

この瞬間いつも、もうミッチーは教祖に近いよななんて私のほうが担任かつ、教師であるミッチーを尊敬してしまう。

「名字ー、今日も反省文書いてから帰れよー」
「えー!! なんでぇ!?」
「なんでぇって……うちの学校はそーいう規則だろうが、遅刻した奴らは」
「ええ……きょうバイトあるしぃ」
「知らねえっつの、だったらもう遅刻すんな」

ちぇっと不貞腐れる私を一瞥したミッチーは、私の遅刻記録を書くためか教壇にあがっていた名簿を手に取り中を開いてなにやら書き込んでいる。

それをじっと見据える生徒らと私。ミッチーは、それを書きながら、ぽつりぽつりと話し出す。

「おまえ、女子なのに」
「……」
「ああ……女子なのにって言い方は怒られるか。まあ、でも。俺の後輩そっくりなんだよなー」
「後輩って?」

一番前の席、ミッチーの目の前に座る女子生徒がすかさず聞き返す。

ミッチーは「ええ?」と、女子生徒をチラ見したあと、書き終えた名簿をパタンと閉じた。

「俺の、一個下の部活の後輩だ。湘北時代、バスケ部だったときの」

それに「へえ」とか「ふうん」いう声や、「宮城さんか」といった現役バスケ部員の男子の声が教室内に小さく漏れ出す。

「その自分の名前≠ノちなんで、もっとこう、なんだ、素直に可愛らしくだな」

言い掛けたミッチーの言葉に数名が即座に突っ込みを入れる。

「えっ!? 名前の名前にちなんでってどーいう意味っ!?」
「名字の名前がなになにっ?」

女子や男子生徒の友人らが身を乗り出して食い気味に聞き返せば、ミッチーが珍しくぎくっとした効果音を放ちながら面食らっている。

一瞬でシンとなった教室内。その沈黙を破ったのはやっぱりミッチーで「とにかくっ!」と声を張り上げる。

「もう、遅刻すんな。本気で単位やらねーぞ」
「え、それは困るよ」
「だったらな、もっと態度を改めてだな……」
「ミッチーの好きだった子——、」
「あっ?」
「……名前≠チて名前なの?」
「——!?」

ミッチーの言葉をさえぎって今度は私がそう声を張れば生徒らがざわっとどよめく。

みんなの興味津々といった視線が私から、一気にミッチーに注がれる。

ミッチーはそれにぎょっとしたあと、右手の手のひらを口元に当て覆い隠すようにして、窓の方に顔をゆっくりと背ける。

「……俺は、ずっとバスケしかしてねえよ」

ややあった沈黙も、ミッチーが手を口元から下ろして視線を落としながら言った言葉で破られる。

「ミッチー照れてる〜!!」
「ぜーったい、嘘!!いたんだ、好きな子!!」

クラス内でも陽キャなグループの女子らが、ミッチーを指差しながらすぐさま揶揄うように突っ込む。

「もしかしてっ、その子と付き合ってたの!?」
「同級生?それとも後輩っ!?」

前のめりで真実を言えと言わんばかりに先を促す女子らにミッチーは目を泳がせて困惑している。

「だからっ!! 俺はバスケしかしてねーの!」

くわっと顔を赤らめて言い返したミッチーの姿に教室内がまた爆笑に包まれる。

そのときキーンコーンカーンコーンという予鈴が鳴り、ミッチーが教壇に上がっていた名簿やらを脇に抱える。

すでに、いつもの表情に切り替わったミッチーが正面の壁に掛けられた時計を見やる。

「一時間目は数学だろー?遅れないように準備しろよー」

そう言って、教室の前のほうのドアを開け放ったミッチーにならって、さっきまで盛り上がっていた生徒らも「はーい」や「数学ダリー」と個々に言葉を返しながら席から立ち上がったりする椅子の音が室内に響く。

私は座ったまま微動だにせず、ずっとミッチーを見つめていた。

教室を出て行く間際、ミッチーが私の視線に気付いたのか、不意にこちらを見たことで目が合う。

それに驚いて、わたしがすこし目を見開かせればフッと口角を吊り上げて笑ったミッチーが「バーカ」と口パクで言った。

その仕草がなんだか見たこともないのに、高校時代のミッチーの姿に見えた気がして、もしも……

本当に当時、ミッチーには好きな子がいて、しかもその子の名前が私と同じ名前≠セとしたら。

……え、その彼女は、いましたような、あんな表情を向けられていたのかと。

目が合ったら、あーやって「バーカ」って……。

え、無理。……え、やばい。
——え、

……好き、なんだが!!!?


カアアアと顔を赤くした私を置き去りにミッチーはいつものように教室を出て行ってしまうし、すぐに廊下にいた別のクラスの女子から腕を組まれて振り払ってるし。

そう……もう、
いつものミッチーなのだけれど。

「名前、トイレ行こー?……って!どしたの!?顔、真っ赤だよ!!」

友人らが私の周りで慌てふためく声すら、いまは遠くに聞こえる。

ええ……、
ダメ、だってば、ミッチー。

そんなの、
ぜったい好きになるやつだって——!

なんであの人、あーいうの無自覚でやっちゃうんだろ。タラシだな、本当に。生粋の天然タラシ。

私は周りのクラスメイトの男子を見渡してみる。ああ……もう、全員ニンジンかじゃがいもにしか見えないよ……。

くそぅ、
あしたも絶対、遅刻してやるっ!!










 残念ながらべた 惚れ



(名前、ただいまー)
(あっ、おかえりー寿!)
(……)
(……、な、なに?じっと私の顔見て。)
(いや、やっぱ似てねえよな……)
(はっ?)


※現役女子高生と先生。
 ヒロインと同棲してからのお話。

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