青く澄んだ秋空の下、彼女と肩を並べて歩いている。天候、日取り、全て完璧なこの日を選んだ今日は、今まで大層世話になった……いや、今もなっている人物、三人の元へと順に足を運んだ。

 一人目——彩子。彼女は俺の婚約者と同級生で高校時代、俺の部活のマネージャーもやっていたということから、まぁ、切っても切れない縁ってやつだ。
 オレも好みだ——と、その場の雰囲気で言ってしまった言葉を何十年と経った今でもネタにされるのにはほんと心底、愛想がつきている。

 彼女と待ち合わせたのは、駅前の喫茶店。丁度この日、彩子は実家に帰ってくる予定があったのだそう。先に到着した俺たちは中に入って彩子を待つことにした。
 これから大切なお願いと挨拶をするというのにも関わらず隣に座る婚約者フィアンセは「じゃあイチゴパフェ一つとホットコーヒー二つください」なんて、ウエイトレスに向かってピースサインを示し呑気に注文なんかしている。

「——オイ、」
「ん?」
「今から招待状渡すってのにパフェ食うのかよ」
「え、ここのイチゴパフェ絶品だよ?」
「あーそ、……いいけどよ別に」

 なんとなく生まれた沈黙。しばらくすると注文したものが運ばれてきてとりあえず俺はその置かれたコーヒーを一口啜る。こいつはパフェ食ってるけど。

「——つかアイツ、遅刻かよ」
「ううん、私たちが早く来ただけ」
「は?そーなのか?」

「うん」と短く即答してパフェを頬張り「おいっしー」と頬を緩める彼女に俺は思わず笑みをこぼしてしまう。そのまま視線を彼女の先、窓の外へと向け、今日は本当にいい天気だな、なんて思い耽っていると彼女が柔らかい声音でつぶやく。

「早めに来て、寿とお茶したかったのさ♪」
「……ふうん」
「え、食べる?」
「あ?」
「パフェ」
「いらね。食っていいぞ、ぜんぶ」

 窓際の席、未来の奥さんと隣り合わせに座って俺はコーヒーをすすりながら道行く人を窓越しに眺めていた。

「この辺もだいぶ変わったよな」
「あー、だね。都会ちっくになってきたもんね」
「ああ……で、結局どーすんだ?仕事」

 彼女と同棲して、二年あまり。俺は相変わらず湘北高校の、教師をやっている。藤真との婚約を解消した彼女はと言えば、仕事を辞めて神奈川に帰って来た今も定職にはつかずとも派遣とか臨時とか。色んな職をそれなりに楽しみながらも熟していた。
 定職に就かなくたって地元に帰ってきてすぐに働き出したコイツはやっぱ偉いというか、真面目だなって思った。別に、少しくらいゆっくりしてたっていいのに。ちゃんと見定めて職探しをしたっていいもんなのにな、とか俺的に考えていたのだけれど。彼女一人養うくらいは俺にだってあったし、このまま専業主婦をしてくれたっていいと思ってはいたが、彼女の気持ちが第一優先なので下手にそんなことを容易く言えないのも事実。

「別によ……無理に仕事しなくたっていいんじゃねーのか?」
「えっ?」
「やる気だったらいつでもお前の能力なら、どこでも喜んで雇うだろーしな」
「うーん、でもやっぱ正社員なりたいじゃん?」
「そうかもしんねーけど……や、だってよ、」
「ん?」

 先を言い淀む俺を不思議そうに見る彼女と目が合うと俺は面食らって後頭部をガシガシと掻く。「なに?」と、首を傾げる彼女からそっと視線を解き、俺は肘をつき手で口元を覆い呟く。

「いや……ほら、子供……」
「……へ?子供?」

 同じ言葉を言い返された俺が、また先の言葉を飲み込んだとき「お待たせ〜」と言いながら彩子が俺と彼女のいた目の前の席に座ったことでこの話は打ち切られた。

「彩子!久しぶり〜!」
「なによ、先にパフェ食べてんの?あんた」

 ほらな。言われちまったじゃねーか。俺も彩子の言葉にちらっと彼女を流し見たあと「なに飲むんだ?」と、彩子にメニュー表を渡した。それを受け取った彩子は「今日リョータは?」とメニュー表に目線を落としながら俺に問う。

「ああ、別で……な」
「別ぅ?」

 と言って顔を上げて俺を見やる彩子から、なぜか俺は視線をそらして「宮城ンとこはぁー…」と言葉を続けた。

「俺ひとりで、行くことなってんだよ……」

 モゴモゴとどもりながら言う俺をクスッと笑った彩子が「そうよねえー。男同士で話したい事もあるわよねー」なんて独り言のように言う。

「私も一緒に行きたかったんだけど、寿が一人で行くってきかなくてさ」

 ふーん、と俺に視線を向ける彩子に「何だよ」って返したら「別に、なんでもありません?」と言って彼女はウエイトレスを呼びつけるとアイスティーを注文していた。

「さてと……」

 パフェをぺろっとたいらげてコーヒーをひと口啜ったフィアンセが鞄から例のブツを取り出す。そうして「彩子、これ……」と、彩子の目の前にすっと差し出したのは、シンプルなデザインの封筒——俺と名前の結婚式の招待状だ。

「このたび、寿と結婚することになりました。」
「ふふ、おめでとうございます。」

 微笑んでから彩子が、ぺこっと品よく頭をさげる。それを待って彼女が照れくさそうに「あと」と言葉を続けた。

「彩子には私の友人代表としてスピーチをお願いしたいと思ってます」
「あら、私なんかでいいわけぇ?」
「もう、……知ってたくせにぃー」

 彼女が口を尖らせて言うと、カラカラと彩子が笑って「ごめんごめん」と顔の前で手を合わせてウインクする。

「そのスピーチのお願いも合わせて招待状をお渡しさせていただきます!」
「ありがとう。ぜひやらせてもらうわぁ!親友へのスピーチ♪」

 両手で招待状を顔の前に翳してまた一つウインクしてみせる彩子に、彼女は心底幸せそうに笑顔を返していた。

「……、三井先輩」
「……あ?」
「なーに名前に見惚れてるんですかあ?」

 彩子がジロジロと、俺を舐め回すように見る。いつもならそんな事ない、だの何バカなこと言ってんだ、と照れ隠しをする俺も今日ばかりは素直に「ああ?……だってよ」と口角を吊り上げた。

「可愛いだろ?俺のフィアンセ」

 まさかの俺の返しにぎょっとした顔をして俺を見やるフィアンセを横目に見下ろせば今度は途端に赤面させて、その顔を俯かせた彼女。フハハ、とバカにするように笑いながら指さしてやれば「はいはい、ごちそーさまぁー」と彩子が呆れたように手をヒラヒラ振りながら言い放つ。
 ついで顔を真っ赤にして俯いていた彼女が照れ隠しなのかバシンと俺を叩いてくる。全然痛くなかったけど「痛って!」と大袈裟に叩かれた肩を押さえながら俺が身を屈めると、それを見て彩子と彼女が楽しそうに笑っていた。

「で?湘北からは誰を招待したんですか?」
「あ?えーっと、まずは元バスケ部だろ?」
「やっちゃんたちも?」
「ああ、招待状は送ったぜ」
「ふうん、で?ほかは?」
「あーっと……徳男らだろ?あと、水戸たち馬鹿トリオと」
「ははーん。不良友だちと、喧嘩相手ね?」

 あきらかに揶揄い口調で言う彩子に俺がギロリと、睨みをきかせる。隣でゲラゲラと笑っている彼女に「なにがおもしれーんだバカヤロウが」と額を小突けば彼女も大袈裟に「痛い!」と言う。

「あとはなー、職場の先生達と安西先生……ってとこか」
「ふうん……名前側は?」
「私の方は湘北の人たちが寿とかぶっちゃうから中学の友達とか前の職場の人たち」
「へえ、まあそうよね。湘北は似たようなメンツというか、いつものそろい組だものね」

 おいおい、言い方な……なんて思いながら彩子を見れば平然として笑顔を返してくる始末。女ってほんと怖え、と心の中でため息を吐く。

「あっ!流川は?来れるんですか?」
「ああ、来るってよ。こないだ連絡きた」
「そう、じゃあほとんど同窓会ね……」

 そう言った彩子が頼んだアイスティーに口をつけた。隣の彼女も、同時にコーヒーを飲む。同じタイミングで口をつけた事に、ほんとに仲いいんだなと、なぜか感心したりする。

「それで、次は?誰のとこ行くんですか?」
「ああ……安西先生んとこだ」
「あー、やっぱり挨拶お願いするんですね」
「普通、校長先生だよね?」

 彼女がすかさずそう口を挟んできて、彩子も「たしかにねぇ」と言って笑ったので、俺は押し黙って浅く苦笑いを返した。


 彩子と別れてフィアンセと一緒に安西先生宅に着くと奥さんが「三井くん久しぶりね」と笑顔で出迎えてくれる。そして安西先生が待つ奥の部屋へと誘導してくれた。
 ……結婚式より緊張するぜ、安西先生の家なんてよ。

「安西先生……」

 緊張しながらそう声を掛けると、間も無くして「どうぞ」と、穏やかな声が返ってくる。それを待って襖を開けると安西先生が座っておられた。ああ、なんて神々しいんだ…と思いながらも俺が「失礼します……」と一歩足を踏み入れた瞬間。

「失礼しまーす!」

 感慨深く色んな思いを噛み締め足を踏み入れた俺をよそに彼女は明るく挨拶をして、スタスタと中に入って行き、用意されていた二枚の座布団のひとつに無遠慮にもさっさと腰を下ろす。

「バカやろうがっ!勝手に座んな!」
「はは、いいですよ。三井くんも座って」

 安西先生の言葉に俺は押し黙り一礼して彼女の横、安西先生の向かい側に正座をして座った。

「……足を、崩してください?」
「はーい!」
「バカ!!正座にしとけ!…いえ、大丈夫です」

 彼女が姿勢を崩そうと立ち上がりかけた肩を、ぐっと押し込んで、再度座らせた。案の定、隣でブツブツと文句を垂れているが、無視ムシ。
 そんな事をしていると安西先生の奥さんがお茶を運んで来てくれたので俺は「ありがとうございます」と言って、ぺこりと頭をさげた。奥さんが部屋を出て行くのを待ってから安西先生が言葉を紡ぐ。

「お久しぶりですね、三井くん」
「はい、ご無沙汰しております」
「湘北でバスケ部の監督をやっていると聞きましたよ」
「はい、微力ながら……頑張って生徒にバスケットを指導しております」
「いい監督に恵まれて生徒達はラッキーですね」
「いやっ!!そんな、全然……」

 やっべ……すっげー汗かいてるわ、俺。背中に尋常じゃないくらいに汗、汗、汗……。もはや、汗の滝。顔に出るタイプじゃなくてよかったぜ。こういうとき、顔には汗をかかないタイプなんだ俺は。
 なんて事を頭の中に巡らせていたらぺちゃくちゃと彼女が安西先生に話しかけている気配で我に返り、ぎょっとして俺は青ざめる。

「安西先生はもうバスケやってないんですか?」
「もう、いい歳だからねえ。でも、桜木くんとはいまでも繋がっていますよ」
「桜木くんと!へえ〜。あ、でも桜木くんの指導は安西先生しかできなそうですもんねー」
「おい名前!言葉を慎みやがれ!もうおまえ喋んなっ!」

 わたわたと焦って彼女を怒る俺を見て安西先生は「ほっほっほ」と、あの頃のように優しく微笑んでいた。

「——三井くんは、」
「……っ、はい!なんでしょうか」
「桜木くんといまでも交流はありますか?」
「あ、はい。バスケに限らずよく会っています」
「そうですかぁ」
「よく行く飲み屋が一緒なんです。あの…水戸、覚えてますか?桜木の友人の」
「はい、水戸くんですね。覚えていますよ」
「その水戸がやっているお店で、よく……」
「あっ!!今度、安西先生も一緒にどうですか?お酒でも飲みに」
「オイ!!!!コラぁ!!」

 俺の咄嗟に出た大声の突っ込みにも安西先生は驚く様子もなく笑みを崩さず、「いいですね」と言ってくれてほっとした。……名前ほんと、もう喋んな頼むからよ……。

「あの!安西先生……」
「はい……?」
「これ……、」

 気を取り直して俺は、襟を正す気持ちで結婚式の招待状をすっと安西先生の目の前に差し出す。安西先生がそれを手に取ってくれたのを確認してからすぅと軽く息を吸う。ふぅと深呼吸するようにその息を吐き出した俺は安西先生を真っ直ぐに見据えて言った。

「このたび、結婚することになりました。」
「…ああ、そうですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。……ほら、お前も!」

 言って俺は彼女の頭をぐっと畳の方に押しつけて一緒に頭を下げさせる。そうして、二人で顔をあげてから俺は言葉を続けた。

「つきましては主賓としてご列席いただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します」
「ほっほっほ、それは光栄ですね」
「はい……また、その際には主賓のご挨拶も頂戴いただけますと幸いです」
「……ほう、」
「なので招待状をこうして直接お渡しさせていただきました」
「ほっほっほ……それはご丁寧に、はい。確かに受け取りましたよ」

 言って安西先生は招待状を一度両手で目の前に翳してから懐にそっとしまった。ややあって安西先生が「——三井くん、」と、そっと名を呼ぶ。

「はい」
「楽しみですね」
「……はい。ずいぶんと……長い時間がかかりましたが、ようやく……」
「長い時間?」
「あっ!私たち別れたりくっついたり大変だったんですよぉー」

 へらっと笑って言ってのける彼女に俺は、本日何度目かわからない同じリアクションでぎょっとして、また青ざめる。

「そうでしたか……」

 ——いや、そうでしたかって安西先生……笑ってっけどよ。ほっほっほって……。あー、恥ずかし、と俺が面食らっていると安西先生の奥さんがそーっと入ってきて彼女に声を掛けた。

「三井くんの奥さん、ちょっと来てもらえる?」
「え?……あ、はい……?」

 待ってくれ!いや——ください……奥さんって
……奥さんって!と、俺は一気に赤面する。
 だってよ、奥さんって。まあ、なるんだけどよ
……なるけど!!
 そんな俺を置き去りにして彼女はすくっと立ち上がり部屋を出て行く。襖が閉まると彼女と安西先生の奥さんの楽しげに話し込んでいる声と足音が遠のいていった。

「……」
「……」
「ふたりきりで、話したいなあと思ってね」

 俺はしばらく閉まった襖を眺めていたが、安西先生のその言葉に勢いよく先生のほうを見やる。

「せっかくの教え子の晴れ舞台なので」
「……は、はぁ」
「挨拶の為に、いろいろとお二人のことを聞いておきたいなあ、とね」
「あ、はい……恐縮です……」

 そう言った俺に「ほっほっほ」と先生は静かにお茶をすすっていた。先生に伝えたい言葉や想いは山ほどあったが、確かにこんなふうに二人きりで話せる機会など、これから先もそう多くはないだろうと思い、俺は意を決して口火を切った。

「……先生に、救われたのは事実なんです。中三と、高校三年のときに」
「……ほぅ」
「けど、もし……あいつと、名前と出会っていなかったら、高校最後の一年をあいつと共有してなかったら、」
「……」
「もっと、弱い人間になってたんじゃないかって思うんです」
「……」
「たくさん馬鹿な事ばっかしてましたけど、高三のはじめまで。でも今の自分が案外嫌いじゃないんです、俺……」
「……そうですか」
「先生と、名前の……おかげなんだと思っています」
「……」
「俺は、洗脳されたのが、先生と名前で……ラッキーだったなって、思ってます——」
「洗脳——、……ほっほっほ」

 俺は苦笑いを浮かべて先生の奥さんが淹れてくれたお茶に口をつけて、品なくズズッと吸った。





 —


「じゃあ私は、買い物してから帰るね」
「ああ、わりーな。家着いたら一応連絡しろよ」
「わかった!リョータくんによろしくね!」
「おぅ。帰り道気ィつけてな」

 安西先生宅を出て、彼女とその場で一旦別れた俺は最後のひとり、奴の元へと向かった。

 さてと……三人目、宮城リョータ——。
 待ち合わせ場所は、湘北高校の近くにある公園だ。現在東京で働く宮城に合わせてそっちに出向くと言ったら「そっちまで行きますヨ」と言ってもらえたとき、案外イイヤツだなって思った。
 でも、なんで公園なんだ?と思っていたが辿り着いてすぐにその意味を納得する。宮城が公園内にある古びたバスケットゴール相手に一人でバスケをしていたからだ。思わず鼻で笑った俺はゆっくりと奴のもとへと足を向けた。


「——小学生?」

 俺のその言葉に宮城はボールを着く手を止めて振り返った。唇を尖らせて眉を吊り上げた、高校時代の後輩は「もうピッチピチの立派な大人だっつーの」と言って舌を打ち鳴らす。

「ほら、パス」

 と、それに口角を上げたあと俺が言うと不機嫌そうなツラのまま、宮城はものすごいスピードでボールを投げて来やがった。思わず俺が。おっぷと情けなく声をもらすと宮城は勝ち誇ったように笑っていた。
 しばらく二人でバスケをしてから公園のベンチに腰かける宮城に近くの自販機で買ったコーラを差し出し、俺も距離を少しあけて隣に座った。

「安西先生んとこ、行ったンすか?」
「え?……ああ、さっきな」
「やっぱ先生にしたんだ、挨拶」
「……しか、いねーだろ。どう考えても」

 宮城は「ふーん」とかなんとか相づちを打って俺から受け取った缶コーラをあけて、ぐびぐびと飲んでいた。

「……ほらよ、」

 そう言って招待状を片手で差し出すと、宮城は受け取りながらもきょとんとして、冗談抜きに「なにこれ」なんて言い返してくる。

「招・待・状!!」

 と、俺が声を荒げると「ああ」とようやく理解したのか眉を吊り上げて「へえ、なんの?」と今度こそ揶揄うような視線を送って来て俺に問う。

「結婚式の!……見りゃわかんだろうーが」

 そう呆れ口調で返して溜め息を吐く俺に宮城は浅く笑ったあと「サンキュ」と言い置きその招待状の表裏をひっくり返したりしながら、しばらくそれを眺めていた。

「俺、はじめてもらったぁー」
「あ?」
「結婚式の招待状なんてさ」
「俺もはじめて渡したっつの、招待状なんてよ」
「アンタは初めてで終わりにしときなよ。危なくこれが二回目・・・になりそうだったくせしてさ」

 俺がぐっと赤面して面食らっているとケラケラと宮城の乾いた笑い声が横から聞こえてきて言わずもがな、イラっとした。

「名前ちゃんと結婚ねえ……」
「……いろいろと、世話になったな」
「え、三井サン死ぬの?なんか死ぬ前の挨拶みてえ」
「オイ……」
「はっはー!ウソウソ♪」

 軽い口調で言った宮城はこともあろうに渡した招待状で自分のツラを扇いでいた。そんな後輩の相変わらずな姿に俺はため息を吐いたあと小さく笑った。

「あ、呼ぶの?」
「あん?だれを」
「藤真」
「——よ、呼ばねーよ!呼ぶか、バカやろう!」

 宮城はヒッヒッヒと腹をかかえて笑っている。俺は舌を打ち鳴らして、はあーと大きく溜め息をついてから言った。

「……んでな、宮城」
「ハイ?」

 招待状で顔を扇いでいた手を止めて俺を見やる宮城にコホンとひとつ咳ばらいをして言葉を続けた。

「……友人代表の、スピーチ」
「友人代表の、スピーチ……?」
「やってもらいてえなって、思ってて……」
「やってもらいてえなって、思ってて……?」
「……いちいち真似すんなっつの」

 ハハ、ごめんごめんと笑う宮城を見て彩子そっくりじゃねーかと言いそうになったが寸でのところでその言葉を飲み込んだ。

「オレが?友人の?三井サンの?スピーチ?」
「ああ……」
「堀田は?ダンナとかさ」
「……宮城にした。くじ引きでな」
「ええ?なにそれ、ヤダよ」

 ……え。断るとか、アリなのかよこーいうのって。と、思わず心の中で呟き、唖然として宮城をじーっと見つめたままの俺を、宮城は相変わらず楽し気にチラチラと見て来る。

「…くじ引きじゃねえ、ちゃんと決めたっつの」
「……ふーん」
「で?」
「ん?」
「やんのか、やらねーのかよ」

 宮城は口笛を吹きながら気付けば招待状の封をさっさと開けて、中を見ている。目の前で招待状開ける奴とかこの世にいんの?と思ってちょっと引いた。
 やっぱ変えっかな。スピーチは木暮あたりにしてよ……と、頭の中で代替案を巡らせていたとき「あ!」と宮城が閃いたように声をあげた。

「……なンだよ、びびるわ」
「俺に勝ったら、やってもいーよ?すぴーち」
「ああ?勝ったらぁ?」
「うん、アレ——」

 言って宮城はバスケットゴールを楽しそうに指差した。俺はゴールを一瞥した後、宮城に視線を戻しながら奴を見下ろして口角をあげてみせる。


「……上等だ、バーカ。」

 俺の言葉を待って立ち上がった宮城が招待状を後ろポケットに突っ込んで「ウシ!」と気合にも似た掛け声と共に、バスケットゴールをめがけてドリブルしながら走って行った。

 俺も立ち上がり手首を鳴らして「オッケー」とつぶやき、宮城のあとを追った。










  とは、
  すべてを包み込むこと。




(マジで後ろ姿、小学生かと思ったぜ)
(うっせ、ロン毛。)
(うっせ、チビ。)

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