愛の力(1/3)

  • 表紙
  • 目次
  • しおり
    • しおりを挟む
    • しおり一覧
    • 前へ
    • 1/3
    • 次へ

     青く澄んだ空の下、彼女とふたり、肩を並べて歩く川沿いの道。
     天候、日取りと、すべて完璧なこの日を選んだきょうは、いままで大層世話になった……いや、いまでも大層世話になっている人物、三人のもとへと順に足を運んだ。
     一人目——彩子。彼女は俺の婚約者と同級生で高校時代は俺の部活、バスケ部のマネージャーもやっていたということから、まぁ、切っても切れない縁というやつだ。オレも好みだ——と、その場の雰囲気で言ってしまった言葉を何十年と経ったいまでもネタにされるのには、ほんとに心底、愛想がつきている。

     彼女と待ち合わせたのは、駅前の喫茶店。丁度この日彼女は実家に帰ってくる予定があったのだそう。先に到着した俺たちは、中に入って彩子を待つことにした。しかしこれから大切なお願いと挨拶をするというのにも関わらず隣りに座る俺の婚約者(フィアンセ)は「じゃあイチゴパフェ一つとホットコーヒー二つくださいっ!」なんて、ウエイトレスに向かってピースサインで二本の指を突き出して、呑気に注文なんかをしている始末だ。

    「——オイ、」
    「ん?」
    「今から招待状渡すってのにパフェ食うのかよ」
    「え?ここのイチゴパフェ、絶品だよ?」
    「……あーそ。いいけどよ、べつに」

     やれやれと息をついた後、なんとなく生まれた沈黙。しばらくすると、注文したものが運ばれてきた。とりあえず俺は、そのテーブルに置かれたコーヒーを一口啜る。こいつは、パフェ食ってるけど……。

    「——つか、アイツ。遅刻かよ」
    「ううん、私たちが早く来ただけ」
    「は?そーなのか?」

     「うん」と短く返してパフェを頬張り「おいっし〜!」と、頬を緩める彼女に俺は思わず笑みをこぼしてしまう。そのまま視線を彼女の横、窓の外へと向け今日は本当にいい天気だ、なんて思い耽っていると、彼女が柔らかい声音でつぶやく。

    「実は早めに来て、寿とお茶したかったのさ♪」
    「……、ふうん」
    「え、食べる?」
    「あ?」
    「パフェ」
    「いらね。食っていいぞ、ぜんぶ」

     窓際の席、未来の奥さんと隣り合わせに座って俺はコーヒーをすすりながら道行く人を窓越しに眺めていた。

    「この辺も、だいぶ変わったよな」
    「あー、だね。お洒落になってきたもんねー」
    「ああ……。で、結局どーすんだ?」
    「ん?」
    「仕事」

     彼女と同棲して二年あまり。俺はあいかわらず湘北高校の教師をやっている。
     藤真との婚約を解消した彼女はと言えば仕事を辞めて神奈川に帰って来た現在も定職にはつかずとも派遣とか臨時とか。いろんな職をそれなりに楽しみながらも熟していた。定職に就かなくても地元に帰ってきてすぐに働き出したコイツはやっぱり偉いというか真面目だなって思った。べつにすこしくらいゆっくりしてたっていいのにとか、俺的には考えていたのだけれども。彼女ひとりを養うくらいの力は俺にだってあったし、このまま専業主婦をしてくれたっていいと思ってはいたが彼女の気持ちが第一優先なので下手にそんな事を言えないのも事実。

    「べつによ、無理に仕事しなくたっていいんじゃねーのか?」
    「えっ?」
    「やる気だったらいつでもお前の年齢と能力ならどこでも喜んで雇うだろーしな」
    「うーん、でもやっぱ正社員なりたいじゃん?」
    「まあ、そうかもしんねーけど。や、だってよ」
    「ん?」

     自分から話を振っておいて先を言い淀む俺を、すこし不思議そうに見る彼女と目が合うと俺は、面食らって頭をガシガシと掻く。「なに?」と、首を傾げる彼女からそっと視線を解き、俺は肘をついて手で口元を覆い、つぶやいた。

    「——いや、ほら……子供……」
    「……へ? 子供?」

     やや尻すぼみして言った俺の言葉と同じ台詞を聞き返された俺がまた先の言葉を飲み込んだとき「お待たせ〜!」と言いながら彩子が俺と彼女のいた目の前の席に座ったことでこの話は無理やり打ち切られるかたちとなった。

    「彩子!久しぶり〜!」
    「なによ、先にパフェ食べてんの?あんた」

     ……ほら、見ろ。言われちまったじゃねーか。俺も彩子のその言葉にちらと彼女を流し見たあと「なに飲むんだ?」と、メニュー表を手渡した。それを受け取った彼女は「今日リョータは?」とメニュー表に目線を落としながら俺に問う。

    「ああ、べつで……な。」
    「べつぅ?」

     そう言って顔を上げ俺を見やる彩子からなぜか視線をそらして「宮城ンとこはぁ〜」と、歯切れ悪くもつづけた。

    「俺ひとりで、行くことなってんだよ……」

     モゴモゴと吃りながら言う俺をクスッと笑った彩子が「そうよねえー。男同士で話したいこともあるわよねー」なんて、ひとり言のように言う。俺はあたりまえに顔が引き攣る。

    「私も一緒に行きたかったんだけどさぁ〜、寿がどうしても一人で行くってきかなくてさぁ」

     ふーん、と言いたげに俺に視線を向ける彩子に「なんだよ」と返したら「べつに?なんでもありません」と言って彼女はウエイトレスを呼びつけアイスティーを注文していた。

    「さてと……」

     パフェをぺろっとたいらげて、コーヒーをひと口啜った婚約者(フィアンセ)が、鞄から例のブツを取り出す。そして「彩子、これ……」と目の前にすっと差し出したのは、シンプルなデザインの封筒——俺と名前の結婚式の招待状だ。

    「このたび、寿と結婚することになりました。」
    「ふふ、おめでとうございます。」

     柔らかく微笑んでから彩子が、ぺこっと品よく頭をさげる。それを待って隣りの彼女が照れくさそうに「あと——」と、言葉をつづけた。

    「彩子には私の友人代表としてスピーチをお願いしたいと思ってます……」
    「あら、私なんかでいいわけぇ?」
    「……もう。知ってたくせにぃー」

     彼女が口を尖らせて言うと、カラカラと彩子が笑って「ごめんごめん」と顔の前で手を合わせてウインクする。

    「えっと、なので……その、スピーチのお願いも合わせて招待状をお渡しさせていただきます!」
    「ありがとう。ぜひやらせてもらうわ〜親友へのスピーチ♪」

     両手で招待状を顔の前に翳して、またひとつ、ウインクをしてみせる彩子に彼女は、心底嬉しそうに、いや……、幸せそうに笑顔を返していた。

    「……、三井先輩」
    「……あ?」
    「なーに名前に見惚れてるんですかぁ?」

     彩子がジロジロと、俺を舐め回すように見る。いつもならそんなことないだの、なにバカなこと言ってんだと照れ隠しをする俺も、今日ばかりは「ああ?……だってよ」と、口角を吊り上げた。

    「可愛いだろ?俺のフィアンセ。」

     まさかの俺の返しにぎょっとした顔をして俺を見やる婚約者(フィアンセ)を横目に見れば、今度は途端に顔を赤面させて俯いた彼女。フハとバカにするように笑いながら指をさしてやれば彩子が呆れた口調で言う。

    「フィアンセですって……」

     そうして溜め息を吐いて「はいはい、ごちそーさまぁー」と手をヒラヒラ振りながら言い放つ。ついで、顔を真っ赤にして俯いていた彼女が照れ隠しなのか、バシンと俺を叩いてくる。全然痛くなかったけど「痛って!」と、大袈裟に叩かれた肩を押さえながら身を屈めるとそれを見て彩子と彼女が楽しそうに笑っていた。

    「——で?湘北からは誰を招待したんですか?」
    「あっ?えーっと……まずは元バスケ部だろ?」
    「やっちゃんたちも?」
    「ああ、招待状は送ったぜ」
    「ふうん。で? ほかは?」
    「あーっと……徳男らだろ?あと、水戸たち馬鹿トリオと」
    「ははーん。不良仲間と、喧嘩相手ね?」
    「……っ」

     あきらかに揶揄っている言い方の彩子にギロと睨みをきかせる。そして、隣でゲラゲラと笑っている彼女には「なにがおもしれーんだバカヤロウが」と額を小突いてやった。すると彼女も大袈裟に「痛い!」と言って身を屈めてみせた。

    「あとはなー職場の先生たちと安西先生……ってとこか」
    「ふうん……名前の方は?」
    「私は湘北の人たちだと寿とかぶっちゃうから、中学の友達とか、前の職場の人たちだね」
    「へえ、まあそうよね〜。湘北は似たようなメンツというか、いつものそろい組だものね」

     おいおい、言い方な、なんて思いながら彩子を見れば平然として笑顔を返してくる始末。女ってほんと怖え……と、心の中でため息を吐く。

    「あっ!」
    「あ?」
    「流川は?あの子、来れるんですかぁ?」
    「ああ、来るってよ。こないだ連絡きた」
    「……そう、じゃあほとんど同窓会ね。」

     そう言った彩子が目を伏せて頼んだアイスティーに口をつける。隣りの彼女も同時にコーヒーを飲む。同じタイミングで口をつけたことにほんと仲いいんだなこいつらとなぜか感心したりする。

    「それで、つぎは?誰のとこに行くんですか?」
    「え?ああ……。安西先生んとこだ」
    「あー、やっぱり。挨拶、お願いするんですね」
    「普通、校長先生だよねぇ?」

     彼女がすかさず口を挟んできて彩子も「たしかにねぇ」と笑ったので俺は、押し黙って苦笑いを返した。

    • 前へ
    • 1/3
    • 次へ
     Back / Top
    VERTEX