僕は君中毒になって久しいよ

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    名前と寄りを戻して……
    寄りを戻してってなんか、言い方がちょっとな。

    でもまあ��また�&tき合いだして約五ヵ月が経った。俺は相変わらず湘北の教師として、名前は前の仕事の経験を活かしながら臨時で働いたり、いまではなんのやつかは忘れたけど、資格も取りに歩いてるって話だった。

    会えるタイミングと言えば、今日のように俺の仕事終わりに外に飯を食いに行ったり、休みの日はバスケ部の練習のあとに俺が車を出したり、または電車を使って出掛けたてみたり、俺のアパートに遊びに来たり。(泊まる頻度は少ねえけどな)

    まあ、そんな感じだ。

    だからこそ、もうすぐ半年が経つ頃だし、言おうと思っていたんだ。

    『 一緒に暮らさないか 』

    ……、って。
    もしも名前からOKをもらえたとしたら、ちゃんと将来を見据えて部屋を��一緒�≠ノ選びたかったし、順を追って親への挨拶とか、なんかその、プロポーズとか……。

    それを成功させるための第一歩にしたかったんだ、同棲っていうきっかけ作りが。

    けど名前のことだから、ちゃんと職に就いてからとか、まだ早(は)えんじゃねーのかとか言われそうで、なかなか俺もその言葉を言うタイミングがつかめずにいた。

    そんななか、俺が免許を取ってすぐに気に入って購入した黒のSUVに現在の彼女、名前を乗せて飯を食った帰り道に適当にドライブしていたとき、名前の携帯にある人物からの連絡が入った。

    「あれ? リョータくんだ」
    「あん、宮城? 電話か?」
    「うん……、 出てもいい?」

    助手席に座っている名前の顔を、その手に持たれた携帯電話の画面の光がほんのりと照らしている。

    「ああ、出てやれよ。」

    「うん、」と短くうなずいて、名前は携帯電話を耳に当てた。

    「もしもし、リョータくん? どしたの?」

    名前は相手がその、高校時代の同級生と言いながらも表情は嬉しそうで、なんやかんやと話し込んでいた。

    久しぶりだねとか、いま寿と会ってたよとか、なんかそんな返しをしながらも車のモニターに付いている時計を見ながら時間なんかも気に掛けているようだった。

    次の信号を右に曲がると名前の自宅の方角へと向かう。このまま進路を変えてしまって、もう少し一緒にいることは了承してもらえるかなとか、そんなことを考えていた刹那、名前が「ねえ」と一度携帯を耳から離して俺の方を見やる。

    「……あ? 俺?」
    「うん、なんかさ……リョータくん飲みに来ないかって」

    「いま水戸くんのお店にいるんだって」と付け加えて言われたことで、瞬時に状況をさとった俺は「任せるぜ、どーする?」と名前に先の決定権を委ねた。

    「うーん……、行く。」

    「うーん」と悩んだように見せかけたんだろうが、もうその顔が「行く一択」というふうな名前の雰囲気に思わずフッと鼻から息が漏れる。

    「じゃあこのまま向かうぞ」

    言って俺は「水戸にも駐車場開けとくよう言ってくれ」と付け足して、それにうなずいた名前はそのまま宮城にその内容を伝えていた。

    電話を終えて「ふう」と小さく息をついた名前に俺が言う。

    「行く、一択だったろ?」
    「え?! バレた?」

    へらっと笑って返した名前に「バレバレだった」と言ったら名前は意味もなく笑っていた。

    それから約三十分ほど経って水戸の店に着いた俺たちは、駐車場に車を停めて店の中へと並んで入った。

    ガラガラーと中を開けると、常連らしき男性がカウンターに一人、その先のカウンターの席に女子二人組、テレビがある座敷の席には、さっき名前に連絡をよこした宮城と隣に彩子、そして桜木がこともあろうにテレビに繋がれたゲーム機で酒を飲みながら遊んでいて「ここは家か!」と言いそうになって鼻で笑った。

    「おう! 停めれた?車。」

    カウンターにいた水戸にそう言われ「ああ」と短く言い置いて俺と名前は、宮城たちのいる席に向かう。

    座敷の段差に座って靴を脱いでいる俺の横で、名前が突っ立ったまま桜木に声をかけていた。

    「えー! switch誰の?」

    その言葉にカウンターから水戸が返事をする。

    「宮城サンの。贈呈されたんだよ」

    眉毛をさげて仕方ないって顔で言う水戸を俺は見やったあと、靴を脱ぎ終えて座敷にあがって立ったまま宮城に声を掛ける。

    「もう、飲みbarだな。ここまでくりゃ」

    言って宮城と彩子を挟んだテーブルの向かい側に座った俺は、名前にもここに座れと隣を促す。それを見たあと宮城が「みんなでやった方楽しいじゃん」とあたりまえかのように言ってのける。

    「そのうち、カラオケも出来るようになりそうな勢いですよね」

    彩子が楽しそうにそう付け加えて言ったので、俺は呆れたようにうなずく。

    名前も俺の横に座ったとき「なに飲む?」と名前から聞かれ、俺は車だったので「ああー」とメニューを広げながら迷っていると、水戸が「車置いてってもいいぜ?」とカウンターから声をかけてくれたことで「じゃあビール」と言った。

    それを聞いた名前が首を振り返らせて「ビールふたつ!」と水戸に注文していた。

    ビールを水戸が持ってきて、宮城が「じゃ、とりあえず」と言って乾杯の音頭を取ったので俺と名前もそれに従ってコップを掲げた。

    しばらく四人で飲んだり、桜木のゲーム実況につっこんだりして、わいわいと騒いでいたとき名前がふと思い立ったように自分のグラスを持ってカウンターの席の方に向かった。

    それを目の端で追っていると、名前は常連客らしき男性の座る席の近くに座ってなにか楽し気に話し始めた。

    思わず目の端だけではなく、首を後ろに捻らせて視線を向けたとき目の前から、完全に揶揄いながら話す後輩の声が耳に届いた。

    「あの常連さんと仲いいみたいだよ、名前ちゃん」

    宮城の言葉に俺はまた視線を目の前に戻す。

    「あ?」
    「あの人入ってきたとき、水戸に聞いてたもん」
    「なにを」
    「あれー?いつもの子いないの? って。」
    「ああ、言ってたわね」

    彩子まで口を挟んできて普通に言い放つ。
    俺は怪訝な表情を浮かべながら、もう一度ちらと名前を見やる。そしてまた宮城らに視線を向けて聞いた。

    「名前、ひとりで結構来てんのか?」

    その質問に答えたのは、いま横でかなりの至近距離でテレビに引っ付いている桜木だった。

    「俺も来るけど、名前サンもかなりの頻度で来るぞ、ココ。」

    言って「あー!!ズル!」と、マリ〇カートのコンピュータ相手に向かって言いながら頭を抱えた桜木を置き去りにして、俺はまた名前を見やる。

    「名前ちゃん、社交的だよね」

    言った宮城を見れば楽し気に酒を煽りながら、微笑ましく名前を見ている。

    おいおい……、
    そーいう問題か?

    ここに頻繁に来てることも、あんなに仲良いヤツがいるってことも俺は知らねえぞ。

    そんなことを考えていると、彩子がすくっと立ち上がって桜木の横に座った。

    「ちょっと、一緒にやりましょうよ桜木花道」
    「ええー、いいすけど……」
    「なによ?」
    「彩子さん、弱いんスよねえ」

    うるさい!と、今この場にハリセンがあったら高校時代のように引っ叩かれていそうな勢いで桜木の頭を叩く彩子をぼーっと見ていると、水戸が追加のビールを持って来た。

    「なあ、水戸」
    「ん?」
    「アレよ、」

    言って俺が指先だけで指をさす先には、もちろん名前と常連客。すぐにさとしてくれた水戸が「ああー」と言葉を続けた。

    「なんかの雑誌の仕事してんだってサ。んで、よく名前さんと話すんだよ仕事繋がりなのか知らねえけど」

    水戸はそう言って追加のビールをテーブルに置くとカウンターに戻って行った。

    「俺さ、」

    置かれた新しいビールの取っ手を握ったままコップの中を見つめている俺に、宮城が話し始めた。

    見れば奴は片手で頬杖をつきながら、片眉を吊り上げている。

    「思うんだけど……」
    「……なんだよ?」
    「三井サンって、名前ちゃんと付き合ってるからって、もう結婚した気にでもなってねえ?」
    「ああ?」

    俺が心底不機嫌そうに聞き返せば「え、だってさ」と今度は目を見開かせて、宮城も新しいコップに口を付けた。

    「これから先、また別れることもあるかも知れねーワケじゃん?」
    「それは……」
    「他に好きな人作られたりー、フラれたりー? やっぱあなたとは合わないわサヨナラーって…」
    「ちょ、ちょっと待てよ」
    「はい?」

    俺は、深く眉間に皺を作って宮城を見据える。

    「なんで俺ばっか先にフラれてる設定なんだよ、それ。」

    宮城は俺の言葉にしまった!というふうにわざとらしくリアクションを見せて、へらへらと笑い出した。俺は明らかに溜め息をついて見せる。

    「だって〜、三井サンが振る選択肢なんてあんの?」
    「ねえ。」
    「ホラ、即答じゃん!」

    今度はぐっと言葉に詰まった俺に、宮城はまたカラカラと楽しそうに笑う。

    そのとき、常連客が会計を済ませて店を出て行った音が聞こえた。それを見送った水戸と名前。名前はそのまま慣れたようにカウンターに水戸と入って行って、洗い物かなんかの手伝いをしていた。

    「名前ちゃんのあーいうとこってさ、」
    「……」
    「たぶん無意識じゃん? 昔から。」
    「ああー……」
    「計算高くやってるワケじゃなくてぇ、あざといとかでもなくてさ」
    「うん……」
    「��いいひと�≠ェ全面に出てるだけの、ただのいい子じゃんね?」
    「そうか……?」

    言いながら、酒を片手に宮城と一緒に名前を観察してみる。

    「あれ、結構隠れファンいると思うんだよなあ……」

    宮城はいま思いついたんだか、あえて俺にそう言って仕向けたかったんだかわからねえような表情で言う。

    「宮城……お前よ、俺を怒らせたくて言ってんだよな?それ。」
    「えっ?」

    いやいや、違うよー的な感じで目を泳がせながらごまかして酒を煽った宮城に俺はメンチを切る。

    次いで俺が酒の入ったコップを持ったまますくっと立ち上がってカウンター席に向かうと、なぜか宮城もそれにくっ付いて来て一緒にカウンターの正面に隣り合わせで座った。

    「名前」

    背を向けて洗い物をしている名前に俺が声を掛ける。

    「んー?」

    俺に背を向けたままで名前がそれに応える。

    「おまえ、水戸からバイト代もらえよ?」

    その言葉にカウンターを拭いていた水戸が、眉をさげて溜息を吐く姿が目の端に映る。

    「えー? 貰わないよー」

    呆れたように言葉を返す名前に俺がフンと鼻を鳴らすと、真横からはやっぱり揶揄っているような後輩の笑い声。背後からは軽快なチャッチャッチャ〜♪と、今度はマリ〇カートではなく、あのピンクの真ん丸なキャラクターが出て来るゲームの音が聞こえた。

    それを聞いた宮城が椅子の背に腕を投げて振り返りながら言った。

    「彩ちゃんと花道がカービィやってんの、笑えるんだけど」

    俺もその声に反射的に後ろを見やれば彩子が「ちょっと、私吸い込んでどーすんのよ!味方でしょ!」と、また桜木の頭を軽く叩いていた。

    俺と宮城は同時に姿勢を正面に戻した。そして今度は宮城が名前に声を掛ける。

    「名前ちゃん、お隣さんお会計だって〜」

    なんて言うので、俺が横を見やれば女子二人が帰り支度をしていた。

    宮城のその絶妙なタイミングに女子たちは宮城に向かって「すみません、ありがとうございます」とでも言いたげにペコッと頭をさげていた。

    宮城はそれに対して「いいよー」と言いながら、軽く手を翳している。

    「……お前も社交的だよな。つーかチャれえ。」
    「ええ? チャラくないっしょー、だって帰る支度してたの見えたもん」
    「ふうん。」

    そんなやりとりをしている最中、名前はあたりまえに女子の会計を済ませていてぎょっとした。

    おいおい、やりすぎだろうがよ。これ、無償でやってんのか名前。なんか……彼氏の店手伝ってるみてえじゃねーかよ。

    会計を終えて出て行く二人に水戸が「また来てねー」と、これまたチャラい感じで見送っている傍ら、名前は女子たちの席をさっさと片付けはじめる。

    「水戸くん、お金確認しといてね?」
    「ああ、サンキュー♪」

    言って水戸もカウンターの中に戻った。

    今度はふたりでなにやら楽し気に話している姿を見ながら、俺は残りの酒を一気に煽って「水戸!大ジョッキ!」と言ったら水戸が一瞬きょとんと俺を見やったあと「ハイハイ」と息を吐くように返してジョッキにビールを注いでいた。

    カウンター越しに俺にビールを差し出した水戸にメンチを切ってみても「睨まない睨まない」と軽くあしらわれてしまい、面食らう俺に宮城はついにガハハハハ!と声を出して笑う。

    しばらくすると、自分の分の酒を持った水戸と名前が一緒に座敷に向かって行き、桜木と彩子にゲームを貸してと言っているようだった。

    俺は酒を片手にぐいっと椅子を半回転させてその光景を見やる。そのとき隣に座る宮城の足とぶつかってしまい、宮城がわざとらしく「痛てえ!」と声を張った。

    「俺の足が長すぎんだよ、悪かったな」
    「はあ……そーいうとこっすよ、マジで。」
    「あ? なにが?」
    「いや? わかんねーならいいけどさっ」

    溜め息をついてみせたあと宮城も、椅子を半回転させて座敷のメンツを見やる。

    「宮城……、 俺な?」
    「うん?」

    宮城が楽し気に名前たちを見ていた顔を俺に向ける。

    「名前に……、同棲しねえかって、言おうと思ってんだよな」

    俺の言葉に「え」と言った宮城は、次いで「ああー」となにか考えているふうに正面を向き直して肘をつきながら両手でコップを持って酒を煽った。

    「やっぱ、早えーと思うか?」
    「んんー……」

    宮城の横顔は、ほんとうに言葉の通り「んん−」という感じで眉間に皺を寄せていた。

    「なんで、同棲してえの?」
    「え」

    今度は俺が固まる番だった。
    「どうしてって……」と返しながらも、たしかに明確な理由を問われればこれと言って出て来るわけでもないことに気付く。

    「そういう感じなら、やめたほうがいいんじゃない?」
    「あ? そういう感じって?」
    「なんていうか……ただ、傍にいたいから、とかそーいうの」

    言われて俺はまた名前たちを見やる。
    すると名前と水戸が仲睦まじく肩を並べてピンク色のキャラクターのゲームをしていて、脇では桜木と彩子がふたりに煽る様に話しかけながら、楽し気に酒を飲んでいた。

    「今の三井サンってさ、とりあえず名前ちゃんを繋ぎ止めたいみてえな感じに見えるし」
    「え?」
    「そばに置いときゃ、なんとでもなるだろーみてえな感じっていうの?」
    「……」
    「なんか、そんな感じ。」

    俺は視線を持っていたビールジョッキの中に落とし込む。

    「そーいうの、女の子って意外とわかるもんだよ?」

    宮城が俺を見て真面目くさったように言う。
    俺もつられて宮城を見やる。

    「ましてや、名前ちゃんみたいな繊細な子って、そう思ったとしても言えなくて悩みそう」
    「そう思った……って?」
    「ああー、とりあえず側に置いときゃいいって思ったのかな〜って。」
    「たしかに……」
    「だから、明確な理由がないとねっ☆」

    急に気まずい空気になってしまった刹那、へらっと笑って言った宮城に対し俺も参ったというふうに微笑した。気が付けば、すでに店内には元湘北の生徒のみとなっていた。

    「わっ! ヤベ……」

    珍しく少し大きめの水戸のその声に俺と宮城は反射的に、また背後を見やる。

    見れば、水戸の操作していたキャラクターがもうすぐゲームオーバーになりかけていて荒々しく動き回っていた。

    「俺、実はカービィ初見なんだよなぁー」

    言ってアハハーと呑気に水戸は名前の操作するカービィの後ろを着いていってた。

    「大変!! 水戸くんもうすぐ死んじゃう!」
    「あ、そーなの?この感じ。」
    「早く私にキスしてっ!!!」

    俺と宮城は思わずぎょっとする。俺はそのまま口に含んでいたビールをブッと噴きそうになった。

    「え。」と言って、なに言ってんだこの子とでも言いたげに水戸は真横で一生懸命画面に集中している名前を見ている。

    「えー。」
    「えーじゃないよ! だーかーらー!!」
    「うん?」
    「体力回復するために私にキスするんだってば!!」
    「……」
    「早くッ!!」

    俺が意味もなくわたわたと名前と宮城を見やるあいだも、宮城は呑気に頬杖を付きながら名前たちを横目に解説しはじめた。

    「口移しで体力ゲージ回復できんだよね、カービィって」
    「バッカ!知ってらあ、ンなこと!」

    俺がなおも名前らと宮城を交互に見ながらそう言い返せば、宮城は特に俺を気にする素振りも見せずに楽し気にハハハー!と笑っている。

    「……じゃあ、仕方ねえなあ〜……」

    言った水戸が、こともあろうにコントローラを畳の上に置いて名前の肩に手をかけた。

    「ばっ、バカ野郎!!」

    俺がついにガタン!!とカウンターの椅子から立ち上がって顔を真っ赤にして座敷のほうに向えば、きょとんとした顔で水戸が俺を見やる。

    隣で桜木と彩子はなぜか大爆笑をしていて、そんな名前と言えば、こともあろうに俺よりも顔を真っ赤に染め上げてコントローラを持ったまま固まっていた。

    「オイゴラァ! なにしてんだよ、お前らはっ!!」

    俺はずかずかと座敷にあがって、水戸を押し退けるように名前とのあいだに座って名前の肩をぐいっとつかんでこちらを向かせる。

    今度はきょとんとしていた水戸までもが笑いはじめた。背後からは手を叩きながら爆笑する宮城の声まで聴こえて来る。

    「名前ダメだ!コイツにもう近づくんじゃねえ!!ゼッタイだめだ!」

    俺が水戸に人差し指を向けながら激昂している最中でも、名前は困惑しながら赤面している。

    「あのなあコイツは女の敵だ!離れろお前も!」

    すでに距離を取って「ひでー」と言っている水戸をさらに押しやるように足蹴にする俺に彩子は、桜木をバシバシと叩いて腹を抱えて笑う。

    そんな中、水戸の操作していたキャラクターがご臨終となり、次いで名前もゲームオーバーとなった。その場に虚しく鳴り響くゲームオーバーを知らせる音楽と、俺と名前以外の笑い声、そして俺の荒々しい息遣いが店内に響き渡っている。

    「わかった、わかった、みっちー。」

    言って水戸が俺の肩にそっと触れてきて、俺が水戸のほうに「あ?」と顔を向けたとき、水戸が俺の頬にちゅっとキスをした。

    「◎$♪×△¥○&?#$!?!!!」

    言葉にならない言葉を発して水戸を思わず突き飛ばした俺と、調子を取り戻した名前含む全員の笑い声。

    「ばっ……馬鹿野郎っ!!」
    「へっ?」
    「名前のカービィにお前のキャラがキスすんだよっ!」
    「えー、最悪……無駄なことしちまったよ……」

    やれやれとでも言うように眉を下げた水戸が両手を天井に向けて肩を竦める姿に、俺は更に赤面する。

    「最悪なのはこっちだっ!!!」

    畳やカウンターをバンバンと叩いて涙を流しながら笑う桜木と彩子に、宮城。名前は俺の背中をさすって「よしよし」と慰めながらもクツクツと肩を揺らして笑っている。

    はあああーと大きく溜め息をついてテーブルに向き直った俺が、そばにあったジョッキに口を付けて一気に中身を飲み干したとき、水戸が言った。

    「あ、それ俺の。」

    今度こそ本格的にブッと噴き出した俺の背後から「ご丁寧に間接キスまでしてらあ!」と宮城の笑う声が聞こえた。

    「紛らわしいんだよっ!!」

    と俺が自分の口元をガシガシと腕で拭う仕種に、また全員が大爆笑する。


    そんなこんなで楽しい(?)いや、屈辱の宴をあとにして数時間後、会計を済ませた俺と名前が先に水戸の店を出た。

    「じゃあ水戸、車よろしくな」
    「はいよー、気をつけてなー」

    次いで奥のまだ残っている三人からも個々に俺たちを見送る挨拶が飛んでくる。それに軽く手を翳して答えて、先に店を出ていた名前を追い掛けた。

    ガラガラーと入り口のドアを閉めた先、空を見上げながら酔いを醒ましているであろう名前の真横に立ち「帰るぞ」と声をかければ、名前はニコッと笑みを返してくれた。

    それを見下ろしたとき、思わず唇を奪いそうになった俺を寸でのところで名前の掌によって阻止される。

    「あ?」
    「……すぐ、そればっか。」

    言ってそっと俺の口元から名前の手が離れていくのを、少し名残惜しそうに見ている俺を置いて歩いていった名前に俺も後ろからついて行った。

    「だってよ、別にいいじゃねーか、付き合ってんだしよぅ……」

    少し後ろから歩きながらそうつぶやけば、名前が急ピタッと立ち止まった。

    そのはずみでトンと名前にぶつかるかたちをとって俺も足を止めた。少ししてまた名前が歩き出したので、俺もそれにならって歩みを進める。

    「……そーいうのがさ、ない日があってもいいじゃん」
    「え?」

    名前の言った言葉に聞き返した俺に対し、名前は小さく溜め息をついた。その姿を見て俺は思わず後ろから名前の腕を引く。

    その反動で名前が立ち止まってゆっくりとこちらを振り返った。

    「嫌だったのか?なんか、そーいうの……」
    「うーん。嫌とかじゃなくてさ……」
    「じゃあ、なんだよ。」
    「………」
    「はっきり言わねえと俺、わかんねえぞ?」

    俺的には真面目に言った言葉でも、名前は気分を害してしまったようで俺を少し睨んだあと
    「ハア」と息を吐いてからまた先を歩き出した。

    「え? 俺としたくねえってことか?」

    俺は急いで名前の隣に並んでそう問いただす。

    「違うくて」
    「じゃあ、なんなんだよっ!」

    俺の怒ったような声に名前が少しビクッと肩を震わせた。それでも歩みを止めない名前に俺も歩幅を合わせていく。

    思ったよりも声が大きくなってしまったのは、たぶん俺の中の問題だった。

    さっきの常連客とのこと、宮城に言われたこと、同棲したいと言っても断られるかもしれない不安、そして水戸とのテレビゲームをしていたときの出来事。

    全てが俺の中でまだうまく消化できていなかったことが、たぶんそうさせた。

    「………」
    「……悪い、つい……」

    言った俺の言葉を待って、名前はゆっくりと歩みを止めた。そして真横を流れる海に視線を向けてぽつりぽつりと言う。

    「寿のこと……、好きだよ? でもさ、」
    「——待て。」

    思わず言葉をさえぎった俺を不思議そうに、ようやくこちらに顔を向けてくれた名前を見据えて言った。

    「別れ話……、すんのか?」
    「はい?!」

    ぎょっとして俺を見やる名前を今度は、睨むように見つめながら先の言葉を続けた。

    「好きだけど、……なんだよ」
    「………」
    「その先に続く言葉で、なんかお互いいい気分になる言葉が出てくんのか?」
    「………寿、酔ってる?」
    「酔ってねえよ! 酔ってねえ……だってよ、なんかその言い方……」

    目を逸らして先を言いよどむ俺を見かねた名前が、そっと俺の手を握ってきたことで俺もまた名前を見やる。

    「手、繋いでもいい?」

    ほんのりと頬を赤らめた名前が、柔らかく笑ってそう言う。

    「……ああ。」

    そのまま俺の手を引くように歩き出した名前。
    俺は面食らってあまった手で後頭部をガシガシと掻きむしった。

    「私さ、たぶんね?」

    優し気な声色で話し始めた名前を、俺は横目に見た。

    「寿が思ってるよりも、寿のこと好きだと思うの」
    「………」
    「でもさ、なんて言うのかな……こう、何年も会ってなかったじゃない?私たち」
    「あ、……うん。」
    「なんか、大切にしていきたいんだよね。さもない電話ひとつでも、こうして少しの時間会える瞬間とかも」
    「………」
    「チューとかさ、ギューとかさ……、」
    「………」
    「そういうの、当たり前になりたくない。」

    チュー………とか、ギュー………。
    ……ああ、なるほど。宮城の言ってた意味がちゃんとわかった気がするぜ。あざとさもなく無意識にって、こういうことかよ。

    これを無自覚でやってんだとしたら……
    そりゃ、いるだろうな。それを好んでるどっかの知らねえ馬の骨とやらが……。

    俺はそのまま話を続けている名前の繋いでいた手を、グイッと自分のほうに引き寄せた。

    「!!? ——だから、ひさ……」
    「当たり前なんかになんねえだろうが」
    「え……?」

    俺の胸の中で、口籠る名前の声が俺の生身の身体に響き渡る。

    「俺は、名前に触れてないと死にそうだ」
    「………」
    「当たり前なんて思わせねえぐらい、してやる」
    「………」
    「その……、チューでも、ギューでもよ……」

    ようやく生意気を言っていた口を噤んだ名前が、そっと俺の背に手を回してくる。

    「長く離れてたぶん、たくさん埋めねえと」
    「………」
    「俺が持たねえ……、」
    「………」
    「まだまだ、足りねえんだよ——」

    一緒に暮らしたい明確な理由なんていらない。
    俺はずっと、名前と一緒にいたいだけだ——。


    「名前……」

    言って俺が名前の身体を離すと、名前は酔っているのか、なぜか涙目になりながら俺を見上げた。

    「一緒に、住まねえか?」
    「え……?」
    「ちゃんとしたのは、また先にやっけどよ……」
    「ちゃんと、したの……?」

    言われて俺はゴクンと唾を飲み込んで、名前の両手を握るとそのまましゃがみ込んで今度は俺が名前を見上げた。

    「結婚、してえから……」
    「………」
    「名前と。」
    「………」
    「酔ってねえぞ? 本気だからな。」
    「………」
    「だから、一緒に…… 住もうぜ?」

    真っ直ぐに名前を見据えて言った俺のその言葉に、名前は一瞬眉間に皺をつくってから、すぐにへらっと笑って言った。

    「考えとく。」
    「はあ? なんだそれ!」

    はっはっはー!と、あの赤坊主のように高らかに笑い声をあげて俺の手を擦り抜けて先を歩いて行く名前に俺は肩をガクッと落とす。かなり真面目に、けっこう重要なこと言ったのによ……。

    しゃがんだまま頭をうな垂れさせて撃沈している俺に向かって「寿〜、早く!」と笑う名前の声がここまで届いた。顔をあげてみれば名前が笑顔で手招きしている。

    「……ったく。」

    俺は、そのまま気だるげに体を起こして立ち上がり、名前のあとを着いて行く。

    「今日、寿んち泊まっていい〜?」

    後ろに腕を組みながら音符を背負(しょ)って先を歩く名前に面食らった俺は、両手をズボンのポケットの中へと収めたあと、その小さな背中に向かって叫んだ。

    「……考えとく!」

    立ち止まって振り返った名前の綺麗な笑顔。
    それを見たら、俺はとんでもねえ相手を彼女に持ってしまったのではないかと、いまこの歳になってようやく気付いた。

    計算高くもなくて、あざとくもない。
    天使のような風貌で、中身は悪魔。

    俺の初恋の相手は、
    実は手の届かない高嶺の花なんじゃねえかと、
    またひとつ大きく溜め息を吐く。

    名前の横に辿り着いたとき、名前を見下ろしてその髪の毛をガシガシと乱暴に撫でおろせば名前はまた、綺麗に笑ってみせるのであった。










     僕は 君中毒 になって久しいよ。



    (こういう大事なことは……)
    (あ?)
    (酔ってないとき言うって言ってた)
    (は? いつ?誰が。)
    (寿の成人式の帰り道で、寿が。)
    (うっせ……、もう遠回りしてらんねーんだよ)

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