選択肢はいつも
イエスかノーのふたつだけ。

曖昧な心じゃ
自分の迷路は抜けられない。

そんなことはわかっている。

私だって、
早くこの幼なじみ≠チて枠から
抜け出したいよ——。





湘北高校に転校して来て数週間。
いまではこうして毎日のように、幼なじみの彼の部活の見学に来ている私。

中学の頃は私も一応、部活に所属していたため、ゆっくりと寿のバスケをする姿が拝めなかったから、私にとってこの時間はとっても基調で大切な瞬間なのだ。

「よしっ!十分休憩だっ!」

キャプテンである赤木先輩の声と共に練習を終えた部員たちがゼェゼェとその場に倒れこんだ。

マネージャーである彩子が各々一人一人にタオルとドリンクを手渡していく。

「お疲れ、リョータ」

ぶっ倒れているリョータくんの元へタオルを持った彩子が行くと、さっきまでの死にそうな顔はどこへやら、リョータくんは上機嫌でぴょんっと飛び起きた。

「彩ちゃん!」
「プッ……!」

水戸くんたちと部活を見学していたそばで繰り広げられたその一部始終に私は思わず噴き出してしまう。

それに気付いた彩子とリョータくんが怪訝そうな表情を浮かべて、こちらを見やる。

「なに?名前ちゃん……」
「リョータくんはほんと彩子のことが好きだね」
「……名前。あんまコイツを刺激するようなこと言わないでよ」

呆れた顔をする彩子の隣りでは「いやぁ〜そんなぁ」と照れ笑いを浮かべているリョータくんが居て、そんな二人を見て私はまたフフフと笑う。

彩子にぞっこんラブリーなリョータくんはいつもこんな調子で、それに対する彩子はいつも軽くあしらっているのだけれど。

いつもこんなふうに全身で愛を注いでくれるリョータくんという存在が居て、私は彩子のことを少し羨ましく感じる。

「……おい。こっちにもタオル」
「あ、ごめんなさい。はいどうぞ」

ついこっちに気を取られていてタオルを渡し忘れていた彩子が寿にそれを差し出す。

痺れを切らした寿が汗だくのままそばに立っていたので正直びっくりしたが、私は彩子がそんな寿にタオルとドリンクを手渡している光景をぼんやりと眺めていた。

こういうときの寿に下手に突っかかると、あとでしつこいほど不機嫌になってしまうので、いまは敢えて何も言わずに私は彼が腰かけたコート脇に移動して隣りにちょこんと座ってみる。

するとそこへ体力が有り余っている一年坊・桜木くんがやってきて寿に声を掛けてきた。 

「おいミッチー!シュートの仕方教えてくれ!」

今は休憩時間だというのにこの元気。
基礎ばかりやらされているのでシュート練習もやってみたいのだろう。

私は苦笑しながら横目で寿を見ると、彼はタオルで汗を拭きながら完全無視を決めこんでいた。

そんな寿に痺れを切らしたのは当然桜木くん。
額に浮かんだ青筋が今にもブチッと切れそうだ。

「おいミッチー、聞いてんのか?」
「……うるせーな。休憩してんだよ、俺は」
「ははーん。さてはこれくらいの練習でヘバッてるな?体力ねーなあミッチーは」
「ンだとっ!?」

ムッときた寿が睨みを効かすと、それに応じるように桜木くんが「おっやんのか?」と挑戦的なポーズをとる。

そんな二人の間に私がまぁまぁと仲裁に入ると、寿がチッと舌打ちしてドリンクを飲み始めた。

なんだか納得のいかないといった表情をしている桜木くんに向かって、私は「それじゃあ…」と言葉を続ける。

「私が教えてあげよっか?シュートフォームだけなら教えてあげられるけど」
「なッ!!!」
「ほんとっすか!?」

ぎょっとする寿を置き去りにして、そう言った桜木くんの顔が本当に嬉しそうで、そんな顔を見ていると自分まで自然と顔が綻んでくるのを感じていた。

私は立ち上がってリングから離れたシュート位置の所で、桜木くんにまずはシュートを打ってみるよう指示する。

「とりゃっ」という掛け声と共に放たれたボールはリングに届くことなく虚しく落ちていく。それと同時に桜木軍団の品のない笑い声が体育館にこだまする。

「あ、あれ?」

おかしいなあという顔でもう一度打ってみると、今度はリングを通り越してあらぬ方向へと飛んでいった。

そんな桜木くんのシュートフォームを見てはフム…と考えると、今まさにシュートを打とうとしていた彼に「ストーップ!」と私が声を掛ける。

「えっ!?なっなんすか?名前サン」
「ここだよ、ここ。このときの腕がこっち向いてるからダメなんだよきっと」
「う、腕っすか?」
「そ。この腕がね……」

言って、指摘している腕を直そうと手を伸ばすが、遥か頭上にある桜木くんのそれに私が届くはずもなく。

ダメもとでジャンプしてみるものの…

「よっ……ほっ……!ダメだ…。」
「む。」
「桜木くん、ちょっとしゃがんでくれる?
あ、そのままの体勢でね」
「こ、こう……っすか?」

そのままの体勢を維持してしゃがもうと試みるも、どうしてもそれは無理な話で。

やっぱり立ったままの体勢で教えないと意味ないよなぁと、私が今度は自分でシュートを打つ構えをして見せた。

「ボールを持って構えたときに、桜木くんはこっちの腕がこうなってるの。」
「ほうほう」

合わせるようにして桜木軍団の「なるほど」とか「ほう」という声も聞こえて来た。

「そうじゃなくてこう引くの。……分かる?」
「う、うーん…。こっちがこうなってるから……これがこうで……、こう…?」

もはや何がどうなっているのかを見失っていた桜木くんは、目が泳いでいて頭がパニックを起こしているようだった。

そんな桜木くんに気付いた私は、やっぱり口で説明するより身体で覚える方が身につくタイプだもんなあと、どうしたもんかと頭を捻る。

キョロキョロと辺りを見回し、そこでふと近くで自主練していた流川くんが目に入った。

「ねぇ流川くん!」
「……?」
「ちょっと、頼みがあるんだけど……」

私のそばに桜木くんが居ることに気付くと、流川くんはあまり気乗りしなさそうな顔をして渋々こっちにやってきた。

「……なんすか」
「私をね、ちょっとばかり持ち上げてくんないかな?」
「は?」

予想に反する頼みごとに思わずそう聞き返す流川くんと、目の前にはこっちに背中を向け両手を上げて「ほら早く」とでも言わんばかりに既にやる気満々の私。

一瞬ためらった流川くんだったが、先輩(一応)の言うことに逆らうわけにもいかなかったのか素直に従ってくれた。

私の腰を両手で持ち、軽々とその身体を持ち上げる。

するとの目線は一気に桜木くんと同じになり、いつもと違う景色に思わずテンションが上がってしまう。

「おおー!!!すごーい!高い高い!」

その光景が面白かったのか、水戸くんたちが大爆笑している声が聞こえた。

「……先輩。早くしてほしいんすけど」
「…あっ!ごめんごめん。ついテンションが…」

浮かれてしまった気持ちを抑え、目の前の桜木くんにさっきの指導の続きをする。

腕の修正をすると、桜木くんは「おぉ!ここのことか!」とあっさり理解してくれた。

とりあえず一安心して、ふぅっと一息吐くと、そこへニヤニヤ顔をしたリョータくんがこっちへやってくる。

「名前ちゃんもやることが大胆だねぇ」
「……ええ? なにが?」
「晴子ちゃんがいなくてよかったね」

流川くんに抱き上げてもらっているため、今の目線はリョータくんよりも上だ。

なんのことだとリョータくんを見下ろすと、彼は更にニヤニヤした顔つきで言葉を続ける。

「花道に熱心に教えるのはいいことだけど、時と場所を考えた方が身のためってこと」

言われて初めて周りに視線を移すと、そこにはこっちを見てくすくすと笑っている部員たちの姿があった。

確かに言われてみれば誰かに持ち上げてもらって人にものを教えてるなんてこんな光景、傍から見れば滑稽に映ることは明らかだ。

そう思うと今更ながらに恥ずかしくなってきた。

頬を少し染めて今すぐ下ろしてもらおうと腰にある流川くんの手に私が触れたとき、リョータくんがこっそりと耳打ちしてきた。

「それに、」
「えっ?」
「こういうことは、あそこですんげー睨んでる人が居ないとこでやった方がいいと思うぜ?」

あそこ?と思い、リョータくんが後ろ手で指差す先を見たけれど、そこには誰もいなかった。

「それは誰のこと言ってんだ?宮城。」
「……ゲッ」 

「もうここまで来てた…」とリョータくんが言うとあそこですんげー睨んでた人≠ヘ更にジロリと睨みを効かした。

そんな寿の登場に、その場の空気が一瞬冷たいものに変わる。

未だ流川くんに抱えられたままの私に小さく舌打ちをすると、寿は私の腕をグイッと引き寄せた。

そのまま自分の方へと倒れ込んでくるであろうことを予想していた寿。けれど私はなぜか動けなかった。

私の腰を抱きかかえている流川くんの手が一向にその力を緩めなかったからだ。

「おい流川……。いい加減名前を放しやがれ」
「このまま放すと先輩がバランス崩して危険」
「そうならねえように俺が受け止めるから大丈夫だっつの」
「………」

流川くんは何も言わずにそっと私を下ろすと、ふうっと呆れたような溜め息を吐いて「やれやれ」と言わんばかりに両手を天井に向けてみせる。

そんな様子にカチンときた寿が口を開くよりも先に、流川くんが私に向かってボソッと呟く。

「シュート、打てば」
「え……?」

無表情のまま流川くんにボールを手渡され、私は「別にいいけど…なんで今なの?」と若干、冷や汗をかく。

「え!?名前ちゃんバスケ出来んの?」
「そうだったんすか!?名前サン!」

桜木くんとリョータくんがギャーギャー騒ぎ出すと、その横で流川くんがうるせーと呟く。

なんだかよく分からないが、いいからやれとでも言いたげな流川くんの視線に負けて私は、シュートラインに立ってスッと構えた。

ふと周りが気になってチラリと様子を盗み見るといつの間にか部員たち全員の視線を受けていて、急激に緊張してきた私はシュートを打つ直前に少し手元が狂ってしまった。


——ゴンッ!


案の定リングに当たって違う方向へと飛んでいってしまったボールを私は残念そうに眺めていた。

そんな私の頭をこつんと軽く小突いて「へたくそ」と言ったのは寿。

小突かれた所を押さえて口を尖らせていた私を少し考え込むようにじっと見つめていたのはリョータくんだ。

さっきのシュートを見て確信を得た流川くんがゆっくりと口を開いた。

「……似てる。」
「え……?」
「え……?」

寿と私が二人で同時に言って流川くんを見る。

「ああ、だからか……」

今度はリョータくんが口を開いた。

「今の名前ちゃんのシュートフォーム、三井サンに似てると思ったんだよなぁ」

なるほど、と納得したような顔をして言うリョータくんに続き、その場にいた者みんなが同じような顔をしていた。そんな中、流川くんはなにもなかったように向こうのゴールへと走って行った。

さぞかし相当な時間を掛けて手取り足取り教わったことだろうなぁとでも言いたげに、部員たちはニヤニヤとした顔つきで取り残された私と寿を見やる。

そんなふうに言われて私たちが上手く流せるはずもなく、同時に頬を赤らめた寿と私は、この恥ずかしさを誤魔化すために必死に弁解をし始める。

「あ、いや! 教えてもらったっていっても中学のときの話で!」
「いや違げえ!もっと昔だ!たしか」
「へえ、中学のとき……もっと昔、ねえ……」

言ってリョータくんがニヤニヤと私と寿を覗き込む。

「あ……、あの頃はほらッ!こんな柄の悪い人じゃなかったし……っ!」
「あぁん?柄の悪さ関係ねぇだろが!おい宮城、あれのどこが俺のに似てんだよ!」
「なっ!!」
「俺はあんなヘタクソじゃねえ!」
「なっ、なにをぅ?!」

ギャーギャー喚いて睨み合う二人の背後に忍び寄る、怒りをまとった赤木先輩の姿に気付いているのは寿と私以外の全員。

我関せずといったふうな表情をして、急にそっぽを向き始める問題児軍団、桜木くんとリョータくんに怪訝そうな視線を送ると、その瞬間背後から赤木先輩の怒声が響き渡る。

「何をやっとるかおまえら!休憩時間はとっくに終わってるんだぞ!さっさと練習を始めんか!」

面白いほどビクーンッと肩を揺らした寿と私は大慌てで持ち場に戻る。(私は水戸くんたちのそばだけど)

気付けば他の部員は最初からやってましたと言わんばかりに次の練習メニューに移っていてそんな彼らのことを寿と私はジト目で睨むのであった。








「つーかお前よ、他の野郎に平気で触らせてんじゃねえよ」
「……は? いきなり何の話?」

部活後、先ほどの罰として部室で溜まりに溜まった部誌を書かされている寿。

隣りで特に何もすることなく待っていた私に、寿が突然そんなことを言い出した。

寿の書く部誌を呑気にながめていた私に対し寿は「…っとに鈍い女だな」とチッと舌打ちをする。

「だーかーらぁ。平気で流川なんかに抱きかかえられてんじゃねえっつってんだよ!」
「……は?なにそれ。 あれは桜木くんに届かなかったから仕方なく……」
「ったく……、腰に手なんか回させやがって」

明らかに不機嫌な顔をしてブツブツ言い始める寿に、私は「はぁぁー」と呆れたような溜め息を吐く。

「あのねぇ。腰に手を回すとかそういう言い方
するからいやらしく聞こえるってだけで、」
「な……っ、」
「実際にはそんな感情これっぽっちもないんだからね?!」
「あのなあ、……お前はよ、」
「なに?」
「男っていう生きモンを甘く見すぎなんだよ」 

寿はギロッと私を睨んでそう言うと、次に少し声色を低くして言葉を続けた。

「男ってのはな、女の身体に触れただけで色々と想像しちまう生きモンなんだよ。」
「想像?」
「……、 例えば」

そこまで言って私の腕を掴むと、寿は素早く私の身体を机の上に組み敷いた。

座っていた椅子がガタンッと倒れる音と書いていた部誌がバサッと下に落ちる音。

そしてなにより、至近距離にある寿の顔。

あまりに突然の出来事に私は、何がどうなっているのか分からず、急激に込み上げてくる恥ずかしさに顔の熱を上昇させていた。

「……例えばこうやって、」
「……っ」
「腰のラインに触れただけで、」
「………ッッ」
「身体の肉付きや柔らかさが分かるんだぜ?」
「ちょっ……! なにす……っ!!」

制服の薄い布越しに感じる寿の手の感覚に、私の腰はびくっと揺れる。

「………ッ」
「………。」

瞳を潤ませ恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて見上げてくる名前の表情にぞくっときた俺は「……ヤベッ」と小さくつぶやいて、湧き上がる感情をなんとか抑えようと俯いた。


しばらくして顔を上げた寿は脱力しかけのようななんともいえない表情を浮かべている。

「……、 お前なぁ…。」
「………」
「好きな女にそういう顔されると男は色々とヤベェ生きモンだってこと……」
「す……好きな……、 って?」
「あ?」

寿の顔を見ながら目をぱちぱちと瞬かせた私に、寿はぐっと押し黙って茹でダコみたいに一気に顔を赤面させた。

「とにかくっ!!」
「………?」
「いい加減学びやがれっ、バカ野郎。」
「だ、だから……なっ、なにが……?」

聞き間違いなのか、なんか妙なことを言われた事実と、こんな状況でいきなりそんなことを言われても恥ずかしさが先行して理解出来ずにいる私に寿はなぜか、更にガクンッと肩を落として脱力するのだった。










 君の 愛してる はわかりづらい。



(ホラ、帰るぞ茹でダコ。)
(……?! ど、どっちが!!)

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