私は湘北高校二年一組、名字名前。
ふたたび、ふたたび、ふたたび登場の巻。

明日は生徒指導が正門に立って整容検査を行うと告げられたのは、昨日のホームルームでの話。

そして今日。学校に向かう我が校の生徒を見やれば、女子はみな薄化粧すら解いて、校則に定められたスカートの丈で登校している。真面目か。

けれど二年一組、わたしのクラスの生徒たちは何ごともなかったかのようにいつもと同じ装いだ。

と、言うの二年一組の面々は、そもそも自分たちは校則に反していないと胸を張っているからというのもある。決して二年一組の生徒が不良だとかいうことではない。(という私たちの持論)

そんな二年一組の担任、三井寿こと、学校で一番人気の教師ミッチーは実は生徒指導の代表者だったりする。


湘北高校が見えてくれば、ひときわ背の高い男前ミッチーが竹刀を持って、バシバシと片っ端から生徒に指導している姿が見えて来た。

この時代に竹刀ってうける。けど前にミッチーになんで竹刀持って正門立つの?と聞いた生徒によれば、「見た目が大事だ」と言い切ったらしい。

「指導者っぽいだろ」とか「恐そうに見えるだろ」と胸を張って言っていたというがそんな子供っぽいところが顔に似合わずキュートでこれも人気の理由の一つなのだろうと思えば腹立たしい。

素直とか真面目とかを飛び越えて私の担任は天然記念物なのだ。もう本当に可愛いんだからね?

あの顔でキュートとか漫画ですかって。もう、この世の三次元はどうなってんだよって話よ。

そんなことを考えながら歩いて行けば、すでに、湘北高校の正門前だったことにいま気付く。

わたしはミッチーを一瞥もしないで、だからと言って後ろめたいこともないので真っ直ぐ正面を見据えて、すっと華麗に正門を潜り抜ける。

しかし、「うぐっ……」という自分の女子らしからぬ声とともに、足止めを喰らって立ち止まる。

見れば、平行に私のお腹辺りに竹刀が差し出されていて、ここではじめて顔を歪めて斜め上を見上げた。

私を見下ろすように無表情のミッチーが私と目が合うや否や「ん」と顎を正門横に向ける。

「なに?」
「失格。脇に寄ってろ」

「ちぇっ」と舌打ちに近い小言をついて隅に寄った私は正門の壁に寄り掛かかりミッチーを待つ。

しばらくすると、他に立っていた先生に何かひとこと告げて、こちらに向かって来るミッチー。

私の目の前に立ったとき、両手を腰にあてがったミッチーが微かに首を傾げる。めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をして。

「スカートの長さ」
「は? なんですか?」

本当に、はっ?と言いたげに右手を耳に添えて聞き返せば私の非行がもう恒例になりすぎて怒る気もなくしたのか、ミッチーは呆れて笑みを零す。

「どう見てもセーフでしょ」
「はあ、まったドレミの歌かよお前は……」

はーあ、とわざとらしく溜め息をもうひとつ吐いたミッチーは、片手で後頭部をガシガシと掻く。

「お前のお笑い練習に付き合わされてる俺の身にもなってみろってんだ」

と、くちびるを尖らせるミッチーが可愛くて、やっぱり従う前に揶揄いたくなってしまう私は、きっとドSかなにかなんだろう。(ミッチーに対してのみ)

「短すぎだ、これじゃあギリOKとは程遠いぞ」
「例外!わたしの場合は、スカートが短いんじゃなくて足が長い!」

「足が長い」というところで、全身を使って足長アピールをかましてみても相手はこのミッチー。案の定、口の端を吊り上げて鼻で笑われた。

「だーれが足長げえって? それ、俺と勝負するつもりで言ってんのか?」
「……ぐっ、」
「短足。」
「サイテー」

竹刀を肩に担いで首を傾げて言うミッチーの顔は本当に勝ち誇ったような表情だった。

「みんなも折ってんじゃん!」

ミッチーとの足長勝負には勝てませんとすぐ降参した私は、すくっと背筋を伸ばして、生徒入り口に向かう女子生徒らを指差して指摘する。

「ファスナーのとこ壊れちゃってさ、折らないと落ちちゃうもん」

今度はファスナーの部分を抑えるように屈んで、上目遣いでミッチーを見上げたが、ミッチーはやっぱり無表情で私を見下ろすだけで、なんのダメージも受けてはくれないようだ。

私は開き直るように、ミッチーがやるみたいに、ハッ鼻を鳴らしたあとスカートの裾を両手で抑えつける。

その行動に、今度はなにを言いやがるんだと言いたげなミッチーが左の眉をぴくりと動かした。

「そうやって足ばっか見んのやめてくださーい。ヘンタイでーす、教育委員会に訴えまーす」
「バカヤロウ。なんでもかんでもその台詞を言やいいと思ってんな、てめえ」
「口悪過ぎね、よっくそれで生徒指導なんてやってんなっ!」
「はっ、てめえにはぜってー言われたくねえよ」

竹刀を持っていないほうの手を腰にあてたまま、ミッチーが屈み腰で私を覗き込むから、ミッチーの清潔感溢れる爽やかな匂いが漂ってきて、思わず赤面する。

それを見て元の姿勢に戻ったミッチーは怪訝そうに「なーに赤くなってんだ、自分で言ったんだろうが」なんて天然炸裂で突っ込んできたけれど。

いやいや、違うよ湘北高校の天然記念物さんよ、あんたのその、いい男っぷりに赤面したんだわ、こちとら。

私は溜まらず溜め息が出てしまう。それに対してもミッチーが「溜め息つきてえのはこっちだ!」とぎゃーぎゃー騒ぐから、軽く手でそれをあしらってみせる。

そのとき、整容チェックをクリアしたらしい別のクラスの友人が、生徒入り口に向かいながら「名前〜」と手を振っている。

「今日も引っかかったの〜?」という声に、私も手を振り返しながら声を張った。

「ラッキー! 今日はバレなかったぁ〜」

「じゃあミッチーひとり占めすんな〜」と返されてニコニコと笑みを返していた私の上げていた手が竹刀でパシンと振り落とされる。

「痛った……、なんで叩くの」
「人聞き悪い言い方すんな。叩いてねえ、正したんだろーが、嘘こいてっから」

「どーこがラッキーだ」と竹刀があたった手をすりすりして痛いというジェスチャーをしている私を無視してさらっとミッチーが言い返してくる。

「しょうがない、こればっかりは。」
「あン? なにが」
「私たちを変えるんじゃなくて、もう校則変えましょ?」

可愛く首を傾げてぶりっこしてみても、ミッチーには響くわけもなく、今度こそ「アホ」と竹刀ではなく、空いたほうのミッチーの手で軽くチョップをされる。

「……。」

あーあ……。 あーーーーああああ。
どうすんの、あーあ、ドキッとした、クソ……。

無意識に力加減を調整してるとことか、何なら、一歩間違えば今って頭撫でてくれたんだよね?!と言いたくなるような大きな手の感触に、どきゅんと心臓が高鳴る始末。

ちょうどキーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴り正門に立っていた先生たちも個々に校内へと戻って行く。

それを眺めていたミッチーの背後から「ねえ?」と声を掛ければ「あ?」と振り返ったミッチー。

「ホームルームまで直すからさ、一緒に行こ?」

そう言って校舎を指差す私に面食らったミッチーが「絶対だぞ、直してなきゃおしおきすっからな」と言って歩き出す。

罰とかじゃなくておしおきなんて可愛い言葉を使うミッチーに思わずフフと笑みが零れてしまう。

すぐにパタパタとミッチーを追いながら「おしおきってなにすんの?」と、期待を込めて聞いた。

「あ? グラウンド10周。」
「まった、スポーツで解決しよーとするー。もう離れなよ、スポーツから」
「じゃあどんなおしおきならいいんだよ」

まさか質問返しがくるとは思ってもみなかったので、「ええー」とすこしだけ考えたフリをしてから、これ一択というように私の希望を述べる。

「ミッチーからのキス。」
「却下。ほか。」
「じゃあ、ミッチーと手を繋ぐ」
「なんだそりゃ、それ名字の願望じゃねえのか」

「俺ばっか損してらあ」と、ミッチーは高らかにガハハハと笑う。ムスッとした私は間髪入れずに意地悪な質問を投げ掛ける。

「ミッチーはさあー、好きな子のスカートの丈とか気になったクチぃー?」

間延びして聞いた私の質問に、ぎょっとして私を見返すミッチーと不意に目が合った。

「あっ、短いの好きなんだ。」
「……」
「生の太もも拝めるから」
「——ばっ、てめっ。いい加減にしねえとな」
「だってぇ〜。ミッチー顔、真っ赤だよ?」

「なに思い出したの?」とミッチーの言葉をさえぎって聞けば、ミッチーがもっと顔を赤らめて「うっせ」とか「もう口開くな、命令な」とか言ってごまかすから、超かわいくて抱き着きたくなったが、その気持ちを必死に押さえ込む。

「あっ! じゃあさ、じゃあさ」

それでもすぐにいつも通りの表情に戻ってしまったミッチーに私は食い気味に提案を持ち掛ける。

「あ?」
「スカートの丈、直してなかったらぁ〜」
「ああ、なんだ?」
「私の太もも触って?」

「はあ?」と言うような表情で、私をゆっくりと見たミッチーに、にこ〜っと笑顔を返す。

「あのなあ、」

言って、ハアと溜め息をついたミッチーが生徒入り口前で立ち止まったことで、私もそれにならって足を止める。

「そういうのは、軽々しく言うもんじゃねえの」
「えっ? なんで?」
「なんで? って……まあ、好きな奴にだけ言うこったな。」
「……」

ぽりぽりと頬を掻くミッチーが斜め上を見る。

「お前にその気がなくても、それ聞いて勘違いする奴もいるかも知れねえだろ?」
「……」
「だから、好きな人にだけ」
「——好きな人に、言ったよ?」

話ながら職員入り口の方へと歩き出したミッチーの背中に向かって言った私の声が、やけにその場に響き渡った。

ぴたっと立ち止まったミッチーはこちらを振り向かない。私は思わずぐっと奥歯を噛みしめる。

そのままミッチーの動向を観察していたら、微かに首を傾げたミッチーは軽く片手を上げて返し、そのまま歩みを進めた。


え——。


私はダッシュしてミッチーのあとを追い、竹刀を持っていない手、さきほど上に翳したほうの手をぐいっと引っ張って、その腕に絡みついた。

「——なっ!?」

驚いたミッチーが大袈裟にもそんな声を発して私のほうへと少し重心が向いたが、すぐにその腕を振り払われる。

「なンなんだよっ、急に引っ張んな!」
「さっきのってさ! 私の気持ち受け取ってくれたってことでいい!?」
「はあ?」

言ったあと、ミッチーは目をぱちくりとさせる。それに反して私は目を輝かせているわけで。

「違げえよ、ちゃんと好きな人にも言ってるって意味だろ?」
「……は?」
「あ? 好きな奴いるんだろ?そいつにも言ったって意味じゃあ」
「——もういい、ほんと天然記念物」

ミッチーが言い終わる前にそうつぶやいて、くるりとミッチーに背を向けて歩き出せば、ややあって「名字!」と名を叫ばれ、私は期待を込めて勢いよく振り返った。

「スカートの、た・け! 直せよー!」
「——ッ」

あっかんべーを炸裂させて、私はバタバタと生徒入り口に駆け込んだ。

「童貞なのか、あの教師!」

ったく!!なんでああも、女心がわからんのだ、わたしの担任はッ!!

なんだよ、柄にもなくあっかんべーなんてしちまったよ、昭和かよって、激しくダッサいわ。

内靴を履き終えて、はあ、と深く溜め息を吐いた私は、チラと自身のスカートに視線を落とす。

「……、」

フンッと鼻を鳴らして、もう一個スカートの丈を上にあげ、さらに短くしてやった。

もうこうなりゃ、平成ギャルじゃ!!

ばかミッチー!!!










 きっと 夢中 にさせるから!



(引っ越しのとき間違えて持ってきちゃった)
(あ? なにを)
(湘北の制服ー。もう捨てていいよね、これ。)
(待て、名前!!!)
(へっ?)
(それ着てよ、今晩ヤろうぜ……)
(……きっも。もうそれはキモイって、寿。)
(言い方がもう宮城なんだよ、チッ。)


※現役女子高生と先生。
 ヒロインと復縁してからのお話。

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