女の花道、男の浪漫(1/5)

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  • 日射しが照りつける空の下、ゆらゆら揺れる心の波間に流れ着いたあなたがいた高校二年生の夏。

    熱くなるこの気持ち。
    手のひらから伝わるその熱が、やんわりと心地よく穏やかになりはじめた10月上旬。それでも神奈川の日差しは、去った夏の暑さを逃がすまいと、まだまだ存分に熱を持っているのだ


    さわやかな秋晴れが続く今日この頃。私はその日昼休みになるのを今か今かと待ちかまえていた。


    ——キーンコーンカーンコーン。


    午前中の授業を終えたと知らせるチャイムが鳴ればガヤガヤと一気に騒がしくなる教室内にガタンバタンと椅子から立ち上がる音や、品のない声で笑い合うクラスメイトたちの声が響く。

    私も授業で使った教科書やらノートやらを自分の机の中に仕舞い込んで勢いよく椅子から立ちあがった。


    「名前〜」

    声のする方に視線を向ければ親友が私の名を呼んでいた。そんな彼女の前の席には、他人の椅子に勝手に腰を下ろしている私の彼氏の親友のリョータくんの姿も見える。彩子とリョータくんがお昼ご飯を一緒に食べようと声をかけてくれたのだろう。

    もはや日課になりつつあるこんな光景だが今日はそれを断らなければならないので私はすこし残念そうに首を竦めた。

    「あんた今日もお弁当〜? 私、リョータと売店行ってくるけど?」

    返事を返す前に私は二人の元へと向かう。それを待って、ふたりが椅子から立ち上がったとき私は両手を顔の前にパチン!と合わせて言う。

    「ゴメン!きょう私、一年生の校舎に行かないといけないの」

    謝る私の姿を、ふたりはきょとんとした顔で見ている。

    「一年の校舎って……? なに名前ちゃん、誰かに用事でもあんの?」

    リョータくんの問い掛けに私は大きく一度、頭を縦に振って見せた。そのとき突如、私たち二年一組の教室の入り口付近から女子生徒の「あっ!三井先輩だぁ」や「やっぱ大きいよね〜」とか「かっこいいー!」という黄色い声が聞こえてきた。

    そんなコソコソ話をしている生徒の声に、私たち三人は反射的に教室の入り口のほうを見やる。そこには教室のドアと同じくらいあるのではなかろうかと言わんばかりの背丈の生徒が無意識なのか威勢を張りながら堂々とその入り口を塞ぐかのように立っていた。

    「あら、三井先輩じゃない」

    彩子の言葉のあと、お決まりと言ってもいいようにリョータくんが「ゲー」とブーイングを鳴らす。それでも当の本人は完全に入り口を塞いで偉そうに突っ立っているわりに教室内に入ってこないところが遠慮深いといいますか、なんだか育ちがいいといいますか。

    寿は私と目が合うと、ちょっと唇を尖らせて目を細めたあと、右の手のひらを反して、クイクイっと人さし指で、私を自分の元へ来るように指示している。

    「やっぱ、名前宛じゃないのよ」

    「ほら、さっさと行きなさい」と彩子から促されて、ポン!と背中を軽く押される。私もそれにコクンと頷いて教室の入り口に向かえば背後からは「ずっとあそこに立たれてちゃ迷惑だしねー」と言うリョータくんのあからさまな嫌味の台詞が耳に届いて思わずプッと笑ってしまった。
    寿の元へ到着した私はとりあえず本当にリョータくんの言葉の通り通行の妨げになるので彼を廊下の隅へと追いやった。

    「なに?」
    「あ?」
    「え、呼んだでしょ? こっち来いよ、って」
    「そんな命令口調で言った覚えはねえ」

    どうしてこうも素直じゃないのか。私の幼馴染兼、彼氏は。照れ屋もここまでくれば才能だ。

    「お昼なら、一緒に食べられないよ?」

    呼ばれたことの意図を先読みして、さっさと断りを入れれば案の定、寿は片眉を吊り上げて「はあ?」と不服を申し立てる。そしてすぐにチッっと舌打ちをして「なんで」と問う。

    「私、今日は一年生の校舎に用事があんの」
    「あっ?一年? 誰にだよ?」
    「え? 桜木軍団。」

    刹那的な沈黙のなか、真横を行き来する生徒らの楽し気な笑い声が廊下に響き渡っている。

    「——じゃあ、俺も行く」
    「えー?いいよ来なくて。友達たちと食べな?」
    「行くっつってんだろ」
    「……」

    梃でもここから動きませんと言いたげに、わがままを言っているくせに、偉そうに腕組みをして私を見下ろす寿。仕方なくハアと、明らかな溜め息をついたあと私は「じゃあ、行こ」と言い置いて、一緒に一年生の校舎、桜木軍団の元へ、寿と向かった。

    寿は廊下を一緒に歩いているあいだ、今日あった出来事とかバスケットの話題なんかをずっと真横で楽し気に話していて私はとりあえずの相づちを打っていた。その間すれ違う生徒たちからはやっぱり「あ、三井先輩」とか「かっこいいー」とか言うヒソヒソ話が聞こえてくる。

    その張本人、寿にはまったく女子生徒のそういった黄色い声が聞こえていないらしく、ずっと笑いながら訳の分からない話をして、ひとりで寿ワールドを繰り広げているのだった。


    「あら、三井さんと名前さんっ?」

    聞き慣れた声に、寿と一緒に立ち止まり同時に振り返ってみれば、そこには一年生のマドンナ、赤木晴子ちゃんの姿。両脇にはいつもの顔ぶれ藤井ちゃん、松井ちゃんがいた。

    「やっほー、美女三人組さん♪」

    そんな私の返しにも、晴子ちゃんは「やだ、名前さんったら」なんて言ってクスクスと笑っている。

    「どうしたんですか?バスケ部の誰かに用事?」

    筆箱サイズの小さな可愛らしいお弁当を胸に抱えた晴子ちゃんに、私は違うと言うように首を横に振った。

    「水戸くんたち。」
    「洋平くん?洋平くんたちなら、桜木くんと一緒よぅ」
    「あ? お前さっき野郎軍団に用事って言ってなかったか?」

    少しドスの効いた声が頭上から降って来て、私は視線を晴子ちゃんから斜め上に移動させて寿を見た。

    「水戸くんたちも、桜木軍団も同じ意味じゃん」
    「はあ? 全然違げえ。」

    ちょっと……よく、わからない言い分だ。
    もはや頭が痛くなってくるレベル。寿って、なんでこんなに水戸くんに対抗意識抱いてんだろ?謎だ。

    「三井さん背が高いから、一年生の校舎を歩いていると目立っちゃうわぁ」

    下心無しに素直にそんなことを平然と言える晴子ちゃんが羨ましい。清楚で気品があって女子の鏡と言っても過言ではない。顔良し、声良し、スタイル、性格申し分ない。きっと世の男性群はこんな女の子が好みなんだろうなーなんて改めて思いながら晴子ちゃんたちと軽くお喋りをして、その場で別れた。


    目的地、まずは桜木くんのクラス、一年七組へと足を向ける。
    教室の入り口上に設置されているクラスプレートを確認しながら歩いていた私の耳に「おお、流川」と言う寿の声が聞こえてきて私も顔を正面に向けた。

    「ウス。」

    流川くんは寿と視線を合わせていたが、ややあってチラと私を見下ろすと丁寧にもしっかりと「ウス…」と、私にも挨拶を投げ掛けてくれた。

    「こんにちは。流川くんもお昼ご飯?」
    「いや、寝る。」

    そんな淡泊な会話のあと、流川くんとも別れて、ようやく一年七組のクラスに辿り着いた。

    恐る恐る教室の入り口から顔を覗かせてみれば、窓縁に腰をあずけていた野間くんが私の存在に気付いて声をあげた。

    「あれっ、 名前姐さんじゃねーか?」

    それを合図に、桜木くん含む桜木軍団の一味が全員こちらを見たことで、ヤンキー集団の視線を総なめした私は、思わずぎょっとして身を引く。そして私の背後からチラと顔を見せた寿を認識した桜木くんが「ぬ?ミッチー?」と言った。

    私はちゃんと「失礼します」と、ひとこと言い置いてから中に入って桜木軍団の元に向かう。中に入ってすぐ廊下の隅で退屈そうに時間を潰している寿に気付いて、教室内から寿を手招きすれば、やれやれと言った感じで廊下の壁から背を離し、気だるげに教室の中に入って来た。

    チラチラと寿を見上げる一年生の視線を鬱陶しいと感じたのか、寿が小声で「ウゼぇな。」と零していて、私は仕方なく苦笑するしかなかった。


    「名前さん、どーしたんだ?」

    ズボンのポケットに両手をしまったまま他の子の机に腰をあずけていた水戸くんが眉をハの字にして第一声を投げかけてくれる。そのとき背後から寿がやんわりと私を抱きしめるような仕草を取ろうとしたので、こんな公共の場でリア充全開を振り撒くわけにもいかず私は慌ててそれを避けた。その瞬間に寿は「チッ」とガラ悪く舌打ちをかます。そのまま行き場の無くした両手を寿は水戸くん同様に自身のズボンのポケットへと収めた。

    けれど水戸くんだけは、そんな私と寿の一連の流れを見ていて何かを悟したのか、しかたねえなって顔でクスッと小さく笑っていた。

    「あのさ、みんなにね?相談があるんだけど…」
    「俺らに?」

    水戸くんが今度は少し目を見開かせてから、首を傾げてそう聞き返してくる。

    「うん。あのね私、体育祭の実行委員やってて」
    「うん?」
    「みんな特攻服≠フツテ、ないかなーって」

    一瞬、私の言葉にその場がシンと、静まり返る。
    そのあとやっぱり「特攻服ゥ〜?!!」と、水戸くん以外の桜木軍団と寿が声を揃えた。桜木軍団=(イコール)特攻服と迷わず連携付けてしまった自分が改めてなんだか笑えた。

    当たり前にこの子たちに頼る一択!なんて思ってここまで出向いたけれど、やっぱり失礼なこと言ってしまったのかも(君たちヤンキーでしょ?って言ってるみたいで)と、考えあぐねていたとき、寿が口火を切る。

    「特攻服なんて、今の時代にねえだろ……」
    「甘いな、ミッチー。 洋平、洋平!」
    「あ? 水戸がなんだよ。」
    「洋平、特攻服とっぷくに刺繍入れれるんだぜ!」

    大楠くんが淡々と言ってのけたことで、私と寿は同時にぎょっとした顔で水戸くんを見やる。

    「洋平、器用だもんなぁ〜」

    「そして神奈川イチ上手い!」と言って、うんうんと高宮くんも腕組みをしながら頷いていた。それでも話の中心になった水戸くん本人は謙虚にも「もう今はできるかどうか…」と困った顔をしている。だけど言われて思った。水戸くんなら作れそう、って。それは寿も同意見だったようで私の変わりに「出来そうだ、確かに…」なんてぼそりと呟いていた。

    「ソレ、なにに使うんスかァ、名前さん。」

    桜木くんが不思議そうに眉を顰めて理由を尋ねてきたので私は気を取り直してことの経緯を説明する。

    「今年の体育祭はね、学祭みたいに全校生徒でやることになったの」
    「ほぅほぅ、体育祭……」
    「うん。それでね?学年ごとに組長をひとり決める予定なんだけどぉ……」
    「く、組長って……それ番長の堀田は……?」
    「コラ、呼び捨てにすんなアホ」

    高宮くんの相づちのあと野間くんがそうボソリと言えば、寿が先輩風を吹かせてすかさず注意を促す。

    「壱年組、弐年組、参年組ってバックに刺繍の入った特攻服の羽織りを作りたいなあって」
    「オイ、名前……。それ、実行委員の誰の提案なんだよ」

    寿からの目敏い質問に私は全員の視線をまた総なめにする。その圧で言葉に詰まってしまった私。その場に沈黙が流れる。そしてややあって水戸くんがぽつりと言った。

    「名前さん——でしょ?」

    さらに私はぐっと顔を強張らせて押し黙る。次いでやっぱり桜木軍団が「ええ〜!!?」と安定のツッコミを入れて来る。ゲッと絵に書いたような表情で私を見ている寿と「好きそうだもんなぁー」なんて言ってハハハと浅く笑っている水戸くん。そしてそのまま水戸くんが言葉を続ける。

    「でも他は? ボンタンとか必要だろ?」
    「あ、うん。短ランとかボンタンは卒業生たちに先生が声かけてくれたりして結構の数が集まったの」
    「へえ。じゃあ特攻服を羽織る三人はなに身につける予定なんだ? サラシでも巻くの?」
    「そう思ってさ! サラシも用意した!」
    「ハハ、すげえ。 それも卒業生から?」
    「ご名答。その人たちの繋がりから協力の輪が……」
    「なるほどな」

    まるで普通の世間話でもするみたいに会話を進めていく私と水戸くんの姿を、桜木軍団は納得したように聞いているし、寿は異次元にでもいるような顔つきで私と水戸くんを見ていた。

    「実行委員もみんな上下、特攻服着るんだあ!」
    「え? 名前さんも?」
    「うん!着るよ、短ラン。こないだ試着した!」
    「へえー……。やけに本格的だなあー」
    「参年組代表の寿のためにね! 拘ったのっ!」
    「ンなっ?! オ、オイ……、俺はやるなんてひと言も……!」

    急に焦り散らかす寿を一度キリリと睨みあげて、私はまた、視線を桜木軍団のほうに向ける。

    「ハハっ、そりゃ気合いも入るわけだよなっ」
    「あーあ。俺も、かっちり上下着てえなあー」

    水戸くんの言葉のあとに、大楠くんがぽつりとそう呟いたので、すかさず私が言う。

    「貸し出す分もたくさんあるよ!」
    「え!そうなのか!?なら借りよーっと。洋平と花道はどうすんだー?サラシ巻くのかー?」
    「え?俺ら?……うーん。花道はどうせ一年の代表引き受けるんだろ?」
    「ぬ?……まあでも特攻服とっぷく着るならサラシじゃねえと動き辛えからなァ」
    「だよな。俺かぁー……俺、今回は正装フォーマルかな」
    「お!じゃあ花道と洋平は上下かっちり短ランとボンタン着るスタイルなっ!」

    水戸くんたちの会話を黙って聞いていた寿が「待て待ておまえら」と、堪らず口を挟めば、今度はみんなの視線が寿に注がれる。

    「桜木、動き辛えって、どういうことだよ」
    「あ? だってよ、どーせ始まったら脱ぐんだから動きやすくねえと遅れとるじゃねーか」
    「遅れとるってよ、一体なんの話してんだよ……殴り合いじゃあるめーし。それにな、水戸」
    「へ? 俺?」

    水戸くんは、自分の人さし指で自身を指して、ぽかんとしている。

    「今回は正装って、なんだ今回は! って」
    「……あー。ハハハ。」
    「お前らいったい、どんな中学時代送ってたんだよ、ったく」

    盛大に溜め息を吐き出した寿に私は、ポンポンとその肩を叩いた。

    「……、あ?」
    「寿は絶対、サラシ巻いて特攻服羽織る係ね?」
    「……は? だからヤダっつーの。」
    「大丈夫!今どきのサラシは乳首隠れるから!」
    「あのなぁ、乳首の心配をしてるわけじゃねえ」
    「バスケのユニホームと変わらないからさっ? 露出レベルは!」
    「オメエはいったい、どこに向かってんだよ。」
    「ええ? んー。湘北卍リベンジャーズ……?」
    「……ったく、ほんとネーミングセンスねえな。」

    寿は一瞬ぎょっとして目をぱちくりと瞬かせたあと、はあーと大きく溜め息をついてそう言った。そんな寿に、にこりと笑みを送って私は再度、水戸くんたちに投げかけた。

    「その提案に先生たちが盛り上がっててさあー。毎年恒例になれたらいいなって言ってて」

    「あとは刺繍入りの特攻服だけなんだよね……」と、呟いた私を一瞥した水戸くん。そのまま水戸くんは何かを考えるみたいに斜め上を眺めていた。そして、なぜか生まれた沈黙。

    「よーへー、なんとかなりそうか?」

    沈黙をやぶってくれたのは、そんな優しさ溢れる桜木くんの言葉だった。

    「んー……、ツテが、ねえってわけでもないけどなぁ……」
    「あ、全然!無理強いはしたくない!みんななら何かいい案あるかなって、思っただけでさ」

    私がそう遠慮気味に付け加えれば水戸くんは視線を私に落として小さく微笑んだあと「ちょっと待ってね、どうしようか考えてるから」と言った。

    それを横目に見ていた大楠くんや野間くんが「特攻服とっぷくなんて久しぶりだよなぁー」とか「一年は赤い刺繍がいいよな!」なんて話を繋いでくれて、なんだか途端に嬉しくて泣きそうになった。

    「丈の、長いやつだろ?学ランっぽい、黒の。」

    水戸くんが詳しい詳細を聞いてきたので私はわたわたと制服のスカートから四つ折りにしたコピー用紙を取り出し、それを広げてみんなに見せれば反射的に全員が円を作ってそれを覗き込んでくる。

    「うおー、かっけーじゃねえか……」
    「姉さん、これどこで見つけたんだよぉー?」

    野間くんと大楠くんの声に反応して、恥ずかしながらもネットで探し当てたという経緯を話す。

    「オイオイ……、ごってごてじゃねえかよ」

    寿はもはや感心しているんだか、呆れているんだかそんな声色でそう言った。

    「……いや?みっちーなんか似合うぜ、絶対。」

    水戸くんが飄々とそんなことを言って紙を覗き込んでいた顔を寿に向ける。寿はそれにまたぎょっとして身を引いている。

    「あ、確かに……。ミッチー似合いそうだな」
    「うんうん、下にサラシ巻けば完璧だ!」

    野間くんと大楠くんの言葉に、残りのメンバーも「うん」とか「だな」とか相づちを打って頷いていた。

    「モデルはもちろん、みっちーなんだろ?」

    水戸くんが当たり前みたいに言ってきて私は思わずさっと水戸くんから視線を逸らす。そんな私と水戸くんのやり取りを見ていたであろう寿が、ひと言「俺は死んでも着ねえぞ…」と溜め息まじりに吐き捨てた。

    「やっぱさ、一年生は赤い刺繍がいいよねぇ?」
    「まあ……きっと花道が着ることになるだろうからなぁ」
    「ぬ?」
    「二年生は黄色かなあー?リョータくんに着てもらおうと思ってるの!」
    「じゃあ三年は青ってのはどうだっ!ミッチーのぶん!」
    「なんだか信号みたいでいいねっ!」
    「俺も探せばあるかもしれねえなー、特攻服とっぷく
    「あ、野間くん!持ってる人とか、着たい人はお好きにってスタンスでやるつもりだからっ!」

    寿を置き去りに話を進め始めたとき、すかさず寿は「おいおい、勝手に話を進めてんじゃねえ」とかなんとか突っ込んできたが私は完全無視を決め込んだ。

    「みんなが着るなら? やっぱ、天下無敵とか、喧嘩上等って書きたくなるもんなの?」
    「まあ、ありきたりだけどそれが無難だよな!」
    「姉さんは愛羅武勇あいらぶゆう着ればいいんじゃねーか?」
    「えー!!いいね、それ!一生に一度は着てみたかった!!」
    「……ダッさ。なんだそれ、ダッセー……四文字ってルールでもあんのかよ」
    「四文字だとバランスがいいんだよ」

    大楠くんと高宮くんが盛り上がってるなか寿が思わずつっこむ。それを水戸くんがさらっと交わしたことで寿は面食らって押し黙っていた。ややあって「んー」と真面目腐ってずっと瞑想していた桜木くんが口を開く。

    「よーへー、」
    「ん?」
    「俺、『 桜 木 花 道 』って背負しょいてえ。」
    「バカ野郎!自己紹介かよ!どんだけ自分を売りだしてーんだ、お前は!」

    くわっと思わず寿が突っ込むと、その場に品の無い笑い声で爆笑が起きた。

    「あ、でも今年の体育祭のスローガンに桜木くんの名前入ってるよ?」
    「あン? 桜木の名前だあ?」
    「うん、今年の体育祭のスローガン『女の花道、男の浪漫ロマン』だもん。」

    またもシン……となった空間に
    すぐにドッと笑い声が教室内にこだまする。

    「ダッせ!激しくダセぇな……なんだよそれ。」
    「ダサくない!日本の品格っぽくていーじゃん」
    「まさか、名前……、それも、お前が決めたなんて言わねえよな?」
    「うん、私の案。全会一致で賛成だったけど?」
    「ダセーって……。ほんとお前ってよ、センスの欠片もねえな、ったく。がっかりだぜ……」

    寿はほとほと愛想がつきたと言わんばかりに、げんなりとして溜め息を吐く。

    「じゃあ寿は中学MVPか、体力温存にすれば」
    「体力皆無でもいいんじゃねえか?」
    「ははは! 大楠くんナイス!それで決まり!」
    「あのなあ、てめえらよ……」

    品の無い笑い声とともに、次々と出て来る刺繍案に盛り上がっている私たちと、呆れ果ててしまっている寿。そんな中、水戸くんの通った声がその場に響き渡った。

    「——彼女一途かのじょいちず。」
    「あ?」
    「って、背負しょえば? みっちー。」

    途端に、桜木軍団からの「ヒューヒュー」という野次が飛び交う。寿は顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃーと喚き散らしていた。

    「姉さん、愛仁一途あいにいちずなんかも、たまに見るぜ!」
    「愛仁一途! すごーい、どんどん出て来るね、四字熟語!」
    「四字熟語じゃねえ、ただのゴロ合わせだっつーのバカ。」
    「もーう。寿、いちいちうるさい!」

    私を小馬鹿にする寿の肩に軽くチョップをお見舞いしてやると、寿が何かを思いついたように「あ。」と言った。

    「ん? なに?」
    「お前、それ着ろよ。愛仁一途あいにいちずとは言わずに寿仁一途ひさしにいちず≠チて刺繍入れてもらってよ」

    淡々と言ってのける寿に全員が、一斉に視線を送る。寿はややあって「あ?」と素っ頓狂な声を発する。私は嬉しくて緩みそうになる頬を引き締めて、強い語気で言った。

    「——ダッサ!えー……無理。絶対着ない!」
    「ああン?! じゃあ、あれだ、ドジ万歳ばんざい。」
    「うざー、激しくウザいんですけどっ!」

    結局、予鈴も鳴りそうだったので、桜木軍団との会議もほどほどに、最終的には水戸くんのツテで三学年分の三着、刺繍入り特攻服の羽織りは用意してもらえることになった。残り少ない昼休み時間は、寿のお昼ご飯を買いに一緒に売店に行って、私もお弁当を取りに戻るのが面倒で寿が私のぶんもパンを買ってくれた。

    天気もよかったので二人で外に出て自転車置き場の片隅にあるベンチに腰を下ろして残りの昼休みの時間を過ごした。

    「結局、名前は着ねえのかよ、その……特攻服の、羽織り?とかいうの。」
    「うん、三着しか用意しない予定だからね。まあ、一生に一回くらいは着てみたかったけど!」
    「………身長、足りねんじゃね?お前の背丈じゃカッコつかなそうだぜ」

    突如、流れる沈黙。言った本人がくつくつと肩を震わせて笑っている。どうせ、特攻服の羽織りを着た私を想像して似合わないと、馬鹿にでもしているのだろう。

    「うっさい!てか当日は実行委員もバタバタすると思うしゆっくりファッション楽しむ暇もないと思う」
    「そんな大がかりなら、どうせ生徒会にも話付けてんだろ?任せろよ全部そっちに」
    「確かに生徒会も協力してくれることになってるけど、まあ実行委員も忙しいと思う」
    「ふうん」

    相づちを打った寿は手に持っていた焼きそばパンを豪快に頬張り、それを口に含んだままひとり言みたいにぽつりと言った。

    寿仁一途ひさしにいちず、羽織りゃいいのに……」

    もごもごと口籠っていて何を言っているのか定かではなかったけれども、なんとなく寿が言いたいことを瞬時に把握した私は隣に座る彼氏にバレないようにクスッと笑った。

    「じゃあ……、寿も羽織る?彼女一途かのじょいちず=B」

    私の問い掛けには、ぴくりと眉を吊り上げただけで特になにも返しては来なかった。けれど、ややあってパンを飲み物で喉へと流し込んだあと、「彼女一途ねえ…」と呟いた。

    「神奈川一は?一って書いてナンバーワン!神奈川ナンバーワン♪」
    「ははっ、そりゃ宮城が着たがりそうだな」
    「なら、三井参上。」
    「おまえなあ……、もう口開くなよ、恥ずかしいから。センスなさすぎだっての……」
    「じゃあ、何ならしっくりくるの?寿は」

    さっきまで、水戸くんたちといた教室内では心底小馬鹿にしていた寿も、いま、ふたりきりのこの空間になれば桜木くん同様に「んー」と、腕組みをして真面目腐って悩み始めた。

    「あ。」
    「んっ?」


    「 名字名前 いのち =v


    私は言葉に詰まる。
    それでも寿はベンチの背もたれにだらしなく背中を預けて誇らしげに口の端を吊り上げ、秋晴れの空を仰ぎ見ていた。

    「………。」
    「それ一択だな、絶対。」
    「………、ダッサ。」
    「ああ? うっせ!」
    「——ウソ。最高」

    言った私の言葉に寿は一瞬目を見開いていたけれど、そのまま柔らかく微笑むと私の頭を自分のほうに寄せてチュ、と額に軽く唇を押し当ててきた。

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