女の花道、男の浪漫(2/5)

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    体育祭当日。
    事前に生徒会と話し合って全校生徒に配布したお便りの内容により学校中に、ちらほらと特攻服を纏った生徒たちがいた。予定通り学ラン型で作成された特攻服、ロングの羽織りには一年生は赤、二年生が黄色、三年生が青の刺繍で背中にでかでかと組長の主張��〇年組�≠ニ刻み込まれている。

    水戸くんの粋な計らいで白いハチマキにも同じ色の刺繍で同じ文字を施してもらい、それらも組長に手渡された。二年生は、もちろん乗り気で引き受けてくれたリョータくんがそれを纏い、三年生は結局、寿が断固として拒否したので堀田先輩か青田先輩あたりが着るのだろう。
    けれど水戸くんが堀田先輩用に『湘北番長』と刺繍した羽織りを渡して盛り上がっていたので、じゃあ青田先輩が着るのかなと勝手に予想した。

    一年生は、まさかの桜木くんが当初の希望まま『桜木花道』という赤い刺繍が刻まれた特攻服の羽織りを着てしまったので自然の流れで一年生の代表は水戸くんが引き受けていた。水戸くんが特攻服を羽織るため短ランから着替えてサラシになったとき黄色い声援が沸いたらしいと彩子が誰かから噂を聞きつけてそんなことを言っていた。

    残りの桜木軍団は刺繍は施していないものの同じ型の黒い特攻服を纏っていて、もうそれは湘北高校ヤンキー代表を具現化したような感じが否めなすぎて笑った。
    そう言えば流川親衛隊の代表三人も『流川親衛隊』と赤い糸で刺繍をしたピンク色の特攻服を着ていたなぁ。

    全員に渡し終えたあと、たいそうお世話になった水戸くんに挨拶に行くべく桜木軍団の塊を発見した私がそこへと駆け寄る。

    「水戸くん!」

    ヤンキー座りでグラウンドにたむろしていたその中に堀田先輩らのグループも混じっていて、もうそれはテレビドラマで見た��ご〇せん�≠ンたいな空間になっていた。

    全員の視線が私に向けられる。
    怖っわ……激しく怖い。けれど、すぐにみんなが笑顔を向けてくれたことで、その緊張が一瞬で解れた。

    「全学年に配り終えたよ!サイズばっちり!本当ありがとうねっ!」
    「いーえ。実行委員からのクラウドファンディングのおかげで、だいぶ豪勢に作れましたっ」
    「結局三っちゃん着てくれなくてよ。ごめんな」

    堀田先輩が、背中を丸めて申し訳なさそうに苦い顔をする。

    「いえ!あのひとシャイですからね、一丁前に。それより似合ってますね、堀田先輩の特攻服。かっこいい、湘北番長!」

    ニコッと微笑み返せば堀田先輩は頬を赤らめて「おぅ」と言った。それを見た桜木軍団がクスクスと笑っていて、すかさず堀田先輩からの鉄拳を浴びせられていた。

    「名前さん、短ランの下それ、もしかしてサラシ巻いてる?」
    「あ、よく分かったねえ!そう巻いてみた!」
    「ふーん。 似合ってるよ、特攻服。」
    「水戸くんに言われちゃうとなんか、嫌味ー。」
    「ええ? ひっで。」

    そのあと軽く会話をして私が「じゃあね」と言い置いて、みんなに背を向けその場を立ち去ろうとしたとき「#名前さん」と水戸くんから声を掛けられて私は再度振り返った。水戸くんが立ちあがって私をグラウンドの隅へと追いやる。

    「んっ? なに?」
    「はい。 コレ。」

    ぐっと紙袋を差し出してくる水戸くん。私が首を傾げてそれを受け取れば「中、開けてみて」と水戸くんが優し気に言った。言われた通り中を覗いたとき私は目を見開く。

    「……えっ!! これ……。」
    「予算あまったの。 着てやんな?」

    中には『 寿仁一途(ひさしにいちず) 』と、赤い刺繍が施された学ラン型のロングの特攻服が入っていた。

    「名前さん専用に作ったんだよ」
    「………、」

    水戸くんは唖然としている私を置き去りに私を下から上まで一瞥して「まあー丈感は、ばっちりだと思う」なんて言う。

    「え、え……。 着れないよ……!!」
    「へっ?」
    「かっこいいけど。激しく、かっこいいけどさっ!?」
    「二年の刺繍が黄色だから赤にするの迷ったんだけど、まあ、細かいことは置いといてさ?」
    「……あ、だから堀田先輩の刺繍、青なんだ…」
    「そっ。ごちゃごちゃしたら、実行委員困ると思ってな」

    「その点一年は赤だったから花道のも赤で刺繍入れれたんだけど」と眉をハの字にさげて水戸くんが面食らう。……えー。なにこの子。素敵すぎじゃない?一緒に生徒会とか実行委員やったら、さぞかしおもしろいんだろうな……って!そんなこと、いまはどうでもいいんだって!

    「——まあ、あれだ。気が向いたらどーぞ」
    「……いいの?ほんとにもらっちゃって」
    「当然。いつも頑張ってるから?俺からのプレゼント」
    「……水戸くん……ありがとうね」

    「どーいたしまして」と水戸くんが手を翳して「じゃ」と言い置くと何事もなかったかのように湘北ご〇せん?湘北卍リ〇ンジャーズ?チームの輪に戻って行った。そのとき、校内アナウンスがタイミングよくかかった。

    「全校生徒のみなさんへ。あと15分ほどで湘北高校体育祭を始めます。衣装がある方は着替えを済ませ、グラウンドに整列してください」

    それを聞き終えて、私も一度、彩子らのところへ行ってみようと思った刹那——。


    「名前ちゃ〜ん!!」

    見れば、弐年組と黄色い糸で刺繍をされた特攻服の羽織りとサラシ、ボンタンを着こなして頭にはしっかりと組長ハチマキを巻いたリョータくんが私の方へと走ってくる。
    状況を把握する間もなくリョータくんの足の速さが勝って、目の前にはその声の主が走って来たというのにもかかわらず息切れもせずに涼しい顔をして立っていた。

    「リョータくん、どしたの?」
    「見た?! 背中。」
    「えっ?」
    「三年の女子のっ!特攻服だってば!」
    「特攻服ゥ?」
    「えっ!! 見てねーの?!」

    私がきょとんとしていると騒ぎを聞きつけた桜木軍団と堀田先輩たちも、こちらへと歩み寄って来る。リョータくんはその集団をチラと見たあと、ぎょっとして二度見していた。

    「マンガみてえ……」
    「ねー。すごいよね?」
    「もう、ヤンキーマンガじゃん……」

    そんなリョータくんの言葉はお構いなしに堀田先輩が「おぅ、なんかあったのか?」とリョータくんに問いかけたことで、ハッとしたリョータくんがガシッ!と私の腕をつかんだ。今度は私がぎょっとする番だった。

    「ンなことよりっ! こっち、こっち!!」

    そのまま走り出すリョータくんに合わせて背後からみんなも着いてくる気配を感じた。生徒入り口、ぞろぞろと生徒がグラウンドに向かって行く姿を塀の影から全員で隠れて見ていた。

    「いま、きっと出てくっから!」
    「え?誰? 誰のこと言ってんの?」

    そんな私に続けて高宮くんが「どこどこ?」なんて言っている。そのとき「なにしてんのよアンタたち〜」と腰に手を当てた彩子まで登場。

    「なによ?」と言いながらも、すぐに状況を把握したのか、おもしろがって私の頭の上に自分の頭を乗せて彩子も生徒入り口のほうを見やる。


    「いいかみんな……。腰、抜かすなよ……?」

    リョータくんがそうぼそりと言ったことで、私含む残りの全員がじーっと生徒入り口を凝視する。しばらくすると真っ白いつなぎ型の特攻服に身を包んだ一人の女子生徒と、その友人らか、体育着を来た生徒が数名、生徒入り口から出てきた。


     「「え。」」


    私と彩子の声に混じって、ここにいた男性群のドスの効いた声や、ぎょっとして少しトーンの高くなった声が一斉に重なってその場に響き渡った。目に映ったのは、その白い特攻服の背中にでかでかと青い糸で『三井寿狂』と刺繍された文字。


    「びっくりした? びっくりした?!」

    リョータくんが、興奮気味に言った言葉が、遥か遠くから聞こえて来る。

    「あれっ? 名前ちゃんは?」

    キョロキョロとあたりを見渡すリョータくん。
    私は思わず後ろに尻餅をついて腰を抜かしている始末。

    水戸くん以外の桜木軍団は『三井寿狂』の特攻服を指差して大爆笑。桜木くんに至ってはガハハハハ!と涙を流して笑っていた。水戸くんや堀田先輩たち、リョータくんに彩子が私のほうを振り返って、どうしたもんかというような苦い顔をしていた。

    「び、びっくりしたぁ……」
    「でしょ? でしょ!」

    私のその言葉にリョータくんは苦い顔をすぐにパッと輝かせてそう前のめりぎみに言ってくる。その奥では未だ笑いながら桜木くんたちが整列するためグラウンドに向かって歩いて行く姿がぼんやりと見える。

    「だれか高宮君愛(ラブ)って書いてくれね〜かなぁ〜」
    「おっ! 俺が書いてやろうか?」

    高宮くんと野間くんのやり取りを大楠くんと桜木くんが爆笑しながらあーでもないこーでもないとツッコミを入れている声が遠くから聞こえる。そんな四人を見ていた残りのメンバーの視線がまた一斉に私に向けられた。ややあって水戸くんが手を差しのべてくれたことで、その手を取って私も起き上がる。


    「ちきしょう……」

    下を向いたまま低く呟いた私の声に、その場にいた全員がぞっとした気配を感じる。すぐに私の手に持たれていた紙袋を奪って袋の中を確認した彩子は、その中身を取り出して矢継ぎ早に言った。

    「ちょっとアンタ!これ着なさいよっ!」
    「うわ!すっげー、うん。着なって、名前ちゃん」

    彩子とリョータくんをチラと見れば彩子がすかさず「私たちを睨んでどうするのよ…」と呆れ顔をする。

    「こっちのほうが立派よー?かっこいいわ、絶対に!あんなのよりねっ!」

    彩子の毒舌な優しさも、今はどうしても泣きたくなってしまう。それに次いで堀田先輩も「三っちゃんこれ着たら喜ぶだろうな」とか水戸くんも「どこで作ったんだあれ、縫い目雑だなぁ」とか呟いているが、それがもう全部情けに聞こえてきて叫び出したい衝動に駆られた。

    私は眉間に皺を寄せて奥歯に力を入れると、またその場にしゃがみ込んで体育座りのまま「うぅ〜」と声にならないうめき声をあげる。

    「よ、よし!名前さん、着ようぜ?なっ?」
    「そ、そうよ! 名前。着なさいよっ!」

    そんな私を心配してか一緒にしゃがみ込んで背中を擦ってくれる彩子に、同じく私の目の前にしゃがみ込んで、さとすように声をかけてくれる水戸くん。

    「あいつ、やっぱ三っちゃんのこと好きだったんだな……」

    堀田先輩の低い声がグラウンドから聞こえてくるマイクの音よりも耳に響いて届いてきて頭がショート寸前になった。

    刹那的な沈黙のあとリョータくんが「い、いま言わなくたっていいだろ!」とか堀田先輩の友人らが「空気読めよ」とか「三っちゃん相手してねえだろ、いっつも」とかフォローを入れている。

    「宣誓! 我々、湘北高校生徒一同は、スポーツマンシップにのっとり……」

    グラウンドのマイクからは、そんな声が虚しくも辺りに響き渡っていた。選手宣誓が終わり生徒会の進行がマイクを通してはじまった。

    「最初の競技は球入れです。スターターピストルを合図にグラウンド奥にある籠に球を入れてもらいます。」
    「はじめは壱年組と弐年組です。右の籠が一年生、左の籠が二年生となっていますので……」

    それを聞いて、私はすくっと立ち上がる。
    みんながおろおろしてこちらを見ているなか、私は言った。

    「彩子、リョータくん——」
    「へっ?」
    「な、なによ……?」

    「行くよ。」


    私がスタスタとグラウンドの門に向えば、その場にいた全員が追うようにあとをついてきた靴の音が背後から聞こえた。

    パーン!というピストルの音を合図に籠に向かう生徒にならって私と彩子も走った。ヒューンと音を立てるように私たちの脇を走り去って行った特攻服姿の組長リョータくん。足が速すぎるからか羽織りがなびいて、マントみたいになっていた。

    そんなリョータくんに追いつくことなんて出来るはずもなく呆気に取られた私が「ムササビ?」と思わず言ったことで彩子が何故かそれにツボってその場で笑いだす。彩子の誘い笑いに負けて私もその場で一緒になって彩子と腹を抱えて笑っていたとき——待機して競技を見学している生徒の中、私の目の端に。

    あんなに嫌そうにしていた特攻服。
    私の希望した通りにサラシと下にはボンタンをかっちりと身に纏わせて『参年組』と刺繍の入った特攻服を羽織っている……最愛の彼氏の姿が、ちら、と見えた気がした。

    ちきしょう——壱年組にも参年組にも
    もちろん��三井寿狂�≠ネんかにも……


     負けるもんか——


    「花道ィ〜、そんなにボール独り占めすんなよ」
    「これ全部ぶん投げてしまえば一年の勝ちィ!」


     負けるもんか……、


    「花道!!流川にぶつけんな!仲間だ、今は!」
    「ルカワ!ルカワ!!ルカワ様〜ッ!!」
    「ふんぬ〜、流川め!!」


     負けるもんか、


    「花道ッ!ドッジボールじゃねえンだぞ!彩ちゃん怪我したらどうすんだっ!目開けて狙え!」
    「あ。スマン、リョーちん。小さくて見えなかった……」
    「なんだとっ!!」


     ——負けるもんか!!


    「リョータ!! アンタこそ、ちゃんと目開けて投げてんの!?」
    「投げてんのに……、ひでえや彩ちゃん……」
    「名前!アンタも笑ってないで投げなさいよっ!」


     だって、

     大好きなんだもん——。

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