女の花道、男の浪漫(3/5)
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「おらおらーっ!!どけどけー!!」
「よしっ! 行け!三っちゃ〜ん!!」
「男子棒倒しは参年組があっという間に勝利を収めましたーっ!!」
三年生男子と一年生男子の棒倒しをグラウンドの隅で彩子と一緒に眺めていた。実行委員の仕事に集中すれば気も紛れるかと思ったのに生徒会で仕切るから体育祭を楽しんでくれと生徒会長に言われてしまい、実行委員は競技に参加する羽目になってしまった。
彩子は何度も私をチラッとみては溜息をついてみたり気を遣って寿やバスケとは関係のない話を振ってくれたりしている。
刹那、寿率いる三年の男子の集まりがこちらのほうに向かって歩いてくるのが見えた。そのとき不意に寿と目が合った気がして私は思わずさっと目を逸らしてしまった。私の座る横には水戸くん特性の特攻服が袋に入ったまま置かれている。
途中、寿に声を掛けに来た男子生徒がいた。
よく寿と話している三年生の人だ。会話がここまで聞こえてくる。
「三井ー、みょうじ、次出るってよ?」
「あ?」
「もっと前に出て応援してやれよ!」
そんな会話が彩子にも聞こえたようで「もう!どいつもこいつも本当空気読めないわねっ」と、ぷりぷりと怒っていて、なんか今日はそんな姿が可愛らしく見えて情けなく笑ってしまった。
—
「さぼるなら、もっと目立たねーとこにしなよ」
生徒入り口の靴棚が並ぶ中、腰を下ろしてポカリを飲んでいた三年の組長、俺の部活の先輩でもある彼の背後から声を掛けた。びっくりしたのかバッと振り返った三井サンは俺の顔をみて「なんだ、宮城かよ…」とまた正面に向き直る。
この位置からでもグラウンドが見えるので三井サンは誰を探してんだか頭をちらちらと動かしている。
「みょうじサン?って、三年の女子?ビリっけつみてえースよ?」
「……」
「まあ、参年組の女子の不調なんか知ったこっちゃねースけどねっ」
「……」
俺はそのまま先輩の横に少し距離をあけて腰をおろしヤンキー座りをする。校内のスピーカーから聞こえて来る実行委員が選曲したであろうアップテンポな音楽が二人の間に流れる沈黙を掻き消してくれた。
「誰かサンが応援してやンねーからじゃねえのぉー?」
「いいっつーの。応援なんかする義理もねえ」
「まあ、……それもそーかもね」
「勝手に特攻服なんか作ってきやがってよ……なァ?」
「「なァ?」って言われてもねえ……、ご愁傷様としか……」
三井サンは心底迷惑していると言いたげに大きく「はあー」と溜め息を吐いて、頭をうな垂れさせる。
「嬉しくねーの? 熱烈なファン?いるのって」
「嬉しくねえ。なんか怖えーよ、逆に」
「へえ、意外。」
「あ? おまえ俺にどんなイメージ持ってんだよ……」
「好きになられんの、嫌なンすか?」
「勝手にあーいうのっ!やられんのが嫌なの!まあ……事前に言われたところで断るんだけどよ」
「……ふーん。」
「俺、あーいうのが一番、なんか無理だ……」
そんな先輩の姿に溜まらず俺が「ぷっ、はははは!」と高らかに笑えば、三井サンは「なにがおかしいんだよ、クソ」と小言をつく。
「脱いでくれって、言やいいじゃん」
「言った! 言ったんだよ、何回も!」
「あ、そーだったの?」
「ああ。あれ……名前が見たらどーすんだよ、迷惑だっつの」
「へえ〜……そういう女心は分かるンすね。」
突如、沈黙が流れた。
グラウンドからは楽し気な湘北高校の生徒らの声がこだまして、ここまで届いてくる。
「……俺がされたら、嫌だからな。」
「ん?」
「水戸とかが——勝手にそーいうの着てたら、ムカつく。腹立つ」
「……、ふーん。 水戸ねえ。」
「ぶん殴りたく……なるんだよ。」
「それはさぁー、今の三井サンの心情じゃん?」
三井サンは、俺をジト目で一瞥してから「うるせえ」と呟いて、フンというように顔を背けた。
「あー……でも。名前ちゃん、もうバッチリ見てるよ?��三井寿狂�=v
「……。だろーよ、知ってる。」
「へ?」
俺が三井サンを見やれば、後頭部に手を当てながらうな垂れていた三井サンが顔をあげて、グラウンドのほうを見ながら言った。
「一回も、目ェ……合わせてくんねーもんよ」
「……気まずいだけっしょ?悪気はねーって。」
「そうなのかも知んねーけど……徳男たちも楽しんでてよ?ありがとなって、実行委員、頑張ったなって」
「……」
「特攻服着るのも悪くねえわって、労ってやりてえだけだったのによ……」
「………」
「俺の存在なんてねえみてーにそっぽ向かれる」
三井サンは、もうお手上げってな感じで、もうひとつ大きな溜め息を漏らした。
「——ただいまより、弐年組女子による、障害物競走を行います。選手のみなさんは……」
ちょうど俺らの位置から選手に選ばれているのか、名前ちゃんとなぜかその周りを囲うように応援隊なのか、水戸らの姿が見えた。三井サンもそれに気付いたみたいで無表情でその光景を眺めていた。
「ちきしょう……。」
「え?」
「俺も、マジで
背負
(
しょ
)
ってやっかな。」
「な、なにを?」
「名字名前、命って——。」
俺と三井サンの間にまた沈黙が流れる。
俺が「マジ?」と言おうと口を開けたとき、先に三井サンが言った。
「——冗談だっつの、馬鹿」
そう呟いて、三井サンが「よっこらしょ」と言いながら立ち上がった。
「え? 名前ちゃん出るみてえだけど……」
「あ?」
「アンタが応援してやらねーと、それこそビリケツなっちゃうんじゃ……」
「そりゃありがてぇこった。また参年組の点数が稼げるぜ」
「ええー……」
「俺は便所行ってくらぁ。」
言って三井サンはくるりと迂回するようにグラウンド側に背を向けた。スタスタと校舎の中、トイレのある方向に歩いて行く三井サンに思わず俺は声を張る。
「三井サ、……!」
「あいつは——、」
俺の声をさえぎるように、三井サンが振り返らずに立ち止まって言った。
「俺の声援なんかなくてもよ、トップ走るって」
「………」
「負けず嫌いだからな」
「俺に似て」と言い置いて
三井サンは生徒入り口から姿を消した。
ホントに、そーかなあ……。
でも、さっきの「ちきしょう」ってのは、三井サンの本音かな。だって視線の先に、名前ちゃんと——水戸の姿が、あったからね。
……あ、あれ? そういやさっき、名前ちゃんも「ちきしょう」って同じ台詞言ってたような……ハハッ、なーんだ。結局んとこ相思相愛、っちゅーやつね?
もうさ、ふたりして仲良く��相思相愛�≠チてバックに
背負
(
しょ
)
っちゃえばいいんじゃねーの?なーんてね。
—
障害物競走で見事一位を取った私。周りからはやし立てられているとき視線の先に『参年組』と青い刺繍の入った特攻服を羽織った高身長の彼の姿が目に映った。
そばにいたみんなに、ひと言断りを入れて、その彼の背後からゆっくりと歩み寄ってみれば……。
「ねえ三井、次リレー走るの!」
「あ? てめえ、ビリなるんじゃねえぞ! いま二年に負けてんだから点数稼げよ」
「えー、じゃあ一位獲ったらデートしてよ」
「はあ?なんだそのお前にだけ都合のいい駆け引きは」
「えー、ダメ〜?」
白い——特攻服……。
寿の背が高くて見えなかった。
なぁーんだ……彼女と話してたのか。
大声でさ……笑ってんじゃないよ。
せっかく頑張って一等賞獲ったのに。
寿の悔しがる顔……見たかったのにな。
「名前さんっ」
「……あ、水戸くん」
寿の背中を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた私に声を掛けてくれた水戸くんにならって、私も水戸くんと向かい合う体勢を取った。
「一年負けちゃったよー、障害物競走」
「あ、晴子ちゃん越しちゃったの、ごめんね?」
「ハハ、晴子ちゃんも頑張ってたもんなー」
背中に……痛いほどの、視線を感じる。
たぶん、その視線の相手は、ひとりしかいない。
寿なんだろうな——って思った。
「……。おめでと、一等賞」
「……うん、ありがとう」
「まだ——着る気、ねえの?特攻服。」
——けれど、もう私には振り向く勇気がない。
さっき一等を取って興奮した気持ちに助けられて、その勢いでようやく寿に声をかける気になれたのに……。
「……うん、ない。」
もう、その勇気はない——。
—
「——ただいまより男女混合リレーを行います。選手のみなさんは……」
そのアナウンスにつられて水戸くんと一緒に桜木軍団の溜まり場に向かった。途中、堀田先輩や寿らの集まっているところを通り過ぎたとき堀田先輩が「水戸、こっちで見ねえのか?」なんて声をかけてきた。私は無視して歩みを止めずに進めて、背後では水戸くんが「花道走るから、あっちで」と気まずそうに堀田先輩からの誘いを断っていた。
すぐに私の横に水戸くんが戻って来たとき「大丈夫か?」と聞かれ「うん」と努めて明るく即答して笑顔を返したけれど水戸くんはなぜか困った顔をしていた。こういうときって素直に「大丈夫じゃない」って言ったほうが、みんな満足するのかな。最近よく、わからない。
その後、彩子や晴子ちゃんたち、桜木軍団と特等席を陣取ってリレー開始を待っていた。グラウンドを見渡せば参加者の中、見知った顔と言えば壱年組の流川くんや桜木くん。弐年組からはリョータくん。あと、参年組からは……三井寿狂とバックに
背負
(
しょ
)
った女子生徒。
けど私は迷うことなくリョータくんの応援。
もうこの勝負、弐年組の圧勝なんだから!
スタートの合図で一斉に応援チームのボルテージも最上級にぶちあがる。やっぱりリョータくんが速いこと、速いこと。そして、ちょー、ちょー超!かっこよかった!
彩子の「行け、リョータ!」という声が一番効いたのかリョータくんが周りと大差で圧勝だった。思わず彩子と立ち上がって抱き合った。
そのとき、白い特攻服の彼女が、ちょうど私たちの目の前を走っていた。そして、なにやら足を引きずっている姿が目に映る。私たちと一緒に隣でしゃがんでそれを眺めていた水戸くんが言った。
「なんか、足、引きずってねーか?」
水戸くんの声が耳に届いたとき彼女がついに、その場にしゃがみ込んでしまった。すぐに友人らと生徒会役員が駆け寄ってきてリレーの邪魔にならないように彼女を隅に避ける。真横で繰り広げられている会話を聞いていた私たちも心配そうにその光景を見ていた。
「捻挫じゃないの?足の甲が痛いんでしょ?」
「大丈夫……そんな大袈裟なことじゃないって」
「保健室に移動しますか?」
思わず私と彩子が目を合わせて、駆け寄ろうとした刹那——
「オイ! どうした?」
寿とそのほかクラスメイトが数人駆け寄ってきたことで私は向かう足をピタリと止めた。
「あ、三井……。いや、大丈夫」
「バカ!大丈夫じゃねえだろ!なんで途中でやめねぇんだよ!」
そのあと寿は一緒に駆け付けた友人に「誰か、センコーに車出すように言ってくれ」と、指示を送っていた。寿の指示を横目に彼女の友人らも「立てる?」と声をかけながら、心配そうに見ていたとき。
「え……?」
思わず私は声を出してしまった。
だって、寿が彼女を……抱き上げたから。
「三井!? 大丈夫、歩けるって……」
「無理しねえほうがいいぜ」
周りからは三年生の集団か、ピューピューという野次が飛んできて、私たちはそれを無言で見送る。
「うるっせえ! 冷やかしてる場合かよ!」
怒鳴った寿は颯爽と彼女を抱きかかえたまま他の友人らと校門の方へと走り去って行った。
……やきもちを、妬いてる場合じゃないのは、わかってる。今のこの状況下では彼女はなんにも悪くないのに……。
そのあと彼女と寿がどうなったかは、わからない。私は教室に戻って彩子やリョータくんと昼食を取っていた。しばらくするとリョータくんの元に別のクラスの男子が来て寿と彼女の話をしていた。
その噂話によれば彼女は先生の車で病院に行ったらしい。そしてそれを見送った寿や一緒にいた周りの人の姿を見た人がいたから、もう解散しただろうとも言っていた。それが真実だとすれば、どうやら病院まで付き添ったわけではないみたいだ。
リョータくんの友人がその場を去るとき、その彼になぜか私が肩をポンと叩かれて「気にすんな」と情けをかけられてしまい面食らう。
あまり、お腹が空いていない。
私の席の前にはリョータくん。隣には彩子が座っている。
「……」
「……」
「………リョータ、これ半分あげるわ」
「え、いーの?」
「……」
「じゃあ……、もらおっかな。」
いつものように会話が弾まないのは
私のせいだともわかっている。
「……」
「……彩ちゃん、もー食べないの?」
「ええ。ダイエット中ー。」
「……」
「……ふーん。全然痩せてんのにね。」
こんなことがなければ、リョータくんの大活躍を話のネタにして盛り上がっていたことだろう。
「……」
「……」
「……」
もしかしたら、昼食を取っている私の側に
寿だって、いた未来があったのかも知れない。
私は……
雰囲気をぶち壊す、天才だ——。
ずっと箸を持ったまま自分のお弁当をぼーっと眺めていたとき、私の席と彩子の座る席のあいだに誰かが立っているのが目の端に見えた。
「一個、もらうぞ。」
誰かな、なんて確認する間もなく私のお弁当箱の中からエビフライが奪われる。目にしっかりと映った、横着にも素手で私のエビフライを奪い取ったその相手が誰なのかは、その長くて綺麗な指先を見たらわかった。でも、その大好きだった温かくて大きな手は、さっき私以外の女の子を抱きかかえたのだ。
「……返してよ」
「あ?」
「返してよ! 私のエビフライ!」
ぐわっと真横を見上げて言えば、やっぱり、彼。三井寿のぎょっとした姿。その口元には、すでに私から奪い取ったエビフライが咥えられている。急いでそれを口の中に収めて飲み込んだ寿が「なんだよエビフライごときによ」と言い放つ。
私は勢いよく席を立ち上がった。そのとき反動で私の机の上にあげていたリョータくんのコーラの缶が倒れそうになってリョータくんがすかさず「危ねっ」とコーラ缶を持ち上げ床に落ちるのを死守する。
「返してよ!バカ! 最後の一個だったのに!」
私はいま出せる最大限のパワーを拳に込めて、寿のサラシが巻かれた胸辺りをボカボカと叩き続ける。
「痛てえな、エビフライ食っただけじゃねーか」
リョータくんは「名前ちゃん、やれやれー」と声援を送ってくれていた。彩子はいつもの如く「名前、見苦しいわよー」なんて笑顔で呆れた声を漏らしている。
「オ、オイ。 名前ッ、」
「——ッッ」
「………ッ、 痛てえって!!」
寿のその声と同時に寿を叩いていた私の拳は、寿の手によってパシッと抑えられてしまった。………やばい。泣きそう——。
「ごめん、トイレ……」
そう小さくつぶやいて
私は走って二年一組の教室を出た。
「……あーあ、三井サンのバカちん。」
「あ?」
「ちょっとは名前の心境、汲み取ってあげてほしいもんだわ」
「な、なんだよ……、彩子まで」
「他の女子、目の前でお姫様抱っこしてンの見せつけられた名前ちゃんがさぁー?」
「………」
「いつもみてえに普通に接しとけば、笑顔を向けてくれるだろうなんて思ってンなら」
「………」
「百年、早えーよ、三井サン。」
「………。」
俺が押し黙って、小さく舌を打ち鳴らしたとき、宮城が「ん。」と言って教室の入り口の方を顎で指す。
「……早く、行ってあげなって。」
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