女の花道、男の浪漫(5/5)

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  • グラウンドに登場した私たちは、いつもの顔ぶれからの視線を総なめしたあと、騒がしく競技を行う全校生徒の掛け声や声援よりも大きな漢字ふりがな笑い声を浴びせられる羽目になる。だって私の背中には言わずもがな寿仁一途ひさしにいちず≠フ文字が派手に主張されているから。みんなに散々バカにされて、それでも一度羽織った特攻服を脱がなかったのは、せめてもの私の抵抗。素直に言葉にできない、独占欲の表れ。


    午後の部がはじまり
    弐年組女子の借り物競争に私は出場した。

    「借り物競走、弐年組、第四レースです!」

    私はすでに参年組のほうに堀田先輩らと戻って楽し気に談笑していた寿のもとへと向かう。私の見下ろして「あ?」とガン垂れる寿に小さく舌打ちした私はゴホン!と一度咳払いをしてから言った。

    「一緒に来て」
    「あ? ヤダっつーの。」
    「いいから! 来て。」
    「めんどくせえ」
    「弐年組が負けちゃうじゃん!」
    「しらねーよ、そもそも敵だろ?」

    寿は腕組みをして、私からプイッと顔を背ける。

    「脱いじゃうよ?」
    「あっ?」
    寿仁一途ひさしにいちず =B」

    私が羽織っていた特攻服をギュッと掴んで言えば私の低い声とその言葉にぎょっとして私を見た寿を、じと目で私も見返して言う。

    「お願い」
    「無理だ」

    そう即答する寿を私は眦を吊り上げて睨みあげる。そんな私と寿の会話を横で聞いていた堀田先輩が行ってやれよと言わんばかりに「三っちゃん…」と呟く。

    「……じゃあ! いいのね?!」
    「あン?」
    「いつまでもずっとそーやって強がってさ……照れ隠しするんでしょ?」
    「は……?」
    「お題が!……、『好きな人』なのに……!」
    「え。」
    「他の人、選んでもいいってことねっ!?」

    寿は一瞬目を見開かせたけれど、なぜか私にまたガン垂れたあと、盛大に舌を打ち鳴らした。

    「………」
    「………」
    「………ッ、 もう知らん! 寿のバカっ!」

    くるりと振り返った先、桜木くん以外の桜木軍団が屋上から一服して帰って来たのかグラウンドの門を潜り抜けてグラウンドに入ってくる。私が、あっ!と閃いたようにその桜木軍団の元へと向かうべく走り出そうとしたそのとき。ガシッと後ろから誰かに腕を掴まれた。けれど私は相手を確認することもなく思いっきり掴まれた腕を振り下ろして、その手を振り払ってやった。

    「てめえ……!」
    「もう遅いっ!!」
    「なっ——!!?」

    私がプイッと寿に顔を背けて桜木軍団のもとへと到着すれば、やっぱり特攻服の背中に書かれた文字のインパクトが先行するのか意味もなく笑われる始末。それでも私はめげない……!一緒になって楽し気にクツクツと笑っている彼、水戸くんこと水戸洋平に借り物競走に借りられてくれと申し出をする。


    「水戸くん!」
    「……へ? 俺?」
    「うん。 来て!」

    自分を指差しながらきょとんとしている水戸くんを残りの桜木軍団の面々がチラチラと見やる。私が借り物競走の紙を広げてぐっとみんなの前に差し出せば、みんなが特攻服のサンプルを印刷したコピー用紙を覗き込んだときと同じように円を作ってその紙を覗く。

    「——す、好きな人って……書いてんぞ?」

    大楠くんの言葉に野間くんと高宮くんが不意に後ろを振り返り自分たちと少し離れたところで堀田先輩らと立っている寿のほうを見た。

    「え……え。——ええ?俺っ?」

    水戸くんも動揺しながらそう言ってから寿のほうを見る。

    「え、ちょ……、みっちー?」

    少し声を張り「こっちに来てよ」と言いたげに呼びかけた水戸くんに対して寿は、つーんと絵にかいたように顔を背ける。そのあと寿の口が微かに動いたように見えたけど距離がたっぷりとあったためこの位置からは聞こえなかった。けれど、きっと「勝手にしろ」とか、なんとか言ったんだろうなと思う。

    私は困り果てている水戸くんの腕をつかみ、寿たちの立っている方にずんずんと歩いていけば、しかたなく引っ張られるようについてきてくれた水戸くんが、寿の横を通り過ぎる間際に言った。

    「お、おい……みっちー。 俺、行くよ?」
    「——水戸、」

    低くドスの効いた声が聞こえてきて思わず立ち止まった水戸くんにならって、私も寿の方は振り向かずに一度その場で足を止める。

    「はい?」
    「変な真似したら、ぶっ潰すぞ。」
    「……、もー。じゃあ自分で行けばいいだろ」

    水戸くんが溜め息まじりに眉をハの字に下げている顔が見ていなくても想像できた。そのまま私は再度、歩みを進める。

    借り物競走の審判のところまで水戸くんと行って順番待ちをしていたとき急に水戸くんが隣でくすくすと笑い出したので不審に思って「どうしたの?」と問い掛けた。それに対して水戸くんは「いや?」と言って、もう一度ハハハと緩く笑い小さく背後を見るようにと指差した。

    私がチラと背後を確認してみれば今にも人を殺めそうな形相で腕組みをしながら突っ立ってこちらを監視している寿と、その仲間の一味の姿が見えた。

    「……、バッカじゃないの。」

    言って私がプイッと顔を正面に向き直せば、水戸くんがハアと呆れたように息をついた。

    「んもぉー、ふたりとも素直じゃねーなァ」
    「……素直だよ」
    「ええ?どっこがー?俺、困っちゃうよ」
    「………ハイ。ごめんなさい」

    水戸くんがしかたないなって顔で私を見下ろしている視線がつむじに突き刺さる。そんなとき私たちの順番が回ってきて審判の目の前に立てば一瞬にして審判をしていた生徒から不審な顔を向けられてしまう。

    「……まあ一応、紙を見せて下さい」

    言われて紙を意気揚々と指し出せば審判の女子生徒は何度か私と水戸くん、そして借り物競走の紙を交互に見やってストレートに問う。

    「本当に、好きですか?」

    なんて。その質問にぎょっとして私と水戸くんは別々に斜め上を見やって目を泳がせる。瞬間、私が閃き水戸くんの腕を引き寄せ自分の身体に引っ付けるようにして言った。

    「だ〜い好きっ!」
    「………。」
    「ハハハ、どう見ても仲良しでしょ?」

    背後からは何が起こったのか「三っちゃん!」と言って止めに入ったようにも取れる堀田先輩たちの慌てふためく声が聞こえたが、知らんぷりしてやることにする。

    「だからごめん、通してもらっていい?」

    申し訳なさそうにウインクして懇願する水戸くんに頬を赤らめる審判の生徒。

    ……ああ、これでまた沼ふたたびですよ。またひとり、水戸くんファンが増えましたよ。そんなことをぼんやりと思っていたら堀田先輩たちが「痛て!」とか「落ち着け!」とか、そんな感じで寿を阻止しているであろう声がまた背後から聞こえてきた。

    「ゴラァ! 水戸てめえ!!」


    無視、無視。

    結局、水戸くんの甘い誘惑に根負けした審判により私たちはOKをもらったわけだけれど。水戸くんに腕を絡めたまま、なおも自分の体を引っ付けるようにして寿たちのほうへと歩いていけば水戸くんは「もう、いいだろ?」と、やっぱり困ったような声を出す。それに変わらずつーんとしている私に水戸くんも諦めたのか私のされるがままになっていた。

    わざと寿らの横を通ってやれば「もうテメエら、たくさんだろ!離れろ水戸」だの「徳男離せ、ぶっ飛ばすぞ」だのと物騒な言葉を発している私の彼氏。断った分際で相変わらず自分勝手な奴だなと思って頭に来た私は、寿たちの横を通り過ぎた先、ぴたりと足を止めて振り返り、お仕置きと言わんばかりに渾身の一撃を浴びせてやった。

    「水戸くん、だ〜い好きっ!」
    「ンなっ……!!!?」

    ダメ押しで、いー!と再度、寿に向けて歯を剥きだしにしたあと、フンと顔を背けてまた水戸くんと歩みを進めたとき水戸くんが「やりすぎ」と息をつくように言う。

    たしかに……と、ようやく冷静になって思い返した私はぴたりと立ち止まり「ごめんね」と言って水戸くんから離れようと彼に絡めていた腕を離した。水戸くんはそんな私を一瞥してハハっと浅く笑った。

    「ほんとに好きになっちまうぞ」

    なんて飄々と本気なんだか冗談なんだか、わからない感じで言うから思いがけず私は一気に赤面してしまう。


    え。………え?ど、どっち?
    私、だよね?私が水戸くんのことを本当に好きになっちまうぞ?って、意味……だよね?

    君、そんなことばっかりしてると本気で俺のことを好きになってしまうぞっていう……警告をしたんだよ、ね?え、まさか——水戸くんが私のことを……って、こと?いやいや、それはない。断固として、ない!!ありえない、こんな私を水戸くんが好きになるなんてことは!!

    え。ぬ……沼ぁ……なに、ほんとこの子。やば……これ、私にも寿がいなかったら、私——。


    私がぼーっと水戸くんに見惚れていたらズカズカ踵を鳴らして頭から湯気でも出しそうな勢いで顔を真っ赤にした寿が私と水戸くんの元に来て強引に私と水戸くんを引き剥がす。

    「アホ!! やりすぎだ、テメエら!」

    水戸くんに見惚れていた私よりも遥かに顔を真っ赤にして怒っている寿に水戸くんは腹を抱えて笑う。そんな水戸くんに寿は更に顔を赤らめて眉間に皺を寄せる。

    「名前、」
    「は、はい。」
    「こンの、浮気者がっ!」

    言ったあとバチンッ!と、かなりの強さでデコピンを喰らわされる。両手でおでこを押さえて一瞬悶えた私は、きりっと寿を睨みつけて言う。

    「アンタが来ないって言ったんでしょうが!」
    「っるっせえ!テメエ、そもそも背中になンて背負しょってんだ、ああン?」
    「……ぐっ」
    「おら、もう一回さっき教室で言ったみてえに声に出して読み上げてみろよっ!!」

    「——水戸ラブ。」

    「ちっとはな、自分で背負しょったモンの重みをだな……あっ? い、いま、なんつった?」
    「だから、水・戸・ラ・ブ!」

    寿が今日イチで顔を歪める。隣にいた水戸くんと遅れて寿を止めにきた堀田先輩たちが、ぎょっとして私を見やる。

    「……ダッせ。怒る気も失せるわっ!なんだ、そのネーミングセンスはよ!」
    「水戸ラブ!!」
    「名前さん、ごめん。 やめて……恥ずかし、」
    「ほら見ろ、水戸ラブが迷惑してんぞ?!」
    「みっちー……、ヤメテくれ。」

    堀田先輩たちは寿を止めに来たことも忘れて涙を流しながらその場でひーひー言って笑っている。

    「じゃあ水戸ラブが何で寿仁一途ひさしにいちずなんて背負しょってんだよっ!」
    「見せかけ」
    「ああン? 見せかけだあ?」
    「本心は胸の中にあるのですっ。」
    「………名前、てめえ……。そろそろいい加減にしねえと……」

    そのとき、ひとしきり笑い終えた堀田先輩が「三っちゃん…」と寿に背後から恐る恐る声をかける。

    「あ?」
    「次、三年だってよ?……借り物競走。」

    寿は「あ、ああ。おう。」と、どもりながら、しぶしぶといった感じで後頭部に手を当てると、堀田先輩たちの後を追うようにして歩いて行った。水戸くんがそれを見送って「さすが、あんたらには敵わねえわ」と言ったことで私は面を食らって押し黙った。

    そのまま私と水戸くんもいつものメンツが溜まっているところに戻ってしばらくみんなと競技を眺めていた。桜木くんがほぼ全ての種目に参加していたこともあって応援部隊のこの空間はずっと賑やかだった。

    さっきの寿との出来事も私の中で忘れ去られようとしていたころ、彩子がツンツンと私の肩をつつく。体育座りしていた私は「ん?」と言って隣に同じく座っていた彩子のほうを見る。

    「来たわよ、旦・那・様♡」

    彩子がウインクして指を差すので、そちらに視線を向ければ何があったの?と言いたくなるほどに不機嫌な表情を晒した寿が私を睨みながらこちらに向かって歩いてくる。それでも桜木くんの競技に夢中なみんなは特に気にする素振りも見せずに応援(野次)に徹していた。

    「……」
    「……」

    私は座ったままで正面に向き直ったけれど私の目の前に突っ立っている寿は私をじーっと見下ろしている。

    「見えないよ、邪魔」
    「……」
    「……ねえ、見えないってば——」
    「来いよ。」
    「え?」

    なにを言い出すのかと、きょとんとした顔でもう一度、私は寿を見上げる。

    「借りられろよ、今度はお前が」
    「………、ヤダよ。」
    「……」
    「……ねえ、見えないって言ってるじゃん。よけないなら——」
    「名前」

    私の言葉を遮って寿がゆっくりと私の名を呼ぶ。私も同じように、ゆっくりと寿を見上げた。

    「……なに?」
    「お前しか、いねえ——」

    いままで散々野次を飛ばしていた他の男子諸君にも今の寿の言葉が聞こえたらしく、チラチラと私と寿のほうに視線を送って来る。そのとき寿の背後からそーっと近づいて来たリョータくんにより寿の手に持たれていた借り物競走の紙が奪い取られる。その紙を広げたリョータくんを囲むように紙に書かれた借り物競走の内容を見た桜木軍団の「ミッチー最低だな」とか「ミッチーらしいぜ」という言葉と笑い声が私にもはっきりと聞こえて来た。

    そんなリョータくんたちの反応を見た寿が不機嫌そうな顔つきで彼らの元へ寄って行き、もう一度、確認するためかチラッとリョータくんの手に持たれていた紙の内容を覗き込む。すると寿は一瞬目を見開きすぐにその目を泳がせる。そんな一部始終を眺めていた私も不審に思ってみんなのもとまで歩いて行き、しゃがみ込んでその紙を覗き込んだとき、思わず「なにこれ……」と声を震わせた。

    「自分より……、軽い物だあ……?」

    私の反応を待っていたかのように桜木軍団とリョータくんが無遠慮にも噴き出して豪快に笑う。

    「なんなのこれ!だったらペットボトルでもなんでも持ってけっての!」
    「あン? あきらかに俺より名前の方が軽りィじゃねえかよ。それともなんだ、太ったのか?」
    「サイッテー!女の子によくそんなん言えるね」
    「じゃあ黙って着いてくりゃいーだろうがっ!」
    「他にもいっぱい軽い物なんて探せばあるでしょうが!何でわざわざ人間をチョイスすんのよ!」

    ややあって、なぜか私が「ハア」と溜め息をつかれた。そんな寿を睨みつければ寿は舌打ちをしてぽつりと呟く。

    「ゴミ、持ってくわけにいかねえだろうが……」
    「ゴミ?!ゴミと天秤にかけんな!彼女をっ!」
    「誰も言ってねえだろーが、ンなことっ!!」
    「言ってるでしょーが! 確実に!!」
    「なンっで、そんなに頑固なんだテメエはよ!」
    「テメエ≠ノは絶対に言われたくないねっ!」
    「テメエだとぉ?こンの野郎……オイ!まず立てよっ!!座ってねぇで立てって!!」

    ついに大喧嘩に発展しそうになったとき彩子が「うるさーい!!」と声を張る。ぎょっとして寿と一緒に彩子を見れば「とっとと行きなさいアンタたち!!」と立ち上がって腰に手を当てながら審判の待つ先を指差す彩子。寿はぐっと顎を引いて怪我をしていないほうの右膝をグラウンドについた。そして私をひょいっと抱えるとお姫様抱っこの要領で抱き竦めたまま、すくっと立ち上がった。

    周りからは、ひゅーひゅーと野次が飛んでくる。寿は「…るせぇ」と、ぼそりと呟いて、なぜかリョータくんの背中だけ足蹴にし、みんなの元から立ち去る。リョータくんが「最低」だの「目の上のタンコブ!」だのと文句を叫んでいるのを無視して寿は私を抱きかかえまま審判の方に歩みを進めた。



    「名前」
    「ん。」
    「どっちから先に謝るんだよ?」
    「はぁ……。そこまで言ったなら自分から謝ればいいじゃん……」
    「うるせぇ、俺は負けず嫌いなんだよ」
    「なんか使い方まちがってるよ……」

    すぐそばに、寿の顔がある。
    この位置からだと顎下の傷がダイレクトに見えて何故だか思いがけずドキッとした。


    「——ね、ねえ……」
    「あ?」
    「恥ずかしいから、下ろして?ほしい……」
    「ハッ、嫉妬しといて、よく言うぜ」
    「……そ、それはっ!……したけど、さァ」
    「よし。素直でよろしい」
    「ぐっ……」


    ほんと、寿には敵わない——。







    三井サンと名前ちゃんを見送って少し経った頃、俺たちのところへ今度は湘北番長が姿を見せた。

    「あれ? 三っちゃん来てただろ?」
    「名前連れて、行っちゃいましたよ?」
    「え?!」

    彩ちゃんの返しにぎょっとして焦っている堀田に野間が「なんだよ、どーしたんだ?」と怪訝な表情をして問いかけた。

    「——いや、俺が便所行くとき三っちゃんに持っててもらってよ、借り物競走の紙」
    「ほーん。で?」
    「三っちゃん俺に自分の紙、間違えて渡してきたから交換しようかと……」

    堀田がそう言って、もともと三井サンが持っていたであろう借り物競走の紙を俺らに見せて来た堀田に俺たちも全員で、その紙の内容を覗き込む。そこには——

    『 自分の一番大切な物 』と、書かれていた。
    瞬間的に沈黙が生まれたが彩ちゃんがそれを破ってぽつりと言う。


    「自分の持ってた紙も持って行かないで、審判になんて言うのかしら」

    ……たしかに。
    さっきの騒ぎで彼女をお姫様抱っこしたまではよかったが肝心のお題が書かれた紙をすっかり忘れて去って行ってしまった三井サン。

    その証拠に「自分より軽い物」と書かれたその紙は今でも俺の手の中に握られてる。


    「——ダンコとして、言い切るんだろ」

    水戸が涼しい顔をしながら視線をグラウンドで走り回っている花道に向けたままそう言った。

    「『自分の一番大切な物ってお題だったんだよ!』……ってな」

    続けて言った水戸のその言葉に無意識に水戸以外の全員が遠くに居る三井サンと名前ちゃんに視線を向ける。そこには審判の子があたふたとしている姿と、それでも動じることなく堂々と名字ちゃんをお姫様抱っこしたまま審判を前に仁王立ちしている三井サンの姿が見えた。

    名前ちゃんがそんな俺らの視線に気付いたのか、こっちに来てと言わんばかりに大振りで手招きをしている。俺たちは打ち合わせをしたわけでもないのにサッと全員一斉に姿勢を正面に向き直した。

    そのとき、花道が一等賞のポールを手に持ったまま笑顔で走ってきて、この場にいた全員が盛大に花道を持て囃している光景と、未だ遠くで揉めている過去に俺のバッシュを屋上で投げつけてくれた先輩と俺の愛してやまない彩ちゃんの親友の姿を見ながら……

    校内スピーカーから流れている曲の歌詞のように結局のところ、愛さえあればこの世は無敵なんだろうなーなんて柄にもなく思った、そんな体育祭でのお話。











     愛情濃縮果汁 100%
        湘北高校体育祭の日




    (あの、ですから紙が無いと……)
    (しつけえなあ、だから何回も言ってんだろーが)
    (そう言われましても……)
    (自分の一番大切な物だっつーの!)
    (寿、紙に書いてた内容変わってない……?)
    (うっせ、ややこしくなる!黙っとけ!)
    (最低……。もう、早く下ろしてよっ)
    (っるせえ!テメェは静かに抱かれてろっ!)
    (ちょ、言い方っ!!)


    ※『 炎天下/湘南乃風 』を題材に。

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