インターハイ予選の最後の相手、陵南高校に見事勝利し無事にインターハイ行きの切符を手にした湘北高校バスケ部。夏休みに入ってからもバスケ部は相変わらずハードな練習を熟していた。
インターハイを十日後に控えた今日は、その湘北高校バスケ部が静岡に合同合宿に行く日だ。一週間、彼氏である寿と会えなくなってしまうので、すこし寂しくも思うがそんな辛気臭い顔を最後に見せるわけにもいかず私は元気いっぱいに寿宅のインターホンを鳴らした。
寿のお母さんに出迎えられて、慣れた様子で家に上がり込み部屋の前まで行くと、さっきまでの気持ちとは裏腹にテンションが上がってくる。
「おっはよー!寿っ!」
バァンッ!と勢い良く開け放ったドアの取っ手を握り締め、私の顔は満面の笑顔のまま数秒固まってしまう。そこには上半身裸で、今まさに起きましたという顔をした寿が頭をガシガシと掻きながら立っていたのだ。
「……」
「……」
「!!? ちょっと!なんで裸で寝てんの!」
「あ?」
「しかもパンツ一枚で……!Tシャツくらい着て寝なよ!」
「……朝からうるせーなあ。昨日は興奮して体が火照って暑かったんだよ」
言って寿は気だるそうに私の横を通り過ぎて階段を降りて洗面所へと向かう。そんな寿の後をついていく私の顔は、未だ夏の暑さとは別の理由で引かない頬の熱のせいでほんのり赤くなっていた。それでもすぐにその顔は、ぱぁっと明るい表情へと変わっていく。
「合同合宿が楽しみで興奮してたの?私も昨日はワクワクして寝れなかったの!」
なんて裸を見て動揺した気持ちを悟られまいと必死に嘘八百を並べる私に寿は言い放つ。
「アホか。合宿行くのは俺らなの。お前が興奮してどーすんだっつの」
努めて楽しそうに話す私の隣りで寿は心底呆れた顔をして洗面台の蛇口をひねる。バシャバシャと顔を洗っている寿の横顔を見て私は改めて微笑んだ。
「……良かったね。」
「ん?」
「高校最後の年にインターハイ出場が決まって」
「え?……あぁ。」
微笑む私を一瞥してタオルで顔を拭いている寿を見ていたら急に寂しさが込み上げてきて私はガバッと勢い良く抱きついた。
「ばっ……かやろ! 急に何すんだっ!」
「だって......一週間会えないんだもん」
「オイ、離せって、」
「もーう、大好きっ!」
「ちょっ!や、やめろって!おい、……っ!」
会えなくなる寂しさのあまり、更にぎゅうぎゅうと力強く抱き締める私に、寿は困り果ててされるがままになっていた。頬を赤く染めた私が不意に寿を見上げたことで寿は顔をガバッと背けてみせる。
「……ど、どうしよう寿、」
「こ、今度はなンだよ、どーした……」
「……」
「……」
「……ちゅう、したくなってきた」
「なっ——、はぁあ!?」
突然の思いも寄らない告白に寿は当然のごとく目を見開いて驚愕の表情のまま固まってしまう。当然その顔は真っ赤だ。
「な、なななんだよっ!何をどうしたら急にそうなんだよ!」
「だ、だって……なんか分かんないけど急にしたくなったんだもん」
いつになく素直な私の言葉に、寿はぐっと喉の奥を詰まらせる。
「……」
「……」
今日から一週間、静岡での合同合宿のため、名前とは会えなくなる。付き合ってからこんなに長い期間顔を見れないのははじめてのことで俺だってそりゃあまあ寂しいと言えば寂しい。
そんなしばしのお別れの日を迎えて、わざわざ自宅に激励にくるくらいなのだから隠してはいるが彼女が、いつもよりテンションが下がっていることくらいは分かっている。ただこの合宿はインターハイに臨む自分たちにとってはとっても大切な期間なのだ。愛だの恋だのにうつつを抜かしている場合ではない。俺にとっても、この一週間がどれだけ重要になるのかを考えれば……。
けれど、こんな風に素直過ぎる名前とは、もう二度と出会えないかもしれない、という邪念も生まれてくるわけで……。
「……」
「……」
ぐっと体を引き寄せて、その柔らかい唇にキスを落とすと背中に回されていた名前の手に、きゅっと力が込められたのが分かった。何度も角度を変えて啄ばむようなキスを交わし、そっと唇を離せばとろんと蕩けるような目をした名前がそこに居た。
これはチャンス——!
そう思って俺は、名前の耳元でそっと低く囁く。
「……なあ、合宿で常誠に勝ったらよ」
「うん……」
「俺の望み、一個だけ叶えてくれよ。」
「え……」
「……」
……くぅ〜。
一度は、言ってみたかった台詞——。
きょとんとした顔をして俺を見上げる名前に俺はいつになく真面目くさったツラをする。
「なあ……、いい?」
「……、」
「……。」
「——いいよ。」
頬を染めて素直にこくんと頷いたを名前見て、俺は心の中で「よっしぁぁぁ!!」とガッツポーズを決める。試合は何がなんでも勝ってやる!そう心に誓いながら俺は歯を磨き始めた。
さぁーてと、名前になにしてもらうかなーっと。(もちろん当たり前にエロいこと一択で)
—
集合場所の湘北まで送って行くと言ってくれた名前と一緒に学校まで向かう。到着して彩子のところに名前が走って行ったのを横目に見ていたとき宮城がすーっと隣に来た。
「三井サン、一週間名前ちゃんと離れちゃって大丈夫スか?」
「あ?何で俺がそんな心配されなきゃならねーんだよ」
「え、だって。寂しん坊でしょアンタのほうが」
「うるせえ!どんなイメージがつきゃそうなるんだよっ!」
宮城といつものようなくだらないやり取りをしていると赤木が「よーし、全員揃ったか」と声を張った。
「めーずらしいじゃねか花道ィ。おめえが遅刻しねえなんてよ」
「ハッハッハ、当然!やる気がチガウっ!」
宮城は気付けばさっさと彩子のそばに行きやがって桜木とそんな会話を交わしている。見れば名前はバスケ部の輪から離れて俺たちを見ていた。
桜木が流川に小言をついているとき安西先生が赤木になにやら説明をしているのが見えた。引率の先生がどうのこうのって言う会話がここまで聞こえて来る。
「それじゃあ赤木くん、頼みましたよ」
「はいっ」
出発前に全員が安西先生から聞かされたこと。その現実を目の当たりにして俺は開いた口が塞がらなかった。桜木だけが居残りで合宿には参加しないとの話だったからだ。
当の本人、桜木も今はじめて知ったらしく騒ぎ散らしていたが、それを流し見てバスケ部のメンバーは校門を出て行く。俺がチラと名前に目配せをすれば彼女がタッタッタと俺のもとまで駆け寄って来た。
「頑張ってね、合宿。」
「おう。夜にでも連絡するよ」
「ううん、気にしないで。疲れてると思うし」
「あ? なんだ、いらねえのか連絡」
「……」
自分でいらないと言ったくせに顔を若干、曇らせる名前にフッと笑みが零れポンと頭に手を乗せてやれば名前は上目遣いで俺を見上げる。
「必ず連絡するから待ってろよ」
「……うん、ありがとう、寿。」
ようやくニコッと微笑んでくれた名前に安堵し、軽く手を翳して「じゃあな」と俺も先に出て行ったバスケ部のあとを追った。
—
新幹線の中で赤木から桜木が残った理由を聞かされる。奴の成長のため安西先生が一週間付きっ切りで指導してくださるとのことだった。
「あの野郎……安西先生に付きっ切りで指導してもらえんのか」
「なんて贅沢な。桜木なんかにはもったいないぜ安西先生とマンツーマンなんて」
「俺も残りゃよかったかなぁ」なんてぼそりと俺が呟いたことで赤木からすでに地獄の合宿がはじまってるなんて言われてしまい、1センチ尻あげをさせられる羽目になったが。
「えっ。ダンナ、じゃあ花道と安西先生だけで練習するってことなンすか?」
1センチ尻あげもそこそこにして俺の隣に座っていた宮城が飲み物を飲みながら赤木に問う。
「いや……。協力者がいる。」
「協力者? なんだそれ、赤木。誰だよ」
思いがけず突っ込んで聞いたのは宮城ではなく俺だった。その質問に赤木はフッとひとつ鼻で笑ったあと新幹線の窓の外を見ながら言った。
「水戸たちだ。」
「え——、」
「えっ?!」
俺と宮城の声が重なる。
思わず宮城と目を合わせてしまったあと宮城がにやりとほくそ笑む。そして抑揚つけてわざとらしく言った。
「えー、そうなんスねえ〜」
「……」
「あ!晴子ちゃんも応援に駆け付けそうだなあ」
「……」
「じゃあ!!きっと、名前ちゃ、」
「宮城!!」
俺がドスの効いた声を発したことで「へっ?」と間抜けヅラを向けて来る宮城。
「やめろ、なにも想像すんな」
「え、なァ〜んにも想像してねーし♪」
その言葉にギロリと宮城を睨みつければ、「お互いに、波乱の予感スね♪」なんて言われてフン!と俺が顔を背けたら奴はケラケラと笑っててぶん殴りたい気持ちを押し殺した。
モヤモヤした気持ちのまま新幹線から降り立ち現地に到着した俺たちは合同合宿の相手、静岡の常誠高校のメンバーに挨拶するべく体育館に向かった。顔合わせをして赤木が常誠のキャプテンと握手を交わす。
「あの海南といい勝負したって?」
「まあな」
「ってことは、今年の海南はたいしたことなさそうだな!」
俺はぐっと拳を握る。俺はなあ、新幹線の中から虫の居所が悪ィんだよゴラァ……。
「…野郎。歓迎の挨拶にしちゃ上等じゃねえか」
「三井……喧嘩はダメだぞ」
「ふんっ、花道がいたら合同合宿どころか、初っ端から血の雨が降るところだぜ」
木暮が俺と宮城の腕をガシッとつかんで待ったを掛けながら言った。
「お、お互い、仲良くやろうよ……」
あーあ、常誠高校さんよ……覚悟しとけよ!!こてんぱんに負かしてやらあ!
俺はいま、すこぶる機嫌が悪ィんだよっ!!
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