寿を見送ったあと桜木くんが安西先生にマンツーマンで一週間指導してもらうとの話を聞いた。このまま帰ってもすることもなかったので桜木くんの練習を見学していたとき、いつものメンバー、お決まりの桜木軍団の登場に安西先生が協力者として彼らに桜木くんのサポートを任せたことを知る。
しばらくすると晴子ちゃんも激励に駆け付け、なんだか楽しそうだったので私も一週間、体育館に通って桜木くんのサポートをしたいとかって出た。
桜木くんの一回目の休憩のとき、一応報告しておくべきだろうと思い立ち寿にメールを送る。
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🕑 7/25 12:07
FROM 名字 名前
件名
本文
桜木くんが一週間、安西先生の
指導を受けるってこと聞いた?
水戸くんたちが協力者に選ばれた
から、私も手伝う事にしたよ!
寿も頑張ってね!
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その日の合同練習を終え、宿泊施設に戻った俺は届いていたメールを見てがくんと肩を落としていた。それを見かねた宮城が俺の手に持たれたままの携帯の画面を無遠慮にも覗き込んでくる。
「うっわ、予想的中〜!!」
「うおっ!! 勝手に覗き込むんじゃねえよ!」
ギャーギャーと喚き散らすもやっぱりショックを隠せずにまた俺は溜め息を吐いて俯く。宮城はそんな俺を見て同じくひとつ溜め息をついたあと俺の背中をポンッと叩く。
「まぁまぁ。そんなに気落ちしねえでさ。」
「あ……?」
「なんもねえって、夏祭り以外はねっ」
「あ?! な、なんだ、夏祭りって」
「あっ、知らなかったんだ……」
宮城はわざとらしく、しまった!というジェスチャーで驚いたフリをする。宮城を一瞥したあと俺がスタスタと部屋を出ていけば「あれ、温泉行かねーの?」と宮城が聞いてきたので振り向かずにぼそりと言った。
「先に電話してくる」
完全にニヤニヤしているであろう気配をスルースキルで交わして俺は急いで建物の外に出た。
「チッ、……なんだよ、早く電話出ろよな」
『……あ、もしもしっ?』
「おう、名前か?つか出るの遅せえし。何してんだよ」
『あ、ごめん。今ねえ、夜食買いにコンビニ向かってるの』
「ああ? 夜食だあ? ……、」
俺は目を瞑って神経を電話口に研ぎ澄ませる。俺の集中力、舐めんじゃねえぞ……!
「……誰か、隣にいんな……?」
『あ、えっと……み——』
「あ?……み……? だと?」
『あ、ううん!! 晴子ちゃん!』
「……」
あンの野郎……。いま隣でブンブンと手ェ、振りやがったな水戸——。俺って言うなと言わんばかりによ。なーにが『み』だよ。赤木の妹と一文字もかすってねえじゃねえかよ。
「つか、名前」
『はい?』
「お前バスケたいして知らねえくせして、なにが協力者だよ。黙って課題でもやってろよ」
『なぁーにその言い方ー。侵害なんですけどぉ』
「いいからお前は——、……あ、」
『ん?』
「常誠に勝ったら望み叶えろって言ったの、覚えてるか?」
『うん。覚えてるよ?』
「あれ、前借りだ。もうお前は家にいろ」
『なっ、』
どうせ勝つんだ、湘北が。ああ、どうせ勝ちます絶対に湘北が、安西先生。なので、これくらいは言っても許され……
『なにそれ、バッカみたい』
「ンなっ——」
ひとり脳内会話をしていた俺の思考をさえぎったのは、そんな冷めたふうな名前の言葉だった。同時にコンビニに着いたであろう、ピンポーンピンポーンという入口の呼び鈴の音も聞こえて来た。
『あ、水戸くん。カゴ私が持つよ』
電話をすこし離したであろう名前の声が無音でなにもない宿泊施設の外、俺の耳にはっきりと飛び込んできて思わず眉間に皺が寄る。
「オイ、嘘つき女!」
『はい?あ、ごめん。聞こえなかった、なに?』
「名前よぅ、この俺に嘘……つきやがったな」
『てか、お店着いたから一回切っていい?』
「うっせ!もう電話なんかしねーよ浮気者っ!」
『え、ちょ……ひさ——』
俺は勢いよくピッ、と電話の切るボタンを押す。そしてすぐさま名前宛にメールを打ち込んだ。
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🕑 7/25 21:28
FROM 三井 寿
件名
本文
水戸と一緒じゃねえか!
嘘つき!浮気者が!
彼氏が頑張ってるってときに
おまえは
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そこまで怒りに任せて打ったあと、なんだか無性に虚しくなってきて入力した文字を削除した。ハアと、深く溜め息をつき俺は頭を掻きむしりながら宮城らがいるであろう温泉へと向かった。
結局その日は名前から電話もかかって来ず、メールの一通も届かなかった。意地になって俺からも連絡することが出来ずに翌日の常誠高校との一回戦の練習試合を迎えるのだった。
—
「あと十本で今日の千本目だ、ほら行くぞ」
「ファイト花道〜!」
「桜木くん、頑張って〜!!」
水戸くんのパスの掛け声と、野間くん、大楠くん、私の応援を背負って桜木くんは見事、午前中の練習を終えた。
みんなで食堂に向かい、桜木くんがフードファイター並みの量のご飯を食べている中、晴子ちゃんがサンドイッチを作って来てくれたようで桜木くんに渡しているのを見て私も心ばかりの手作ってきたおにぎりを差し出した。桜木くんは晴子ちゃんが作って来たサンドイッチを食べて涙を流していた。
「湘北、試合頑張ってるかなぁ?」
「試合って?晴子ちゃん」
私と隣同士で座っていた水戸くんが晴子ちゃんにそう聞き返す。
「お兄ちゃんが言ってたの。合同合宿中に三試合、常誠と練習試合をするって」
「あ、なんかそれ寿も言ってたよ。」
続く晴子ちゃんの話では相手は静岡代表で去年はベスト8とのことだった。晴子ちゃんが話している最中に流川くんのことを思ってかホの字を浮かべているのを見た桜木くんが「練習だ練習!さっさと続きをやるぞー!」と気合いを入れていた。
「その前におばちゃん。かつ丼もう一杯おかわり」
野間くんはそんな桜木くんの姿に青ざめて「まだ食うのか……」と、ぼやいていた。
「名前さん」
不意に隣に座る水戸くんから声をかけられて桜木くんを眺めていた視線を水戸くんに向ける。
「ん?」
「そのおにぎり、もらってもいい?」
右手で頬杖をき眉毛をハの字にさげて言った水戸くんに「もちろん!」と、おにぎりを差し出した。今日のおにぎり、我ながらいい形に仕上がったんだよね、綺麗な三角に。
「みっちーも頑張ってんのかな」
「うーん、だといいね。」
「え? なんだよー、なんかあったのか?」
「いや……。実は……連絡とってなくて」
「あら。……あー、やっぱ昨日のが引き金か?」
「うーん……よくわかんないけどね」
情けない表情で返せば水戸くんも呆れたように小さく溜め息をはいていた。
「大丈夫さ」
突如、水戸くんの明るい声が降って来て見れば彼は優し気に笑って言った。
「試合報告してくるだろ、絶対」
「どうかな……怒ってるなら怪しいよ、こないかも」
「いや? あの人ならしてくる」
「え……?」
「言わないだけでさ? 名前さんと、二人三脚でバスケしてるはずだぜ」
「水戸くん……」
水戸くんはニコッと笑ってくれた。私も反射的に微笑み返す。
実は……寿に言われたことがひっかかっていた。
『お前バスケたいして知らねえくせして何が協力者だよ。黙って課題でもやってろよ』
——あの言葉。
確かに私は彩子やもちろん晴子ちゃんみたいにバスケットにはそこまで詳しくない。だからこそ私と同じ境遇にいる水戸くんに言われたのが嬉しかったし、なんだか救われた気がした。
「……ありがとね、水戸くん」
「いーえ」
桜木くんが食べ終えて席を立ったのに合わせて水戸くんたちも椅子から立ち上がる。
「おにぎり、うまかったよ。」
「……」
「ごちそーさん」
水戸くんにウインク付きでそう言われ、なぜか照れて顔を赤くした私に水戸くんは浅く笑ったあと桜木くんたちと食堂を出て行った。
……よし、がんばろう。
桜木くんの一週間の特訓の、すこしでも力になれるように。
寿だって頑張ってるんだから。
私は、私の出来ることをしよう——。
—
常誠高校との一回戦は、はじめ常誠のペースに流されたが途中、湘北も徐々に調子を取り戻す。だが、また常誠に引き離されるかたちになり常誠65ー湘北54のタイミングで湘北がタイムアウトを取った。
疲労もほどほどに宮城が舌を打ち鳴らして「やっぱ強いぜ、さすがに静岡ナンバーワンだ」と零していた。それを聞いていた赤木が体育館の外に視線を向けながらつぶやく。
「今頃、桜木の奴もひとりで頑張ってるころだ。下手なりに」
そして俺たちに視線を戻したあと、「これで負けたなんて言ってみろ」と、やや強い口調で言う。
………。
『やはりこの天才抜きじゃどうにもならんな君たち!ワッハッハ!』
そんな、あのクソ野郎の姿が想像できたのは、きっと俺だけじゃないはず。
「許せん……」
流川がボソッとつぶやいたあと赤木がきょうイチの気合いを込めて「絶対勝ぁぁぁーつ!!」と円陣を組んで声掛けしたことで俺たちも「うおー!!」ときょうイチの声を張った。
「あの馬鹿にバカにされるのだけはごめんだぜ」
「花道ぃ、見てろよ……」
「どあほうめ……」
タイムアウト後、俺のスリーポイントが決まり赤木のリバウンドが復活しそのパスからの速攻で宮城がいつもの如くコートを駆け抜けていく。流川に宮城がパスしたことで安定に流川が点数を決めた。ようやくいつもの俺たちらしい<oスケになってきたことで湘北はすっかり流れを取り戻したのだ。
結果、一試合目、常誠との練習試合は72—73で湘北が勝利した。
「湘北がこれほどやるとは思わなかったぜ」
常誠のキャプテン、御子柴が赤木に声をかけたあと二人は言い合いをしていたが俺らはそれを流し見て常誠メンバーと労い合った。
「いやいや、お疲れさん」
宮城が常誠メンバーに声を掛ける。
「なんかすごいっすね、湘北って」
木暮が「まっ、お互い全国では頑張ろうな」言ったあと俺も「あの二人はほっときゃいいさ」と返して常誠メンバーを労った。
その日の夜、宮城らと風呂に入ったあとに、また外に出て携帯電話の画面をしばらく眺めていた。
名前からの応答は今日もなかった。なんだか嫌な予感が頭の中を支配しつつも名前の電話番号、着歴の一番上を思い切って押す。緊張することなどないはずだが携帯電話から聴こえて来る無機質なプルルル……という発信音よりも自分のトク、トク、という心臓の音のほうがうるさい気すらした。
十秒……十五秒……やっぱ出ねえかと思って携帯電話を耳から離し電話を切ろうとしたとき——プツ、という音が聞こえた気がして急いでもう一度携帯を耳にあてがう。
『……もしもし?』
「名前っ?」
『あ……うん。お疲れ様。』
「お、おう……お疲れ。」
なんだか数十年ぶりにでも声を聞いたような気分になったのは高鳴っていた鼓動のせいか、もしくは出ないだろうと諦めてから繋がったことでの条件反射なのか、なぜかじわっと目頭が熱くなる。
『試合、どうだった?』
「あ、おう……。当たり前に勝ったぜ、72—73で湘北がな』
『すごーい、おめでとう!』
「ああ、サンキュ。……つか、名前?」
『……ん?』
「昨日、悪かった。あのあと、連絡もしねえで」
『私こそ、嘘ついてごめんね。水戸くんと一緒って言うと気にするかなと思ったの、夜だったし』
「ああ。 まあ、気分はよくなかったな」
『あはは、素直だねえー』
電話の向こうからカラカラと笑う名前の楽し気な笑い声が俺の耳に響く。
ああ……クソ。……、会いてえ……。
そんな俺の気持ちを知りもしない名前は桜木が頑張ってるだの、お昼時はフードファイターみたいだのとずっと桜木ネタを話して笑っている。それに対して「ああ」とか「そうか」とか一応相づちは打っていたものの……
「会いたい」と、先に言って欲しい俺の我が儘な思考が俺の脳内を支配していて実は桜木の話なんてちっとも耳に入ってなかった。
『私もパス、出させてもらっててさ?』
「……」
『基本的には、水戸くんがパス係。晴子ちゃんが記録係でね』
「……」
『けどっ! 特訓内容は企業秘密だから教えられないの、ごめんね』
「……」
『で、寿は試合報告でわざわざ電話くれたんだよね?ありがとね。きょう、寿は——』
「名前」
「……ん? なに、どうしたの?」
名前の会話をさえぎって名を呼べば、不思議そうに聞き返してくる名前。
「……いや。まあ、そうだ。試合の結果……報告しとかなきゃなって、一応。」
『……』
「……ッ、——ってのは、口実で」
『……え?』
「お前がどうしてんのか……気になってよ……」
『——ッ、』
言った俺の言葉に息を殺した名前の気配を感じ取る。
『待って、ちょっとタンマ……』
「……」
『……、——ッ』
「………泣いてんじゃねえよ、ばかやろう……」
『……ッ、 会いたい——。』
「名前……』
『会いたいよ、寿……』
『……ッ』
隠しきれず切なげな名前の声がしっかりと耳に届いて思わず俺まで泣きだしてしまいそうになる。
『大切な、大事な合宿だってのはわかってる。でも、でも——』
「……」
『早く帰って来て、寿……。 淋しいよ、死んじゃうよ……ッ』
「……」
『淋しくって……死んじゃうよぉ……ッ』
電話の向こうからは名前のぐずる泣き声と自室にいるのかテレビから流れて来る場違いな音が微かにこちらまで届いてくる。
「なあ、名前……」
『……ッ』
「おい……聞いてるか?」
『う……ん、』
「俺も、会いてえ、名前に——」
『うぅ……ん。う、ん……』
「……会いてえよ、いますぐに……。」
俺は外の柵に腰を預けて空を見上げてみる。今日は星ひとつ見えない、真っ暗な空だった。
『あと残り、そんなんで……どうすんの……!』
「……ハッ、泣いてるおまえが言うのかよ」
星ひとつでも見えれば、外出て見ろよ、とか、星出てるか?とか何か言葉を繋げられるのになんて考えていた刹那、そんな生意気な返事が返ってきて思わず鼻で笑ってしまう。
名前は泣きながら笑うという高度なテクニックを披露していたが品なくズズズ……と鼻をかみやがるところとか、その生意気な口とか。その……笑い声が俺の耳の鼓膜に響いてくるたびに、もう愛おしくてたまらなかった。とたんに恥ずかしくなった俺は強がっていつもの調子で言う。
「とにかく、電話切るぞ」
『あ、もう消灯の時間?』
「違げえ、風呂!……入んの、これから」
『ああ、お風呂……はいはい、お風呂ね』
「じゃあな、また連絡する」
『あっ!!!』
「……なんだよ、鼓膜破れんだろーが」
『みんなにも、よろしく伝えてね?』
「……」
すでに風呂なんて済ませてしまったあとにも関わらず嘘をついてしまう自分を嘲笑いながらも最後の台詞がそんなどうでもいい(みんなには悪いが)言葉でちょっとへこむ。
「……ああ、言っとく。」
『うん。……電話、ほんとに、ありがとね。じゃあ——』
「名前!」
『……ん?』
「最後……、それだけかよ?」
『……え? 最後って……。ああ……』
名前は、なにに納得したんだかアハハハと、楽しげに笑っている。
「……チッ。 笑ってんじゃねえよ……」
『ごめんごめん。……寿?』
素直になれない自分のこういうところがどうも好きになれない。でも、直すこともできねえ。だからもう、いっそのこと開き直る。
「……あ?」
『す……』
「ああ?……なんだ、す、って」
一瞬、どきっとして危うく「え?」と、期待に満ちた甲高い声が出そうになった……が、必死に抑え込んで、ぐっと喉の奥をつまらせて彼女の言葉を待つ。
『……ス……、ラムダンクっ!』
「チッ……、てめえ——」
『……ウソ。 好きだよ。』
「……」
『ねえ、寿は?』
「……………、俺もっ! じゃあな!」
ヤケクソみたいに言ってブチッと俺は電話を切った。顔が……真っ赤だ、自分でもわかる。だっせ、なんだこれ。青春かよって、マジでなんなんだよこれ、きちィって……。
あーあ、恥ずかしっ。直接言うほうが全然楽だぜ。ったく、ふっかけんじゃなかった。なんか……試合より疲れちまったわ……。
「あ……、しまった。」
明日、祭りだって宮城言ってたよな……水戸とは″sくなよって釘刺し忘れた。
俺は「はぁぁ」と溜め息をはいたあと宿泊施設の中に戻る。けど——まあ……いいか。さっきの名前の声を聞いたら他の誰かに気持ちがいくかもとか獲られるかもなんて心配してたのが、バカらしくなってきたわ。
俺は歩きながら名前にメールを打つ。この恥ずかしい気持ちが冷めぬ前に、いま彼女にしてやれることを勢いに任せてやってやろうと思ったのだ。
――――――――――――――――
🕑 7/26 21:13
FROM 三井 寿
件名
本文
名前、早く会いたい。
いつもおまえが好きだ。
おやすみ。
返信不要。
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