名前と復縁して、約三年。

同棲が決まって引っ越し、プロポーズに両家への挨拶。友人、会社の人たちにも報告をして、籍入れて、結婚式の準備……。

そして、その人生に一度の晴れ舞台、結婚式を無事に終えた。

幸せを噛みしめながらも、バタバタと過ぎていく日々の中。

ようやく落ち着いた生活を送り始めた今日このごろ、職場、湘北高校の職員室で名前から作ってもらった愛妻弁当を食ってるとき、結婚式にも参列してもらった同じ学年担任から、こんな話題を投げ掛けられた。

「三井先生は家、建てる予定はないんですか?」

サッカー部顧問の、五歳年上の男性教師だ。

「寿先生、引っ越し三回目でしたっけ?」

こっちは、数学担当の二歳年上の女性教師。
男子生徒はみな、「綾〇はるかに似てる」なんて騒いでいるが、俺からしてみれば、ちょっと愛嬌のあるカワウソにしか見えない。

……ってことは、胸の中に秘めているけどな。

「ああー、……ですかね。三回っす。」

名前の作ってくれた卵焼きを箸にはさんだまま、そう返せば、サッカー部の顧問が徐に自分の携帯電話を取り出して、その画面を翳してきた。

「……? なんすか、この写真。」
「このあいだ、奥さんと見に行ったんですよ! モデルルーム」
「えー!私にも見せてください〜!」

女性教師も携帯を覗き込んできて、俺は少し椅子をずらして距離をあけた。

こいつ、無自覚に距離感近いんだよな……。

それを男子生徒は「天然」と言う。
ふと、披露宴で生意気な後輩から「三井サンはたぶんすっげー天然で」と読まれたスピーチを思い返して、思わず苦笑する。

「いま、結構安くていい感じの家たくさんありますよ?」
「……へえ。」
「子供を考えたときさ、」
「……」
「やっぱ戸建てがいいですって、神奈川住んでんだったら!」

言って自分の携帯をスーツのポケットにしまった先生に、俺はふうん、と相づちを返してから、また愛妻弁当を食うことに専念した。

戸建てねえ……。





その日の夜、部活を終えて帰宅した俺は、玄関を開けるや否や漂って来たおいしそうな匂いに頬を緩ませた。

「ただいまー。」

そうキッチンの方に向かって叫んでから玄関の段差にしゃがんで座ると、靴の紐をほどいてる俺の背後から「おかえりー!」と、新妻の声が返って来る。

靴を脱いで家の中に入れば、リビングの扉が少し開いていて、わざわざそこを開けて「おかえり」って声をかけてくれたんだろうなと思ったら、部活の練習でへとへとだった体の疲れが少しだけ、取れた気がした。

真冬の帰り道は北風が冷たくて、それでも家の中の暖かさと、俺の帰りを待っていてくれる名前の存在に、誰かが待っていてくれるという心の支えは大きいぞ、なんて生徒に偉そうに言ってることすらも、間違っていなかったんだなと思える。

匂いに誘われて向かえば、名前はキッチンに立って夕飯の支度をしていた。

俺はソファの脇に背負ってたバッグを置いて、名前の元まで歩いていくと、後ろから腕を伸ばしてその小さな身体を抱きしめた。

「うわあ!!!」

音もなく近づいて抱き着いたことと、たぶん俺の冷えた体の体温に驚いたのか、予想以上に大きな声を出した名前に俺は、吹き出してしまう。

「新喜劇か、お前は。」
「ちょ、ちょっと……」
「ん?」
「包丁使ってるから危ないよ?」
「名前になら、そのまま刺されたっていいぜ」

抱き着いたまま言えば、「えー、引くんですけどー」と呆れながらも、へらっと目尻を落として笑う愛おしい顔に、俺が覗き込んでキスしようとすると、スッと顔を避けられて俺は舌打ちする。

それでもくっ付いたままでいる俺に文句を言うわけでもなく、器用に包丁を使っている名前の姿に、「愛してる」と囁きたくなって、けど恥ずかしいから代わりに耳を甘噛みした。

「んっ、……おかえり。」
「……、ただいま。」

しばらく抱き着いていたら、さすがに「手洗ってきたら?」と促されてしまい、もうひとつ舌を打ち鳴らしてから俺は、洗面所に向かって手洗いうがいを済ませた。

んで、トイレ行ってから脱衣所で部屋着に着替えている最中、名前の「リビングで食べる〜?キッチンにする〜?」という声が聞こえてきて、返事はせずにキッチンに向かう。

キッチンの扉を開けば再度名前が「どっちにする?」と、首だけ振り返って、俺の顔を見ながら聞いてきた。

「名前にする。」

真面目腐って彼女の目を真っ直ぐに見ながらそう言えば、名前は、ぽかんとしたあとムードもへったくれもない感じで「は?」と返してきて、思わず笑っちまった。


結局キッチンで食うことになって、向かい合わせで椅子に座りながら今、名前が作ってくれた晩飯を一緒に食ってる。

「あ、そー言えばよ」
「ん?」
「今日、昼飯ンときな?学校で。家建てねえのかって聞かれたわ」

白米を掻き込みながら言えば、名前は少し驚いた表情を見せたあと「ああー!」と、なにかを思い出したように声をあげた。

「あ? どうした?」
「うん、それこのあいだ彩子にも言われたの」
「彩子? てか会ったのか?」
「うん、ちょこっとね。」
「は?、いつ? 聞いてねえーんですけど……」
「はっ?だって、言ってないんですけどぉー?」

言って箸を置いて椅子から立ち上がった名前に、「ついでにマヨネーズ取って」と言ったら冷蔵庫を開けながら「いま取ろうと思ってました」って言われてしまい面食らう。

マヨネーズを差し出されて受け取ったあと、俺はしつこくもまだ続ける。

「いつ会ったんだよ、土曜日か?」
「へ?」
「俺が、試合んときの。」
「ううん、水曜日。」
「あ?先週の?平日じゃねーかよ。彩子、仕事は?」

俺的にはごく普通に話しているつもりだったが、名前が突如くすくすと笑いだす。

「あん? なんだよ……」
「いや? スケジュール。管理したいんだなあーと思ってさ」
「……してえだろ、そんなん。あたりめえだ。」

今までなら「バカ、ちげーよ!」とかなんとか照れ隠ししてた俺だけど、最近は素直にこうやって気持ちをぶつけることが多くなっていて、自分でも嫉妬深いし、独占欲強えよなって呆れている。

でもよ実際、……全部欲しい——。
結婚して、そんなんおかしいって言われたって構わねえ。

名前のことなら、なんでも把握しておきてえし、なんだって共有したい。

たとえ、今後、名前本人に、疎まれたり、めんどくせえって愛想つかされたとしても……。


「彩子のね?」
「……」
「お母さん。階段で転んじゃったんだって」

少しシュンとした俺を見てか、名前は優しく微笑んで言った。その優し気な声に俺も顔を上げる。

「……え?」
「様子見に来たついでに、お茶しない?って言われたの」
「へえ……」
「私も言わなくてごめんね?すっかり忘れちゃっててさ……」

へらっと申し訳なさそうに可愛く笑う名前に見惚れて、箸を落っことす始末。ほんと救えない。

急いで拾う俺に「あ!それ洗って来るよ!」なんて立ち上がる名前を、片手で押さえて止めた。

「いいって、三秒ルールだ。」
「ええ……なんじゃそりゃ。」

呆れながらも名前は、そのまま座り直して、また一緒に飯を食い始めた。

なんか……、いいよなぁ、コレ。
この、ふつうにメシ食ってる感じとか、嫉妬剥き出しにしても喧嘩に発展しない感じとか。

ああ、幸せだ……。


「……まあ、でも見に行ってみっか。」
「ん?なに? 彩子のお母さん?」
「いや、なんでだよ。」
「へ?」

「なに?」と続ける名前を一瞥してから、俺は目を逸らし気味に言った。

「モデルルーム、見学だよ……。」

俺の言葉のあと、一瞬室内がシン、となってちょっとドキッとする。

早かったか——、まださすがに……。

そう思って、「やっぱまだ先だよな」とか何とか付け加えようとしたら、名前に箸を持ってた方の手をぐっと掴まれる。

ぎょっとして名前を見やれば、嬉しそうに笑って名前が言った。

「私たちの愛の巣、探しに行こう!!」

あ、愛の、巣って………。
こっちの台詞だぜ、なじゃそりゃ、ってよ……。

名前は俺から手を離して姿勢を正すと、鼻歌まじりに味噌汁をすすってた。

「そ、うだな……」
「んっ?」
「愛でもなんでも、見に行ってみねえとはじまらねーしな」

そう返して俺も味噌汁をズズッとすすれば、じとっと俺に視線を向けて「なんじゃそりゃ」と言われてしまい、ぐぬっと味噌汁が喉に詰まりそうになった。

ほんと、敵わねえよなあ……。

つか、「彩子のお母さん?」ってよ……。
なんで会ったこともねぇ知り合いの母さんの様子見に行くんだよ。行かねえだろ。

俺なんかより、よっぽど天然じゃねえか、名前のほうがよ……。

そう心の中で思って、あっ、と気付く。
俺、宮城のあのスピーチ、結構根に持ってんだな……って。



——事件は三日後、突然起きた。

土曜日、この日は午後から体育館のワックスがけが入っていて、バスケ部の練習が午前中で終わった日だった。

いつものように「いってきます」と出てきてからそのことを言い忘れたことに気付いて、でもまあ早く帰るんだからいいかと思って、とくに名前には連絡も入れなかったんだ。

忘れもしねえ、12時56分——。
自宅のドアを開けた瞬間聞こえてきた、名前と誰か、俺意外の男・・・・・の、声——。

中に入るや否や、玄関に見知らぬ男性物のスニーカーを発見する。

お陰で「ただいま」と言う言葉を飲んでしまった俺は、その場に固まる。

スニーカーに視線を落としながら、パチパチと延々と目を閉じたり開けたりをくりかえしていたとき……。

「ごめんね、ほんと。痛かったよね?」
「いや……、だいじょーぶさ。」
「わたし、興奮しちゃってさ……」
「ハハ。でも、よかった。」

……は?

「ほんと……うん、ありがとうね。」


ゆっくりと顔をあげてみれば、閉まっているリビングのドアの曇りガラス越しに見える、ふたつの人影——。

突如、ドクン…ドクンと、鼓動が早くなる。

そのとき、ガチャ……と、ゆっくりリビングのドアが開かれて現れた人物……。

「あれっ? みっちー。おかえり。」

へらっと笑顔を向けて来る、高校時代、俺を散々ぶん殴ってくれた歴史を持つ男。

水戸洋平、だった——。


俺は視線をそらしながら「おぅ。」と短く言い置いて、靴を脱ぐため玄関に座り込んだ。

それと同じようなタイミングで、靴を履いた水戸が「じゃ。おじゃましましたー」と言って、さっさと玄関から出て行った。

名前はそれを見送って、何事もなかったようにスタスタとリビングへと戻って行こうとするので、俺は思わず靴をぶっ飛ばす勢いで脱ぎ捨て、名前の腕を引いた。

その弾みでか、名前が振り返る様に俺のほうに体を向ける。

「……、へ?」
「……。」
「……あ、早かったんだね? きょう」
「違げえだろ——。」

言葉を遮るように放たれた俺の低い声に、名前がゴクンと生唾を飲んだ音が聞こえた気がした。

「……」
「最初に、」
「……」
「言うこと、あんだろうが……」

言って俺は、名前の腕をつかんでいた手をそっと離した。

「……? あっ、……おかえり、なさい……?」
「バッ、違げえ!!」
「……え。 なに?……なんなの?」

名前にようやく視線を向ければ、彼女は少し不機嫌そうな顔で俺を見ている。

俺は思わず「——もういい。」と言って、そのままシャワーを浴びに行った。


——なんで水戸がいたんだよ。しかも名前も、なんで何も説明しねえんだ……。


 『ごめんね、ほんと。痛かったよね?』
 『いや……、だいじょーぶさ。』


痛かったって……なんだよ?
痛かった……え。……いや……ありえねえ。
名前に限って、そんな、
サディズムだなんて——……。


 『わたし、興奮しちゃってさ……』
 『ハハ。でも、よかった。』


興奮……よかった。
やっぱ、そーいうことだよなあ?
え、………浮気……?
残念ながら、それ一択に絞られる……?

俺と鉢合わせになったから、なにもなかったことにして乗り切ろう作戦……?

あえて騒ぎ立てずに、もう知らねえふりしときゃよくねえ? って……?

うっわ、言いそうだ……。
水戸なら言いそうだぜ、なんかそーいう感じで。

待てよ、だって、いつ?
どこでそんな関係、雰囲気になったんだよ。

やべえ、まじで吐きそうになってきた……。
もういいや、取りあえず風呂出るか……。

そう思い立って、さっさと体を洗ってシャワーを済ませてバスルームから出た。

名前が気をきかせてバスタオルを置いといてくれたみたいで、一瞬いつもの調子でほっこりしたのも束の間、トイレ掃除かなんかをしている名前の歌声がここまで聴こえてきた。

「会え〜ない夜を数えて〜♪」

あー、
これなんの曲だっけっか……。

「こ〜んなにも愛しく思えたのは〜君だけ〜♪」

待てよ、会えない夜って……
オイオイオイ、
俺とはいつも会ってるじゃねえかよ!

「キスをするたびにぃ〜目を閉じてるのは〜♪」

あ、ったく。曲変わったしな……。
つか、さっきのも、けっこう懐メロじゃね?

「抱きしめられるとぉ〜ときめく心はぁ〜あなたをまだ信じてるぅ〜♪」

はいはいはい、思い出したぜこの曲。……って!
これ、どっちも不倫の曲じゃねえかよ……!!

俺がパンツ一丁でその場に立ち尽くしていると、トイレ掃除が終わったのか、ジャーと水の流れる音がしたあと、俺のいる脱衣所のドアが、勢いよく開かれた。

「わっ!! あ、ごめん。」
「……あ?」
「音しないから、もう出たんだと思ってた」
「あ……ああ、」

名前は俺の前を通り過ぎて、洗面所で手を洗っていた。俺はとりあえずスエットパンツとTシャツを着る。

「なあ……?」
「んー?」

そのまま洗面台の鏡を拭いている名前に、俺はうつむき加減で声を掛けた。

「なんか、やたらと懐メロ歌ってんのな……」
「え?」

言って振り返った名前と、目が合った。
俺は真っ直ぐに名前を見据える。

「……あ、ああ。昨日、お風呂から上がったら、テレビで流れてて懐かしくってさ」

名前はそう言い置いて、また俺に背を向けて鏡を拭き始めた。

テレビ、だと……?
不倫の曲が?……出てくんのか?
たまたま……? 一気に何曲も?

いや、怪しくねえかって……
まさかこれ——! 一緒に聴いてんのかよ。

いい曲だよな、俺らの曲だな、って?

ダメだ——、
もうぜんぶ水戸になる。

名前が話している架空の浮気相手のツラ
もう、ぜんぶ水戸洋平。それ一択。

わっかんねえ、
なんか、頭痛え……。


その日の午後、なんだか家にいるのが気まずくなった俺は、気晴らしに近くの公園に出向いた。

ラッキーなことにバスケットゴールが空いていたので、ひたすらネットにボールを投げ込んでいたとき、ケツポケットに入れていた携帯が鳴った。

俺はボールを脇に抱えて近くのベンチに腰をかけると、ようやく携帯の通話ボタンをタッチした。

「……はい、もしもし?」
「あっ、三井サン?」

——宮城だった。

ぼーっとしてて着信相手の名前も確認してなかったからな……。

「ああ……どうした?」
「今日ヒマ?俺そっち帰る予定あってさ」
「……? ああ、特に予定はねえな。」
「じゃあ、水戸んとこに飲み行かない?」

え——。

「……あれっ?おーい、三井サン?」

……や、無理だろ。

今日の今日だぜ? うん、無理だ、
だってよ俺、アイツに会ったら、なにしちまうか分からねえし……。

「あ、いや…名前とちょっとな、予定あって」
「名前ちゃんも連れてくりゃあいいじゃん」

え、えぇぇ……。
そっち? そっちの流れなのかよ——?!

「……なあ、宮城。」
「ハイ?」

不意に思い出す、結婚式に言われた後輩からの、あの台詞。


『 たくさん出してやんよ。
  人生に迷ったときの、救いのパス—— 』


宮城に水戸と名前のことを言おうか考えあぐねて、やっぱりやめた。

「いや、やっぱなんでもねえわ……」
「……あ、そ? じゃあ、八時に水戸の店で!」

「あ、オイ!」という間もなく、電話は切られてしまった。

俺は携帯の時計で時刻を確認する。
今は十八時を回ったとこだ。そこでようやく、あたりが暗くなっていることにも気が付いた。

宮城から言われた時間までは、約二時間。

帰って準備して、少しゆっくりしてから向かうかと思いながらも重い足取りで自宅に帰る最中、後輩からの自分勝手な誘いにも律儀に応えようとしている自分って、やっぱお人好しだよなって思って自嘲した。








「ただいま……」

言って玄関に入ると、名前がよそ行きの格好で久しぶりにめかし込んでいた。

「あっ、おかえり!」
「どっか、行くのか……?」
「え? リョータくんから連絡なかった?」
「は……?」
「へっ? 水戸くんのお店、行くんでしょ?」
「……え、もしかして……」
「うん、電話もらってね。誘われちゃった♡」
「……」

ああ、神様仏様、安西様……。
俺はなにか、悪いことをしたのでしょうか……。

俺は、やっぱり
幸せになってはいけないのでしょうか——。








「いらっしゃーい」

水戸の店まで、名前と二人で向かった。
ガラガラガラーとドアを開けると、カウンターの中にいた水戸が、声だけで出迎えた。

「お、もう来てるぜ」

言って座敷を指差す水戸の指先を見やれば、宮城がテーブルに肘乗せながらswitchで遊んでいて、すでに一杯目のビールを飲んでた。

ニコニコと宮城のものへ向かう名前の姿を、水戸が目でちらっと追うのを確認する。

それを見て見ぬふりをした俺も、名前のあとについて席に向かった。

宮城の前に名前と並んで座ると、「ちょっと待って〜、いいとこだから」と言ってゲーム機から一瞬だけ、ちらりと俺を見た。

水戸が席にやってきて注文を取る。

そのタイミングでゲームに負けたらしい宮城は「ああ〜」と言って、ゲーム機をテーブルの上に置くと、水戸を見やる。

「えーっと、生ふたつと……名前ちゃんは?」
「私も、生っっ!」
「じゃあ、みっつね!」

言って宮城は三本指を水戸に向ける。メモ取ってる水戸は「メシてきとーに繕っていい?」と聞いていて、宮城が「あ、そーして」と淡々と答えていた。

生って、ナマ……ってよ。

卑猥だ、いまはとてつもなく卑猥に聞こえる。
名前が水戸に向かって言うから、尚更に。

つか、合言葉とかだったら、どうしよ……
「生」の合言葉って……なんだよ。

はあ、帰ろっかな……。
メンタル持つのか、今日の俺……。

「そーだ、水戸も飲めよ。三井サンにつけて!」
「おっ、サンキュー♪」

「ありがたく」と言ってウインクしながら水戸がキッチンのあるカウンターのほうへ戻って行く。

つけて、ってなぁ……
ここはスナックかよ、しかも俺につけてって……
まあ、別にいいけどよ。

「リョータくん、久しぶり!」
「えっ?……あ、うん。 だねっ!」
「お前、いつ帰るんだよ」
「明日。てか、先にもらってました」

宮城が飲み終わったビールジョッキを掲げて、ヘラヘラ笑いながら言う。

「知ってる。」

俺が言い返したとき、アルバイトの子がビールとお通しを運んで来て、宮城がそれを受け取った。

「じゃあ、まず……乾杯!」

宮城が進行して先に、そして続けて俺と名前もビールに口をつけた。

歩いてきたからか、それなりに喉が渇いていたらしく、喉を潤す冷えたアルコールはうまかった。








小一時間経過して、名前も珍しくペースが早くて、ほんのりと酔っぱらっているようだった。

「——あ、そうそう。今度さ、」

名前が煮物を取り分けながら口火を切った。

「モデルルーム見に行くんだあ〜」

名前の発言に俺は思わず、ぶっとビールを吹きそうになる。

「え……?ついに? 家買うの?」

宮城がきょとんとして聞き返したあと、カウンターのほうを振り返って叫んだ。

「水戸〜!!三井サン、ついに家!建てるってよ〜!!」

皿洗いしてたか何かの水戸は、ちらっとこちらに視線をよこしたあと「いいなあ」と言っていた。

いいなあ、って……。
いいなあって、おまえよ……。
ったく、しらじらしい奴め……。

だいたい名前も名前だぜ、
水戸とのことまだなにも聞いてねえのに、のこのこと水戸のいる店に着いて来やがってよ……。

「いつ見学行くの? 俺もついてこっかなあ〜」
「なんでてめえが来るんだよ、来んな。」

俺はぐいっと残りの酒を飲み干して「ビール追加!」と叫んだら、こともあろうに水戸と目が合ってしまい、「ウン」とひとつうなずかれて、逆に気まずくなってうつむく。

そんな俺をちらちらと見やる宮城を無視して、水戸が運んできたビールジョッキを受け取ったとき宮城が言った。

「なあ、水戸。」
「ん?」

……おい、嫌な予感がするぜ。
宮城、おまえなに言おうとしてんだよ……

「もう空いて来ただろ? 一緒に飲もうぜ!」

だーっっっ!!!
やっぱりな………!!!!








結局、
水戸もまじって四人で飲んでるわけだが……。

「名前さん、けっこう飲めるんだな、酒」
「体調によるよね、今日は気持ちよく酔っぱらってるほうだけど!」
「はは、そっか。」

………おい、名前の浮気相手(仮)さんよ。

よくもまあ、飄々とな……さっき、ちゃっかり家に上がり込んどいてよ、なあに、なにもなかったみてえなツラしてやがんだ。

俺が無言で酒を煽っていたとき、不意に宮城が吹き出して俺はメンチを切る。

「……あん? なに笑ってんだテメエ。」
「いやっ? 俺のことは気にしねーでくだせえ」

そんな宮城を横目に、ついに水戸が例のネタを出して来た。

「——あ……、」
「……?」
「みっちー、今日は悪かったな。勝手におじゃましちゃって。」
「……!」

……き、きたあ………!
どうする、どうする……どうする、俺!!

言え、言うんだ!!
ここで逃げたら俺は

ただの、大馬鹿野郎だ……!


「……なあ、水戸。」
「んっ?」
「お前……さ、」
「……?」
「名前と、浮気してんのか?」
「え。」

俺の言葉に水戸はきょとん。そして名前はぎょっとして俺を見ている。

シーンとしていた中、ややあって宮城がぷっはははは!と破顔して笑いながら言った。

「やっぱり、勘違いしてらあ!」

宮城が涙を流しながら携帯の画面を翳してきて、目を細めて見やったその内容に、俺は一気に赤面した。









ほんとに俺の後輩は可愛くねえ!


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