もう悲しくならない世界(3/4)

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    一体……このクソみたいな気分は何なんだ……?少なくとも、このもやもやした気分の原因は……


    名前

    寿、しばらく忙しくて
    連絡できそうにないかも……


    名前

    落ち着いたら連絡するね



    ——決して、二週間連絡がない名前のせいなんかじゃない……いつ落ち着くのか言ってくれねえから、ただ漠然と待つだけで。


    三井 寿

    名前


    三井 寿

    まだ落ちつかねーの?



    我慢できずに送ったメッセージまで既読無視されたが——そのせいでもない。絶対に。そう……、思いたい——。

    俺みたいな人間は、ちょっと既読無視されたからって、(自分もよくやるので)気分やプライドが傷つくなんてことはないんだ。

    このスッキリしない気分の原因はおそらく……、名前の連絡を待ってるあいだバスケ部の練習が偶然休みになって二日も体を動かさなかったせいだ——!



    「なにやってんだ!!ちゃんと目開けて打ってんのか!?」

    そうだ……この感じ。生徒に体当たりしながらボールを追いかける、この感じ。手に馴染んだボールの感触が脳細胞まで押さえつけられ、頭ン中が空っぽになる心地よさ。

    「ハア、ハア……それ終わったら五分休憩だ!」

    コートを出て生徒に指示を投げたとき、トントンと誰かに肩を叩かれた。振り返った先——

    「大丈夫ですか?頑張りすぎるとまた怪我しちゃいますよ」
    「……、」

    ポカリスエットを俺に差し出す相手……

    「これ飲んで休み休みやってくださいね」
    「え——、名前?!」
    「……?」

    俺は両手で目をゴシゴシと擦る。

    「監督、こないだ足捻ったじゃないですかあ」
    「……だよな。ンなはずがねえ。」
    「へっ?」

    ——二年生の、女子マネージャーだった。


    「……ハア。」
    「……? 監督?」
    「休憩終わったらいつものメニューだ、キャプテンにもそう伝えろ」
    「え! 監督はどこへ——?!」
    「……便所だよ」

    ……バカ野郎が!!いい加減、名前のことを考えるのはやめろ!


    俺は便所に座り、携帯電話をポケットから出して画面を付ける。

    「……チッ。」

    ったく……まだ連絡ねえのかよ?一体、何の用事でここまで忙しいんだ?

    仕事を辞めて地元に戻って来てる身だし、職や家族に関する質問には敏感な時期だろうと、あえて話題に出したこともなかったが……こんなことなら深く考えずに本当に仕事辞めてきたのか?とか、今後なにがしてえんだ?とか聞いときゃよかったぜ。

    いや……もういい。考えるのはよそう。仕事、運動でダメなら……ダチだ。


    三井 寿

    今日会えるか?


    宮城リョータ

    メシ奢ってくれんの?


    三井 寿

    ああ、水戸の店


    宮城リョータ

    また俺がそっち行くパターンかい!


    三井 寿

    どうせ実家泊まるんだろ


    宮城リョータ

    勝手だねーあいかわらず。
    彩ちゃんも誘ってくねー



    ダチと会ってるあいだくらいは、さすがに思い出さねえだろ——。





    —


    「ねえ、これ食べます?」

    え———、

    「……、」
    「……? 三井先輩?聞いてます?」

    結局、宮城と彩子と水戸の店で飲んでる訳だが。

    テーブル席、目の前の彩子から差し出された皿。一瞬にして目の前に座ってるはずの、うるせえ元マネージャーが名前に見えた気がして俺は目を見開き固まっている始末。

    「えっ? あ、ああ……食う。」
    「……なンすか、三井サン。ぼーっとしてえ」
    「ええ。なんか変よね、今日の三井先輩」


    ——ターンタッタターンタラン……!

    「……!」

    俺はテーブルに置きっぱなしになっていた携帯を急いで手に取る。その弾みで宮城を肘で殴ってしまったらしく、宮城が真横で「痛って!」と大袈裟に叫んでいた。

    「……、」
    「もーぅ、気ィつけてよね。で、誰すか?電話」
    「……知らねえ、番号だな。」
    「ふうん、シカトでいーっしょ」
    「……」

    いや、
    もしかして、名前——?!

    番号変わったのかも知れねえ!!

    「もしもしっ?!」
    『お客様〜お世話になっております〜、現在お使いの携帯電話の機種変更についてのアンケート』
    「……っ」

    お、落ち着け……今キレてこれを投げたりなんかしたら、この営業マンの言う通り新しい携帯に替えなきゃいけなくなって。その間に名前から連絡が来たりしたら……

    「……」
    「あれ? 電話切っちゃったんスか?」
    「……」

    俺はすくっとその場を立った。宮城や彩子がきょとんと俺を見ているのを無視して一万円札をテーブルに置く。

    「え、ど……どしたの、三井サン。」

    宮城の言葉をスルーして、すたすたと座敷をあとにし、スニーカーを履く。

    「——俺、帰るわ」
    「えっ?何でよ、アンタが誘ったんでしょーが」
    「気分が悪ィ。また今度埋め合わせするよ」
    「はっ!? ちょ、三井サン?!」

    俺はそのまま二人のツラも、もちろん水戸のツラも見ずに店を出た。


    仕事、運動でもダメで、ダチでもダメなら……残るは一個。掃除だけ——。

    このクソみたいな気分もくだらない雑念も。一切合切、消し去るには掃除が最適だ。こんな夜遅くから非常識だとは言え……

    台所掃除OK、浴室、トイレOK、クローゼット整理と溜めていた洗濯OK、あとは、掃除機をかけてゴミを分別して捨てれば……

    「寿っ!」
    「——?!」
    「空の歯磨き粉ってこの辺の地域はプラスチックゴミ?それとも不燃ゴミ?」
    「……」

    俺はついに、脳がイカれちまったらしい。
    ハハハ、ここまで来やがるとは……

    もう、幻なのか現実なのかよく分からねえ。

    本当に、最悪な気分だ——。



    —


    一体、何をしていれば返事もできないほど忙しくなるんだ?……携帯を使えない場所に閉じ込められでもしてんのかよ。まさか、どこかに監禁された——?!

    ��友達以上恋人未満�≠フこの状況で連絡がつかないって、どういうことだ?本当に……俺のこと好きなのか?俺はこんなに……、一日中ずっと、おまえのことばかり……考えてんのに——!

    ちくしょう……もういい。玄関でひたすら主人を待つ犬じゃあるまいし、こんな情けない真似はもうやめだ。もう……連絡なんて、待たねえ——。


    ——ターンタッタターンタラン……!

    「!!!」

    俺は床に仰向けで大の字に寝そべっていたが、その音に勢いよくガバッと体を起こして携帯画面を見た。今度こそディスプレイに『名字名前』の文字。

    名前の、番号……今回は本当に、あいつからの着信だ……どうする、出るか?それとも、出ない?

    俺はこれまで一度たりとも女からの連絡に執着したことなんてねえんだよ。だから今さらお前が電話をかけてきたって喜んで飛びつくような男じゃ……


    「——もしもしッ?……名前か?」


    もう俺は、
    本当にどうかしている——。





    —


    俺が、最も得意なこと三つ。

    一つ目、息をすること。

    二つ目、息が止まるほどのスリーポイントを放つこと。

    三つ目、相手が息を飲む程のポーカーフェイスで——女子からの無遠慮な視線をスルーすること。

    成長して大人になった俺は、間違いなくそうだった、はずなのに……おまえの前じゃまるで陸に打ち上げられた魚のようだ。不愛想で怖そうな顔面だから、どうにか誤魔化せているものの……待てよ、俺って本当にポーカーフェイスだっけ?

    大学時代を経て、社会人になってからというもの、俺が『モテる』と言われていたことの意味が、なんとなく身に染みて実感する瞬間が増えた。けれどその辺の男よりちょっと背が高くてマシなだけのような気もしてきた。だって、こんなにも心が乱されているのに、なにがポーカーフェイスだ。

    ほら、
    だったらやってみろ、名前の前で——


    「わあ、きれいなお花〜どうしたの?これ」
    「あ?……なんとなく。歩いてたら目に付いたから買って来た」
    「へえ、寿ってこんなこと出来るようになったんだぁ。惚れ直しちゃう」
    「……ぐっ。」

    俺から小ぶりの花束を貰った彼女の今の顔。これは本当に、喜んでるのか——?本当は嬉しくないんじゃねえのか?

    こうやって全神経を集中させて、ひたすらにお前の顔色を窺う俺は、正気じゃないと思うし。俺を一瞬でこんなふうにしちまうおまえが……

    「私の好きな色、覚えててくれたんだね」
    「……」


     すごく……


    「ありがとう、寿。」
    「……っ」


     恐ろしい——。



    ——三日前。


    『ごめんね、寿。』
    「……」
    『前の職場の先輩に言われて、お仕事の引き継ぎの件で手伝いに行ったりしててさ』

    さっきまでせっせと掃除をしていたからか電話が来て驚いたからか、自分の心臓の音がうるさすぎてまともに名前の声すら聞き取れない。

    「……いや、そういうことなら仕方ねえだろ」
    『……』
    「ゼンゼンキニシテネエシ、ハハ。」

    ……オイオイ、がっちがちじゃねえか。
    童貞か、俺は——。

    『……。久しぶりに声聞けて嬉しい。寿は元気だった?』
    「ああ、元気も元気よ、毎日いつもと変わらぬ暮らしっぷりをしてだな……」
    『……』
    「……、おまえはっ? 元気だったか?」
    『……う、うん』
    「ああ、そうだ映画!今週末はどうだ?」
    『あ、いいね。そういえば最近公開された映画なんだけどさ——』


    ——そして、いま。その当日。

    ……。

    初めて人に花束なんか渡したあとに、ホラー映画かよ……

    しかもこの映画……うーん、ポスターからして不安なんだが……でもまあ、名前が選んだ映画だしな。コイツが見てえって言うならいいか。有名な監督みてえだし、ハズレってことはねえだろう……と、思いたい。

    ……。

    「……」
    「……」

    ……おいおい監督さんよ、なに考えてんだ?よくもまあこんな演技でオッケー出したよな。それになんだよ、このめちゃくちゃな脚本は?……クソ、また雰囲気がぶち壊しになるんじゃねえのか、この流れ……。

    今日でデートらしいデートは二回目なのによ、なんの進展もなく最悪な雰囲気で終わらせるわけにはいかねえだろ。

    そうだ——!映画館でさりげなく手を握るなんて俺にとっちゃ、このポップコーンを投げて口でキャッチするくらい簡単なこ……、

    「——!!?」

    うおっ!! ふ、触れた!
    いま、触れたよな?! 手……!

    「……」
    「……」

    いや、違うか……?待てよ、ポップコーン口でキャッチすんのって、意外と難しいもんな。そんなことしたら、気管に詰まらせて死ぬ人だって……

    『そうか、じゃあ次はお前が死ねえっ!!!』

    「……(はっ?)」
    「きゃっ……」

    なんだよ、映画ン中の台詞か。……つか、え——、これ、いま抱き着かれてる……よ、な!?

    「ごっ、ごめん!! びっくりしてつい……」
    「……っ」
    「……ごめん。離れるね……」
    「——いいって!怖かったらこのまま、ずっと掴んでてもいいぜ」
    「う、うん……じゃあ、しがみ付いてる」
    「へいへい、どーぞ。」

    ああ……さすが映画界の巨匠の作品だ(私情の意見有り)演出・内容……なにひとつケチを付けるところがねえ(大いに私情を挟んだ結果の意見)ストーリーも良いし、鬼気迫る俳優の演技も素晴らしい!(私情を……以下省略)

    なんならこのまま、映画が終わらなくてもいいくらいだ……(名前が俺にしがみ付いてっから)


    「はあ……、すっごく怖かったぁー」
    「ああ、俺も。」
    「ええー? 全然怖かったって顔してないんですけどー」
    「いや?すっげー怖かったぜ、震えた。」

    ……いろんな意味でな。


    映画館を出てホール内、何気に携帯をみれば湘北高校から不在着信が入っていた。

    「名前、俺ちょっと電話してくんな?」
    「うん、ここで待ってるね?」
    「おう」

    彼女が見える位置で俺は湘北高校へ折り返しの電話をする。

    「もしもし、三井です。…ええ…はい、ああ……今ちょっと出先であんま長く電話出来なくて」
    『では、こちらで手配しておくかたちでいいですかね?』
    「あー、そうですね。あっ、でもちょっと週明けに内容をもう一度確認して——」

    チラと名前を見ると、こともあろうに男ふたり組から声を掛けられていた。ぎょっとして取りあえず電話を終話させた俺は明らかに不機嫌な足取りでズカズカと彼女の元へ行き彼女の肩をぐいっと自分のほうへと寄せる。

    「俺の連れになんか用か?」
    「あ、しっ……失礼しました!」

    人を殺める視線を送ればスタスタと走り去って行く男たちにフンと鼻を鳴らした俺を見上げる名前。

    「……あ?」
    「ハンカチを落としたの拾ってくれただけだよ、あのふたり。」
    「え!!」

    目をぱちくりと瞬かせる俺。肩に乗ったままでいる俺の手をチラと見た彼女に合わせて俺もその手をパッと離した。

    「あ、悪い、つい……。つか、本当かよ」
    「なにが?」
    「…電話番号とか聞かれたんじゃねえだろうな」
    「聞かれないよ、でも——」
    「あ?」
    「聞かれても教えないよ? 好きな人がいるって断るしね」
    「——!」

    うっわ……。
    あーあ……、もう、ダメだこれ。


    「出る?映画館」
    「……えっ? あ、ああ」

    ど、どうすればいい……。いますぐに、手を繋ぎたくて……おかしくなりそうだ——。高校時代は、手を繋ぐなんて行為……あんなに簡単だったのに、どうして……。

    ——そうだ、もう認めよう。俺は、こいつのことが……


    「好きだ。」
    「……えっ?」
    「あっ?」

    し……しまった……バカか、俺は!!

    無意識に口から出ちまったじゃねえか!何の前置きもなく言ってどうすんだよ……!

    「あっ……そ……その、」
    「……?」
    「こんな感情は……なんつーか、高校以来でよ」
    「……」
    「なんて言えばいいのか、わかんねーけど」
    「……」


    ——告白って
    こんなに怖いもんだったか?

    こんなに怖いのに
    好きな気持ちがでかすぎて

    言わねえと
    心が決壊してしまいそうな……


    「お前から連絡がなかった二週間。ずっと、名前のこと考えてた」
    「……」
    「連絡を待つこと以外、何も手につかなくてよ」
    「……」
    「ああ、こんなふうに思わせてたんだなって、成人式のとき。そんな自分がもどかしくて情けなくて耐えらんなかったのに……名前の声聞いた瞬間、ただこうやって……」
    「……」
    「名前からの連絡を待ちながら、生きるのも悪くねえ気がしてよ……」
    「……」
    「名前のことが……好きだ——。」

    俺と、名前のあいだだけ、まるで時間が止まったようだった。

    「……」
    「……」

    映画館の外、周りを行き交う人の往来とか、車のクラクション、バスが通り過ぎる音なんかも全部消えた気がして、なんなら風の音すら無い気にすらなった。

    「……」
    「……私は、」

    先の言葉が出て来ない俺を見つめたまま突然、名前が顔をくしゃっと歪めて笑いだす。俺はそれを見て一瞬、緊張が解けてぽかんと呆気に取られてしまう。

    「——嫌いだよ。」
    「……は?」

    ……。

    え……マ、マジかよ。
    この流れで、フラれる世界線なんて

    あったのかよ——!!?

    「……」
    「うそうそ、」
    「——!」
    「最近の寿の反応がすごく可愛くてさ、ついつい我慢できずに笑っちゃった」
    「おい、びっくりさせんな……」
    「私も、寿が好きだよ。」

    はっきりと言い切った名前は正面から俺の胸元に頭をコツンとつけてきた。一気に距離が縮まる。

    「寿じゃないと、嫌……。」

    その行動と言葉の破壊力が凄まじくて俺は思わずくらっとしてよろける始末。

    「!? 寿?だいじょうぶっ?」
    「あ……ああ、足に力が入らなくてよ」
    「えっ? ど、どうしよう、歩ける?」

    側にあったポールに寄り掛かる俺の背中を撫でる彼女をチラと見て、俺は低く呟いた。

    「……名前が手、繋いでくれたら……」
    「……!」
    「歩ける気ぃ、すんだけど」
    「えっ?!」
    「だっ!……だめ、か?」
    「……。——いいよ、」
    「……」
    「……手、繋ご?」


    ——名前が、笑っている。

    これってよ……名前は俺の彼女……ってことで、いいんだよな?

    俺の彼女が、俺にだけ微笑みかけている。この笑顔を俺にしか向けて欲しくないって、一生かけて、守り抜きたいって、純粋にそう思った。


    翌日の学校(仕事)は散々だった。

    授業で入る教室を間違え、ぼーっと廊下を歩いていたらバスケ部の問題児、赤頭のクソ坊主に正面から激突され。職員室では隣の席の教師から渡されたコーヒーを受け取りそこね、それをスーツの上に羽織っていたおろしたてのアディダスのジャージにぶっかけられ。

    部活前には天気もよかったので珍しく校外から体育館に向おうとして頭にサッカーボールまでぶつけられたが……それがなんだっていうんだ?

    世界で一番、美しくて尊くて優しくて、愛らしい人が——また、俺の彼女になってくれたんだから、どうだっていいだろ、もうそんなこと。

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